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『移ろう想いの色の名は』
不知火 仙火la2785)&不知火 楓la2790

不知火の人間は、代々その名を花に借りるのが習わしである。
それが当然であったものだから、幼少の頃はあまりピンとは来なかったものの、なかなか風流な習慣なのではないかと不知火 楓(la2790)はひそかに思う。
楓が生まれたのは、ちょうど楓の葉が色づく十月の初旬。繊細な枝に咲く赤は燃えるようで美しい。花のように可憐とはいかないが、思わず目を留める艶やかさがある。あの雅さはとても好ましかったし、名が同じと言うだけでどこか誇らしくもあった。
あの楓の大樹のように、誰かを守れるものでありたいと、思っていたのだ。





不知火邸、その庭先にて。
ひゅ、と薙刀が空を切る。鋭い突きの型の後、楓が前を見据える姿勢はまるで時が止まったかのようだ。彼女が持つ薙刀の白く清らかな刀身もまた、微塵もぶれること無くそこにあった。赤の美しい柄の部分、紙垂のような飾りだけが微かに揺れている。
凛月(りつ)――それがこの美しい得物の名だ。楓が考案したEXISであり、その考案通り丁寧に、かつ無駄なく仕上げてくれた逸品である。本来はただの修練に持ち出すものではないが、このEXISという存在はそれなりに曲者で、使用者の想像力を糧として強弱が定まる。故に日頃から幾らか持ち慣れておく必要があり、こうして一人使用感を確かめているところであった。

「ん。これはなかなか」

型を崩し、楓は思わず破顔する。新品の武具であるにも関わらず、凛月は不思議に思えるほどしっかりと手に馴染んだ。まるで昔から触れているかのような懐かしささえある。
ところで、極限まで高まっていた集中が解けた途端にふと視線を感じた。彼女が振り返ると、縁側に人影がひとつ。向こうも気付いたようで気兼ねなく手を振ってくる。不知火 仙火(la2785)だった。

「修練か? 精が出るな」
「うん。ちょっとだけね。早く慣れておきたくて」

この武具が楓にとって想いの深いものであることは、仙火も既に承知の上だ。だから一つ頷いて楓へ視線をやる。楓のどこか嬉しそうな顔は、確かに手応えを得た証左なのだろう。

「びっくりするくらい手に馴染むんだ。これならすぐに実戦登用も叶う」
「そうか、良かったな。戦場で武器は一番近くにあって命を預けるものだし、相棒と呼べるものが手の中にあるのは嬉しいよな」

心が戦力に過分に影響するライセンサーの戦い、だからこそ。凛月の名を冠するそれが、彼女の側にあるのは心強く、快いものだった。





「ところで、わざわざどうしたんだい? まさか手合わせしたいって訳でもなかったんだと思うけれど」

武具を片付けて一段落。楓は思い出したように首を傾げた。中性的な容姿はとても整っており、その動作一つにも一層の濃い美しさを纏う。とはいえ、幼馴染としてずっと隣を歩き続けた仙火にとっては、その美しささえも日常の一になりつつある。贅沢な話かも知れないな、などと考え、仙火は気付かれないよう小さく笑った。

「ああ、手合わせも魅力的な提案だけどな。ちょっと一緒に喫茶店でもどうかと思って。休憩がてらどうだ?」

急なことだ。楓は長い睫を瞬かせるが、この幼馴染がたまに突拍子も無く、鳳仙花の種の如く行動に移すことを知っている。だからそう驚きもせず、目を細めた。

「いいね。気が利くじゃないか。すぐ支度するよ」
「良かった。近所のカフェのサービスクーポンを貰ってたんだが、期限が今日の日付でよ」

特に取り繕うことも無くそう言った仙火に、楓は一層笑みを深くする。

「なるほどそういうことか。仙火らしいね」

涼しい風に吹かれ、汗に湿った長い髪を指で梳き上げる。その随分細い手首に巻かれたイエローゴールドのブレスレットの、月に寄り添うように飾られたルビーが光るのを見て――仙火は少しだけ、目を逸らした。

同時に、逸らした事実を飲み込めずにいた。あのアクセサリーは、先日自分から楓へと贈ったもの。ずっと付けてくれてるんだなとか、嬉しいとか、自分ならばそういったことを言っているような場面であった。無論、それらの思いに嘘は無い。
タイミングを逃し言葉を飲み込んだ直後、楓が荷物を抱えて歩き出す。

「準備をしてくるから。少しだけ待たせるよ」

ぱたぱたと足早に屋敷へと戻る背中へようやく一声「おう」と返し、仙火はどこかもやもやした気分を振り払った。このささやかな感情は、如何にも名前を付ける前に消えてしまいそうだ。


