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『それはそれ、これはこれ』
日暮 さくらla2809)&不知火 仙火la2785

 今夜は誰も居ねぇのな。と不知火仙火(la2785)はまず確認。となると“会”にはならなさそうか――思いつつ、気分で選んだ酒瓶を持ち出し、御猪口も用意。そういえば結構月が綺麗だったよなとも頭に浮かび、縁側に出て独りで飲る事に決めた。……まだ望月までは間があるけれど。
 ああ、酒だけじゃなく肴も何かあった方がいいよな……自家製のドライイチゴでも少し貰うか。オフシーズンでも美味しい苺が食べられる様にと旬の時期に家族総出で作り置きしておいた逸品。今は何かちゃちゃっと作る様な気分でも無いから、取り敢えずそれで間に合わせておく事にする。
 流石に日が暮れてそれなりに経ったなら、暑さもそろそろ引けて来る。虫の声も昼間の代わりにとばかりに幾らか盛り返して来ている訳で――風情があると言うより、賑やかと言った方が相応しそうな夜でもある。
 まぁ、しんみり飲る様な気分でも無いから、ちょうどいい。レーズンみたいな歯応えに、苺らしい甘酸っぱさが快い。……気が付けばついつい手が伸びる。そんな風にちびちびドライイチゴを抓みつつ、手酌で月見酒と洒落込んでおく。

 と。

「……すみません。やはりどうしても気になります」

 不意にまろやかな女性の声がした。声質の割に堅い喋り口――室内側、その源の方を振り返れば、何故か神妙な貌をして月見酒中の仙火に向かって歩いて来ている見慣れた女性の姿があった。

「お、さくら?」
「はい。私です」

 さくら――日暮さくら(la2809)は頷きつつ、仙火のすぐ側まで来ると優雅な所作で膝を曲げ、腰を下ろしてぴたりと正座。背筋を伸ばして、仙火の傍らに留まる。かと思うと、さくらのその視線は――仙火が肴として取り敢えず持って来たドライイチゴの皿に確りと据えられていた。

「先程、仙火が台所からこちらに来るのを偶然見掛けて気になっていたのです。肴がドライイチゴそのままだけでは、寂しくないかと……」
「って気になったってそこかよ」
「はい。それは勿論そのままでも美味ですが、それだけではドライイチゴのポテンシャルを活かし切れているとは到底言えません。気になってしまった以上、私が何か作ります」
「ってそりゃ有難いが、今からとなるともう時間遅いぞ」
「子供扱いしないで下さい。……仙火より二つ年下の未成年である事は事実ですが」

 言いつつ、さくらは僅か俯く。表情に翳り。……自分で言って、ちょっと落ち込んだらしい。
 そんなさくらの頭の上に、仙火の手がぽむと優しく乗せられる。指が長くて大きい、剣士の手。

「そこまで気にする事でもねぇよ。大して差も無ぇ。ただ、菓子作るとなりゃちょっと時間掛かるだろってだけの事だ」
 色々差し障らないか?
「お気遣いは不要です。ただ私がそうしたいだけです。作ったら食べますか」
 ドライイチゴを使ったお菓子。
「おう。さくらも食うよな」
「勿論です。では早速――」

 と。

 さくらは仙火が肴として持って来ていたドライイチゴの載った皿を恭しく取り上げつつ立ち上がる。そしてそのまま台所へ――ってちょっと待て。

「……肴持ってかれちまったよ」

 さて、このまま酒だけを飲み続けてここで待っているか、はたまたさくらを追い掛けて台所に戻るか。



「? お酒はもういいのですか?」
「さくらが肴持ってっちまったろーが」

 台所。さくらを追い掛けて、結局仙火もまたここに戻って来た。肴として持ち出していたドライイチゴは、既にボウルの中にあけられている――量からすると恐らく追加もされている。それと、これまたシーズンオフ用にと作り置きをしていた自家製のイチゴジャムの方も出されていた。それから、小豆に、砂糖に、塩に、餅粉に、豆腐に――どうやらちょっと普段とは毛色の違ういちご大福でも作る気らしいと材料から見て取れた。

「豆腐……ああ、水の代わりに使うのか」
「はい。時間が時間ですから。明日まで残した時に固くなり難い様にと考えて」
 それに、豆腐自身のヘルシーさも侮れません。酒の肴には向くでしょう。
「ほー。色々考えてるんだな」
「当然です。折角素晴らしい下拵えがしてある苺なのですから欠片も無駄には出来ません」
「……料理ってのもそんな感じで色々融通利かせてくもんなんだが」
「それはそれこれはこれです」

