▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『Near Epilogue』
シャーリーン・クリオールka0184

 耳慣れない騒音で、意識の覚醒が引き起こされる。
「……どういうことさね」
 自動航行モードで休息をとっていたシャーリーン・クリオール(ka0184)は皺を深めていた。

 高齢と呼ばれるほどの時間を生きてきた彼女の、現在の居場所は宇宙空間であった。
 二つの世界の技術がうまく噛み合った成果である宇宙船を、それまでに蓄えた個人資産で購入していた彼女は、宇宙をまたにかける料理人として羽ばたいていた。
 勿論宇宙船にはハミングバードキッチンと名前をつけた。名前の通り、航行だけでなく調理設備も食料庫も備えたシャーリーン専用機だ。いつでもどこでも駆けつけて、その手料理を振る舞う姿はまさしく幸せを運ぶ青い鳥。
 一時期、いや、それなりの期間……自らが親となってからは長距離航行は控えたけれど。その分知識を精査し洗練させていくことを優先して過ごしていた。新たな出会いは難しくとも、技術の天井はないと信じていたから、その時間だって大切で楽しく、過ごせていた。
(家族の、美味しいって笑顔が何よりのご褒美だったからね)
 知り合って間もない誰かが、初めて食べる味に驚いて浮かべる笑顔を見るのは幸せなことだ。
 勿論家族の笑顔も信頼と愛情にあふれていて、比べることができない幸せなものだ。
 自らの伴侶だけでなく、双子の姉の家族だって同じくらい大切で。どの笑顔も大切にしていた。
 ただ、ふと。子供達が大きくなって、孫が生まれて。その孫達も大人になって伴侶を見つけだそうとする頃合いになって。少しずつ旅立つ先は遠くなり、その期間も長くなっていった。
 前以上に精力的な活動になったと、子供にも指摘されたくらいだ。

 まるで走馬灯のように思考が流れて、その事実に、自身が随分と焦っているのだと気付かされる。
 何十年とこの宇宙船を愛機としてやってきたが、これほどまでの大量のビープ音を聞かされることがなかったのだ。
 航行における多くのシステムが異常を示している。操縦士の適性も有するシャーリーンではあるが、手を尽くしても改善が見られることはなかった。冷静に手を動かしていたつもりだけれど、頭の片隅ではどうしようもないという意識が芽生えてしまっていたのかもしれない。だからこそ、勝手に記憶を振り返ってしまったのか。
 システムが感知した異常の原因はわかったけれど、どう対処していいのか検討もつかない。
「所謂、ブラックホールというやつかね」
 名前が示すような黒い渦ではなかった。ただ、映し出される外界は一枚の景色ではなく、いくつかの写真のような、ブロックパズルのようなピースを、バラバラに強引につなぎ合わせたようなひずみをこれでもかと示していた。
 ただ、引き寄せられていく。
 その異常を埋め合わせるためとでもいうのだろうか。本来その場に在り得ないはずの別のもので補完しようとしたのか。ひずみはシャーリーンを宇宙船ごと飲み込んで……

 痛みに備え歯を食いしばり、現実から目をそらすまいと目も見開いていた。
「っ!?」
 死は暗転に似ていると言う話を思い出していたシャーリーンは、しかし、眩しいほどの光に戸惑っていた。
 ビープ音はまだ続いているから状況は変わっていないはずなのに、急に身体に負荷がかかったのを感じて、慌てて周囲の把握を切り替えた結果だ。見覚えのある気がする空の青の中、強く日差しが映し出される。
 先程までは宇宙空間にいたはずだというのに、大気圏を通過するという情報はどこにも出ていなかったというのに、間違いなく自分は今、重力が働く環境下に置かれているのだ。
(こうしちゃあいられない)
 航行機能の大半が失われていることは、異常を認識したときから変わっていない。何より今も地上方向へと落下している最中で、衝突までの残り時間は少なくなっている。
「着陸可能な場所を探す!」
 水があるのが一番だ、大型ではない分、条件はそう厳しくないはずだ。次点で森のような衝撃を和らげる場所があればいい。強引な手段になってしまうが物理的な方向転換なら可能なので、操縦技術にものを言わせれば自身の生命は失わずに済むだろう。不時着にはなるが背に腹は代えられない。

 可能な限りの衝撃を減らしての着陸は少なくない痛みをともなったけれど。一度死を覚悟したシャーリーンにしてみれば軽いものだ。怪我らしい怪我はなく、衝撃によるものだとわかっているので活動にも支障は出ない。
 木々が張り巡らされしなり重なり合う枝をいくつも犠牲にさせてもらったおかげで機体表面は傷が増えたが、内部設備そのものは良好だ。特に生命線であるキッチン部分が無事なのはありがたい。水の浄化とエネルギー供給システムは生きている。航行機能は修復不可能と判定が出ているが、調理機能が稼働できるのだ。
 積んでいた食料そのものに限りはあれど、それだって大勢に振る舞うための量だから、シャーリーン一人の食事を賄うには十分な量だ。予定していた仕事先にたどり着けなかったことは先方にも申し訳ないと思うが、今は自身の無事が優先である。もしその食料が尽きるとしても、シャーリーンは猟撃士なのだから周辺の探索を経て可食生物を狩ったり採取することだって可能な筈だ。
「落ち着いてから人を探して移動すればいい、それだけさね」
 状況を整理していけば、悲観にくれるほどのものでもなくなっていた。確かにここがどこなのか不明というのはあるけれど。
「……流石に、向き合わないといけないか」
 歳を取ると慎重になっていけないね、とひとりごちる。状況確認が必要だからと、まだ操縦席から宇宙船の外に出ることができていなかったのだ。
 大気があり、呼吸が可能なこともわかっている。外界を映し出すスクリーンを見る限り、知らない植物はそうないように思えた。だから不安に思う必要はないのだと理解はしていても、原因を思えば自身の知識を信用していいのかわからない。
(あとに回していいことでもないしね)
 時間をかけて、深い呼吸を一つ。
 緊急時でも使える、ハッチを開けるためのボタンを押した。

「……エルフハイム……?」
 これほどまでマテリアルに溢れている場所を他に知らない。けれど確信を持てないのは、見覚えのある景色とはどこか違っていたからだ。
 宇宙を駆けながらもエルフハイムには何度も足を運んでいたから、多少の変化くらいなら動じるはずはなかったし、そもそもこの場所に確信だって持てたのだけれども。違和感が拭えないせいで、視線を凝らし周囲を見渡すことばかり繰り返してしまう。
 ひずみによって移動させられたことは、既に事実として受け止めることができていた。世界をまたぐ転移も、つながりも経験した身なのだから、個人単位で似た現象が起きることくらい予想はできた。けれど違和感の正体がわからなくて、時間ばかりかけてしまった。
 だから。
「随分と馴染み深い気配があると聞いてきてみれば。これはまた……随分と懐かしい人が落ちているなんてね?」
 気配は隠されていなかったというのに、気づくのが遅れた。
「そういうなら、拾ってやってくれはしないかい」
 聞き覚えのある声に安堵して、肩の力が抜けていくのを感じる。多分、この先悪いことにはならないとわかったからだ。
「ふふ、僕はそのために来たんだよ、林檎の女神様?」
 シャイネ・エルフハイム(kz0010)の微笑みが、記憶と同じようにそこにあった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【シャーリーン・クリオール/女/輝猟撃士/林檎の女神は予期せぬ事態でも諦めない】
【シャイネ・エルフハイム/男/猟撃士/吟遊詩人は懐かしき気配に手を貸す】
シングルノベル この商品を注文する
石田まきば クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年10月21日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.