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『奇しくあわれなればこそ』
LUCKla3613

「さすがに奇遇、とは言いますまいね?」
 妖精を思わせる白磁さながらの肌と、直ぐに伸びる銀の髪とを備えた麗人が、淡青の瞳で彼を見やる。
 イシュキミリ(lz0104)。さまざまな鉱石を依代として顕現する正体不明のエルゴマンサーであり、人の敵を称しながらも奇妙なまでの情を差し向ける、不可解な存在である。
 一方、彼女の視線をやわらかく受け止めるのは、ツーポイントフレームの眼鏡をかけた涼やかな美丈夫である。
「今日は銀に、サファイアか。ずいぶんと雰囲気が変わなる」
 雰囲気どころか顔から肢体の隅々に至る造形そのものがいつもとまるで違う――いつもの姿も造りもので、真の形などではありえないのだが――のに、よくもまああっさり見つけ出すものだ。
「その目敏さにはもう感心するよりありませんが、何用です?」
「用など決まっている。会いに来た」
 と、言い切っておいて、付け足した。
「報告したいことがあってな」
 LUCK(la3613)は言いながらイシュキミリの左へ並ぶ。左は多くの戦士にとって得物を佩く側であり、故に死角となる。車道側を歩くよりも、相手の左を守ることは戦士としての誠実なのだ。
 そんなLUCKの心を知るイシュキミリは「私には右も左もありませんけれど」などと言わない。ただため息をつき、肩をすくめるばかりである。
 かくて恐ろしく目立つふたりは、周囲から押し寄せる視線を蜘蛛糸さながら引きちぎりつつ歩き出した。

 逃げ込むように駆け込んだ行きつけの喫茶店はいつも通り静やかで、イシュキミリを守ってここまで来たLUCKの荒れた心を落ち着かせてくれる。
「砂の依代に換えてもらうべきだったな。おまえの今の有り様では目立ってかなわん」
「そういうことにしておきましょうか」
 いつものごとく、チャーチワーデンへ野いちごの香りづけをした煙草を詰め、火を点けるイシュキミリ。こちらもひと息ついたところで、あらためてLUCKへ問うた。
「報告を聞かせていただきましょうか」
「姓ができた」
 言ってしまってから、もう少しもったいぶるべきだったかと後悔する。これまでLUCKというひと言で己を表わしてきた彼である。それをさらに深く、強く表わす姓ができたのだから、相応の示しかたというものだってあっただろうに。
 そこまで考えたあげく、付け加えてみたわけなのだが。
「いや、結婚したとかいうようなことではないんだが。そもそも俺のような機械を共連れに望むような人類はいないだろうし、いたとしても、まあ、それはそれで見てはみたい気はするが、結局は丁重に断るよりない案件でしかないからな。だというのに見てはみたいと切り出すのは余りに失礼というものだろうから俺はしないんだが」
 我ながら、この言い回しの下手さ加減はどうだ。いや、そういうことじゃない。これではもう、ただただ早口の言い訳ではないか!
 ぐるぐるするLUCKの様をすがめた目で見守っていたイシュキミリは、ゆるやかに紫煙を吹いて小首を傾げ、
「要するに?」
「……勘違いをされたくない余りに言い訳じみたが、娶られたわけではないということだ」
 イシュキミリは傾げた面にかすかな苦笑を刻む。
 娶るではなく、娶られる。彼にとっては当たり前の言葉なのだろう。
 今まで彼はドッグタグに刻まれた唯一のワードである“LUCK”を名とし、姓を名乗ることはなかった。それは彼が、家というものをなにより重んじているからに他ならない。家は己ひとりで成るものならず、継がれ来た血の流れあってのものと弁えているのだ。
 あなたの出自を思えば当然のことではありますけれど。
 しかし、だからこそ腑に落ちぬものがあった。これほど“家”に拘るLUCKが、これほど唐突に姓を名乗るなど。
「では、どのようなご事情から姓を?」

 イシュキミリの問いになぜか詰まるLUCK。やましいことがあるわけではないのだが――いや、少しだけ――実は結構、事情の裏側にやましい気持ちもあって。
「放浪者を始め、さまざまな立場の者が生きる世界だ。ファーストネームひとつで困ることもないんだが……問われる度にいちいち説明しなければならんのも面倒でな」
 前置きという名の言い訳をひとつ置き、LUCKはついに名乗りを上げた。
「LUCK・グリーンフィールドだ」
 そして彼は説明を加える。「おまえの同族の中に、俺を“ミスターグリーン”と呼ぶ者がいてな。そこから着想を得て、この姓を拵えた。もちろん、おまえの同族に許可を取った上でだ」。
 イシュキミリの同族といえばエルゴマンサーであるが、餌にして敵たる人類から律儀に許可を求められようとは思ってもいなかったはず。彼女としては苦笑するよりなかったのだが。
「必要を感じていたところに思わぬ機を得て姓を拵えたが、結果としておまえに隠した形となってしまったことを後ろめたく思っていた」
 LUCKは表情を沈み込ませ、視線をうつむかせる。いかにも気まずげな様子だ。
 対するイシュキミリは苦笑を薄笑みに換え、パイプ煙草を詰め替えた。着香からラタキア――燻製した煙草葉で、その紫煙のにおいは某胃腸薬に例えられる――へ。他の者の前では喫煙を避けてきたはずの代物へ。
 それに気づいたLUCKはふと顔を上げた。
 わかりにくい気づかいをしてくれたな。それでも俺が気づくと知っていたからこそか。もっともあいつにそんな気はなく、俺が勝手に思い込んだだけかもしれんが……問題ない。いつものように無様を晒せばいいだけのことだ。
 LUCKは息を吸い、まっすぐイシュキミリと向き合った。
 他の者の前では吸わんはずのラタキアを、俺の前で吸う。それはおまえが俺を信用してくれたからこそだと、俺は思い込むからな。
 妙に張っていた肩から力が抜けて、LUCKはようやく自分がずっとカップを持ったままでいたことに気づいた。どうせだからとひと口トラジャを味わい、目を細める。うむ、うまい。
 そうして息をつけばもう気負いはなく、自然に言葉が流れ出していった。
「なぜ、俺を象徴するグリーンにフィールド……地を思わせるワードを付け足したものかは、正直俺にもわからん」

 LUCKは息をつき、眉根を引き下げる。これではリラックスの意味がない。いや、せっかく機械と鉱石なのだ、ケーブルで直結して思考をそのまま転送すれば。
「通じ合えない仲だからこそ、互いへ結んだ縁は奇しく、あわれなものなのですよ」
 イシュキミリが左手の指先を伸べ、LUCKの顰んだ眉間を押し上げた。
 そこからふわりと漂い出たラタキアの渋香がLUCKの鼻奥を撫ぜ、その刺激で彼を我に返らせる。
 心を透かし見られた――いや。俺の思いそうなことを表情から見てとられただけか。
 それにしてもだ。ラタキアのにおいは話通り、ずいぶんと酷い。しかし、イシュキミリの好物だと思えば、この酷さにも奇妙な愛着が湧いてくる。まさに奇しく、あわれなことではあった。そして。
「だからこそおまえをもっと知りたい。そして同じほど、俺を知らせたい」
 イシュキミリはかすかに目を伏せ、ラタキアを吹かす。
 この時間がこのまま続いていけばいい。そう願ってしまうのは、それがけして叶わないことを感じていればこそ。LUCKはそれでも、願わずにいられないのだ。
 あともう少しでいい、こうしていられる時間を。


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2020年10月29日

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