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『星に願い事を乗せて』
Unknown=DN-V-02la0133

 屋外に足を踏み出した瞬間、頭に陽射しが降り注ぐ。空を仰げば遊色効果を持つひとみが虹のように様々な色彩に変わり、青空に点々と雲がある様はまるで金平糖か何かを容器から零してしまったかのようだ。その連想に猫のような口が食欲に惑いそうになったもののすぐ目的を思い出し小さな手足を動かしながら、序でに尾も振り機械仕掛けの獣は迷わず前に進んでいく。
 ふと樹上に留まっている鳥が囀っているのが聴こえ、その姿を目視することは叶わないまでもまさしく羽根に似た袖を掲げにこにこ目を細めつつ、腕を振った。
「こにちは! とりちゃ、げんきしてぅ?」
 問い掛ければ、返事は二羽分返ってきた。暫し会話をするように鳴いて、やがて殆ど同時に飛び立つ。二羽は樹木の周りを旋回し一度離れたらもう、振り返らず突き進む。遠ざかる影を見送りながら手を振り、大声を張り上げた。
「また、あそびにきてね! きてね!」
 声が届いたかどうかはよく判らない。ただ二羽が自身にとって高い塀の向こう側に消えても暫しの間どこかぼんやりとした様子で立ち尽くすと、気を取り直し目の前にある花園に入っていった。特注の如雨露は小さなその手にすっぽりと収まる一品で、中に水を注ぐと器用に頭の天辺に乗せて戻った。頭上の如雨露の先を傾けて水を撒けば花や葉が瑞々しく、より美しく光り輝く。全て品種で区画を作って等間隔に並んでいる為、色も形も様々な花が風に揺られ活き活きとしている風景が窺えた。
「きみは、きょも、いいはっぱしてぅの!」
 と声を掛けることも忘れてはいない。植物にも言葉は伝わるとよくいったもので、褒めれば、その通りに成長してくれるのだ。ただ水をやるだけではなく時には花周辺の土を耕したりして、健康に暮らせるようにとせっせと動き回る。そうして一頻り働き、世話が行き届く頃には白い服に限らず黒い肌にも土が付着してごしごしと擦ったら尚取れなくなった。急に匂いが気になり腕を近付ければ土に混じり油の臭いが漂うのを感じる。と、そんなことをしていると涼風に乗って甘い香りがこちらのほうまで届いた。
「いーにおい、わがはいにも、ちょとわけてほしー」
 草花は世話をする対象であるのと同時に、匂いを分けてくれる有難いものでもあった。眺める為に作られた空間は地面が剥き出しというだけで、特に椅子が置かれてあるわけでもないが、元々小柄なだけに土の上に腰を下ろすと草花との距離が近くて、その香りが移り易いという利点もあった。この身体は彼らに囲まれるだけでもエネルギーの充電が可能で、その小さな口からふと、溜め息のような音が零れた。頭上を見上げると世話している最中は意識しなかった胸の鐘が微かにリンと鳴る。
 青い空はずっと続いていて先程は金平糖のように見えた雲は形を崩しつつ遠くに流れてしまったらしく、別種の雲がゆるりたなびく。鳥もあの二羽に限らず見えないが話をするかのように囀りだけは遠方でしていた。そよ風に揺れる花の目の前に数匹蜜蜂が集まり、生命の息吹を感じられる。なのに、同じ言葉を交わして笑い合える者はいなくて、ただ広い箱庭がここに存在した。ちっぽけな身体には広過ぎるくらいの――。無事に充電が終わると、匂いも嗅いで上手く移っていると確認し、漸く立ち上がる。するとこれまで自覚していなかったが自分の手足から動く度異音が鳴っていると認識し、動き方にもまた違和感がある。慣れ過ぎて、無意識的に遮断をしていたらしい。だが気を取り直して、
「あぃがーと!」
 と花に礼を言い服についた土を払うと屋内に戻っていった。この格好のままで家事をこなすなんて勿論するわけにいかずに、どのみち次は洗濯をする気だったので服を脱ぎ洗濯籠の中に放り込むとタオルを使用して汚れを拭き取る。すると普段は隠れていたり、意識しなければ見えない位置の塗装が、ところどころ剥がれているのが判る。金属が露わで痛々しいのだが当の本人も、然程気にはしていないし、わざわざ気に掛けてくれる人間もいない。薄っすらと香りが残ったまま綺麗になったのを確かめ、「うな!」と満足げに声を漏らすと部屋の隅に置かれたポリタンクを引き摺り機械油をスポイトに取って、自身の関節に差した。自分でやり始めてからAIにとっても長い年月が経ったというのに未だに量が多過ぎたり少な過ぎたりして、動きは改善されても変な音が鳴るのは直らなかった。
 医者であり科学者でもある設計者が死亡してとうに久しい。またかつて一緒に会話し遊んだ人間の友達も皆とっくの昔にいなくなってしまった。故に油を差すのが精一杯でメンテナンスすらしていないのが、今のこの有様である。彼らの死後数百年が経ってライセンサーの一人として自らも参戦したナイトメアとの戦いも、最早伝説同然に語り継がれていた。魂はコアに宿っている為、身体ごと変えてしまえば不自由なく生活が出来るだろう。だがそれをせずにいるのは今はもういない友達と遊んで、触れ合ってお喋りしたこの身体が大好きだから。幸いにも植物を利用し充電して稼働し続けることは可能。人間が老化しいつかは息を引き取るように、止まってしまうなら仕方がないと思う。――だからそれまでしねない。
「きぇいきぇいなた!」
 本来の姿を取り戻すと今度はエプロンドレスに着替え、頭巾も被って意気揚々と掃除に取り掛かろうと、はたきを手に歩き出す。そうして日常を続けるのだった。