よく知る相手の知らぬ一面といえば、やはり彼女が女性らしくなったことだろう。
最近は女子らしい姿をすることもあり、それが際立ったというべきか。贈り物としてブレスレットを選んだのもそれが理由だ。嫋やかな男性にも凜々しい女性にも見えるのが不知火 楓だった。それはもしかしたら、少しずつ変わり始めているのかもしれない。
この変化については、率直に嬉しく思っている。いやまあ、楓は昔も今も変わらず美しいし、女らしくなって欲しいというわけでは決して無いのだが。

自由――そう、自由。楓には自由でいて欲しい。何にも縛られず、あるがままに。女性に見えようと男性に見えようと、楓は楓なのだし。楓の葉が色を変えるように変わるべきだし、楓の樹がそこにあるように変わらないで良い。

「その為にも、守れるようにしないとな」

庭を、屋敷を逡巡し、仙火は心に誓うのだ。





仙火にしろ楓にしろ、血筋によるものか非常に整った容姿をしている。花の名を貰うにしても、その名前に負けることの無い美しさだ。それが二輪並び、楽しげに談笑などしながら公道を歩いて行く訳だから、すれ違う者が思わず振り返るのも無理はない。

「ところで、カフェチケットって言われて、少し懐かしく思ってね」

相変わらずの男装姿で楓は思い出したように零す。仙火は一瞬視線を彷徨わせて、しかしすぐに合点がいった。

「一年前の誕生日だったか。よく憶えてるな」
「そりゃあもう。ちゃんと使わせて貰ったよ。同じカフェかい?」
「違うカフェだ。最近できたらしい」
「へぇ。なら行ったことのない店かな……」

この一年に思いを馳せる。ささやかなことから大きな出来事まで、実に密度の高い日々だった。何よりも、今こうしてここにある、心の置き方こそが違う。それはきっと、今も横を歩くお互いにそうなのだろう。
あれから一年、二十二年目の秋だ。何も変わらないように見えるし、変わらないなんてあり得ないとも思える。

「……聞いて驚け? パフェが美味いらしい」
「わお」

嬉しそうに楓が笑う。つられて仙火も笑った。
二人の距離は友人というには近く、恋人には見えぬ程度には遠い。



さて。カフェは商業区の中ほどにある、レンガ造りが洒落た外観の建物だった。
最近できただけあって客は多いが、三時を少し過ぎた頃合いだからか待ち時間は必要なかった。パフェが美味いというのは本当らしく、メニューにはそれだけで四種類も並んでいる。
果物をふんだんに使ったシンプルなものに、抹茶クリームと餡子に白玉などが飾られた和風パフェ。それに、チョコレートとマスカルポーネチーズをメインに使ったティラミスパフェ。ここまでが常に置かれているメニューのようで、季節商品らしい和栗のモンブランパフェが最後の一つ。どれも多くの材料を使って作られており、写真で見るだけでも美味しそうだ。

「……目移りしちゃうね」

メニューを食い入るように見つめる楓を見て、楽しげに仙火が目を細めた。
修練の後とは腹が減るものだ。純粋に身体を動かすのもそうだが、集中力を極限まで使った直後は糖分も欲しくなる。どのパフェもきっと美味いのだから、仙火のそれは完全な思いつきだった。

「全部頼んじゃっても良いんじゃないか? 俺も手伝うし」
「へ、」

そうして楓が目を見開くのも、何だか愉快に思えた。
これもまた自由の形だろうか。仙火はそんなことを思い、されど口には出さなかった。





パフェは程良い大きさではあったが、それでもテーブルに四つ並ぶとなかなかの迫力だ。
甘いものなので珈琲はブラックで頼むことにする。

「どれにしようかな」
などと楽しげに楓が言うと、
「どれでも良いだろ。全部食べるんだし」
と、仙火がスプーンを取る。

果物を散りばめたパフェは宝石箱のような色合いだ。通年メニューでありながら、果物は季節によって変えているらしい。甘さを抑えたクリームに葡萄や梨の瑞々しさや酸味が賑やかで、飽きることがない。
和風のパフェは抹茶の苦みと香り高さが楽しめる品だ。わらび餅の食感も楽しく、餡子の優しい甘みにあう。とろけるようなマスカルポーネに濃い珈琲がアクセントのティラミスパフェもまた、シンプルながら濃密な大人の味だ。マロンクリームが味わい深いモンブランパフェの、食感の良いメレンゲ菓子もまた繊細な美味しさである。

