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『そらにえがく』
未悠ka3199)&鬼塚 陸ka0038

「久しぶり?」
「どうして疑問形なのかしら」
「んんー、いや、だってさあ」
「リクにしては歯切れが悪いじゃない」
「自分でもわかってるんだけど、タイミングが」
「はっきり言えばいいじゃない?」
「そうしなきゃとは思うけど、僕の中でも整理がついてないから。少し時間頂戴、未悠」
「時間に都合がつくって言ったのはリクよね……?」
「いやー予想より早かったっていうか……こっちに戻ってきてすぐとか」
「?……忙しいと言えるだけ仕事も順風満帆ということなのだから、贅沢を言える立場は悪いものじゃないでしょうに」
「ありがたいと思ってるよ」
「今日は息抜きのつもりで声をかけたのだけど? もっと気を抜けばいいのに」
「そうしたいのは山々なんだけどなあ」
「……まあ、姉としては? いつまでも手のかかる弟の世話ができるというのも悪くないわけだけど」
「えー結局どっちなの、それ」
「両方かしら?」
「言うねえ未悠も。じゃあ、いつまでも苦労をかけます?」
「ええ、わかっているならいいのよ?」

 そもそも鬼塚 陸(ka0038)の日常というものは、変化に溢れてばかりだ。あの転移を切欠にしてから今まで、結局の所ひとところに落ち着く、という状況を堪能した時間はとても短い。
 戦いに明け暮れた日常は終わりを迎えたはずで、今では伴侶にも新たな家族にも恵まれた。気づけば挫折や不和の気配が胸のうちに傷を作り続ける状況は消えているようにも思う。
 今は一家の大黒柱を自負しているし、立ち上げた仕事だって順調だ。正直貯蓄だけを見れば、すぐにでも引退して自由に過ごすことだってもう可能ではないだろうか、そんな数字になっていたりもするのだ。
 しかしそれは食うに困るような事態にはならないというだけで、日々をより楽しく幸せに過ごすための要素については考慮しない場合の話だ。
 変わらない日々に埋もれて憧れを忘れ若くして人生を諦めていたような日々を暴力的な程に力づくで書き換えていった濃密な時間があったから。陸は、そうなる前の生活に近づくような可能性は限りなくゼロにしたいと思っていたリする。
「……なんて、ね」
 試しに、立ち止まった場合のことを想像してみた陸はすぐに考えを否定する。それが声としてこぼれてしまっていたのは無意識で、未悠(ka3199)が首を傾げた。
「いや、自分の……」
 言葉を止めて、考え直す。今日はいつもと変わらない近況報告会(と書いて惚気会と読む)であるのだが、先に言い淀んだ件があった。そこに持っていくための切欠にも丁度いいかも知れないと思い直して、紡ぐべき言葉を変える。
「んー、いや、未悠もちょっと関係ある、かな?」
 既に起こり得ない、僅かな可能性も力づくで消すだろうことは想像に難くないけれど、せっかくだから聞いてみようか。
「例えばだけどさ?」
 訪れない未来だと丁寧すぎるほどに念を入れて。
「邪神との戦いが終わって、平和になって。その瞬間に、転移前の状態に戻ったとしたら、さあ」
 未悠だったら、どうする?

 既に起きないことだとはわかっている。冗談だとわかっている。
 目のあたりが熱くなる。髪も逆だっているように感覚が鋭くなっていく。
 この感情が怒りではないとわかっているから、正面の、原因であるところの陸が怯える様子もなくて、そこに安堵のような信頼感の強さを確かめてしまうわけだけれど。
「……もし、もしも、そうなったとしたら」
 ひとりじゃない絆を手に入れて、様々なことに挑戦する自由があって、強い感情をいくつも経験して。
 大切な唯一との全てが世界の壁に阻まれたとしたら?
「壊れてしまいそうなほど、きっと……寂しいわ」
 記憶があるなら間違いなく、世界を渡る手段を探そうとするだろう。
 記憶がなくても心に穴が空くはずで、真実元の通りの生活はできないだろう。
 厳しい中でも自分自身の力を蓄えてタイミングを図って、立場を変えるために動いただろう。
 箱入りのお嬢様では居られないし、もしかすると家族との距離感も変えていたかもしれない。
 心の中が、胸の内でどれだけ寂しいと、喪失感が溢れていたとしても……絶望だけはしない、と信じたい。
 それまでに受けた教育が未悠にそれを許さない筈だから。
 ただ、譲れないことがひとつ。
 今供にある唯一の伴侶以外を認めない。
 別の伴侶を迎えるような事態を避けるために、強く在ろうとするはずだ。
 知るはずのなかった強さをもう一度得るために、走り続けるはずだ。
 変化に対して無自覚に持っていた怯えなんて手放して、空白を埋めるために手を尽くす。
 寂しさを紛らわせるためか、唯一に辿り着くためか、諦めるなんて言葉を自分の辞書から追い出して。
 思い描いた様子は幾通りもあるけれど、数え切れないからこそ口にしない。
 なぜなら可能性を挙げてもきりはなくて、何より。
「そう聞いてくる陸だって、きっと同じだと思うわ」