 今は目的だけを見てそこに向かって行かねばなりません。

「では、いざ参ります」



 焦がさないよう丁寧に小豆を煮詰め、餡を作る所からさくらの菓子作りは始まる。時間が遅いと言われてもその辺はあんまり譲らない。苺の為にと完璧を目指す。結果として肝心の食べる人の為、の方が二の次になっているきらいもある――つまリ時間が掛かり過ぎる的な――が、出来映えの方はまず極上になるから、イチゴスキーとしては文句は無い。この待ち時間すらも寧ろ調味料である。
 と、言うか。場に居合わせれば仙火としては寧ろ自然とお手伝いに出てしまう所がある。仙火の方も元々料理はしないでも無い――オムライスを作らせれば絶品と言わせるだけの腕前はあるし、菓子作りでも次はどうするのかとか、具体的な手順や分量についてはわからない場合でも、何となく察しは付いたりする。
 なので、わからない所は聞きながら――手を出してもよさそうな所を、時短の為に何となくお手伝い。

「ドライイチゴの方はこれでいいのか?」
「はい。出来るだけ均一に刻んで下さい……そうです。大丈夫です。有難う御座います」
 こちらの餡が出来たらそれと混ぜます。
 それを丸めておいて、別に求肥を作ります。その求肥で丸めておいた餡を包んで、出来上がりです。
 イチゴジャムの方はこちらの餡でやります。二種類作ります。
「ってそれで別の餡作ってたのか」
「はい。こちらはいつもよりやや塩味を利かせた餡です」
「ふぅん。拘るなぁ」
「当然です。苺の為ですから」
「だよな」



 と、そんなこんなでちょっと変わったいちご大福は完成。……いちご大福自体が“ちょっと変わった大福”だと言う事はさておき。ともあれ、完成したそれらを改めて皿に載せ、再び二人は縁側へ。

「結構夜も更けて来ちまったなあ……」
「ついつい時間を忘れてしまいました……」
「あんまり菓子を食う様な時間じゃないが」
「だから小粒に作りました。一口大福です。私は一つずつだけ食べます。それ以上は、明日に食べます」
 酒の肴にも、抓み易いと思います。
「だな。……お、こうなるのか。新鮮で面白いな」
「味はどうでしょうか?」
「美味いぞ。へぇ、どっちも甘さは控え目なんだな……意外と酒にも合う」
「自然な甘酸っぱさを引き立てるのが苺に対する使命です。生では無いのでそこが一番思案の為所です」
「……明日まで残ってるかな」
「……残しておいて下さい」
「冗談だ。残しとくさ、勿論」



「何だか月見団子みたいだな。……三角に積んでねぇし、ちと早いが」
「ああ……確かに、綺麗な月ですね」

 夜空に掛かる、真白の光。

「だろ? それで何だか飲みたくなっちまってな――あー、見てたらこないだのあれ思い出しちまったな」
「? こないだのあれ?」

 何ですか?

「いや、あいつがな、おまえの――」

 と。

 言い掛けた所で、仙火は口を噤む。言い掛けてしまって何だが、さくらに話す事では無い気がした。……以前、さくらとの任務がキャンセルになって苺の淡雪かんを食べそびれた時の顛末。それを意識してだったと思しき何処かの誰かの行動。それを受けて自分がした行動に関する愚痴。つまり今、つい、その辺りの事をうっかり話してしまいそうになった。
 ……酔いが回ったか。

「仙火? どうしました?」
「や、何でもねえ」
「何でもないと言う事は無いでしょう」

 月……と言う事は、あの方の事ですか? あの方が、私の、何でしょう?

「友達だな」
「はい。同じく花の名を持つ親友の一人ですが」

 わざわざ言い淀むと言う事は、それだけの話ではないですよね。

「……」
「何か言い難い事でもあるのですか?」
「や、あのな、そういう事でもねぇんだが……」
「煮え切りませんね。また腑抜けましたか?――それとも、酔い醒ましが必要ですか?」

 言いつつ、さくらはすくりと立ち上がる。強い意志を湛える淡い金色をした瞳が仙火を見下ろし、暫し。
 仙火の方でも、そんなさくらを、つと、見上げた。

「そこまで酔っちゃいない筈だが――」
「酔っている方程、そう言う物です」

 淡々と続けつつ、さくらは縁側からつっかけで庭に下り、夜の闇の中へと移動。そして程無く、木刀を二振り持って戻って来た。片方の柄を仙火に差し出す。

「――だからな」
「では、健やかに眠りに就く為の、私の腹ごなしに付き合って下さい」

 構いませんよね?

