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『雲の郷、深まる秋と飲んだくれ』
アウィン・ノルデンla3388)&神取 冬呼la3621


 岐阜県飛騨市。秋。
 ノスタルジックな列車が走る。車窓からは、色づいた山々が目を楽しませてくれた。
「夏の暑さが嘘のようだな」
「美味しい空気しかしないねー。植林したのは、あっちの山かな。育ってるかなー」
 駅に降り立ったアウィン・ノルデン(la3388)と神取 冬呼(la3621)は、車内で固まった体をほぐしながら深呼吸。
 2人を出迎えたのは、飛騨市に暮らす三木 トオヤ(lz0068)・三木 ミコト(lz0056)の兄妹だ。
「地元の味覚! 実りの秋! 楽しみだったよー!」
「期待しててくださーい」
 唯一の未成年・烏龍茶枠のミコトだが、彼女は『食』を非常に楽しみにしている。
 タッチをしてキャッキャする女性陣の傍らで、
「さあ、今日はとことん飲もうではないか」
「今日『も』だね。日の高いうちから開始は胸が躍る」
 男性陣は悪い笑みを交わしていた。純粋に楽しみなだけだが、一周して爽やかさとは無縁の光景になっている。

 空は高く晴れ渡り、日もまだ高い。正午前だ。今から呑む。そして食べる。
 誰が名付けたか『トオヤ監修・地酒飲んだくれの旅』、スタート!!




「ざる蕎麦を4人前お願いします。ブレンド酒を冷やで3つ、烏龍茶1つ。それから板わさ、だし巻き卵を」
 一軒目は、蕎麦屋だった。
 すぐに用意される板わさを肴に酒を進め、蕎麦屋謹製だし巻き卵で悦に入る間に蕎麦が茹で上がる、という流れだ。

 秋。それは新蕎麦の季節。
 寒暖差の激しいこの地も、蕎麦の産地である。
 また、清流では山葵が栽培されており、板わさもタダモノではない。
「ブレンド酒というのは?」
 聞きなれない名に、アウィンはグラスを覗き込む。
「酒蔵でも腕利きの杜氏が仕込んだ大吟醸を、普通の……といったら失礼だけど。他の酒と比率を考えて混ぜてあるんだ」
「それでお値段が優しいんだね」
 飲み物メニューを眺めて、冬呼が頷く。『杜氏、入魂の酒』という書き文字に、なんとなく感じるものがある。
 純米大吟醸の贅沢も最高だが、日常として触れるならこういう『均し』も幸せに思う。
「んっ、飲みやすい。それに山葵の風味もしっかり感じられる」
 一口大に切った蒲鉾に切り込みを入れ、山葵を挟んだ『板わさ』と酒を合わせて、アウィンは感嘆の一言。
「そして蕎麦屋の! 玉子焼き!!」
 続いて登場・だし巻き卵に、冬呼はご満悦。
 ついつい酒が進みすぎそうなところへ、タイミングよく蕎麦が到着した。
「もうね、このね、真昼間からポン酒と蕎麦っていう背徳感がね……」
 冬呼先生は、生徒たちへ見せられない姿でグラスを握りしめる。
 2人の様子を見て、トオヤも安心した。
 完全に酔いが回る前に、香りや食感といった繊細さを楽しみたい。
 蕎麦屋で軽く引っかけてー、は江戸の楽しみ方であるが、胃に優しいものを先に入れておくという戦略でもある。
 深酒はしないという流儀も良い。もちろん、最後はそば湯で〆る。




 余韻に浸り、飛騨の街並みを楽しみながら一行は再び少し歩く。
 二軒目。白壁の洋館。

 サーロインのミニステーキ。
 ビーフシチュー。
 飛騨牛握り寿司。
 そうそうたるオーダーに、妹は震えるばかりだ。
「みんなで分け合えば、たくさん楽しめるだろう?」
 先に蕎麦を食べているし、食事量は少しで足りるのだから。
 ドリンクメニューから選ばれたのは、
「蔵元の裏ラベル」
 品評会用に貯蔵管理・吟味された、限定品だ。こちらを一升瓶で。
 香りを楽しめるカクテルグラスに注がれて、なんとも洒落た雰囲気。一升瓶だけれど。
「辛口……? だが、甘みもあるな」
「お米の甘さかな」
 真剣な表情でグラスを見つめるアウィン。冬呼も味の秘密を探る。
 キリッとした飲み口の後に、自然な甘みと旨味が広がる。『甘口の日本酒』とも違う余韻だ。
 辛口と甘みの共存ということで、ミコトはドライジンジャーエール。
「味に芯がある、というのか。酒がステーキの強さに負けていない」
 噛みしめると口の中に広がる肉の旨味。これを冷酒で流すと脂も洗われ、澄んだ幸せが体内を巡る。
「ビーフシチューが溶ける……。冬呼さん、これ、すごくおいひいです」
 勧められて、冬呼はミコトが取り分けたシチューをパクリ、それから日本酒をゴクリ。
「……生きてる……私は今、全力で生きてる……」
 シチューの香りに日本酒の風味が後から追いかけてくるぅうううう
「飛騨牛の握り寿司は、僕も初めてなんだ」
 ミディアムレアの肉へ岩塩を軽く振ることで、シンプルな旨味が引き出される。
「溶ける……でも、ちゃんとしっかりお肉……」
「タレをつけても美味い。冬呼、こちらと交換しよう」
「わー、食べるます!」
 