「まあ、そうなるよねえ」
「そうでしょう? ……で」
「で?」
「何を頼まれてきたのかしら」
「わかっちゃった?」
「自慢じゃないけれど実家は大手なのだもの、あの人が手を引くとも思えないし、今回だって顔合わせなりしてきたのでしょう?」
「そうだね、向こうは未悠が元気にしているか、話題にあげてほしそうにしてた」
「そんな、可愛らしい反応を見せる人じゃなかったと思うわ?」
「いやそれがさ、子を持つ父親目線だとわかっちゃうんだなあこれが」
「別に、私の近況くらい、伝えてもいいって言っているわよね? それで陸の仕事に有利に働くなら好きに」
「家族をさ、そんな風に利用するつもりはないよ? ちゃんと、仕事とは関係ないタイミングに雑談に混ぜるくらいしか話してない」
「……?」
「取引の上なら向こうも強く出たかも知れないけどさ」
「弱気な様子なんて思い浮かばないのだけれど……」
「そこは親としてのプライドが、ってまあ、そうじゃなくて」
「私の情報を欲しがっているって話よね?」
「言い方! 僕目線とか、僕の言葉じゃなくてさあ。未悠から連絡がほしいんだと思うんだよね」

 元のとおりに残っていた部屋のことを思い出す。
(気にかけてもらえていた)
 その事実を知ったのはほんの気まぐれの結果で、けれど確かに未悠の胸の内を暖めてくれた。
 ただその一度の帰還であり邂逅は本当に短いもので、もう一度足を運ぶなんて、そんな機会は訪れていない。
 思いつかなかったわけではない。ただ唯一の彼と共に過ごす時間を少しでも長くしたいだけで、それに勝るものではないだけだ。
「……否定はしないわ」
 これ以上の沈黙を続けると、きっと陸は見透かした言葉を口にするだろう。ならば自分でその言葉を紡ぐほうがいい。
「どう接していいのかわからない……不安に思ってしまうのよ」
 愛されていた、なんて。
 それまで自分に愛は与えられないと思っていたから。
 ひとりだと思っていたから、知らないうちに手の中にあったそれをもてあましそうで。
「ぶつかってみればいいと思う、って言うのは簡単だけど」
 陸の声が穏やかな響きを持って、届く。こぼれた吐息は笑みを示す。
「僕も背中を押してもらってやっと、って感じだからなあ」
「そこは素敵な奥さんに感謝するところね?」
「勿論、感謝だけじゃなくて愛も更に増えたよね!」
 明るい声で返せば、空気も軽く。
「……私の背中だって、押してくれているわ」
「うん」
「ただ、どうしても機会がないって、都合のいい理由を見つける私を、とても甘やかしてくれる素敵な旦那様が居るから」
「僕も奥さん甘やかしたくなってきた」
「甘えるの間違いじゃなくて?」
「どっちもだね」
「そうよね。……そう、ね……」

