▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『今は今』
LUCKla3613

 意外と度々思っているが、機械の体は便利なものだ。
「実に掃除が楽だ」
 LUCK(la3613)はツーポイントフレームを指先で押し上げ、ふむ。綺麗に片づいた自室の様を確かめた。
 生きているわけではないから老廃物は出ないし、生えだした毛が抜け落ちることもない。ついでに言うなら臭いもせず、なんだったら気配も断てる。……最後のひとつは単なる特技だが。
 それはともあれだ。この部屋の仕上がり具合なら、たとえ誰が訪れたとて、LUCKの尊厳を撃ち砕くような事件は起こるまい。あきれた顔で肩をすくめ、「気も手も行き届いてはおらなんだな」などと言われることはだ。
 むしろなにひとつ気にしてもらえん可能性のほうが高いんだが……それはそれでつまらんな。
 せっかくがんばって掃除したのだ。それには気づいてほしいし、気づかいを認めてほしいじゃないか。――その他の粗(あら)には都合よく目を瞑って。
 身勝手な要求ではあるが、突っ込んでやるまい。男なら――女であれ、似たようなことを考えるだろうし。
「!」
 唐突にLUCKは鼻をひくつかせ、キッチンへ急ぐ。香味野菜を加えた鶏ガラスープが煮詰まりつつあるにおいが流れ込んできたからだ。焦げつかせてしまったら今までかけてきた時間が台無しになるし、焦臭が部屋にこびりついてせっかくの掃除までもが意味を失ってしまう。
 彼はスープの具合を確かめた後に火を弱め、調合済みのカレースパイスをフライパンで炒めにかかる。
 そう――彼はついに、スパイスの調合にまで手を染めたのだ。
 水出しコーヒーに合うカレーというだけなら、インスタントで問題ない。しかし。ペルー産の唐辛子を辛み調味料としてではなく、食材として引き立てようとすれば、カレーの設計そのものを変える必要があった。
 LUCKはシェフの才なき、ただ真剣でけしてあきらめないだけのサイボーグである。たとえ基本のレシピがそろっているとはいえ、スパイスからカレーを作るなど艱難辛苦以外のなにものでもなかったのだ。実際、情深く忍耐強い友人たちの協力がなければ、道の途中で果てていたはず。
 だからこそ。
 今日という本番では絶対失敗できない。

 スパイスの香りが油へ移った頃合いを見て、濾した鶏ガラスープと合わせて鍋へ移し、野菜を投入。いい頃合いで鶏肉とブラウンオニオンを加えてもうひと煮込みすればカレーは完成だ。
 と、そろそろか。
 料理の汚れが服についていないことをチェック、香水でも振るべきかと思ったがすぐにカレーの香りやコーヒーの味わいを損ねるから却下と思いなおし、せめて髪型だけでもということで鏡へ向かう。なんとも忙(せわ)しい有様だが、なんのことはない。単に緊張しているだけのことである。
 そして。
「カレーのにおい、外までしてますよ」
 努めて無造作にLUCKが引き開けたドアをくぐり、映画鑑賞仕様のイシュキミリ(lz0104)が入ってきた。


 LUCKから出されたアイスコーヒーをひと口含み、イシュキミリは眉根をわずかに上げて、
「んー。ベロニカってクセがないんでアイス向きじゃないですけど、水出しだといいとこがぎゅっと出てきますねぇ」
「妙な強さがない分、食事にも合わせやすい」
 応えておいて、LUCKはなんでもない口調で問う。
「映画はどうだった?」
「ああいう表現と演技プラン、当時の時代性だなって。エンタメってどうしても戦争に使われますから。あ、上映期間今週いっぱいなんで」
 見透かされていた。イシュキミリが観たのと同じ映画を、LUCKもまた絶対に観ると決めていることを。むしろいつものごとくついていかなかったことが不思議なのだが――これはLUCKがイシュキミリを「召喚」するのに使った交換条件に理由がある。
『その日、俺は奇遇にも町でおまえと出遭わんことになりそうだ。だから、観た後うちへ飯を食いに来ないか』
 ……ようは脅迫なのだが、互いの立ち位置を考えればしかたないことだった。なにがしかたないかは置いておいて、しかたなかったのだ。
 理論武装(?)を完了したLUCKは、カレーライスの皿をイシュキミリへ勧める。
「ペルーの味を再現することも考えたんだが、まずはここまで研究してきた日式カレーを試してほしくてな」
 イシュキミリはカレーの香りをいっぱいに吸い込み、うっとりと息をついた。
「今日のはアヒ・リモの匂いがすごく立ってますねぇ。どうなるか結構気になってたんで、これはうれしい驚きですよ」
 初めてお披露目したカレーなのに、イシュキミリは試作過程まで知っているようなことを言う。いや、本当に知っているのだろう。これでまたひとつ確信した。
 俺の内の黄金はやはり――
「――インカでも唐辛子料理は定番だったのか?」
 あえてルーツの話へ曲げたのは、“内”について問うべきときではないと判断したからだ。なにもかもを暴いたとて自己満足以上の結果は得られまいし、彼が欲しい自己満足は別にある。
「どうですかねー。うちはインカがルーツって言っても、このへんの“偏り”で存在性を確立するのに初めて使った鋳型がインカの神様だっただけのハナシですから」
 うむ、まるで意味がわからない。
「わかんなくていいんですよ。……うちは依代のばらばらさ見てもらってもわかる通り、ものすごく不確かな存在なんで。うっすい自我がなくなっちゃわないように『こういう代物』ってのを決めてやらないといけないんです」
 語る間に、イシュキミリはなかなかの勢いでカレーを平らげていく。その進み具合と話の区切りを見計らって代わりを持ってきたLUCKへ、彼女はしみじみ言ったものだ。
「この世話上手、ほんとラクさんですよねぇ」
「性分というものなんだろうな。最近身に染みている」
「あー、技師さんと新人さんですか。ま、自分の本性がわかってよかったじゃないですか」
 この間聞いた話を出し、イシュキミリは両眼を細めた。砂で作られた面の橋、本質たる黄金が細く閃いたように見えたのはLUCKの気のせいだろうか。
「イシュキミリはアステカの神の名だったか。同じようにインカの神を名乗っていた時期があるんだな。そちらのほうがおまえの本性には合っていたのか?」
「ええ。金属と宝石を司る神様の名前。いちばんうちの本質に近いってこともあるんですけど、今のうちがイシュキミリなのもそこに依るわけで――だからこそのルーツですね」
 どこか寂しげに口を閉ざしたイシュキミリにLUCKは思う。辛いものだな。思い出せない過去を追い求める苦しみも、戻れん過去を思う悲しみも。
 しかし。
「俺も失くした昔は恋しいが、LUCKである今は問題なく幸いだ。それこそイシュキミリになったおまえと遭えたんだからな。これは過去の俺に為し得なかった偉業だろう?」
 言い切ったLUCKをなんともいえない顔で眺めていたイシュキミリは口の端を歪め、
「ラクさんはあいかわらず大げさですねぇ」
 そして苦みを含んだ……しかし思い切った笑みを見せ、カレーへスプーンを突き込むのだ。
「昔は昔、今は今ってことですね」

 穏やかな時間がゆっくりと流れ行く。
 今はサイボーグであるLUCKと今はエルゴマンサーであるイシュキミリは、ほんの少し先の話、すなわち予定というものを語り合うのだ。
「この土曜日についてだが……」


シングルノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年10月12日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.