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『東京怪談・改 〜裸足の王女の冒険Vol.5〜』
イアル・ミラール7523

序◆黒薔薇の魔手

 ――見よ、これなるは最奥の秘術にして、奇跡の魔術結晶。
 命ある賢者の石『裸足の王女』なり。
 この石を得る者よ。汝、この世の栄華を、あまたのちからを、ことごとく手中にすべし。

                          ――魔女結社『黒薔薇の夜明け』団
    
       + +


 イアル・ミラール(7523)が、井の頭公園の亡命者居住区域に住うようになって久しい。
 最近は公園での生活にも慣れてきたようだ。イアル目当てに訪れる来客は相変わらず多いが、彼らへの対応にも明るさと華やぎが漂う。
 弁財天宮から少し離れ、弁天橋の上で、弁天とハナコはその様子を見守っていた。
「イアルちゃん、このところ笑顔が多くなったね」
「うむうむ。喜ばしいことじゃ。ここに住まわせる甲斐もあろうというもの」
「……ねえ、弁天ちゃん」
 ハナコは心配げに声を落とす。
「このところ、ずっとイアルちゃんのこと調べてたみたいだけど、何かわかった?」
 うむ、と弁天は腕組みをする。
「イアルはなかなかに、壮絶な過去を持っておる。何度も石化され、時には権力者に献上されてきた」
「どうしてみんな、そんなにイアルちゃんを狙うの?」
「石化したイアルはいわば『賢者の石』なのじゃ。魔導具として、魔術紋章(エンブレム)の働きを為すことができる」
「どういうこと?」
「賢者の石を側に置くということは、すなわち、つねに強力な魔法陣を駆使しているようなもの。現実を塗り替え、己が目的のために有利な条件を整えることが可能になるのじゃ。……おや?」
 弁天はふと眉をひそめる。
 先ほど、イアルを取り囲んで挨拶をしていた人々が、掻き消えるようにいなくなったのだ。
 代わりに。
 漆黒の闇のようなスーツに身を包んだ、OLふうの女たちが数人、現れた。

 突然、異界の空気が一変し、禍々しい霧が立ち込める。
(あれは……?)
 霧に隠されて、イアルの姿も、女たちの姿も薄れていく。
「弁天ちゃん!」
「うむ!」
 弁天とハナコは駆けつけようとするが、見えない壁に阻まれ、動けない。

「イアル! 無事か?」
「イアルちゃーん!」
 ふたりの叫びさえも霧がかき消す。
「人払いの結界か! さては黒薔薇の魔女どもじゃな。おのれ、どうしてくれよう」
 弁天は歯噛みする。
 イアルの姿は、とうとう見えなくなった。
 
破◆貴石を欲するものたち

(見つけた)
(見つけたわ)
(随分探したのよ。あらゆる国、あらゆる異界を巡って)
(こんなことろに隠れていたのね)
 漆黒の魔女たちが、イアルを取り囲む。
「あなたがたは一体……。わたしに何の御用でしょうか……?」
(そんなこと、自分が一番わかっているでしょう?)
 年かさの魔女が、甲高く笑う。
 イアルは静かに目を伏せる。
 わかっている。
 もちろん、わかっているのだ。
 …………わかっては、いたのだけれど。

 彼女らは『黒薔薇の夜明け』団に属するものたち。
 魔女狩りの嵐が吹き荒れた暗黒の中世をやり過ごし、細々と、したたかに、歴史の影で生き延びてきた魔女の子孫。
 やがては魔女結社(ギルド)として、世界中にネットワークを構築するまでになった。時の権力者たちに『生贄』を捧げながら。
 生ける賢者の石、イアルは、申し分ない生贄だった。彼女らの先祖はイアルを捕らえては石化し、大貴族に、王に、皇帝に献上したのだ。
 何度も、何度も。
(貴女のちからを欲しているのは、私たちだけではないわ)
(もちろん、権力者たちだけでもない)
(世界中の『魔力』に関心のあるもの全てが欲している)
(このままでは)
(そう、このままでは、いずれ弁天にも危害が及ぶでしょう)
 魔女は唇の端を吊り上げ、邪悪な笑みを浮かべる。
「やめて。やめて下さい。弁天さまは、わたしを助けてくださったんです」
(それはどうかしら?)
(弁財天だって、貴女のちからが欲しいだけ)
(貴女を手許に置いておきたいだけ)
「そんな……」
(私たちの軍門に下りなさい)
(そうすれば、弁天に手は出さないであげるわ)
(たかだか、この小さな島国の、狭い狭い都市の片隅に暮らす、あまたの神のひとり)
(私たちがその気になれば、弁天も只ではすまないのよ)