(……ん?)
 今まで、未悠に直接実家の話は出さないままでいた。
 まだ時期が早かっただろうかと焦りそうになるのは、未悠の手がおなかのあたりをさすっていることに気付いたからだ。
 胃が痛むほどに負担となるなら、冗談だと強引に押し流せばいいだろうか。
 例えば顔を見せに行くべきだとか、そこまでの口をだすつもりはなかった。元気だとの一言を預かる、それだけでもいいと思っているくらいだ。
 未悠自身が実家に向けてなにか伝えようとした、その事実だけでもいいくらいで。
(あれ、でも胃にしては下すぎる?)
 未悠の手は無意識なものなのだろう、じっと見てしまっている陸の視線にも気付いていないらしい。
「……未悠、お通じないの?」
「ぇっ!?」
 思いついたまま口にしてしまった陸である。下世話な話ではあるけれど、健康は他のなににも変えられないわけでもあるから、心配が先にでた。
「野菜……足りてる……?」
 食物繊維がいいってあったような、等と思い出す陸は未悠の視線に気付いていない。
「また今度うちに来てお通じを良くするレシピとか聞くといいよ」
 愛妻は料理も上手だからこその提案を続けて、これで安心だと頷いて。そこで未悠の様子に気づく。
「いえ、違……ただ、丁度いいと思っていただけで……」
「あ、昔からの体質だった? なら次行ったときに対処法を聞いてくれば」
 未悠の実家ならお抱えの医者だって居てもおかしくなさそうだし。小さな切欠から定期的なやり取りにつながる、そんな可能性にするのも悪くないかもしれない。
(まーちょっと格好はつかないけれど)
「リク、だからそうじゃなくて」
「未悠、恥ずかしがらなくても大丈夫だよ?」
 女性は大変だって知らないわけじゃないし、と安心させたくて微笑むが、どうにも未悠の反応が予想と違っている。ちょっと叱る雰囲気を作ろうとして、けれどすぐに呆れて。覚醒状態は解除されていた。
「なんでそんな誤解を、って、これはそうじゃないのよ?」
「やっぱりプレッシャーで胃痛? ストレス用の薬とか効くかな?」
「認識が悪化しているわ……」
 未悠の片手が額に向かう。
「え、だって痛いんじゃ」
「痛みが来るのはずっと先のはずよ?」
「あれ、今の医療技術って、病気予測ができるようになってたっけ?」
「リク、だから……」
「違うの?」
 やれやれ、とため息をはいた未悠である。
「遠回しな表現も仕事で使うのではないの? ……初孫の報告とか。吉報から伝えるというのもいいかなって」
「?」
 まご。
 こどものこども。
 未悠は取引相手の娘で、その子供が孫になるわけで。
「ん゛ん゛!?!?」
「先に人の親になっているはずなのに、察しが悪いのはどうなのかしら」
「え、いや、だって」
「わからないでもないけれど。立場だとか、生活だとか、落ち着く先だとか……ずっと二人で考えてはいたのよ?」
「そっか……」
「甘やかしてあげたい存在が、増える予感ってとても素敵なことね」
「……よかった。おめでとう、未悠」
「ありがとう、陸」

「もしかして、もう名前とか考えてる?」
「こうなる前からずっと、考えていた名前ならあるわよ」
「聞いても?」
「男の子ならアステール。女の子ならステラよ」
「あれ、もしかして」
「知ってると思ったわ。そう、星を意味する言葉」
 月を意味する名を持つ彼の血を引くのだ。彼と私が、同じ空(場所)で見守っていけるように。
 親が子に、最初に贈る愛なのだから。
「これはまた、いとこ感が増すなあ」
 星が所以でもある陸は、自分達の子に星の字を入れているのだ。
「そうかもしれないわ」

「それで吉報そのものは、自分で伝えにいく? 安定期になってから? 護衛はおまかせあれ?」
「必要になったら仕事として依頼させてもらうから、そのときに」
 夫との相談次第、というところなのだろう。
「あーでも生まれてから驚かすのもアリかも」
「それは……ちょっと、興味深いわね」
「意外と孫馬鹿になるかもしれないよ?」
「想像はできないけど」
 ……雑談で未悠の話に触れる度、結構動揺してるんだけどね。
「あの人が違うなら、緊張しないで素直になれるかもしれないわ」
「前の突撃訪問のときだって十分、いつもの未悠だったと思うよ?」

「大人になってだけじゃなくて、こうして自分の子供がうまれることになってはじめてわかることが多くて」
 ひとりではないこと。見えない場所では想いが向けられていたらしいこと。
 産んでくれたことに、育ててくれたことに、できたら笑顔で感謝を伝えたい。
 結局のところ。
「……今がとても幸せよ」
「幸せ自慢なら受けて立つよ?」
「応戦の準備は完璧に決まっているじゃない」
 そろそろ、いつもの惚気会に戻っていく頃合いだ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【未悠/女/21歳/征霊闘士/輝くその光で、包み込む熱と落ち着いた時間をもたらしてくれるから、貴方との未来を】
【鬼塚 陸/男/22歳/守護機師/地を跳ねるように駆け上がって、共にどこまでも手を伸ばしていけるから、君との未来を】
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2020年10月27日

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