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『引越までの5DAYS』
来生・十四郎0883)&来生・一義(3179)&来生・億人(5850)&来生・百合(8944)&森永・ここ阿(0801)&来生・千万来(0743)

 青天の霹靂――思いもしなかった衝撃的な事が突然起こる。そんな意味の慣用句。
 その日の宵の口、第一日景荘206号室にて来生一義(3179)と来生百合(8944)の兄妹、そして居候の来生億人(5850)の三人が夕食真っ最中だった所。部屋主の来生十四郎(0883)が帰宅するなり言ってのけた言葉こそが、まさにそれだった。

「次の仕事が決まった。八月末に兵庫に引越すからな」

 ……。

 瞬間的に部屋の中の時間が止まる。
 誰からともなく壁のカレンダーへと視線が移動。
 八月末。
 誰が何度確認しても、今日は――その、五日前である。
 いやそれより次の仕事とはどういう事だ。このワーカーホリックが天職とまで言ってのけていた――無節操かつ下世話な情報満載のキワモノ弱小五流雑誌「週刊民衆」の記者業はどうした。まさか十四郎がそこの記者を辞めるなんて有り得るのか。それとも出版社でも潰れたか。
 と言うか、引越先が兵庫? どっから出た。
 何にしても急過ぎるだろう。いつか引越すかもしれない時の為の予算なんぞ勿論わざわざ蓄えてありはしないし、業者の手配だってせめて一週間は見ないと――……
 今 か ら ど う す る つ も り だ。

 そんな諸々がこれまた瞬間的に頭を廻り、来生家の舵取りたる主夫の一義は、俄かにふっと気が遠くなった気がした――一瞬成仏し掛けた気がするが、こんな成仏の仕方ではそれこそ“成仏出来ない”。その傍らから、えーーーッ! と億人からのブーイングも上がる。
「何やそれ十四郎、急過ぎへん!? 俺引越すなんて嫌や!」
「別に付いて来なくてもいい。俺の都合だ」
「っ……せやかて俺住むとこ無くなるやん。俺のバイト代だけじゃメシもろくすっぽ食えんし! 今のままて訳に行かへんの!?」
「駄目だ」
「むうー」
「まぁまぁ億人さん。十四郎お兄様を困らせないで差し上げて下さいましな――いいじゃありませんか。わたくしは付いて参りますわ。修行や元の世界への帰還方法を探すのは何処ででも出来ますもの」
 何よりわたくし、お兄様達の傍を離れたくありませんわ。と百合。元々旅慣れているからか、一人特に動揺する事もなくあっさりとそこまで言ってのけている。
「旅もいいものですわよ?」
 にこり。
「むぅ……しゃーないなあ。百合ちゃんがそこまで言うんやったら俺も付いてったるわ」
「そうか。そうなるか。そうだな……」
 ぶつぶつとぼやきつつ一義は箸と茶碗を卓に置き、徐に立ち上がる。ふらふらと家計簿やら通帳を取りに行ったかと思えば、そのままそれらと相談し始めた。……これは自分が仕切らなければ絶対間に合わない。先程の“成仏し掛け”もその使命感だけで何とか踏み止まった様な物である。
 十四郎を一人で単身赴任させている余裕はまず無い。それにそもそも――仕事以外は全てに無頓着な十四郎を一人で生活させるのは不安でしかない。
 つまり、行くのは今ここに居る全員で。
「切り詰めれば何とかなるか……」
「ってそこまで思いつめなくたって何とかなるだろ。いざとなりゃトラックでも借りて来て――」
「そんな訳に行くか!」
 たった五日の猶予で丸ごと自力の引越は無理だっ。
 軽く言ってのける十四郎の言に、殆ど悲鳴染みた裏返った声でくわっとばかりに噛み付く一義。

