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『澄み渡る空のように、風吹き抜ける草原のように』
アルバ・フィオーレla0549)&化野 鳥太郎la0108


 伸びやかで、柔らかで、全てを包み込む、ひろいひろい世界へ。
 自由な心で。


「♪」
 片手でスマホの地図を確認しつつ、とあるマンションを目指す。アルバ・フィオーレ(la0549)の足取りは軽い。
 春。
 この季節はどの植物も生き生きとしていて、歓びの声が聞こえてくるよう。
 手入れの行き届いた街路樹も然りだ。若木が作る小さく柔い陰は、明るい未来の予感を与えてくれる。
 遠くに見えていた高層マンションのエントランスへ到着すると、『いよいよ』という緊張でアルバの指先が微かに震え始めた。
 わくわくでもあり、ドキドキでもあり。
 4、0、0、2
 ぎこちない動きで部屋のナンバーを辿り、インターフォンを鳴らす。
「こんにちは、鳥太郎さん。……ピアノを習いに来ました、のだわ」
 少しだけかしこまった風に言うと、向こう側で忍び笑いの気配。
『ようこそ、我が城へ。歓迎するよ』
 部屋の主・化野 鳥太郎(la0108)もまた芝居がかった声で応じ、地上40階へと続く自動ドアが開いた。




 同居人と暮らしている鳥太郎の部屋を、アルバが訪問するのは初めて。
「お邪魔しますのだわ♪」
 ゆったりとくつろぎのリビング、2人の私室。それからもう一つ、大きな扉がある。
「こっちが防音室だよ、アルバさん」
 鳥太郎が重く分厚いそれを開ける。
 部屋の中央には、手入れが行き届き艶やかに輝くグランドピアノが鎮座していた。
「わぁ……」
 鳥太郎はアルバの隣にいるのに、アルバには眼前の椅子に座り軽やかにピアノを演奏する鳥太郎の姿が見えた。
 今にも音が躍りだしそう。
 それは、そんな鳥太郎の姿が目に焼き付いているからだろうと思う。
 ピアノを弾いているときの彼は、とても生き生きとしていて、楽しそうで、紡がれる旋律も指先を受け止める鍵盤も嬉しそうで。
「さぁ、どうぞ。立ちっぱなしもなんだから」
 鳥太郎が椅子を引いて、アルバを招く。
「シチューの礼もあるしね。何でも聞いてよ」
 鳥太郎には昨冬、アルバに『化野さん家シチュー』を再現してもらった恩がある。

 ――今度、お礼をさせてね。一方的は、落ち着かない
 ――ゆっくりと、鳥太郎さんのピアノが聴きたいわ

 その時の約束が一周して、ピアノを弾いてみたいというリクエストに変わり、本日である。
「よろしくお願いしますなの。……美しい楽器(かた)」 
 アルバは鳥太郎へ一礼、それからピアノにもぺこりと頭を下げて、椅子に腰を下ろした。
 いざ前にすると、突上棒と大屋根の間から覗く弦の並びの美しさに改めて心を奪われる。
「最初は右手だけでいいかな。あまり触ったことがないなら適当に音を出してみるのもいい」
 固唾を呑んで動けずにいるアルバへ、鳥太郎はヒヒッと笑い緊張を和らげた。
「あまり……というか、初めてなのだわ」
 演奏を聴くことは好きだけれど、自らがこの場所に座ったことはなかった。
 おそるおそる、アルバは右人差し指を白鍵に落とす。

