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『AMETRINEに捧ぐ魔法』
神取 アウィンla3388


 11月5日。とあるマンションの一室。
 アウィン・ノルデン(la3388)は、昼食を簡単に済ませると食後のコーヒーを片手にリビングの椅子に浅く腰掛ける。
 冬の気配が忍び寄る季節。窓から注ぐ陽光だけは不釣り合いに暖かい。
 同棲している恋人は、平日につきお仕事で不在。
 アウィンは、今日と明日のバイトは休みを取っていた。
 2人で過ごすことがほとんどの、この部屋が急に広く感じる。
 ここで暮らし始めて半年足らずだというのに、2人で居ることが当然のように馴染んでしまった。

 時間は光の矢の如く流れてゆく。
 それは愛しくも、恐ろしく。
 『7ヵ月と10日間限定の魔法』は、残酷にも本日24時……11月6日、0時に切れてしまう。
 恋人との歳の差、14。
 明日からは再び、15。




 バイト先の新商品であるレーズンバターのクッキーを齧りながら、アウィンは卓上カレンダーをめくる。
 コンビニ商品だが、いい感じにラム酒の香りが感じられる。
 アルコールは飛ばしてあるので子供でも安心して食べられるだろう。
 レーズンは栄養価が高いし、お年寄りと子供という世代を繋ぐアイテムとして――いや、それは今ではなくて。
 11月。クリスマスに向けて忙しい。
 12月。クリスマスに向けて忙しい。年末年始の切替作業が殺す勢いで並走している。
 1月……正月さえ乗り切れば、しばらく落ち着いて過ごせる見込み。
「こうして考えると、春が来るのもあっという間だな」
 恋人であり婚約者の彼女との、結婚式は春と決まっている。
 1日1日、彼女と家族になれる日が近づいているのだと思えば、年が再び離れてしまう寂しさを上回る歓びもある。

 そして――来春の挙式より先に、入籍を。

 世界情勢を鑑み、彼女の家族からの要望だった。
 一秒でも早く家族になれることへ、アウィンに異存などなかった。
 YESと応じた時点で議論は止まり、実は具体的な入籍日を決めずに今に至っている。
「……誕生日のプロポーズは、サプライズになるだろうか」
 地球の、日本の風習に反してはいない……はず。
 彼女が仕事で誕生日前日というタイミングで連休をとったのは、このためである。
 冷める前にコーヒーを飲み干し、アウィンは瞑目して心を落ち着ける。
 さて、準備を始めよう。




「婚姻届と……それと、簪を」
 クリアファイルに入った、大きな白い封筒には大切な大切な用紙が入っている。
 ひとによっては『紙切れ一枚』なんていわれてしまうもの。
 しかして、その紙切れ一枚でアウィンという存在は、しっかりとこの世界に根を下ろすことになる。
 続いて、テーブルに細長い箱をコトリと置く。
 暮れかけの空を思わせる紫の和紙を、濃紺の組紐で留めてある小箱。
 昨年の秋。飛騨で一位一刀彫の簪を贈った時は、意味を知らず周囲をざわつかせた。
(今度は正しく、その意味で)
 箱の中には、時間の合間を縫って店に通い主人にもたくさん質問し選び抜いた簪が眠っている。
 本漆塗りで、純金蒔絵と夜光貝の螺鈿で装飾を施した逸品だ。
 アールヌーボー唐草文様のモダンなデザインで、洋装にも合うだろう。
「着ける機会は多い方が嬉しいしな」
 昨年贈ったのは、秋桜の簪。それに合わせた和服姿も非常に美しかったけれど。
「着物姿を見る機会が増えるのも素晴らしいか……?」
 どちらの姿も美しいとはいえ、見なれない姿を引き出すきっかけに……いや、その葛藤も店の主人と共に乗り越えたではないか。
 着物なら三軒隣にある呉服屋で仕立てると良い、と紹介までしてもらった。
 呉服屋の女将もまた人が好く、様々な反物を見せてくれた。
 世にいう商売上手とだけれど、品々は確かなもので信が置けると感じたし、人の温かみが伝わった。
 呉服屋の向かいにある餅屋の豆大福は絶品で、2人でお茶の時間を楽しんだりもした。
 春になったら、ぜひ草餅を買いに行きたい。その時は恋人……否、妻と一緒に。
「…………ッッ」
 そこまで想像したところで、足の小指をテーブルの脚にぶつけてアウィンはうずくまった。
 少しばかり、イマジナリーの世界へ入り込みすぎたらしい。
「今日、帰宅して渡すのは……フライングか」
 かといって0時ちょうどに、就寝したところを起こして求婚も違う気がする。
 案外と2人でのんびり酒を飲んでいるかもしれないが、それは今日の彼女の仕事次第ともいえよう。
 ぐったり疲れて帰るかもしれないし、翌朝に向けた準備があるかもしれない。
「明朝か明晩が無理なく渡せるか。……思ったよりも遠い」