 こうなってしまえば、来生家の影のボスたる長兄に誰も抵抗は出来ない。



 十四郎曰く。
 ついに「週刊民衆」を出している出版社が潰れて、当然の理として「週刊民衆」も休刊になった。そしてこれまた当然の如く退職金はほぼゼロでもあったので、暫く失業している余裕も無い。
 それで十四郎は話を聞いてすぐさま次の職探しに奔走していたらしいのだが――そんな折に、大学時代の親友から兵庫県K市のローカル新聞で記者をやらないかと誘われた。
 何やらとある事件で記者に欠員が出たとかで、職探し中だった十四郎に声を掛けた、と言う事らしい。で、出来れば九月から頼む、と言う話に纏まったので、前日には――つまり八月末には当地に着いていないと、と言う事の次第になるらしいのだが。

「……胃が痛い」

 何故そんな大事な話をこれまで全く話さなかったのか。今後の話がそこまで決まっている時点で、幾ら元々急な話だったとは言えせめてもう少し位は余裕を持って家の者に話せる時間があったとしか思えない。
 昨日の夕食時の一波乱の後。一義は家計から何とか引越の予算を捻り出し、まず業者の確保に走る。が、勿論それだけでは済まない訳で、予算の相談をしていたそのまま食事も忘れて徹夜で段取りの予定表を作成。一晩明けた本日、胃の辺りを手で押さえつつぐったりとぼやいている事になる訳である。

「まあまあ一義お兄様。わたくしも支度はお手伝いしますから、そんなにお嘆きにならないで下さいませ」
「有難う百合……悪いが存分に頼らせて貰う」
「ちゅうか肝心の十四郎おらんけど」
 俺はちゃあんとバイト辞めて来て引越作業手伝うつもりで居るのに、何でや。
「十四郎を待つ時間は無い。あいつは最後に扱き使う――あいつにしか任せられない事だけは先に指示してある。そんな訳で――作業開始だ」
 まずは各自、自分の荷物から纏めてくれ。箱への詰め方例はこっちに書いてあるから参考に。頻繁に使わない物から奥に詰める様にするといい。まだ使う物を先に入れない様に気を付けて。人の荷物が混ざると後でややこしくなるからな、そこも注意して――終わったら手が回ってなさそうな所をやってくれ。壊れ物については私がやる。
「了解ですわ」
「へーい」
「後は――千万来とここ阿にも応援要請を出さないとな」

 住んでる四人――いや不在の十四郎を除けば三人――だけでは、どうしたって手が足りない。
 そして咄嗟にこんな事を頼める相手は、親戚である“この二人”位しか思い付かない。



(はい。もしもし……あっ、一義さん、御無沙汰してます……ってえ? 引越? 八月末に!? 急じゃないですか……そうですか。十四郎さんが。はい、勿論伺います! 前日の三十日ですね、わかりました! 俺で手伝えそうな事なら何でも言って下さい。じゃあその日に)

 ぴ。

 一義からの連絡を受けた親戚――の医大生である来生千万来(0743)は、通話を切るなり慌てて携帯端末を再操作し“その日”に入っていた予定をキャンセルする。親戚のおじ……お兄さん達が引越すとなれば、幾ら急な話であっても手伝わないと言う選択肢は無い。
 これまで何だかんだとお付き合いがあった分、せめてきちんと見送りたい。

 ……と言うか、ただでさえ土地勘も何も無いだろう新天地に向かう“人知を超えた方向音痴”な一義さんが心配で仕方が無いと言うのがどちらかと言うと本音かもしれない。



(はい、もしもーし。あ、一義さん? どしたの? ……ってえ? 引越? うわあ、急だねー。そっかー十四郎がねー。……らしいわ。うん。んでそれをボクに伝えるココロは――手伝えって事だよね? まー宿題は何とかなるし、夕食奢ってくれるならいーよ? ……んじゃそーゆー事で。まったねー♪)

 ぴ。

 一義からの連絡を受けた親戚――の女子高生である森永ここ阿(0801)は、さーて、とばかりに思案を巡らせる。八月末に兵庫県K市への引越をすると言う来生家一同。相変わらず十四郎が好き勝手で、一義さんが御苦労されてるんだなーとしみじみ思わせる引越準備の応援要請。夏休み最終日の前日となると所謂夏休みの宿題が気になる所だけど、ここはお手伝いが優先かな、と思う。報酬のごはんもいつも通りに約束出来たし。
 と言うか、そんな話を聞いてしまったここ阿としては寧ろ四人が非常に羨ましかったりもする。湧き上がるは見知らぬ新天地への冒険心と好奇心。そう、何やってるのかどうなるのか、気になってしょうがない。

