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『はじめてのでーと』
灯心ka2935)&琥珀姫ka0610


「ねえ、たまには休んで出かけない? ふたりでさ」
 ある日の昼下がり。灯心(ka2935)は、薄い金の髪を陽の光に透かせながら、許嫁の琥珀姫(ka0610)にそう語りかけた。
 きょうはお互いハンターとしての依頼や用事もなく、灯心が琥珀姫の元を訪れたわけなのだが、どうも琥珀姫はすこし戸惑うような表情を見せている。
 それも仕方あるまい――ふたりは『許嫁』といっても、本人たちの同意のもとと言うより『一族の意向により決められた』間柄だ。族長の妾腹であるが諸事情により次期族長にと決められてしまった灯心と、本来は失踪してしまった灯心の兄弟の許嫁であり、少し勝ち気ながらも幼い頃から『姫』であった琥珀姫の関係は、端から見ても複雑ではある。
 しかも琥珀姫にとってのまえの許婚である彼の兄弟というのは彼女にとって間違いなく大切な人だった。たとえどこか頼りないところがあっても、幼いときからそう育てられ、そして確かになにがしかの寄せる感情はあったのだから。
 しかし、お互いハンターとして故郷を出、その間にさまざまな人間経験も積んできた。痛みや苦しみもあったが、いまはそれも乗り越えていける強さを少しずつ積んできた。
 しかし――だがしかし。
 突然許婚から出かけようと誘われてしまえば、さまざまな意味で戸惑ってしまうのも道理というもの。しかもそれまでそんなことはまるでなかったのだから、実質初デートと言うことになる。
「え――ええと……」
 琥珀姫は少し言葉に迷うように目を彷徨わせ、それから少し困るように視線を灯心に送る。すると灯心は強く手を差し出してにっこりと笑った。
「デートだよ、デート!」
「で……」
 その言葉にわずかに顔を赤く染めると、灯心は大きく頷いて返す。
「ああ。許嫁なんだし、デートくらいしようぜ、お姫様?」
 琥珀姫はその言葉に少しだけ驚いたように瞬きすると、もう一度許嫁の顔をまじまじと見た。その顔はいつもと変わらないが、きっと全く緊張していないわけではないだろう。とくに、以前の琥珀姫を知っているから、なおのこと。
 けれど手も声を震えているわけでなく、たとえて言えばまだ見知らぬものを知りたいという好奇心と――淡い恋心、だろうか。恋愛というものに縁のなかっただろう灯心は、自分から琥珀姫に歩み寄ろうとしている。彼が琥珀姫のことをお姫様、と呼ぶのはむかしからの癖と若干の遠慮のせいなのだろう。さほど大きな問題ではない。
 そして何より、デートへの誘いというのは琥珀姫に好ましく思えた。
「……少し待ってくださるかしら。女性というのは出かける支度もありますから」
 その声は、ほんのりと弾んでいた。
 

「……実を申しますと、わたくし、でーとは初めてなのですわ」
 支度を終えて出てきた琥珀姫は、開口一番そう言ってほんのり顔を赤らめた。
 琥珀姫は濃赤の長い髪をゆるく流し、生成りの着物に蘇芳の袴という落ち着いた秋らしい色合いの衣をまとっている。普段使いというわけでもないがいっとうの晴れ着というわけでもなさそうなその服は、彼女によく似合っていた。
「へえ、流石お姫様、よく似合っているな。やっぱりこういう服装が似合うんだだろうなぁ」
 灯心はお世辞でなく素直にそういって褒めると、琥珀姫も顔をぽっと赤らめる。
 ――こういう相手には、あまり慣れていない。
 なにしろ、どちらかというと尻を叩く側だったので、恋愛対象に甘やかしてもらうと言うのは当然ながら初めてだった。自分の足で歩くことはハンターになって覚えはしたけれど、それでも『族長の妻』となるべき存在として今まで我慢してきたものも数多く、だからこそ胸の高鳴りが抑えられない。
「とりあえずデートらしいこと、すこししようか」
 灯心にそう言われ、琥珀姫は少し緊張しながら彼の手をそっととった。
 
 まず琥珀姫が連れられたのは、最近話題の甘味を振る舞ってくれるという店だった。評判なのは甘味だけでなく、そこで扱っている小物などもだと、琥珀姫も仲間のハンターから聞いたことはある。琥珀姫も噂を聞いたときから興味のあった店だった。そこに連れてこられるとは予想外だったので、のどが小さく鳴る。
「ほら、遠慮せずに食えよ」
 灯心が買ってくれた季節のフルーツタルトを口に一口含むと、なるほどほどよい甘さがしっとりと口の中に広がっていき、琥珀姫もぱっと顔を輝かせた。添えられたのはハーブティ、こちらは口の中をさっぱりとさせてくれるのでフルーツタルトとの相性も良く、食欲の秋というわけではないが食が進む組合わせと言える。
「なるほど、確かにうまいな」
 灯心も自分のぶんを一口食べるとなるほど納得という表情でもぐもぐといかにも美味しそうに口に運んでいく。
「人気だとは聞いていましたけれど……来たことはなくて」
「じゃあ、ちょうど来ることが出来て良かったじゃないか。……食い終わったら、少しぶらぶらしようか」
 灯心の心遣いはさりげなく、そして優しいものだった。
 

