▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『巡る歯車』
マキナ・バベッジka4302

 石畳の道を辿り、マキナ・バベッジ(ka4302)は時計塔の街に足を踏み入れる。
 懐かしいような、しかしどことなく違うような、現実とすり合わせる記憶がマキナに重みのある感慨深さをもたらしてくる。

 この街は水路が遠く、地下から水を汲み上げるために錬金術の助けを借りる必要がある、その結果出来上がったのが街の広場に鎮座する時計塔だ。
 マキナがこの街を訪れるのはこれで三度目。
 一度目はある少女の依頼を受けての捜し物に、二度目は身を隠すためにこの場所を選んだ。

 巡り合った少女とは多くの出来事を共にした、花咲くような思い出があり、心締め付けられる出来事を共に立ち向かった。
 初めて探検した時計塔の内部、地鳴りのように回る巨大な歯車は今でも鮮明に思い出せる。
 決意を要する場面に向き合う時は、彼女が自分の手を握っていた。
 もっと早く会いに来ていれば良かった、遅くなってごめん、そう思った。


 彼女と共に駆け抜けた、歯車を巡る一連のお話。
 最終的に、マキナは歪虚と成り果てていた彼女の幼馴染をこの手で討ち取ることになった。
『僕を恨んでも構わない』
 駆け出す前に彼女に告げた言葉だ。覚悟はしていた、決して軽くはない、マキナは彼女に手を握られ、駆けた果てにその決意を完遂させた。
 消えていく赤い霧、最後に残ったのは二つに割れた歯車、少女はそれを渡され、握りしめて泣いていた。

「――――」
 どうしようもなかった、それを頭では理解している。
 歪虚になった人間は戻れない、討つしかなかった、だが同時に想うのだ、彼女にもっと何かしてあげられたのではないかと。
 マキナは彼女が好きだ、だからどうしても彼女の悲しみを想って苦しくなる。
 苦しくなって、悲劇が重なって、マキナは暫しふさぎ込む事になった。

 夢を見た、特定時期にだけ見る不思議な夢。
 目の前には幼い頃の自分がいて、大人になった自分を不思議そうに見上げていて、自分は彼に対して目をそらす事しか出来なかった。
 何が出来ただろう、傍らでは自分の無力さが映像として流れている。
 誰かを喪った事に涙を流す自分を暴かれて、「大丈夫だよ」も「乗り越えたよ」も言えなかった。

 幾ばくかの沈黙の後、柔らかな感触が手に触れる。
 自分を見上げる顔はあどけなく、信頼に満ちていて、なんでそんな顔が出来るのかと心を痛めたら、「僕はしぶといから」と彼は言った。
 『これは何?』も『どうして』も聞かない、ただ子供特有の聡さで、マキナが傷ついている事を見抜いて、それを気遣おうとしている。

 僕は僕を信じている、繋がれる手から流れ込むのは無言の信頼と、子供特有の根拠のない、しかし純粋で輝く前向きさだ。
 映像を見た以上希望溢れる道のりでない事は当然承知しているだろう、それでも彼はこう言うのだ。
「僕、逃げたくないし、諦めたくないよ」
 かつての自分、かつてのスタート地点が傷ついた心を受け止めてくれる、その上で背中を押すのだ、行動を起こせるのは今の自分だけだから。
「そのためにハンターになった」
 ……きっとまだ出来ることがある。
 傷はまた開くだろうけど、それを恐れていたら何も出来なくなってしまう。
 大丈夫、僕はしぶといから。痛みに涙がにじむ事は止められないけど、食いしばる事は出来る。
 だから街に踏み入った痛みから逃げる事なく、かの少女を探す足取りを踏み出した。

 ……あの子はこの街に住む場所を探していたはず。
 時計店を巡り、新聞記者を訪ねよう。きっとどっちかは彼女の所在を知っているはず。

 最初に何を伝えよう、まずは彼女を気遣う言葉を伝えたかった、ちょっと遅くなってしまったけど、彼女とは事件を共にしたのだから、気持ちを分かち合う機会が欲しかった。
 ――遅くなってしまってごめん、ずっと会いに来なくてごめん。
 謝罪を含めて自分の気持ちを必ず伝えよう、だって僕は彼女が好きなのだから、何も分かち合わないまま、彼女を一人にするべきじゃなかった。
 逃げていた、迷っていた、小さい僕に怒られても仕方ないけど、優しい彼はそんな事をしないから、せめて彼に恥ずかしくない振る舞いをしたい。
 大きくなった僕は、幼い僕が胸を張れる存在だと、そう言える風になりたい。

 謝罪の気持ちは焔と共に天に還してきた、だからもう引きずる事はない。
 ただ記憶を胸に抱えて、痛みを繰り返さないように、ずっと覚え続けているだろう。

 彼女が許してくれるなら未来を共に歩きたい。
 話せなかった話がしたい、出来なかった事がしたい。

 ―― 一緒に時計台の整備をしない?

 僕も機械いじりが好きだと、彼女に語ったことはあっただろうか。
 喪ったものは大きく、無力感は心に傷を残す。
 でもきっと歯車は止めるべきじゃない、動いてる姿こそ前向きで美しく、勇気と未来に繋がっていく。

 からくり時計には鳥の模様。
 ずっと閉じたままの扉も、めぐり合わせと、開く意志があればきっと窓開く事が出来る。
 だから頑張ってみよう、歯車が回りはじめる、機械として命を刻む。
 その時の歓びを、僕たちは知っていたはずなのだから。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
遅くなってすみません。
マキナさんが彼女と気持ちを分かち合えなかったのはマキナさんにどうしようもない事情が大きいのですが……。
それはそれとして、物語としてはめ込むならこんな感じがいいかなと思いました。
シングルノベル この商品を注文する
音無奏 クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年10月22日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.