▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『予期せぬ雷雲の仕業』
桃李la3954

 遠く、雷鳴が聞こえた。
 桃李(la3954)はちらりとだけ、視線を空の端にやる。夕刻の迫る、蒼に茜が混じり始めた空、そこに不穏な灰色が加わっていた。
「……いやあ、ついてないねえ」
 呟いてしかし、すぐに視線を戻す。つい先ほどまで雨の気配など無かったためその為の準備が無い。夕立などそういうもの、ではあるが、よりにもよって今このタイミングでか、と思わずにはいられなかった。
 眼前には揺れるナイトメアが居た。奇妙、というかどこかシュールさすらある姿のそれ。デフォルメした人の影をそのまま直立させたような、黒一色の、のっぺりとした、そしてペラペラとした薄い存在。
 目撃数はこれ一体。ひとまずの対応に当たるのも桃李一人だった。となれば、元より目指すのは短期決戦ではあるが、はてさて、あの暗雲が頭上に迫るまでに決着はつくだろうか。
 そうは言ったところで。
「また日を改めない? なんて、そうはいかない、よね」
 桃李を標的へと見定めたナイトメアが距離を詰めてくる。迎撃すべく、桃李も両の手に持った鉄扇を広げた。厚みの無い影の手指が掴みかかるように伸ばされる、それを片手の扇子で払いあげて凌ぐと、そのまま懐に踏み込み、もう片方で胴の部分を薙ぐ。
 燐光を放ちながらリジェクションフィールドを中和し鉄扇の刃が届くと、獣の皮に刃物を突き立てるような手ごたえが返ってくる。こんな見た目でも、やはり実体はあるらしい。地には敵の姿をそのまま伸ばしたような影が、傾いた陽相応に映し出されていた。影から延びる影。やはりどこか、面白さを感じてしまう光景ではある。
(笑ってる場合じゃないけど)
 伸びた影の腕が巻き戻って、そのまま肘の辺りを締め上げに来る。薄っぺらな見た目に相応しい自在さ、桃李はその動きをきちんと認識し、即座に反応した。巻き付かれた腕とは逆の手にある扇を畳み、相手の中心部へと突き付ける。直後、イメージで生み出されたエネルギーの弾丸が敵の腹を叩いた。衝撃に腕の拘束が緩んだ隙に振りほどき、距離を取る。
 離れた位置から、改めて相手の様子を確認した。影ははじめと変わらぬ様子で揺らめいている。表情も何も感じ取れないそこから、先ほどのエネルギー弾に仕込んだ毒が効いているのかは判然としなかった。
(……けど、攻撃そのものが効いていないわけでもない、かな?)
 再び踏み込み。風に乗るように揺れて伸びてくる腕を円舞のような足捌きで避け、相手に肉薄する。開いた扇を突き立てるように真っ直ぐ、相手の身体に打ち込んでいく。目を細める。影の、左脇腹に当たる部分、そこに、先ほどまでの攻撃で僅かな綻びが生じている。力の流れがそこへ向かうように、踏み出した脚を更に踏みしめ、扇を押し込む。
 ブチリ。そんな手応えと共に、綻びから敵の身体が大きく裂け始めた。脇腹から胸にかけて空白が広がり、その上部分だけが傾いていく。そこまでの破壊を認めると桃李は次動作に移るべく一度突き出していた扇を引き、前傾させていた体重を均衡させ、
 ──瞬間、黒霧が巻き上がった。
 判断と反射、どちらだったのか分からない、兎に角桃李は咄嗟に飛びのいていた。黒霧はほぼ影の周囲のみを覆い、さほど広がることなく薄れていく。その向こうにゆっくりとまた影が姿を現すのを認めてから、桃李は止めていた息をゆっくりと吐く。
 今度はまず、己の状態から確認する。変調をきたした様子は無い。息を止めるのが間に合ったか、EXISの力で抵抗したか、或いは……そもそも、自分を標的としたものでは無かったか。
 おそらく最後に思いついたそれが正解なのだろう。霧が完全に晴れた後、影の姿は元のままに戻っていた。
「回復能力持ち……? 全く、よりによってこんな時に、だ」
 重い雷鳴が、また空に轟いた。まだ遠い、だけど先ほどよりは近い位置から。
 無意識に羽織の襟を引く。濡れる前に終わらせたいというのは難しそうかと悟りつつも、そう素直に諦めきれない気持ちがあった。
 もうひと、悪足掻き。
 三度の交錯。桃李は舞うように二対の扇を翻し影を浅く斬りつける。今度は一気にではなく、少しずつ相手の存在を削り取っていく。幾度かは相手にも捉えられ、影の平手が彼のシールドを打つ。間抜けた光景とは裏腹に中々の衝撃だったが、削り合いとしては余裕がある。
 そうして、じわじわと削ってから──再び意識を集中し、力を産み出す。先ほどよりもより深く、強く。今の己に創り出せる最大威力で……撃ち抜く!
