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『Somewhere Over the Rainbow』
海原・みなも1252

序■錦秋の女神

 この異界を訪れるようになったのは、いつからだろう?
 幾度も季節を廻りながら、公園の中で、井の頭池で、弁財天宮で、弁天やその眷属、幻獣動物園の亡命者たちと過ごしてきた。
 海原みなも(1252)にとって、朱塗りの社へ向かう道のりは、すっかり馴染み深いものになっている。いつもどおりに七井橋を抜け、ボート乗り場を左手に、軽やかに駆けていく。
 淡い水いろのセーラー服に結んだスカーフを揺らし、しなやかな髪をさらさらと風に靡かせながら。
 ――と。
 弁天橋が見えたあたりでみなもは足を止め、息を呑んだ。
 先日、井の頭公園を訪れてからさして日は経っていないというのに。
 公園中が、紅と黄金の錦に彩られていたのである。

「おおお〜! み〜な〜も〜! よく来てくれたのう!」
 みなもの来訪に気づいた弁天が、社から走り出てきた。
「相変わらずかわゆいのう。この桃いろほっぺの滑らかさときたらもう、超高級水蜜桃が泣きダッシュするレベルではないか。うりうり」
 常に暇を持て余し、来客を待ち望んでいる弁天はご満悦だ。飛びつくような勢いで、みなもの頬を両手でむにっと包む。
 弁天さまぁ、お客さまへの濃厚接触はお控えください〜! と、どこからか眷属の声が響くが、まったくもって気にする様子はない。
「一面の紅葉ですね。びっくりしました」
 紅葉の季節には少し早いはず。みなもは首を傾げる。
「なに、竜田姫の真似事をしてみたのじゃ」
 弁天は袖に手を当て、くすくす笑う。
「竜田姫……さま?」
「うむ、聞いたことはないかえ? その昔、五行思想にもとづいて、春は東、夏は南、秋は西、冬は北と、それぞれ女神を配したことを。春を司る『佐保姫(さほひめ)』、夏を司る『筒姫(つつひめ)』、秋を司る『竜田姫(たつたひめ)』、冬を司る『宇津田姫(うつたひめ)』」
「では、この光景は……」
「左様。山々を縦横無尽に駆け、鮮やかな紅葉に染め上げる、秋を司る女神『竜田姫』の如き。しかしながら、そ〜ゆ〜ジャンルの権能はわらわにはちと不足しておるでのう。つまりは――」
 ――モミジの精とイヌシデの精に圧をかけたのじゃ。来客誘致のため、紅葉を早めよと。
「ここは桜の名所でもあるが、紅葉の名所でもあるからのう〜。ちなみに公園内には5000本以上の落葉樹があっての、そのうちモミジは635本、イヌシデは540本。ほれ、弁天橋からカメラを向けるとインスタ映えするショットをゲットできようぞ」
「とても素敵です」
 大きく頷いてから、みなもは居住まいをただす。
「弁天さま。今日はお願いがあって来ました」
「良いとも良いとも。一緒にボートに乗るのじゃな? お安い御用じゃ。今日はとっておきのゴンドラを用意しようぞ!」
「あ、はい、いえ……、それもありますが、もうひとつ……」
「ふむ?」
「弁天さまは水の女神。そして芸事も財福も司っておられます」
「を、をう?」
「どうかあたしに――」