 あ、そうだ。折角だしお餞別あってもいいんじゃないかな。……ちーちゃんにちょっと言ってみよ。



 ……引越準備を優先する。そうは言っても、普段通りの生活も勿論重要である。一義は炊事洗濯といつも通りにてきぱきと家事を進める中、合間を縫って奔走。百合や億人に頼んだ事同様に自分の荷物の梱包や、それ以外の壊れ物の梱包も怠らない(この辺は他の誰かに任せたら危険と思った為にわざわざ事前に名乗りを上げておいたとも言う)。電気や水道等の、世帯主当人が出なくとも何とかなる各種手続きも勿論やっておく。
 なお掃除については、普段通りと言うより引越準備と並行。発つ鳥後を濁さずの心意気で少しずつながら念入りに行く。合間には百合と億人もそれらの手伝いに入る。
 が。
 ……そんな中、何やら億人が妙な気配で精神集中している姿が見えた。すわ何事かと思えば、次の瞬間には――見る者の狂気を誘いそうな訳のわからん怪物が謎の光と共に室内に現れた。

 数瞬、間。

「は?」
「……あらまあ」
「うわ、何やワレ!?」
「って億人が喚んだんじゃないのか!?」
 今の様子から察するに。
「いやいやいや、俺はこんな訳のわからん怪物喚んでへん! 何か手伝わせよ思て使い魔喚んだ筈やってん!」
 億人が言い訳している側からその訳のわからん怪物は、ケシャーと怪物らしく謎の咆哮を上げつつその場で好き勝手に暴れ出す。当然の如く、そこらに置かれている梱包中もしくは梱包を終えた荷物もそれに巻き込まれる。……いや、寧ろ荷物を狙ってる……?
 それらの状況を受け、反射的に一義はぐわっと億人を振り返る。
「おい!?」
「……あちゃー、これひょっとして中途半端にこっちの気持ち汲んではるんかも」
 引越準備を手伝わせようと思って喚んだ→つまり喚ばれた時点で“願いの対象”こと荷物に興味が向いている→だから荷物を狙ってる、とか。
「っ……早く止めさせてくれ! と言うか早く引っ込めろ!」
「もうやっとるわいっ! けど俺の使い魔ちゃうから言う事聞いてくれへんのやっ!!」
「億人っ!?」
 一義はもう卒倒しそう――再び成仏しそうになっている。

 そこに、ふぅ、と息を吐く救いの女神の姿が。
「仕方ありませんね。わたくしが何とか致しますわ」
 百合である。
 相手が人間では無かろうが躊躇無し。普段とは勝手が違うが、まぁ、サイズ感や動き方からして打つ手が無い訳でも無さそうと見た。動きを止めれば引っ込められるかを億人に確認しつつ、諾の返事を受けた時点で――百合は訳のわからん怪物に向かって力強く突進。だん、と凄まじい踏み込みの音が響いたのがやや遅れる程で――寧ろ建て付けの方が心配になる様な衝撃が後から来る。
 そして撃ち放たれた拳の一撃で、訳のわからん怪物は昏倒した。そう見た所で億人は慌てて怪物に近寄り、帰還させようと試みる――今度こそ、抵抗無くその姿は消えた。