 いつも通り過ごしていた、ある夜のこと。眠る為に背中の螺子を取り払い枕元に置くと真上を向いた格好で静かに瞼を下ろしていた。この頃はバッテリー自体消耗しているせいか、次第に充電の時間が増えつつある。今も疲れて当時の物と似せた羊のネグリジェを着て眠りについていたが入眠が早かったので、睡眠不足を解消して、要は寝過ぎて、夜の内に目が覚め――途端視界に映った光景に寝惚けたような状態だったが急に覚醒した。その猫のような月のような金色に輝く縦長の瞳に閃光が幾度も流れていくのが映る。横たわったままでも見えるそれに少しでも近付きたくなって身体を跳ね上げて寝台の上に立ち上がり、その手を懸命に伸ばした。
「みんな、みんな、かえってきたの! つぎのたんじょび、いつかな!」
 いっそ、バランスを崩して倒れてしまいかねない程首を反らし真上を向けば、この庭園――ソムニウム・ガーデン内にある寝起きしている建物の、その全面窓の天井越しに信じられない程の流星群が降り注いでいるのがよく見える。それは、長く青白い尾を引き、そして真っ直ぐ地平線へ消えていく。じーっと見つめることはやめないまま手を掲げては飛び跳ねて喜ぶ。人間は死ぬとお星さまになっていつまでも見守ってくれるのだ。だから流れ星になって、会いに来てくれたのだと機械仕掛けの獣は――設計者にUnknown=DN-V-02(la0133)の名前を与えられて、アンやあんにゃんと呼ばれていた命は舌ったらずに続ける。
「すぉいの、おねがい、かなったの!」
 思い出だけで生きていけるけれど、また会いたいと願う気持ちも本当だから。言葉を交わせなくてもすぐに消えてしまうとしても再会出来て、ただ嬉しくなった。
 独りぼっちは寂しい。だがそれでも思い出があるなら、もう一度会えると信じられるならきっと彼女は幸せなのだろう。流星群が去った後再び横になったその寝顔はとても穏やかなものだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
本人も納得してこの生き方を選んでいるとのことで、
時折は寂しさを覚えることはあっても暗い空気には
ならないように努めながら書かせていただきました。
掃除や洗濯はともかく、食事は今のアンちゃんに必要か
どうかちょっと考えたものの人間のお友達との思い出を
大事にしている彼女なら生活に困っていないのであれば
普通に習慣としているのかなと思って、それを踏まえた
内容にしています。多分人伝に聞いただけの話もあれば、
直接お友達を見送ることもあった筈で、
望めば永遠に生きられることも出来そうな
ヴァルキュリアゆえの想いが詰まったイメージです。
今回は本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年10月19日

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