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『心に描く器の形』
常陸 祭莉la0023)&化野 鳥太郎la0108

『チョータロー……特撮詳しい、みたいだから……教えて』
 向けられた言葉そのままに思い返す。そう持ちかけてきたのは常陸 祭莉(la0023)で、だからこそ、彼に見せるためのとっておき、そう考えたら……大切にしまい込んである引き出しに手をかけそうになったのだけれど。
「うん。見やすいほうがいいには違いない」
 結局。中の見える棚に並べてある、永久保存版と冠されたDVDボックスを手にとることにする。
 かつて化野 鳥太郎(la0108)が少年だった頃に夢中になった特撮もの、その画質を現在の水準に高めた、勿論初回限定の特装版だ。
 リアルタイムで録画したものを見返したり、新しくDVDに焼き直したり、幾度も手を加え時を経た宝物は、鳥太郎にとってみれば懐かしさ溢れるものだけれど、祭莉にとっては古さが際立つばかりかも知れないし。

「ちょっと前に約束してたでしょ」
 招き入れてくつろげるように整えれば、そんな提案とともにDVDボックスが示された。
 そんな鳥太郎に促されて見つめれば、『サイボーグGナイン』とタイトルロゴが光る。
 名前は聞いたことがあるけれど、前知識無しで手に取るべきではないと考えていた作品だ。
「教えて、くれれば……」
 借りるなり手段はあったとは思うが、しかし、こうして持ってきてくれたということは。
「今日休日って聞いたから、一緒に見ようと思って」
 休みが重なっていたし、と笑む鳥太郎は祭莉の期待を察してくれたようだ。
 だから祭莉も、感謝を込めて頷いた。


 怪人達が街で暴れまわり、行きあった誰かによる通報で駆けつける警察達。
 彼らの戦いは力の応酬として示され続けている。爆発音が、発砲音が、時に剣戟を思わせる金属音が響き、スモークに覆われる中を乱戦が続く。
 勢いのある声ばかりが届けられる中、小さな異音が聞こえた。
 その原因を突き止めるかのように視点が移動する。戦闘に紛れているようで、けれど中心とは違うその場所で、私服姿は随分と浮いていた。けれど戦い続ける者達同様に紅い華を咲かせていて、痛みにその身を崩し倒れている。
 気づけば戦いを眺めるような視点となり、画面は徐々に紅く濁る。今なお力のやり取りは続いているのに、その喧騒は徐々に小さく聞こえなくなって──
 暗転からの回復は、人工的な光を伴っていた。
 ぼやけた視界に映るのは知らない天井。
 こぼれ出た疑問のつぶやきが聞こえたと思えば、視界の端に知らない筈の知識が文字となって流れていく。
『天井:防音効果付き@研究所回復室』
 意味がわからない、現状の把握をと意思を持つだけで、身体を起こす前に、首を巡らせるよりも前に情報が次々と流れていく。
『スリープモード:解除』
『システムチェック;思考インターフェース、四肢コントロール、データ管理、……』
『システム:オールグリーン』
 文字が流れきってやっと、視界が動かせたようだ。
 目覚めたか、との声に誘われて体ごと視線を合わせれば、やはり知らない顔。
『ドクター:当ボディの改造者』

「……これ」
 祭莉の声に混ざるのは驚きに近いもの。うまく言葉にできないからこそ曖昧に響く。
 主人公であるヒーローは、正義の味方がどのように現れるのか。画面の中を必死に探していたからこそ衝撃になった。
 巻き込まれた一般人が力なく倒れる様子に、早く助けてと切実に願った。
 自分なら飛び出していくのにと、喉から出かかったところでの暗転。
 入り込んだからこそ、突然の移動に目を見開く。
 幾度も見て覚えているのだろう鳥太郎からの言葉はなく、だからこそ見つめる姿勢に力がこもる。
 画面の向こうからは、改造によって起きた変化を、その能力を誇らしげに語る声が続いている。声に同調するように情報も流れている。その隙間を利用して鳥太郎を振り向けば、うん、と頷いて。
 目覚めたばかりの主人公の視点で進む物語は、見える世界がとても限られていて、それだけなら知るべき情報は少ないはずだというのに。当たり前のように視界を横切る、目の前の科学者が強引にインストールした情報が過剰なほどに補っていく。
(そんな、形で)
 降って湧いたような、突然の力を前に主人公は何を思ったのか。考えがとどまるところを知らない。
 これからの自分の参考になれば、と考えていたはずで、それは鳥太郎には伝えていないのに。奇妙な偶然を燻ぶらせる時間は長引くことなく、引き込まれていく。