 相手が回復を考えるギリギリまでを削って、一気に大ダメージを押し込む目論見だ。衝撃はこれまでに付けた細かい傷を押し広げ、それらが連鎖し影の自壊を広げていく。光の弾丸が敵を貫くと、腹に大穴をあけた影が折れ曲がり、二つに千切れ……。
 また、黒霧。
 そして。
「うっそでしょ……?」
 その後、完全に元通りになった影の姿。
 あれほどのダメージから完全再生されるとなると、これはもう、自分一人では手に負えないだろうか。
 何度でも無限に再生できる……なんてことは無い筈だとは思う。そんな駒を用意できるならさっさと地球は制圧されてるだろう。普通に考えれば回数に限りがある。或いは。
 或いは何らかのトリックがある、か……──
 それこそ悪足掻きのようにその考えが浮かんだ時、カッと空が白んだ。それからわずかに遅れて、轟き。光と音のラグの少なさ。雷雲はすぐそこに迫っている。
 再びの雷光──そして、その瞬間、光景に違和感。
「は……ははっ」
 桃李は、笑った。
「あははっ! あはははははっ!」
 狂ったように笑い声をあげて、闇雲のように影に突進していく。走りながら一度扇を畳んで懐に納めると、小刀を引き抜いて。
 そうしてついに。
 ポツリ。
 彼のスッと通った鼻筋を。羽織から覗く肩元を。冷たいものが次々と叩いていく。
 つい先ほどまで雨の気配など無かった。夕立などそういうもの、ではあるが……。
「……いやあ、ついてないねえ──『きみ』」
 桃李が呟くと共に、異形の絶叫が響き渡った。
 静かに視線を向ける。小刀が突き立つその先……上空が雨雲に覆われてなお、伸びたままの濃い影に向けて。
「成程、こっちは要するに、脱皮した皮のようなものなんだね。本体さえやられなければ、幾らでも生み出せる」
 直立する影は今は苦悶を表現するように滅茶苦茶にうねっている。
「黒霧は回復じゃなくて、新しくダミーを剥がす瞬間を誤魔化す為のものだ。そうやって、無駄に消耗させてから止めを刺す……ってとこかな?」
 考えを述べながら、桃李は小刀を更に抉り込むように柄に足を掛けて踏みにじり──どっちが悪役だか分からない光景だって? 嫌だなあ、足元に力を伝える方法なんて限られるってだけじゃないか──その感触を起点に、足元でイメージを炸裂させる。
 ……結局のところ、タネが割れてしまえば、大したことのない相手だった。
 程なくしてナイトメアの身体は吹き散らされるように千切れていき……今度こそ、また黒霧が現れることもなく、完全に消えていく。
「面白い戦いだったし、雷雲に助けられた、んだろうけど」
 独り残る桃李の頭上で、雷雲は不穏に轟き続け、重たい雨粒が彼の髪を服をあっという間にぐっしょりと濡らしていく。
「手放しにラッキーとは言い難いね、やっぱり」
 最後にそう言って、桃李は早々に帰路に就くのだった。







━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
凪池です。ご発注有難うございます。
雷鳴轟く中でのバトル、ということで今回もそれだけの話から好き放題膨らまさしていただきましたがいかがでしたでしょうか。
こういうトリックバトルはシナリオで上手く情報管理するのが難しく、ノベルならではの楽しみかなーという感じで、今回も滅茶苦茶楽しく書かせていただきました。
お気に召していただければ幸いです。
改めまして、今回はご発注有難うございました。
シングルノベル この商品を注文する
凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年10月19日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.