 刻が来た時、スマートに渡せるよう。紛失しないよう。
 封筒と小箱を同じ鞄にしまう……その前にもう一度、アウィンは婚姻届けを引き出した。
 椅子に座りなおし、愛しい眼差しで書面を幾度も読む。

 自分の意志で名を書き、判を押す。届け出る。

 そんな未来を、かつての自分は想像したことすらなかった。
(故郷でそのまま生きていれば、家が決めた相手と結婚していただろうな。なにひとつ疑問も抱かずに)
 愛情は育めるかもしれない。しかし、恋情は別だ。
 家族として、夫婦として、大切なものが欠けたまま、アウィンは国のために生きたであろう。

 眼を閉じると、愛しい人の声が聴こえる。触れた温度を思い起こす。
 この世界で、共に様々を乗り越え、心から愛しいと思える彼女に出会えたことが嬉しいと、実感する。
 同時に、地球で生きる決心へ背中を押してくれた人々に対する感謝の念も胸を温めた。

 多くの人々と出会って、彼女と出会って、今がある。
 2人で、幸せになろうと思う。
(幸せに『する』のではない、共に幸せに『なる』んだ)
 求婚の言葉を調べた際に幾つも目にしたフレーズは、アウィンにはしっくりこなかった。
 一方通行の宣言なんて、自分も彼女も望んでいないから。

 


 さて。ここまでが誕生日サプライズプロポーズの下準備。
「誕生日プレゼントは、別だからな」
 空になっているコーヒーカップを持ち上げる程度に、アウィンは動揺している。
 プロポーズの下準備に、労力の9割5分を割いていた事実に気づいたのだ。
 なあに、時間はまだある。
 今から買いに行っても良いし、明日という手もある。
 デートと言う形で一緒に選ぶのも良いだろう。
 ……プロポーズのプレゼントは念入りに用意してあるのに?
「そこで、どうこう言うとは思えんが」
 女心の機微はどこの世界でも難しい。
 こちらが慢心することあれば、直ぐに見透かされるだろう。
「しかし、物を贈りすぎるのもな……。簪が霞むようでは本末転倒だ」
 花は、職場からも貰いそうだし……アウィンにしかできないこと……自分……

「俺がプレゼントだと、リボンを結ぶべきだろうか?」

 至って真剣な顔で、アウィンはどこからとなく紫の幅広リボンを取り出した。
 これなら、どんな状況でも11月6日0時に渡せそうだ。


 明日が待ち遠しい。
 ストッパー不在の状況で、アウィンは幸せそうに微笑した。
「さて、夕飯の仕込みを始めるか」
 疲れて帰ってくるだろう愛しい人を、ねぎらい出迎えるために。
 特別な明日のための、いつも通りの今日を。
 キッチンに向けて踵を返せば、グリーントパーズが嵌め込まれたプレートペンダントが軽やかに揺れた。



【AMETRINEに捧ぐ魔法 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
前回のお誕生日から……いつの間にかお住まいが変わってるぅうううう!?
という、時の流れを強く感じる愛の一幕をお届けいたします。
『AMETRINE』は11月6日の誕生石。イメージカラーとしても合っているでしょうか。
お楽しみいただけましたら幸いです。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年10月23日

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