 普段どおりと変わらぬ様子だと見て取れて、小さく息をこぼす。慌てて抑えたけれど、画面に見入っているようだから気づかれてはいないはずだ。
 休日というのが、ただの休息か、それとも考えるべき時間のための建前なのか、自分の予想以上に気にかけていたのだなと自覚する。
 祭莉の怪我については聞いていて、元通りにならなかったこと、痕が残ることは知っていた。
(格好良いと思っているけど、もしかすると、なんて可能性もあったわけだ)
 懸念は確信にならずに済んだようでホッとした。見えないところでふさぎ込んで、参ってしまうようなら、その時に必要な言葉も用意していたくたいだった。改まって席を設けるつもりはなくて、互いに気負わない形で告げられるように。
 祭莉からの提案を思い出したのはそんな折で、自分の気に入りの作品がどこか近い状況に見えるのは偶然だ。
(応援になるといいよね)
 祭莉に対して、鳥太郎には戦友としての信頼がある。そこに至るまでに過ごした時間や経験がある。だから、それこそエールとなる程度の話だ。


 敵は怪人で、つまりは皆が人型だ。警察官だって結局は人だ。それさえはっきりと認識していれば、周囲の動きが手にとるようにわかる。
 四肢の全てが義肢となった身体を己と認識することさえ抵抗があったのに。
 使い慣れる筈がない、戦うなんて無理だと抵抗した記憶ははっきりと残っているのに。
 気づけば戦いの中に立っている日常が当たり前になっていた。
 戦う力があるのだから行け、と狂いがちなドクターに毎回送り出されている。どれほど日常に紛れようとしても、怪人が出没すれば連絡が来るし、助けを求める気配を勝手に完治するし、戦うべきだという意思が本能に紛れ込もうとしてくる。
『俺だけでいい』
 つぶやきは、左腕の火炎放射器の音にかき消されて誰にも届いていないはずだ。
 理不尽に巻き込まれ、存在を書き換えられ、不要な力を持たされた。
 そんな自分のような存在を悪戯に増やさないために戦っているのだと、理由をつけたことにした。

 主人公目線で進むからか、彼の内心、心の声も物語の途中で挟まれる。
 その大半は周囲に物音が溢れる戦闘中に展開される。とっさに溢れてしまうような呟き、うめき声ほどにははっきりしない声量だけれど、注意深く耳をすませれば聞き取れる。攻撃を仕掛け、移動し、戦況が変化していく中で、変わらず文字情報も流れている。その上で追加されるものだから、とにかく目まぐるしい情報量に翻弄されそうになる。
「当時にはなかったんだ」
「……?」
 鳥太郎の呟きが何を意味するのか、聞き取れたことも気のせいと勘違いしそうなほどだったけれど。
「どういう、こと」
 画面を追いたい意思を捻じ曲げて振り返る。随分と前のめりになっていたから、妙に時間がかかった。
「モノローグ部分。だから子供心に色々と想像したし、それで喧嘩じみた議論になったりしてさあ」
 永久保存版として再録するにあたり追加された要素なのだと笑う。
「実はこれ、おまけの方なんだよね?」
 当時と同じ仕様の映像と、新編集版で実質二セットのボックスなのだそう。
「かつての答え合わせができるのを喜ぶか、期待外れと肩を落とすか、どっちもできるようにっていうか」
「外れてる……?」
 戦う主人公に幻滅する、ということだろうか。
(そんなことはない、と、思う)
 偶然訪れた運命に翻弄された被害者だというのに、自ら価値を高めている様子は称賛できるとさえ思う。
 偽善ぶっているけれど、ヒーローとしての自分を自然に維持できているところが格好いいと思う。
 個人的な理由ではあるけれど、この生き様はとても羨ましいと思うのだ。
「祭莉さんから見て、どうだった?」
「……格好いい、ヒーロー」
 結局はそこに辿り着く。