 ポー……ン……

 拙く、弱々しい音が響いた。
「!!」
 自分の指から、音が生まれた。
 そのことが嬉しくて、アルバはパッと鳥太郎を見上げる。
 感動は、鳥太郎にもよくわかる。
 笑顔で受け止め、その音から繋がる次の鍵盤を示した。
 ゆっくり、ゆっくり、途切れ途切れだけれど、音は確かに繋がって旋律となる。
「アルバさん、見てごらん」
 鳥太郎が、いくつかの鍵盤を滑らかにゆっくりと叩く。
 それに連動し、ハンマーが弦を叩く。弦の振動は、奥の駒へ伝わり、底の響板が空気を揺らす。
 ピアノ全体が共振し、音を生み出している。
「ピアノはね、打楽器なんだ。鍵盤を叩く強さで、音の強弱も変わる。同じ鍵盤でも、違う響きになるんだよ」
「打楽器……叩く、の? 思っていたのと違うのだわ。でも……とても綺麗」
 ひとつひとつのパーツが、懸命に、指先から受けた動きを繋ぎ合わせて音を彩る。
 なんて健気で、美しいのだろう。
「うん。そして、とても強い。俺が思い切り力を込めて弾いても壊れないくらいにね。アルバさんも、気持ちをのせて弾いてごらん。きっと答えてくれる」
 鳥太郎が冗談めかして言って見せ、簡単な……聞き覚えのある曲を弾いてみせる。
 大きな手。長い指。それ自体がひとつの命のように、軽やかに鍵盤の上を踊る。
 さあ、なぞってみて?
「上手くなるには反復練習の繰り返しなんだけど、間違ってもいいんだから気楽にやるといいよ」
「……間違っても、いいのね」
 その言葉に背を押され、アルバは恐る恐る。
 同じ旋律を繰り返す。繰り返す。それで成り立つ楽曲を鳥太郎は選んでいて、重ねるほどに連なって、楽しくなってきた。
 花を育て束ねることを生業としている『花の魔女』は、指先の感覚が鋭い。
 流れを覚え、体に馴染むのも時間を要さなかった。
 はじめは不安や惑いを纏っていた音が、やがて花粉を運ぶ蜜蜂のような『流れ』へ変化してゆく。
「だいぶメロディを弾けるようになってきたね。それじゃあ、左でコードをやってみようか。そっちもできたら合わせて」
「メロディ……コード……」
 アルバの右手に合わせ、鳥太郎が左手でコードを弾き始める。
 すると、どうだろう。
 音が重なり、幾つもの花が開くかのようなふくらみへ変化した。

 一面の花畑。
 春の、花の香り。
 そよぐ風に、踊る虫たち。生命の芽吹き。

 アルバの眼前に、無いはずの景色が広がる。
「うん、良い感じだ」
「音が踊っているのだわ」
 たどたどしいながらも懸命なアルバの気持ちに、指に、ピアノが応えてくれているよう。
 鳥太郎の力を借りて、命を吹き込んでくれている。




 楽譜を選ぼうか。
 紅茶を淹れて小休憩。
 鳥太郎は棚に収めている幾つかを取り出す。
「耳に馴染んだものが良いかな。ポップスでもクラシックでも」
 クラシックというと敷居が高く思われるかもしれないが、洒落たカフェなど聴く機会は意外と多い。
「鳥太郎さんは、いつもどんな風に曲を選んでいるの?」
 彼の演奏を思い出しながら、アルバが訊ねる。
 彼のライブは、アルバの心を動かす。掻き乱す。人への愛おしさの奥にある憎しみも、引き出してしまう。
 それは、曲が原因? ううん、やっぱり『鳥太郎さんの演奏だから』だとも思う。
 その演奏を引き出す曲。選ぶポイントというのも気になった。
「季節や、イベントのテーマにもよるかな」
 紅茶を一口飲んで、『答えになってなかったかな?』と鳥太郎は気づく。
 しかして、音楽は既に鳥太郎の肉体の一部ともいえる。
 多くの引出しから『これ』と感じることの、説明は難しかった。
「どんな曲でも、表現したいこと・表現されるものは、音に出てしまうんだ」
「音に……? 意図せず伝わってしまうかもと、暴かれてしまうかもと。怖くはない、かしら?」
 ひとは、美しいだけではないから。
 隠しておきたい自分まで、見透かされてしまう……そんな恐怖は?
 初めてピアノに触れたアルバは、自分の指先から音が生まれることに感動した。
 それと同時に『生み出す』恐怖を少なからず感じた。
 表に出てしまえば、それは『自分だけのもの』ではなくなる。
 思いを込めた花束が、時に違う意味で受け取られてしまうことがあるように。
「……んー、…………」
 楽譜を3つほどに絞り、鳥太郎は椅子に戻る。
「そういう風に考えたことはなかったかも。ピアノに対しては取り繕わなくていい、そのままでいいって、少なくとも俺は思うから」
 楽しい曲は楽しく。悲しい気持ちなら悲しく。
 時には、自分では気づかない押し殺していた感情さえピアノは拾い上げてくれる。
 ピアノは人の感情を、より細やかに音に映してくれる。
 そのことに安堵さえした。