 が。

 怪物の残した痕跡はそのまま――である。
 即ち、折角綺麗に纏めてあった分の荷物も――かなりの割合で、滅茶苦茶になっている。

 ……どうするんだ、これ。



 とまぁ億人が余計な事をした為に、また一から遣り直しである。

「にしても百合ちゃん、強いなぁ……」
「……じゃなくてな。億人」

 と。
 感心している億人の背後、ゆらり、とそれこそ幽鬼の如く立つスーツ姿な座敷幽霊の影が。
 言わずもがなの一義である。

「うっ」
「何を余計な事をしてくれているんだ!? 時間が無いと言っているだろう!」
「う……だから、時間無いんなら人手が増えた方が楽出来るんじゃないかなーと……」
「楽をしようと思うな! そんな余計な事を考えている間があったら自分の手を動かせ!」
 はい。
 素直に答えつつもへこむ億人。そんな様子を余所に、彼を叱り付けた一義の方はと言うと滅茶苦茶になった梱包を元に戻すべく早速取り掛かっている。億人はへこんだまま――その様子に、億人!? と叱り付ける様にまた名が呼ばれる。反射的に億人はびくんとばかりに跳び上がって、今度こそ大人しく自分の喚んだあの“訳のわからん”のが滅茶苦茶にした荷物の再度の梱包に取り掛かった。
 そして黙々、てきぱきと――無駄になってしまった時間を取り戻すべく、三人は引越準備に精を出す。再梱包のみならず余計な汚れ方をした分の掃除も追加。

 そして一義が立てた予定通りに粗方の荷物は何とか纏まりそれなりに細部の掃除も済んだ辺りで、四日目。
 引越前日である。



 その日ばかりは流石に十四郎も居り、けれど朝一で区役所等に転居手続きに出向いていた。
 そして十四郎がまだ各種手続きから戻って来ない時点で、最後の助っ人となるべく千万来とここ阿が第一日景荘にまで訪れる。

 十四郎以外の全員が集まった所で、引越準備作業総指揮官からの指令は下された。



 十四郎の荷物がまだ殆ど手付かずらしい。
 午後、業者が来るまでには何とかしておきたい。

 との事で、ここ阿はまずそこを頼まれた。衣類については私服が少々に夏冬礼服程度だったので然程問題は無かったが――それより。

「何これ。本ばっか」

 なのである。十四郎の荷物の場合、問題は本。それ以外の日用品は意外とあっさり詰め終わったが、この堆く積まれた本に限っては幾ら箱に詰めても終わる気がしない。

「……ってゆーか引越す本人がどーして何もしてないの」

 それはこの場に居る誰もが思う事であるが――その回答を得る機会はまた訪れていない。と言うか引越の話をしてからいいかげん十四郎が家に居なさ過ぎるのである。それでも目の前の状況は変わらない――となればやるしか無い! とここ阿は気合いを入れる。文句たらたらながらも元気によく働き、どんどんと梱包された箱が増えていく。……ここ阿としては引越の経験が無い為全てが珍しく、荷造り作業も普段しない様な片付けや掃除も、何か皆が忙しくしている何処か浮き足立った独特の様も興味深かったりするのだ。
 と、そこにひょこりと千万来が顔を出して来た。

「ここ阿、こっちの進捗どう? 一人で大丈夫?」
「あ、ちーちゃん。これ梱包するまではまだいいけど重いから全部玄関まで持ってくのボク無理だよ」
「それなら手分けして他の皆にも頼むから大丈夫。じゃあ梱包が済んだら声掛けるんだよ。その後は……ここ阿には部屋のお掃除頼めれば良さそうかな」
「ん、りょーかーい」
「後は……白物家電とか運ぶのは、十四郎さん帰って来てからかなぁ」
 と。
「千万来さーん、この冷蔵庫、運んでしまって大丈夫かしらー?」
「え? 百合さん?」
「はい。先程一義さんに頼まれた荷物は玄関まで運び終えましたので……それと、一義さんは大家さんへの家賃支払いと御近所さんへの挨拶回りに行かれましたわともお伝えしておきますね」
「あ、はい。了解しました。それと……」
 冷蔵庫なら後で俺と十四郎さんで運びますから。千万来は百合の声が聞こえる台所に向かいつつそう続けようとしたのだが――その時には、冷蔵庫は既に定位置から少し前、運び易い位置にまで移動され、緩衝材が巻かれていた。……つまり既にしてそこまで百合一人で移動させたと言う事である。
「……」
「? どうなさいました?」
「えっと、百合さん一人で移動したんですか、これ」
「ええ。世界中で働いてきましたもの。この位楽な物ですわ」
 にっこり。
「じゃ、じゃあ俺も手伝いますんで、玄関まで運んじゃいましょう」
「構いませんのね? でしたらわたくし一人で大丈夫ですわ」
 千万来さんは他の手が回らない所をなさって下さいな。言うなり、百合はそれこそ軽々と冷蔵庫を担いで玄関へと向かっていく。業者顔負けである。その通りすがりを目にしたここ阿も、わあお、と軽くおどけた様な感嘆の声を上げている。
「百合ちゃんすっごい、たっのもしー。こっちの本とかも是非よろしくー」
「了解ですわ。暫しお待ち下さいな」