 瓶の底が尽きるまで、食後もゆったりと。




 終着点にして宴会の始まりの地。温泉やど『京極』へ、ようこそ。
 座敷の畳の香りは、アウィンや冬呼にもすっかり馴染んだもの。

 お通しとして、天然なめこの醤油煮がすぐに出てきた。
 傘がある程度開くまで成長したそれは、なかなかの迫力。
「きのこの味が濃い。一気に食べてしまうのがもったいないな……」
「といったところで、本日のスペシャルを用意した」
 給仕の少女が、くすくす笑いながら会話の流れを読んで720mlの瓶を持ってくる。
 手にして、アウィンがラベルを読み上げた。
「秘蔵……古酒? 日本酒にも古酒があるのか。ワインや、あとは泡盛は聞いたことがある」
「『満3年以上酒蔵で熟成させていること』っていう定義があるね」
 冬呼が一緒にラベルを覗き込んで、但し書きに気づく。
「……20年」
「料理が来る前に、ひとくちずつね」
 さすがにガブ飲みとはいかない。
 トオヤは悪戯っぽく笑い、ミコトが3人へ『秘蔵古酒』を少しずつ注いだ。
「美しい琥珀色だな……。時を経て、このように変化するのか」
「古酒っていうから身構えてたけど、香りは熟した果実みたいだね。はぁあああ……。これは飲む宝石……」
 いただきます。
 おもわず両手で拝んでから、冬呼は一口目を頂く。
「香りに癖がないのは、純米酒だからって聞いたよ。これは20年ものだけど、それを造り続けてきたんだから酒蔵の歴史や継いでいく思いみたいなものも感じた」
「改めて……飛騨を守れてよかった。大切な文化を喪うところだった」
 清らかな川、険しい山地。だからこそ育まれる文化がある。
 続く料理は、こも豆腐の煮物・ころいもの煮っころがし。
 こも豆腐とは、わらを編んだ『こも』で豆腐を包み、だし汁で煮込んだもの。
 地元の大豆で作られた豆腐に、出汁の旨味が染み込んでいる。
 ころいも自体は『小さなじゃがいも』を指すが、ここで使われるのは売り物にならない、『くず芋』とすら呼ばれてしまう芋を使っている。
 皮付きのまま素揚げし、砂糖や醤油でじっくりと煮詰めた。
「『在郷(ざいご)料理』って呼ばれる、この土地で馴染みの料理だそうです」
「すごーく懐かしい気持ちになるねぇ。素朴なんだけど、それが良いな」
「これが、飛騨の故郷の味なのか」
 貴重な食材を、余すことなく大切に調理する。寒い冬も食に困らないよう、保存し、美味しく過ごす。
 雪深い土地の食に対する思いも感じ取れた。
 古酒と一緒に街の歴史を味わって。
「そろそろ、次に行こうか」
 小さな七輪が2つ卓に用意されたのを見計らい、いくらでも飲めるお酒がやってくる。
「この街の、ほまれだ。飲んでみてほしい」
 ぬる燗で、ふうわりと優しい香りが漂うそれを、差し出されるままアウィンと冬呼は口にする。
「なんというか……心地よい酒だな」
「いくらでもいけるやつー」
「実はこれ、『普通酒』なんだけどね」
 日本酒には、いくつかの区分がある。
 『吟醸酒』や『純米酒』といった『特定名称酒』は、精米歩合・醸造アルコール添加の有無など様々な条件をクリアして造られた、こだわりや手間ひまのかかったもの。
 『普通酒』は、そういった区分に入らないものの通称だ。
 値段は日常的に飲みやすいものが多い。
「ころいもと同じ。その実は規格外の酒米を使って、それと米麹のみで造った『純米酒』なんだ」
 規格外で弾かれてしまう。
 市場では価値が低いと評価されてしまう。
 それでも、こぼすことなく丁寧に造られた味は、必ず相手に伝わる。
「それ聞いちゃうと、愛着が沸くねぇ」
 ささやかだけど、心と技術を尽くした料理に酒。
「もうすぐ、きのこの炭火焼きが上がりますよ。先におかわりします?」
 七輪の網では、黒いきのこが香ばしく焼けている。『クロカワ』という名の通り、真っ黒だ。
「酔っぱらいにも付き合ってくれて、ミコトちゃんは偉いなあ……」
「えーー。私も一緒に楽しんでますから」
 冬呼の御猪口が乾されているのを見て、ミコトが注いでいると、髪をふわふわ撫でられた。
「ふふふ。くすぐったいです」
「トオヤ君が大事にするよねぇ、わかる〜」
「えええええ」
 はぐーっ、とされて、さすがのミコトもうろたえた。
「あ、あうぃんさん、だいじょうぶですかかんどりさん」
「弟ばっかりだから、可愛い妹が羨ましくてね〜」
「妹というものを味わっているのなら仕方ない」
「?????」
「私は末っ子でな。弟妹という存在とは縁がないゆえ、ふゆが堪能したいというなら尊重したい」
「わかった。アウィンさんも酔ってますね」
 冬呼の背をトントンとさすりながら、ミコトは抵抗を諦める。
「私は構わないが、トオヤ殿は妹を取られて妬けはしないか?」
「え? 僕が? 神取さんが妹を可愛がってくれるのは嬉しいし、妹は僕の妹に変わりはないし」
「はい、そこも酔ってるー! そんなこと言う兄貴はじめて見たぁあああ!!」
 からかうアウィンへ素で返すトオヤ。一番ダメージを負っているのは妹だ。
「じゃあ、もう少し飲ませてみるか。朴葉味噌の包み焼きも仕上がってきたようだしな」
 シメジやマイタケなど、こちらも山で採れた旬のきのこを味噌と一緒に包み焼き。
 ぬる燗と絶妙に合う。
「ほら。神取さん。焼けましたよー。美味しそうですよー。あーん」
「ミコトちゃん優しいなー。ふふふふふおいしーーい」
「…………」
 炭火焼きで香りが引き立つクロカワ。ほろ苦さと相まって、なんとも幸せなこころもち。
 ミコトにべったりしたまま、冬呼は秋の味覚を堪能しきっている。
「トオヤ君、妹さんお借りしてまーす」
「どうぞどうぞ。……なかなかすごいな」
「あ。ああ。そうだな、ふゆは酔うと……」
「いや、嫉妬に耐えるアウィンの顔が」
「…………」
 そんなに?
 アウィンは水を一口飲んでから、眼鏡のブリッジを押し上げる。
 小さく息を吐きだして、
「ふゆ。帰巣だ」
「わーい、あっくんだーー」
 冬呼をミコトからべりっと剥がし、自身の膝の上にon。
 自宅ではアウィンの膝上が冬呼の定位置であるため、2人の間ではこれを『帰巣』と呼んでいる。
 巣から、アウィンを見上げて冬呼はニコニコだ。
「妬いた?」
「妬いた」
 嘘偽りない答えを聞いて、冬呼は幸せそうににへらっと笑うと同時に眠りに落ちた。
「妹も帰巣するか?」
「しません」
 兄が真顔で両腕を広げるので、妹は丁重にお断りする。




