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『「教会」 2』
白鳥・瑞科8402

 余人の語る修道女らしさなど、知った事では無い。
 白鳥瑞科(8402)にしてみれば、これが一番「教会」の修道女らしい――武装審問官らしい――自分らしい姿になる。
 この身の色めいた艶やかさを無理に隠す気など更々無い。
 寧ろ晒して、誇るべき。
 神が与え給うたこの美貌なのだから。
 隠す事こそ不敬で、不信心であると言う物。

 ……皆々様も。そうは思いませんかしら?

 クスリと笑いつつ、瑞科は心の中で韜晦する。瑞科用にと特別に作られた修道服――戦闘服。確かに何処かの宗教概念では素肌は極力隠す物だろうが、この「教会」の場合、その辺りを気にする事は無い。そもそもその服を作り上げたのは「教会」の技術班である。
 揺るがぬ“信仰心”さえあるのなら、それで全て事も無し。

 とは言え勿論、晒されたその素足もただ無防備なままで置く訳では無い。“お勤め”に赴く実用としても足元を固めるのは重要である――つまり、そこに纏う物も当然、ある。まずはニーソックス。これは日常の“お勤め”でも穿いている物――ぐっと肉感的な太腿に食い込む程に引き上げ、締め付ける。そこにガーターベルトも装着。ニーソックスがずり落ちない様に念の為きちんとしておく――と言うのは、ただの言い訳に等しい。……食い込む程に締め付けている物が、ずり落ちるなどある物か。
 結局、ボンデージめいた見栄え重視なだけとそれなりに自覚はある。そしてその自覚に、何ら恥じる事は無い。瑞科の思う、瑞科なりの美しさ。強く在る為の己ならではの備えになる。神の意に沿い神の威を知らしめる為のモチベーション。その為のこの挑発的な装いだ。これは喜びにして最早義務である――瑞科は極々自然にそう自認している。
 最後にガーターベルトで留めたニーソックスに重ねてホールド、膝まである編み上げのロングブーツをきっちりと履き締める。その色は清楚さと神聖さが映える白の色。曲がりなりとも礼装ならではの仕上げであるのかもしれない。
 足元を整えてから、次は武装。太腿に専用のホルダーを巻き、ナイフを装着。事あらば咄嗟にすぐ手の届く位置――副武装としては手頃。これもまた使い慣れた武装である。数度抜き打ちを重ねて装着感を確かめる――問題無い。そうしている間にも、瑞科の口ずさむ聖句は止まない。
 瑞科の今宵の主武装は、ロッド、即ち長めの杖――「修道女の礼装」に携える物らしく、非致死性の武装である。敵対者の許に居るだろう不遇な“子羊”を怖がらせてはならない。当然、尖った鋭い切っ先も重さの破壊力も無い――が。
 実戦に於ける殺傷力の有無は、使い手次第で振れ幅が広い代物でもある。取り回しに優れ応用が利き、そして何より――瑞科がこの杖を武器として振るうなら、必要充分過ぎる威力を叩き出す。
 演舞の如く数度振るい、こちらも軽く使用感を確かめた。いつも通り。全く問題は無い。

 では、罰当たり共の巣食うと言う、調査班が見付けたその場所へ、推参すると致しましょうか。
 amen――然るべく。



 重ねられるのはゆったりとまろやかな歩容。進む度に、豊満な部分が揺れる。ふわりと靡くプリーツスカート、その下の脚部のみならずヒップすら見えてしまいそうで、もし見る者が居たならきっと彼女から目を離す事は出来ないだろう。まるでブーツの踵が鳴っている様な錯覚さえ感じさせる華麗な歩み方――けれど実際には、欠片も音を伴ってはいないのだが。
 不要な時には音を出さない。その位の隠密行動は瑞科にとって常の事。戦闘状態に於いてこういった日常の音が邪魔になる事もままある。隠密裏に世界を救う――その為には、護るべき子羊達の目には留まらぬ様に動く必要も出て来る訳だ。
 その必要が無い時もある事はあるのだが、だからと言ってわざわざ音を立てる事も無い。