 そして殆どの荷物がアパートの玄関先に運び出されて後。
 役所に手続きに行っていた十四郎も漸く帰って来、お昼休みの一段落を挟んでから。
 午後一で、頼んでいた引越業者が到着した。すかさず一義が対応に出、大人の挨拶と共に軽く打ち合わせ。それから、業者さんが荷物をトラックに積み込み始めた。

 が。

「十四郎。お前もやれ」
 転居の手続き以外お前結局殆ど何もしてないだろ。
「ん、おお、そうだな。人手があった方が早く済むだろうしな」
「いや、あの、ここまでして頂いていたなら、後はこちらでやりますが――」
「甘やかさないで下さい」
「ってあの、そういう事では――」
「邪魔って事じゃねぇならやらせて貰うぞ」
「……はあ」
「でしたらわたくしも積み込みお手伝い致しますわ。宜しいですわよね?」
「へ?」
「百合ちゃんすっごく力持ちだから大丈夫だよー。そもそもここまで冷蔵庫持って来たの百合ちゃんだし」
「!?」

 と、俄かに業者さんを困惑させつつ、トラックへの荷物の積み込み要員に二人が追加される。事前に目印を付けて間違いの無い様に、重くて安定している物は下、その逆は上にと積み込んでいく。十四郎や百合が手伝ったのは玄関からトラックまでへの移動。そこから先は流石に業者さんに任せた方がいい管轄。

 ここまで来れば、準備は済んだも同然。
 荷物を積み終えた業者のトラックを見送り、今度こそ本当に一段落。
 後は本人達が行くだけである。

「……その前に、最後の掃除もな、十四郎」
「へいへい。長年世話になった部屋だしな」



 間に合った――っ!

 そんな遣り遂げた充実感と安堵と共に、準備の打ち上げ兼ここ阿への約束がてらの夕食として西五反田の某ファミレスに皆で出向く。全部荷物を送ったから今は自炊不可と言う理由もあるが、それはそれとして。
 一義は親戚の二人に改めて礼をする。

「千万来、ここ阿、手伝ってくれて有難う」
「そんな水臭いですって。いつでも言って下さい」
「そーそー。ボクはいつでもとは言わないけど、奢って貰うとかあれば気にしないし」
「済まんな、殆ど全部任せる事になっちまって」
 引越の準備。
「……。……ああそうだ。十四郎。今日は飲酒禁止だ。頼むなよ」
「は!? 何でだよ」
「当たり前だろう。翌日運転するんだからな」
「って一晩寝りゃ関係無いだろ」
「そうとも限らない。それに長く運転する事になるんだからな。不安要素は可能な限り除いておきたい」
「俺の運転が不安だってのか」
「そういう問題じゃない」
「じゃあ何だってんだ」
「お前がもっと早く話し、支度を始めていれば皆に迷惑をかけずに済んだ」
「……」
「違うか? こんな強行軍になったのは誰のせいだ」

 ……。

「転職してやっていけるか悩んでたんだよ」
 それで話すのを躊躇っていた。
 それと、編集部の後片付けの方に最後まで関わってたから引越作業に手が回らなかったんだ。
「……大学の時にアルバイトで入ってから、卒業後の不況で就職出来なかった自分を拾ってくれた編集長への恩返しをと思ったのが悪かったってのか」
「それでももう少し遣り様があったんじゃないのか」

 と、再びの喧嘩腰――殆ど一触即発になった所で。

「まあまあ、間に合ったんですからいいじゃないですか。一義お兄様」
「百合」
「それよりわたくしはここ阿ちゃんや千万来さんと会ったばかりでお別れなのが残念ですわ」
「そや。俺なんか仲良しやったバイト先の女の子達ともお別れなんや……がっくりやで」
「ああ、億人は当面大食いも禁止だからな」
「はいー!?」
「K市での生活費確保の為だ。絞れる所は絞る」
「うう……そんな殺生な……メシも食えんで、女の子達ともお別れ……踏んだり蹴ったりやないかーーー!」
「まあまあ、K市でも新しい出会いがありますよ。億人さんなら」