「ピアノは自由でいいんだ」

 独り言のようにこぼれた最後の言葉が、アルバの胸に波紋となって広がる。
(ピアノは、自由で、いい)
 楽しい気持ちを。悲しい気持ちを。無理に殺すことはない。取り繕う必要はない。
 様々な曲を、その時の感情を乗せて――自由に。間違ってもいいから。
「間違いも……自由の一つ、なのかしら」
「その瞬間しか存在しない、オリジナルの曲になるだろう?」
「ふ……ふふふ、本当だわ」


 鳥太郎が、ピックアップした曲を簡単に弾いてみせる。
 その中から、アルバは今の自分の気持ちに合っていると感じた曲を選んだ。
(今の私は、楽しく、ありたい)
「鳥太郎さん、一緒に弾いてくれる、かしら?」
 ダンスのお誘いのように、アルバが手を差し出した。




 だいじょうぶ。
 こわがらないで。
 あなたの『心』を聴かせて?
 わたしは翼を広げて、どこまでも自由に音を運ぶから。


 アルバの右手が、鍵盤を踊る。
 時に軽やかなリズムを刻み、時にアルバの手元へ寄り添うように悪戯っぽく滑り、鳥太郎の左手が音を響かせる。
 鳥太郎の音とアルバの音が重なって、一つの曲になる。
 ひとりだったら、不安だったかもしれない。
 でも、隣には鳥太郎がいてくれる。
 その安心感から、同じ旋律を繰り返すうちにアルバの音も伸びやかに成長する。
 不安。遠慮。そういったトンネルの先を、鳥太郎の左手が照らしてくれる。
 暗闇を抜けた先は、ただただ果てなく広がる草原で、春風が優しく緑を揺らしていて。
 深く息を吸うアルバは時々つまづくけれど、それも楽しい。
 転んで、立ち上がって、紡がれるメロディは今は不格好だけれど愛おしい。
(楽しい)
 暴かれることが、怖かった。
 隠しておきたい自分があるから。
 でも――ピアノを通して『暴かれた』自分の姿は、思っていたより、ずっと。


 かつて。
 鳥太郎がピアノを弾いている時の気持ちは自分だけのもので、隠す必要は無くて、人の顔色も窺うこともなかった。
 今も変わらないつもりだったけれど『聴いてくれる誰か』を想像するようにもなった。
 『誰かのために』弾くことも。
 そうはいっても、それを含めて、やっぱりピアノを弾いている自分は、自由なんだ。
 たどたどしく主旋律を奏でるアルバを見守り、先の会話を思い出す。
 鳥太郎だって聖人ではない。
 内側には、綺麗ではないもの、隠しておくべきだろうモノもある。
(けどさ。そうやって誤魔化して隠して目をそらして……本当の想いがどこにあるか、わからなくなる方が、怖い)
 だから、決めたのだ。
 弾く時だけは自由でいい。己の内の膿も影も、許していいと。




「今日はピアノ教えてくれてありがとう♪」
 それから、防音室を後にする前にアルバは振り向く。
「貴女も今日はありがとうなの」
 美しく磨かれたピアノへ、深い感謝を。


 防音室を出ると、リビングは夕焼けに染まっていた。
「すっかり、鳥太郎さんを独り占めしてしまったのだわ♪」
 楽しいひと時が過ぎるのは、あっという間。
 ピアノを弾く鳥太郎を、隣りだなんて特等席で贅沢してしまったアルバは、幸せを噛みしめる。
「楽しんでもらえたかい?」
「ええ、とっても!」
 とても指が疲れたと言ってアルバは笑う。
「思っていた以上に、力がいるのね」
 全身で演奏する鳥太郎の姿を思い出し、それが必要とされる楽器であることも理解した。
「明日もお店があるから、帰らなくちゃだけど……本当にありがとう! また、またね! 鳥太郎さん♪」
 アルバはツイと背伸びをして、鳥太郎の色素の薄い金色の髪をわしゃわしゃと撫でる。
 『やられた』という顔をする彼へ、夕焼け色の瞳が笑みをかたどる。


 生まれた音。
 見えた風景。
 その全てをこぼすことなく胸に抱いて、アルバは花々の待つ洋館へと家路をたどった。




【澄み渡る空のように、風吹き抜ける草原のように 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました。
優しいピアノの時間をお届けいたします。
イメージとして、最初に弾いたのは『カノン(パッヘルベル)』。
お二人で弾いたのが『荒野のバラ(ランゲ)』。『野バラ』とも訳される曲は、朗らかでとても可愛らしく。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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2020年10月22日

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