 パララララと銃撃の音がする。したかと思えば、瑞科は立ち止まりもせぬまま、徐にロッドを振るう――撃ち抜く様に思い切り腕を振るその動きだけで、豊満な部分もまた魅惑的に捻られ、撓む。
 途端、強烈な異音がした。俄かに何の音かわからない――かと思えば、一拍置いてやや離れた場所でどさりと倒れ込む音と苦鳴が前後する。それが、数度――何が起きたかと思えば、瑞科からやや離れた位置で「教会」を騙る組織の戦闘員――と思しき武装した男達が黒焦げになって次々倒れているだけの事だった。その姿は「教会」のと言うより完全に民兵らしい風体である。宗教色も軍隊色も無い――が、練度はどうやらそれなりで、丸腰を相手に回して銃口を向ける事に躊躇いも無い立派なテロリストである。瑞科で無ければ疾うに蜂の巣だったろう。
 つまり、瑞科は銃撃されていた訳だ。「教会」の装飾を纏った礼装――にしては艶めき過ぎてはいるが、敵にしてみればだからこその警戒もあったのだろう。「教会」の名を騙り、ここまで利用して来ている以上、白鳥瑞科の存在を知らぬ訳は無い。幾ら隠密裏に活動していようと、その力と容色は隠然と知れ渡っている。
 それで、そんな見た目の女が一人、支配地域に踏み込んだと見た途端の総攻撃だったと言う訳だ。

 が、幾ら練度が高いとは言え、末端戦闘員の総攻撃程度でどうにかなる白鳥瑞科では無い。遮蔽物を使いつつフルオート、もしくはセミオートで射撃されていたその銃弾を、瑞科は能力を以って電撃を纏わせたロッドを用い撃ち返していた訳だ。勿論、一つ一つの銃弾を物理的に撃ち返せる訳は無い。撃ち返すのと電撃での射線誘導を併用しての仕業である。自分への射撃を弾くのみならず、弾いたそれを撃った当人へと返却。上乗せした電撃分の威力も重ねて、一人一人心を籠めて焼き尽くす。祈る間など与えない――その価値も無い。
 忘れた頃に妙な爆発も周辺で起きる。取り落とされた銃や、弾かれた銃弾の一部――瑞科の電撃を受けての作用で不規則に爆発した物だ。それらが彼女の歩む道を照らす花火と化している。

 恐怖と諦めに淀んだ感情。饐えた様に周辺の家屋から漂って来ていたそれらが、困惑している。自分達を支配している「教会」の構成員が、負けた? それも、黒焦げとなって、まるで天罰を受けたかの如く。そしてそれを為したのは「教会」の装飾があしらわれた礼服を纏った、この世の者とも思えぬ麗人一人である。
 彼女は杖一つで「教会」の構成員――とされる戦闘員達を悉く倒してのけ、何事も無かった様に歩いている。周辺の家々からの視線に気付いた。振り返る。立ち止まる。
 そして――ふわりと微笑み掛ける事をした。まるで見る者を安心させようとしている様な――あれだけの神の威を示していながら、これ程の慈愛まで。

 この御方はきっと、「教会」より使わされた、本物の天使様。
 私達を支配していた彼らを懲らしめ私達を助ける為に、本物の「教会」から来て下さった。

 その天使様が、彼らは偽物だと断定した。
 喜びと希望が湧き上がった。私達に救いはまだあるのだと。

 けれど「教会」を騙る者は――この支配を作り上げた者は、まだ居る。
 天使様のお望みであるなら、我らがその者の元へと天使様をお連れしましょう。
 そうしたとして命果てようとも、我ら誰一人後悔はしません――……

「そんな悲しい事を言ってはなりませんわ。神の子羊は救われねばなりません」

 滅びるべきは悪のみですわ。
 さあ、わたくしにお役目を果たさせて下さいましな。


東京怪談ノベル(シングル) -
深海残月 クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月19日

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