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『彼等のrecipere』
千種 樹生la3122


 ――僕からは、もうレシピは必要ないですかね
 ――えーー! 樹生さんレシピのファイル、2冊目に突入したばかりですよ!
 なかなかに酷い会話だったと、今にして思う。




 どこにでもあるような二階建て中古アパートの、一階部分は空き店舗。
 二階の住居部分は一人暮らし向け1Kで、千種 樹生(la3122)は住人のひとりだ。
 任務の入っていない休養日、スパイスを効かせたミルクティーをテーブルの傍らに置くと、レポート用紙を広げる。
 三木 トオヤ(lz0068)・三木 ミコト(lz0056)兄妹から、『日常料理のレシピ』なるザックリすぎるリクエストへ応じるためである。
 放浪者のトオヤの味覚は惨憺たるもので、割って入ってアドバイスをするうちに『樹生レシピファイル』なるものが三木家に作られるに至ったという。
(何冊目まで作るつもりなんだろう)
 2冊目に突入……? したばかり……?
 兄妹の甘えとも解釈できるだろうが、それを差し引いても兄への心配が勝る。
 本人は努力しているようだが、本人にとっての『美味しい』がこの世界の一般からズレている以上、いつ大惨事が起こるともわからない。
 それなりにレパートリーを増やしておいた方が安全だとは、樹生も思う。
「事故発生緊急依頼が貼り出されるのを防ぐ仕事……か」
 やむなし。
『今度、御礼しますから!』
 秋の始まりに行われた仕事の去り際に、樹生の上着の裾を掴んで妹が必死の眼差しで見上げてきた。
 その『御礼』の日が、今日である。
 炊き込みご飯、具だくさんのスープ、魚の煮付け。
 三品は書き終えてクリアファイルに入れてある。
「あと一品くらい、あってもいいかな」
 出かけるまで、時間はある。
「鍋料理とか?」
 気を抜けばダークマター一直線の代物だ。これを忘れてはいけなかった。
 なにしろ『何を入れても美味しい』なんて曖昧な表現は通用しない相手。
 『誰が来ても安心』というフレーズで固めた方が良いだろう。
(……ああ、これは)
 樹生にとっては馴染みのメニューで、とても当たり前になっていた。
 一人用土鍋でも美味しい。
 大勢でつつけば、美味しい上に楽しい……それを教えてくれた人がいた。

 樹生がこの世界へ転移する前。生まれ落ちた世界での『家族たち』の顔が、不意に心に浮かんだ。




 樹生は、とある警察官の養子だった。
 あの世界の『対侵略者の養成校』へ入学するまで、養父の部下や同僚たちと家族同然に過ごした。
 年齢にして小学校へあがるまでの、短くも鮮やかな日々だったと思う。

 養父の部下の一人は、厳つい外見の男。容姿に反して家事全般得意で、幼い樹生へ料理を教えてくれた。
 電子レンジ活用術。火や包丁を使わなくても作れるもの。夕飯の手伝いをするうちに覚えることもあった。
 樹生は『食材を大事に』と、トオヤに対して幾度も発言してきたが、根はそこにあったように思う。
(それに対して、あの人は外見もノリも学生にしか見えなかったな)
 もう一人の部下を思い出すと、ついつい困ったような笑いがこぼれる。
 養父の同僚は、元エリートコースで真面目過ぎ。上司という人は有能なのか、ぐーたらなのか、解らなかった。
(真面目過ぎる彼には、それくらいの上司でバランスが取れていたのかもしれない……)

 生みの親から捨てられた樹生を養子にしたは良いが、養父は不器用な人で、かつ多忙の身だった。
 それでも学習する環境は整えてくれていたし、養父の同僚たちが家族で居てくれた。
 『自分は捨てられた子』という自覚はあっても、それをどうこう思わなかった。

 養父が多忙であったこと。
 元エリートコースだった同僚が、真面目過ぎるほど真面目だったこと。
 彼等を取りまとめる上司が、一見するとぐーたらだったこと。
 それらに合点がいったのは、樹生が家族の元を離れ『対侵略者の養成校』に入ってからだ。
 樹生は、彼等の死に目に会えなかった。