「弁天さま……」
 イアルは肩を落とし、両手で顔を覆う。
 涙が指の間からこぼれた。
 それを了承と受け取った魔女は高らかに嗤い――
 イアルに向かい、水晶玉を手に魔法陣を描く。

 絹を裂くような哀しげな悲鳴が、細く長く響く。
 水晶玉に吸い込まれたイアルは、そのまま黄金のレリーフに封印された。


急◆居るべき場所

 魔女は満足げに水晶玉を持ち直した。愛しくてたまらぬように撫でる。
(素直ね、イアル。可愛らしいこと)
(さあ、仕事は終わったわ)
(今度はこの子を誰に献上しましょうか)
 魔女たちが撤収しようとした、その時。

「ちょーーっと待ったあ!」
「逃さないよ!」
 人払いの結界を平然と破り、弁天とハナコが現れた。
(なに?)
(弁財天と世界象)
(どうして、この結界を?)
 驚く魔女たちに、弁天はぴしっと人差し指を向ける。
「馬鹿者! 本来、結界とは聖なるものを護り、邪なものを断つもの。わらわの破邪の水龍にかなうわけなかろう」
「ちょっと時間かかったけどね」
 ハナコは肩をすくめる。
(ふうん? 思ったよりやるじゃない?)
 だが魔女はすぐに動揺から立ち直り、不敵な態度を取った。
(でもね、本当に貴女は『聖なるもの』なの? イアルに邪な心を持ってないと云えるの?)
「何じゃと?」
(イアルは『権力の象徴』として欲しがられてきた。それは貴女も同じでしょう?)

 ――貴女だって、時の権力者たちと同類なのよ。

 勝ち誇ったように魔女は笑う。
 しかし弁天は、眉ひとつ動かさない。
「黙らっしゃい! おぬしらが何を云おうと痛くも痒くもないわ」
 毅然と、胸を張って云い放つ。
「権力の象徴? 上等であろ? 宜しいか、『象徴』とは至高の存在でなくてはならぬ。そう、三種の神器のごとく、伝説級、神話級の存在でなければ意味がないのじゃ」
(認める……、の? 認めても、なお) 
「そんなわけで、わらわはイアルを欲する。そこに一点の曇りも躊躇もない。イアル本人の性質の如く、純度1000%、混じりっけなしの無垢な所有欲じゃ。それを阻めるものなら阻んでみよ!」
 
 ――ハナコ! やっておしまい!
 ――おっけ〜! いっくよ〜!

 ……世界象との戦闘結果は、
 中世から連綿と続いてきた魔女結社『黒薔薇の夜明け』団側の、
 凄まじい黒歴史となった。
    

       + +


 魔女を撃退し、封印から解除されたイアルは、しばらく無言で佇んでいた。
 やがて、絞り出すように声を放つ。
「わたしは、ここに居て、良いのでしょうか?」
「何を申すやら」
「……これからも、こんなことがあるかも知れません。ご迷惑をかけるかも、知れません」
「おぬしは、わらわのものなのじゃ。遠慮せず、ずっとここに居るが良かろう」
 イアルは顔を上げ、そっと頷いた。

 ――はい。よろしく、お願いいたします。
 


              ――Fin.


━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【7523/イアル・ミラール/女/20/裸足の王女】


◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
いよいよクライマックス、裸足の王女シリーズ井の頭編、連載5回目でございます。魔女結社に狙われたイアルさまの、風雲急を告げる怒涛の展開が目白押し!
さて、次はとうとうファイナルでございますね。今しばらく、お付き合いくださいませ。

東京怪談ノベル(シングル) -
神無月まりばな クリエイターズルームへ
東京怪談
2020年10月19日

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