 のんびりゆったり、心行くまで酒と料理と歓談と。
「秋は良いな。それまで見えなかったものに気づくことが多い」
 腕の中で寝息を立てている婚約者を愛しげに見つめ、アウィンが言った。
「来るべき季節へ備える考えも出るし、……そうだな」
 デザートの寒天ゼリーを食べ終え、ミコトも座布団を枕にして眠ってしまっていた。
 アウィンとトオヤ、2人だけが残る酒を酌み交わしている。
「ここまでじっくり飲むのも珍しかったから、アウィンたちの意外な一面を覗けたのも嬉しいな。2人とも順調そうで良かった」
 波乱が起きる図というのも想像はしにくいけれど。
「放浪者と……この世界で生まれ育ったひとと……幸せになれるなら」
「幸せにするさ。私の全力をもって」
 自身と確信を抱いた、アウィンの表情。しかし、なぜかどことなく陰りがあるようにもトオヤは感じた。
「うん……うん……。僕も、乗り物酔いはどうにか克服するから。招待状、楽しみにしてる」
 深くは聞かない。
 アウィンは、冬呼を幸せにする。そのことへ、トオヤも何一つ疑いはないから。


 深まる秋の夜空に、満天の星。
 美味しい料理と美味しい酒を堪能し、また明日から頑張ろう。




【雲の郷、深まる秋と飲んだくれ 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
お品書き
[1軒目]
『杜氏、入魂の酒』大吟醸ブレンド酒 〜冷でどうぞ
飛騨の新蕎麦
板わさ(清流で育った山葵)
蕎麦屋謹製だし巻き卵

[2軒目]
『蔵元の裏ラベル』品評会用限定酒 〜冷でどうぞ
サーロイン ミニステーキ
ビーフシチュー
飛騨牛握り寿司

[温泉やど『京極』]
『秘蔵古酒20年物』純米酒 〜常温でどうぞ
『ほまれ』規格外米と米麹のみで造った”普通酒” 〜燗でゆったり
天然なめこの醤油煮
こも豆腐の煮物
ころいもの煮っころがし
旬のきのこと朴葉味噌
天然クロカワの炭火焼き

飛騨の秋、お楽しみいただけましたら幸いです
またのお越しを、一同こころよりお待ち申し上げております
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2020年10月16日

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