「どれも美味しい」

静かに目を輝かせて、楓はパフェを頬張った。これだけバリエーションがあれば少なくとも飽きはしない。

「パフェはパーフェクトを語源にした甘味だからね。これこそ完璧な解の一つということで」
「前に聞いた気がするぞ。まあ確かに美味いんだけどな」

和風のパフェを口へ放りながら仙火が笑う。楓を誘ったのはどうやら正解だったらしい。
こうしていつもの調子に戻ったところで、楓の手首のブレスレットが見えたものだから、仙火は思わず口を開いた。
今度はもう、目を逸らすことは無かった。

「それ。ちゃんと付けてくれてるんだな。似合ってる」

正直な感想だ。修練の時も外さずいれくれたことが、そしてそれ自体が彼女にとても似合っていることが、なんだか誇らしいと思ったのだ。
すると楓はスプーンを持つ手を止めて、仙火を見た。そして少しはにかむように笑む。

「うん。せっかく君がくれたものだから」

ブレスレットが飾る細い手首。彼女をか弱いなどとは到底思わないが、それではこの胸に浮かぶ感情はなんなのだろう。楓は女性だ。ブレスレットを喜び、こうして嬉しそうにパフェをつつく。何だか改めてそれを知らしめられたような気がして、仙火は言葉が継げなくなる。
これからどう変わっても良い。自由に生きて欲しい。けれど、自由を得た楓はその先で何を選んでいくのだろうか。
そんなことを考えていると、いつのまにか楓が仙火の顔を覗いていた。

「大丈夫? 仙火、食べている?」

楓はモンブランパフェの上に乗った、つやつやした栗の甘露煮をスプーンで掬い、そのまま差し出した。

「食べるかい?」
「……おう」

幾らかペースを取り戻した仙火がそれをぱくりと食べる。幼馴染特有の距離感は、それでもやはりいつもとは違っている気がして、何だか酷く落ち着かない。
そして。量が多いと思われていたパフェは二人で平らげた。また来ても良いと思うくらいに味も良かった。





「もうパフェは懲り懲りかい? 僕はまた食べたいなーって思ったのだけど」

帰り道。楓がそう訊くものだから、仙火は首を横に振った。

「とりあえずは、春にはまた来ないとな。絶対に苺パフェがあるはずだ」
「違いないだろうね。その時は是非またお供させて欲しいな」

からからと笑う楓の頬は、赤く上気しているような気がした。冬が近く、外が存外寒い故かもしれない。

そこで、燃えるような赤を見て仙火は思わず足を止めた。
道中にあったのは楓の街路樹だ。繊細な枝に咲く赤は燃えるようで美しい。花のように可憐とはいかないが、思わず目を留める艶やかさがある。
同じく足を止めた楓が、ふと口を開いた。

「『調和』『美しい変化』『大切な思い出』……『遠慮』」
「うん?」
「楓の花言葉なんだ。葉の色がね、巡る季節に合わせて変わるからそうなんだってさ」

ああ――、と仙火は短く言い、頷く。その言葉は楓に……今の楓によく似合っていると思った。そしてこの先もきっと、彼女は巡る季節と共に変わりゆくのだろう。

それがどんな色なのか、今はようとして知れない。けれど、仙火は楓を見届けることができるはずだ。それならば、何にも縛られない彼女の美しい変化を守りたいと願う。
……なんてことを言ったら、彼女はやっぱり困ってしまうのだろうか。そんなことを思いながら振り返ると、楓は何か真っ直ぐな瞳をこの紅葉へと向けていた。まるで何かを、すっかり決めてしまったような表情で。

「さあ、行こうか。帰りが遅くならないうちに」

柔らかく微笑む楓が言う。この心地よい距離感もまた、変化が訪れる日が来るのだろうか。
――今はまだ、わからないまま。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
【不知火 仙火(la2785) / 男性 / 放浪者 / 今日までを想い、抱えゆく誓い】
【不知火 楓(la2790) / 女性 / 放浪者 / 想いを抱え、美しく変わる明日】


夏八木です。この度はまたのご発注、大変ありがとうございました!
植物の名を冠するということは、決められたことを全うする美しさ。
鳳仙花の種の如く縛られない仙火さんに、美しく変わりゆく楓さんの組み合わせは
大変前向きで美しいなと思いながら書きました。
何かありましたらリテイクをお気軽に、お願いしますね。

御三人共とても真っ直ぐですので、どう組み合わさってもそれぞれ素敵ですね。
お心遣いもありがとうございました!
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夏八木ヒロ クリエイターズルームへ
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2020年10月27日

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