▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『「教会」 1』
白鳥・瑞科8402

 ――この世界には、「教会」と呼ばれる秘密組織が太古の昔から存在している。

 最早起源など忘れられて久しい程の昔。人類に仇為す魑魅魍魎や裏組織の類を人知れず殲滅する「組織」が存在した。それはいつからか「教会」と呼ばれ、隠密裏に世界を救い続けて来た。何の見返りも求めず、ただ人類の平穏だけを願い続けて、泥を被り続ける暴力装置。その苛烈にして禁欲的な様はやがて世界中の為政者や有力者、はたまた直に救われた弱者達に遍く知れ渡り、以後、世界の裏側にて隠然たる影響力をも広く持ち得る事になる。
 その“影響力”は「教会」の使命にも適う為、「教会」は不要と断りはしなかった。広く影響力を持ち得れば、使命の為と動くのも易くなる。そしてそれらを活かしつつ、使命の為にと「教会」の者は人類に仇為す敵対者をただただ殲滅し続ける。
 最早、世界の何処であろうと「教会」の手の届かぬ場所は無くなった。これで何処の誰であっても、救いに行ける。滅ぼしに行ける。神の敵を。何処までも。何時までも。

 神。

 この「教会」が便宜上掲げているその正義。厳密には宗教的な信仰対象であるかどうかすら定かでは無い。いつの頃からかキリスト教めいた用語やガジェットを使ってはいるが、この「教会」の教義、至上命題はあくまで“人類を護り通す事”――即ち、実際の行いとしては“人類に仇為す魑魅魍魎や裏組織の類を殲滅する”事でしか無い。
 その行いからキリスト教の急進的かつ秘密主義にして神秘主義な一派か何かと思われがちでもあるが、彼らの深奥を見れば、どうしたってそれとは異なる。もっと、ずっとシンプルで――それでいて、力強くも柔軟だ。
 彼らが纏うシンボルマークもただ十字架の派生や、古くはキリストを示していた魚の意匠――等だけと言う訳では無い。もっと、ずっと複雑な構成になっている。そう、過去から現在まで数多存在した宗教全ての象徴を洋の東西問わず有機的に取り込んだ様な、いや寧ろ古さからすれば逆にそれらの元祖であるかもしれないとさえ思わせる意匠が、彼らを示すアイコンである。

 そして現代も、この意匠が見られる事は、ままある。
 必要さえあるならば、何時であっても、何処にでも。
“神”の御心のままに、敵対者への鉄鎚を下す為。
 彼らは何処からともなく現れる。

 隣人への愛を説く信仰者の仮面を被り。
 然るべく。

 ――“彼女”の様なともがらが、今宵も任務を果たす為。



 白鳥瑞科(8402)は美しい。
 端的に一言で言ってしまえばそうなるが、正直、それだけの表現で済ませてしまうのはどうしても足りない気がしてしまう位の美しさ、である。総じて艶やかとでも言うべきか、その端整な造作も、スレンダーながらも出る所はこれでもかと出ているグラマラスな体型も、きめ細かく滑らかな卵肌に、軽やかな茶のロングヘアも、透き通る様な青い目も――目に映る全てが見る者を魅了する。男は勿論、女すら。ここまでの完璧さを見せ付けられてしまえば、流石に嫉妬より羨望が先に来る――いや、寧ろ崇拝にすらなり得るかもしれない。
 容色だけでは無い。聡明さや戦闘能力と言った“お勤め”に必要な才すらもずば抜けているとなれば、もう。
 彼女のどんな振る舞いも、誰も否定する事など有り得ない。
 彼女の為す事全てがありのまま受け入れられ、何であっても彼女の思う通りに事は進む。
 彼女は“兄弟姉妹”や護るべき“子羊”の前でなら、その“見た目”に値う程に優しく在る。