 きっと、と千万来。
 一気にずーんと落ち込んでいた億人はそう慰められ、何とか浮上。

「……。……ほやな、K市行ったら賄い付きで可愛い子のおるバイト探したろ♪」
「ふふ。わたくしも新しい出会いが楽しみですわ」
「「百合!?」」
「これまでも日雇い仕事の合間に方々の道場を回ったり、」
 つまり破ったり、
「声を掛けて来た方――」
 つまり誘拐やナンパ目的で――
「――と試合いましたけれど、今一つ手応えがありませんの」
 ですから、K市ではどんな強敵と逢えるか楽しみで。

 ……。

 新しい出会いの一言に思い切り反応した兄バカ二人も、続けられた科白ときらきらと夢見る様に目を輝かせる百合の貌で色々察し、“そういう話”では無さそうだとほっとしてすぐ黙る。
 その様子を見た千万来の方でも――何となく納得する。彼女の事はここ阿から聞いてはいるが、直接会ったのは今日が初めてだった。が、それでも外見はともかくその豪気な性格は来生家の女性らしい。極々自然にそう思う。

「あ、そうだ億人。冬休みにはちーちゃんと遊びに行くから、名物とか名所とかリサーチしとくよーに! 師匠の命令だかんね!」
「おう、任しとき、師匠達の為に確りリサーチしといたるで!」
「お二人共、ぜひ遊びにいらして下さいましね」
「十四郎さんも。仕事に慣れるまでは大変でしょうが、頑張って下さい」
「……。……ああ、有難うな。千万来」
「ちーちゃん。んじゃそろそろ、あれ」
「そうだね。じゃあ」
「?」



 ここ阿と自分から、お餞別。

 ここ阿の言う“あれ”と言うのは餞別の事だった。そしてその餞別にと千万来が一義に渡していたのは――GPS付きの腕時計。

「一義さん、くれぐれも単独行動は避ける様にして下さいね?」
「なっ……二人共、こんな……有難う……」

 気持ちの籠った注意と、渡された品を確認した時点で一義は思わず涙ぐむ。それから真っ直ぐに礼を言ってくる様子を見、ここ阿は照れ臭そうにぽりぽりと鼻の頭をかきつつ、ぽつり。

「買いに行ったのはちーちゃん、ボクはアイディアとお金少し出しただけ」
「そうか、ここ阿がか……千万来も。本当に有難う」

 送り主の気持ちを推し量れば量る程、一義の涙腺はまたじわり。
 その後頼んだ食事もまた、一義にしてみれば涙の味がしたとかしなかったとか。



 翌朝。引越当日。
 最後に大家さんへとアパートの鍵を返却し、自家用車に四人全員で乗り込んだ所。
 見送りは、ここ阿と千万来。

「んじゃ、冬休み待っててねー」
「おう、師匠も千万やんも待っとるからなー」
「はい。お待ちしてます」
「たまにはこっちに帰って来て下さいね」
「ああ。そうするよ」
「……じゃあ、そろそろ行くぞ」

 名残は惜しいがいざ新天地――K市へと。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 来生家の皆様にはいつも御世話になっております。
 今回も発注有難う御座いました。
 そして最後まで大変お待たせ致しました。
 大人数……申し訳無いどころか久々にこの人数を書かせて頂けて嬉しかったですよ。

 内容ですが、御引越で締められる言わば最終回をお預け頂いた様で、恐縮です。
 如何だったでしょうか。
 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。

 改めまして来生家の皆様にはこれまで沢山御世話になりました。有難う御座いました。
 これで東京怪談では最後となりますが、もしまた何処か別の場所でまたの機会が頂ける時がありましたら、その時はと書いておく事にしてここは失礼致します。では、また。

 深海残月 拝
東京怪談ノベル(パーティ) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月19日

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