破■水も滴る

 みなもの答を聞く前に、弁天はぱちんと指を鳴らす。
 瞬く間に、井の頭池に、黒一色で塗られたゴンドラが出現した。
 ゴンドラの舳先にはゴンドリエーレ(船頭)が片手に櫂を持ち、スタンバイしている。黒子頭巾をかぶっているため正体は不明だが、おそらくボート乗り場係員が扮していると思われる。
「ゴンドラには漕ぎ手が必要ゆえ。ささ、わらわたちはゆっくり話すとしよう」
 わらわへの願いごととは? 云いながら弁天は、みなもの手を取ってゴンドラに招き入れ、向かい合わせに座った。
「はい。どうかあたしに、『水芸』のご指南をお願いします」
「はて?」
 真剣な面持ちのみなもに、弁天はきょとんとした。
「おぬしの申す水芸とは、豪華絢爛な江戸の夢『水からくり』のことかえ? 現代においても手妻師が継承しておるようじゃが、わらわの神パワー的スキルとは違うような気が」
「似ているかも知れません。違うかも知れません。でも、今まで弁天さまに水の操り方を教わってなかったと思いまして」
「しかしのう」
 ますます弁天は困惑する。
「そなたこそ水の乙女。とうに水の扱いについては極めておろう。わらわに指南できる余地が、果たしてあろうかの?」
「あの。これ。お土産です」
「くっ……! こっれっは……!」
 みなもは持参の菓子折をそっと差し出す。弁天はきらーんと目を輝かせた。
「『水の都』と名高い某市の老舗の渾身の名作、『ぷるぷる水まんじゅう』季節限定フルーツの桃、あんず、葡萄入りバージョンの詰め合わせではないか! 発売するなり完売御礼の大人気商品!」
「実はお店のご主人と知己があり、大切なかたへのお土産とお伝えしましたら、では特別にと販売くださいました」
「むむむ、この世渡り上手さんめ!」
「お口に合えばいいのですが」
「おお、おお、桃は瑞々しく、あんずは爽やかな風味、葡萄はこの甘く弾ける果実感が何とももぎゅもぎゅ、さすがは老舗、誠に良い仕事ぶり……はっ!?」
 ついつい無中で頬張る弁天を、にこにことみなもは見つめる。
 やがて、頃やよしと、すっと三つ指を突いた。
「水芸のご指南をお引き受けいただき、ありがとうございます」
「……!」
 ――完敗、であった。

急■いつかまた、虹の彼方で

 弁天さまに教えていただきたいのです。
 美しくて、癒される、みんなを幸せにする、そんな水の夢を。

     ++ ++

 絢爛たる紅葉が映り込む水面を見つめ、しばらく考え込んでいた弁天だったが――
 やがて、ふっと微笑み、ふわりと羽衣を空に放つ。
 くるくると弧を描き、武蔵野の空に溶けた薄絹は、霧雨に姿を変えた。

 霧雨は幾重にも陽を反射して、そして。
 巨大な虹が現れた。
 それも、三重の虹が。
 虹はオーロラのように揺らめきながら弧を描き、紅葉の井の頭公園を、そして武蔵野を、
 いや。
 ――東京を、覆ったのだった

「二重の虹は『幸運のサイン』。三重の虹は『最高の祝福』と云われておろう?」
 どうじゃ? おぬしもやってみるが良い、と弁天は振り返る。
「わかりました。では、あたしも」
 みなもは息を吸い込んで、水面に手を差し伸べる。

 井の頭池が大きく波打ち、すぐに静かになった。
 やがて水中に円形の虹が、三重となって出現する。

 空に輝く、三重の虹。
 水中に煌く、三重の虹。
 
「ほほう、これは見事」
 ゴンドラから身を乗り出し、弁天は目を細める。
「水は千変万化。その扱いかたも個々の領域であるが、それにしても」
 ――さすがはみなも、天晴れな弟子っぷりじゃ。
 
 弁天の言葉に呼応するかのように、モミジの大木たちが、イヌシデの樹たちが、その幹を揺らす。
 天と水面に描かれた虹模様に、紅と黄金の葉が敷き詰められていった。



 
           ――Fin.(ありがとうございました!)

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【1252/海原・みなも(うなばら・みなも)/女/13/中学生】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
近いうちに(?)お会いできで光栄でございます! あなたの神無月です。
この度は本当にありがとうございます。最後に紅葉と虹の物語をお届けいたしました。

どうやら高峰さんは無期限休業に入るようでございますが、みなもさまの東京怪談ストーリーは永遠に続きますし、弁天&井の頭スタッフもまた、気持ちだけは年中無休のままにおいでをお待ちしているのだと思います。
願わくば、いつかまた、虹の彼方でお会いできますように。
東京怪談ノベル(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月19日

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