 養成校はあっても、当時は人類側に対抗するシステムがしっかりしていなかった。
 ゆえに警察内に部署が用意されていた。
 侵略者が来た際、住民避難のための時間稼ぎといえば聞こえはいい。その実は捨て石だ。実質、警察内部の邪魔者が集められる。
 養父も仲間たちも、その部署へ配属されていた。

 死に目には会えなかった。それでも会いに行った。
『上の命令に逆らい、僅かばかりの民間人を避難させ、死亡』
 耳に入ったのは嘲笑の声。
(一人でも二人でも、ひとを助けたのに……?)
 違和感を抱いて調べるうちに、上の判断ミスであることを知った。しかし、それを誰も認めない。
 何の得にもならないから。
 彼らが死した今、生きている者の名誉には何一つならないから。
 ゆえに殉職した彼らの名誉を傷つけ、それが回復されることはついぞなかった。




「人は見たいようにしか見ない、……か」
 歴史上の偉人の言葉を、口にする。
(同じだ、あの世界もこの世界も)
 向き合うべき問題から目をそらし、蓋をして、都合のいい理屈をつける。
 それが人間の性質なのか。
 呆れたような、疲れたような吐息を一つ。
 冷める前に紅茶を飲む。シナモンを始めとするスパイスが体を温め、少しだけ心をほぐした。
「これも追加しておこうかな」
 ショウガやシナモンなどは普段の料理でも使うし、飲みたい時にすぐ用意できる。
「……レシピは正直だ」
 材料をカットするサイズは、火加減を均等にするため。
 温度は、食材の栄養分を殺さない程度に。
 樹生手製のレシピには、細やかに注意点が書きこんである。
 なぜそうするのか、理論が裏打ちされている。
(現実を無視して、気持ちだけで作っても碌なものは出来ない)
 材料を計る。適切な手順を踏む。それだけで、不器用だって、それなりに形になる。
 
 いつの世も、どこの世も、なかなかに酷い話は掃いて捨てるほどある。
 向き合ったなら喪わずに済んだ命があっただろうこと。
 個人の名誉より大切な他者の生命があるだろうこと。

 家族が残してくれた思い出の味を、ひとつまみ分の塩すら間違えることなく書き写したレシピ。
 樹生がひとりで暮らすようになってから覚えたレシピ。
 それらは理路整然としていて、食卓を豊かにする。
「そろそろ出かけるか」
 クリアファイルを鞄に入れて、上着を引っかける。
 何かの拍子に、鏡が目に入った。
 淡々と、見るべきものを見据える緑の瞳が映る。
 大きな声や中身の無い言葉に、惑わされないもの。
 まばたきをして視界を切り替え、樹生は秋の深まる外の世界へと踏み出した。




「日頃のお礼です。何が良いか、悩んだんですけど」
「食べ物は樹生が自分で作るし、邪魔にならないものが良いだろうと思って」
 顔を合わせた三木兄妹が樹生へ贈ったのは、左右不ぞろいの手編みの手袋であった。
 左の几帳面な編み目は兄。
 右の、色々と抜けていて指のサイズが合っていないのが妹。
 そろって非常に残念な点は、何かオリジナルの図案を入れようとして全くなっていないところ。
「……書いてある通りに作るのは、料理も手芸も同じですからね……?」
 これはだめかもしれない。広い意味で。
 善意の塊で褒められ待ちの眼差しを向ける兄妹を前に、樹生は次の言葉を懸命に探した。




【彼等のrecipere 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
ご家族にまつわるお話、お届けいたします。
『recipere』はレシピのラテン語。『(命令を)受け取る』、お薬の処方箋を意味するそうです。
指示通りにこなすこと。まっすぐに事実と向き合うこと。
最後が台無しエンドでありますが
お楽しみいただけますと幸いです。

三木兄妹については、【友if_B】設定で描写しております。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年10月27日

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