 彼女は「教会」の武装審問官――即ち、武装シスターである。
 特注の修道服――戦闘服を纏い、言い渡される“お勤め”に――任務に赴く。
 それが常。
 今も、また。

「我らが「教会」を騙る者達……それは捨て置けませんわね」

 ただ「教会」と言うだけならばそれこそ数多の宗教でその役目をする施設や場所は数多に存在するだろう。が、今聞かされたこの「教会」は勿論それらの事では無い。
 人類の敵を屠る為、太古から続く世界的な秘密組織。そう騙り、戦闘員を組織し、人々を支配し、欲望を満たしている連中が居ると言う。支配には恐怖と薬物を使い、欲望はどんな悪徳だろうと構わず満たす。武器は何処からでも手に入る。……「教会」の影響力があるならば。
 そんな風に“本物の「教会」”に巧妙に似せて食い込んで来た、カルト集団と言うか――テロ集団である。どう考えても武闘派の仕業。の割に危ない橋を渡っているとの自覚も確りとある様で、尻尾を出す前に小利口に立ち回る。そして「教会」の影に隠れてじわじわと勢力を拡大。結果、これまでは――中心とされる人物の尻尾すら中々掴めなかった。
 が、調査に長けた兄弟姉妹の尽力で、初めてそこの情報が奪れたのだと言う。
 それで今回、その情報を活かすべく託された「教会」所属の個人にして最大戦力が白鳥瑞科になる訳だ。

「厄介なダニですこと。こんな輩は一刻も早く駆除しなければなりませんわ」
「ああ。「教会」の名に傷も付く。既に連中の支配地域の人々には混同されている節があるからな……」
「全く。困った話ですわね……その不遇な方々にも“本物の神の恩寵”を速やかに与えて差し上げないと」
「そういう事だ」

 今宵も任務を言い渡す。神の御心のままに。敵対者には鉄槌を。

「amen――然るべく」



 然るべく、神罰の代行を行う為の服。

 それを纏うべく、瑞科は任務前のいつものルーティーンに入る。口ずさむ様に唱えるのは聖句。薄くぴったりとした伸縮性のある最先端技術で作られた素材の布地を、つ、と静かに肌に滑らせ伸ばしつつ、瑞科は己が身を少しずつきゅっと締めて行く。手首から肘へ、肘から肩へと両の筒袖にそれぞれ腕を通す。それが済んだら背や首の位置を整えつつ、豊満なバストを包み込む――再び位置を整えつつ布地で締め付け、きっちりと留める。留めた所から手を離しただけでその膨らみは俄かに揺れる。それだけでもどうしようもなく人目を引くだろう――誰かが見ていたとしたならば。さりげない当たり前の仕草だけで、隠しようも無い色めいた魅力が溢れ出る。

 今宵の瑞科の戦闘服は、日常のシスター服らしさからは少し逸れる、やや儀礼的な物が選ばれた。より「教会」らしい礼装を重視したデザインで、荘厳さが際立つ代物。今宵の任務は“本物”を知らしめる為の物なのだから、そうなる。これもこれで、勿論、気が引き締まる。とは言えそれでも結局瑞科の場合、女性らしさをとことん強調した煽情的なスタイルにもなってしまうのだが。
 そう、袖の長い上着ですら起伏に富む体のラインがはっきりと出る薄手の素材で作られ、ぴっちりとその身に伸ばされ張り付いている形になっているのだから。薄過ぎて、シルエットだけで見るなら殆ど裸体同然にも見えそうな所。そこに直接あしらってあるかの如き、「教会」ならではの装飾。魅惑的な起伏に沿い、妖しく歪んでその身の上に伸びている。
 そんな装飾は、上着だけでは無く背を覆う短めのマントを留める肩当てにもあしらわれている。但しこちらは鉄製で小型の物。下に穿くミニのプリーツスカートにも黒色で同様に。そこから伸びる絶妙に鍛え抜かれたしなやかな美脚も大部分が人目に晒される。……こちらは、そう見えるだけではなく、本当の、生身である。

 修道女らしからぬそのはしたなさ。
 けれどそれでも、瑞科は“本物”。全て承知で、やっている。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.