「あ、嬉しいな」
 祭莉が自分と同じ認識なことに喜びを含ませた声になった。
「ヒーローだからさ、やっぱりいつ観ても格好良いなーって思う」
 子供の頃も、今も、再録を知って、モノローグの存在を知って。謎めいていた部分が明かされた結果、見方が変わるかと思ったけれど、鳥太郎の中で、主人公は変わらずに格好いいヒーローだった。
 勝つために、人を助けるために策を巡らせて戦い続ける姿は憧れだった。
 内心では流されていたとしても、表向きヒーローの顔を崩さなかったことは、やはり格好いいと思った。
 それを祭莉も共有してくれたというのなら、おすすめとして持ってきた甲斐があるというものだ。
「でもずっと、1人なのが気に入らねえんだよな」


 一人で戦い続けることには限界がある。何度もその壁に真正面から向き合ってきた。
 怪人達と警察達はどちらも集団戦を得意としている。そこに唯一として、第三勢力として混ざるのだから策は常に必要だ。
 ジェットを使えば簡単に懐に潜り込めるけれど、繰り返せば対策だって取られてしまう。
 高所からの狙い撃ちは隙を見出した瞬間にしか意味がない、待つばかりの時間が在るなら救助に時間を多く割く。
 攻撃手段はいつしか防衛手段に変わるばかりで、新たな力と作戦を常に求め模索し続ける日々。
 理不尽な改造を、この世の生にかじりつかせるきっかけとなった科学者の手を借りることは最初こそ気分の良いものではなかったが、次第にそれくらい当たり前と割り切れていった。
 必要なことは、望むことはあくまでもひとつで、そのための手段は対価は己の変化なのだから。
 気づけば戦うことこそが日常になっていて、気付いた時はいっそ誇らしささえも感じているのだろう。

 戦う際の視点は別のものに変わりもするが、主体はやはり主人公に定められている。
 だからこそ知れた内面は、知るほどに胸のあたりが苦しくなる気がする。
 何度も繰り返し見たし、このあとどんな展開なのかだって、よく知っている。
 力を得るために手を借りるとしても必要最低限で、最初から最後まで、できる限り一人で戦い続ける姿勢は変わらない。
 これが創作物で、だからこそ現実的な事情も絡んでこその結果だと、大人になった今は知ってもいるけれど。
 その上でも、そんな事情を感じさせない作りは今なお鳥太郎を魅了する。だから変わらず好きな作品なのだ。
「もっと周りを頼っていいんだ……」
 何度繰り返しても、この言葉が自分の中から消えることがない。
 限界があると知っているのに、どこまでも一人で走り続けようとする主人公の姿勢。叶うなら同じ戦場に立てれば、と思うのは少年の頃から変わらない。
 昔からあったこの思いは、普段の行動にも現れているような気がする……なんて、格好つけているだろうか。
 勿論、相手が望むなら応えるのであって、押し付けるつもりはないのだけれど。

 振り向いたものの、鳥太郎の視線は画面から動いていない。
(主人公に、か……な……?)
 どきりとした。そして最初の目的を思い出して、忘れていたことに驚く。
 身を竦ませそうになったことは、多分気づかれていないと思う。
(そう……見せてくれているだけ、かもしれない……けど)
 フィルター、というほど過保護なものではないけれど。祭莉が見るものを、触れるものをやさしく変えてくれているような、そんな大人の男性だ。祭莉の内心を明確に把握していないとしても、小さな身じろぎで気づかれることはあるのかもしれない。
(……それが)
 少しだけ、考えてみる。
 義肢のメンテナンス中に流れていく主人公のモノローグは、しっかりと追いかけたまま。
(誰の、迷惑にもならなくて。有益なこと、なら)
 そうやって、可能性を広げることも、できるだろうか?
 義務だと思って、駆け抜けようと必死なこと。手放してはいけない絶対の道だと思っていること。
 それを、この主人公のように誇れたら、しがみつくのではない、心の勲章にできるなら。
 もし、こうして憧れてもらえるような、立場になれると、したら?

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【常陸 祭莉/男/19歳/天罰天使/塗りつぶすほどの量があればいつか】
【化野 鳥太郎/男/37歳/天罰戦士/寄り添う影の彩りを増せるのならば】

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2020年10月16日

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