「あら、灯心……あれはなんですの?」
 琥珀姫がそう言ってある店を指さすと、ああ、と灯心は頷いた。
「あれは最近流行りの雑貨を扱ってる商店だな。リアルブルーの商品なんかも扱ってた気がする」
 クリムゾンウェストでではまだ入手の難しいリアルブルーの品々は、こちらの住人たちに珍重されるものも多い。琥珀姫もそれには興味を持ったらしく、目を輝かせてショウウィンドウに近づいて中を見ている。
「興味があるんならさ、入ってみる?」
 灯心からのその提案は箱入り娘だった彼女にはどこか新鮮で。
「気になるものがあったらさ、もっと近くで見たらいいしさ。別に目的があって歩いてたわけじゃないし、こうやって気になったものを見たりしてぶらぶらするのも楽しいもんだろ?」
 いわゆるウィンドウショッピングだが、正直琥珀姫は殆ど経験がない。だから、こうやって近しい灯心にそばを歩いてもらいながらの買い物は本当に新鮮だった。
 雑貨店では可愛らしい小さな雑記帳と封蝋印を手に入れ、どこかそわつきながら街のあちこちを見て歩く。少し歩いては店に入り、何を買うか悩んで見たりするのも楽しい。
 灯心はそんな琥珀姫を見て細やかに気を回してくれる。甘やかしてくれている、と言う方が正しいだろうか。けれどそんな風に自分の足で歩いて、自分の目で見て、自分で買い物をするのは本当に新鮮なのだ。
 琥珀姫は改めて、買い物の楽しさに気づいた気がした。
 

 しばらくそうやって歩いていると、小さいが綺麗な庭園が見えてきた。秋の花を見てもらうために開放しているらしく、ふたりも興味津々に入っていく。
 コスモスを初めとした多くの秋の花々が風に揺れている。庭園のなかには休憩が出来るように小さなベンチが置いてあり、琥珀姫はそこに座ると小さく息をついた。
「少し疲れただろ。はい、これでよかったか?」
「……ありがとうございます。灯心は気が利くんですのね……」
 灯心が近くの屋台で買ってきた冷たい飲み物を手渡され、それを口に含む。ブドウのジュースで、甘酸っぱい味が口の中に広がると改めて一息つけた気がして、琥珀姫はもう一度感謝の言葉を述べる。
「……いいや。それより、聞きたいことがあるんだけど……」
 灯心はいつもよりもじっと、その桃色の双眸で琥珀姫を見つめる。
「お姫様はさ、『族長の許嫁』、じゃなくて……『琥珀姫』個人として、なにかやりたいこととかはないの?」

 それは虚を突かれた問いだった。
 
 琥珀姫は小さく、え、と声にしてから手を口元に当て、うつむき加減に何事かをじっと考える。
 ――今までの人生は、殆どが親や一族の決めた道に沿ってきたことばかりだった。思考や、好意を抱く相手や、そんなあれこれを。
 だから――わからない。
 自分のやりたいことが、わからない。
 だって、自分の力で選んで歩いて、と言うことが殆どなかったから。
「わたくしの……やりたい、こと……」
 そう力なくぽつりと呟き、体をわずかに縮こませる。と、
「……オレはさ、そういう……琥珀姫、なところはいいと思うんだぜ? ああ、うまく言えないけどさ」
 自分よりも背も高く美しい顔の男である灯心が面映ゆそうにそう言って、ぽんと肩をたたいた。
「琥珀姫なところ、とはいったいどういうことですの?」
 琥珀姫が不安そうにまた首をかしげると、
「それはまたおいおい考えていけばいいだろ? まあ、自分らしくってことさ」
 灯心がそう意味ありげに言って小さく片眼をつむった。
 

「そうだ、琥珀姫」
 帰り道、灯心は少し照れ臭そうに笑ってから何かを取り出し、ちょっと待ってといいながら髪に何かつけてくれた。近くの鏡で確認したところ、花の髪飾りだった。
「竜胆の髪飾りなんだけどさ、いいかなって思って。許嫁様にではなく、『琥珀姫』に……オレからのプレゼント、な」
 いつもより真摯な口調でそう言って、灯心は笑いかける。
 ――灯心は知っているだろうか、竜胆が琥珀姫にとって特別な花ということを。顔も知らぬ、しかし大切な人から贈られたものがまさしく竜胆だったことを。
 いや、そんなことはどうでもいい。
 髪飾りにそっと触れる琥珀姫の手はほんのり震え、頬はほんのり紅潮していた。
 こんな風に、細やかに気遣いを絶やさなかったこの灯心という青年は、本当にまじめで、そして優しい人なのだと改めて感じさせる。
「……ありがとう、ございますわ」
 この人をもう少し知ってみたい――許婚という表面的なことだけでなく、その考えや、見ているものも、もう少し知ってみたい。
 髪に添えられた竜胆にそっと触れながら、琥珀姫はそう思うのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
大変遅くなりまして申し訳ございません、しかし執筆させていただいてありがとうございます。
やや複雑な関係性の二人の初めてのデートということで、心情などもできるだけ執筆させていただき、想像の余地も残るような形に仕上げたつもりです。
デートコースは初めてということであえてベタな感じにしてあります。
お気に召していただけましたら幸いです。

ファナティックブラッドという世界の最後に、この話をかけてよかったと思います。
重ねて、本当にありがとうございました。
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四月朔日さくら クリエイターズルームへ
ファナティックブラッド
2020年10月26日

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