 有無を言わさぬその科白。こうなれば、逃れるのは無理かと仙火は観念する――いや。そもそも逃れたいなんて思っていない。……機会があるなら、何度でも。それでも今は酔い醒まし、もしくは腹ごなしと託けてだから少々サマにならなくもある。が、まぁそれはそれ、これはこれ。肩を竦めつつ仙火は素直に木刀を受け取る。さくらの舞い散る桜の様な儚さの顔――かんばせも、我が意を得たりとこっくり頷く。

 こうなれば、後は。



 夜の黒の中、緩やかにそよぐ風。皓く光る月の下で、“暮れる日”と“明ける日”は対峙する。虫の声がぴたりと止んだのは、二人の剣気と場の緊張感を感じてか。
 その時点で、酔い醒ましや腹ごなしと言うには本気に過ぎる。深と静まり返ったそこで、さくらと仙火は――二人の麗人は、それぞれで木刀を握り直し、それぞれの意に応じた構えを取る。凛とした正眼のさくらに、自然体とでも言うべきか、構えとも言えない構えで居る仙火。互いにじりじりと間合いを計りつつ、摺り足で様子見。
 その場で見下ろすのは月のみで、ここまで邪魔が入らない無音状態は平穏な夜ならでは。離れていても互いの呼吸があまりにもはっきり感じ取れる。サムライらしい真っ直ぐな気合か、忍びらしい惑わす呼気か。どちらを選んでも構いはしない。この遣り取りに卑怯の二字は無い――が。
 間合いを見切るまでのごく僅かな時の後、奮うその手は昏の清剣と暁の濁剣である事に変わりは無かった。裂帛の気合いと共にサムライらしい真っ当な剣筋で撃ち掛かるさくらを、濁らせ崩した異形の撃剣が受けては往なす。仙火が名乗るは炎のサムライ。揺らめきは捉え所が無く、それでいて轟然と力強く威を示す。

 それでもその白は燃やせない。儚く消え入りそうな淡い紫の髪は軽やかに。夜の黒の中で月光を受けひらり舞う。何処か若武者めいた切り揃え方に、頭後上部で括って長く背に流す髪型。父の姿が何処か重なる。母の姿もまた同じ。その顔立ちが母と似過ぎているのは、逢った当初から知れた事。瞳の色は父と同じく、立ち居振舞いの凛々しさもまた、重なる。
 白い軍服めいたトップスもまた、彼女の凛々しさを引き立たせるアイテムになるか。日本の大正期辺りを思わせる時代がかった印象のそれに、黒のスカートとタイツを合わせた姿は、最早彼女のトレードマークとすら言えるかもしれない。
 夜の黒の中では眩し過ぎる程のその姿。
 けれどそれでこそ、ずっと、追い続けられるとも言え。
 いや、それは――さくらの方でも同様に思っていたのかもしれない。仙火の髪とて、夜の黒の中では眩しく映る白銀である。鮮やかな赤の布地にあしらわれた華美な鳳凰も、月の光を受けた下なら、それはとても目立つ物だろう。狙うには目印になる程に。幾ら動きが読めぬ濁剣であっても。それが仙火であるのなら、さくらは何処かに、活路を見出す。仙火も仙火で、昏に冴え渡る清剣を――いつか、いつかと、強くなる為。護る為。
 何度でも追い続ける。

 こうしているのが、楽しくて堪らない。
 止めるのが惜しい。
 本当は。こんな木刀だけでは無くて、使えるだけの術を使って。足許だって、縁側に常備しているつっかけなんかじゃなくて。全てを出し合い、ぶつかり合って。
 高め合いたい。
 そう思える相手。
 拗ねてなんざいられねぇ。
 来てくれるなら、応えるまで。
 受けてくれるなら、何度でも。

 さくらに振るわれる木刀が、白刃の軌跡を描いている様にさえ錯覚する。対峙しながらも、そこまで鋭く清い剣撃に惚れ惚れする。俺には達せない領域。だからこそ、その援けに成り得る濁りを望んで、猛る。





 さくら。お前は。





 ――ああ、綺麗だ。






━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

 不知火家の皆様には今回もお世話になっております。
 シングルノベル二つ目の発注も有難う御座いました。
 そしてこちらももう一件の方と同様、おまかせノベルの時にも増して大変お待たせしております(謝)

 お任せとされた内容ですが、気が付いたらこちらもこんな感じになっておりました。おまかせノベルの時から何だかんだで話が続いている様な感じになっております……そして日暮さくら様も不知火仙火様も、キャラ要素に致命的な読み違え等無ければ良いのですが……如何だったでしょうか。

 少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
 では、今度こそ、またの機会が頂ける事がありましたら、その時は。

 深海残月 拝
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2020年10月23日

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