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『佳き日に』
草薙 桃李ka3665)&草薙 白ka3664

「今日の予定は?」
 ごく当たり前の日常でもたらされるその言葉が、今日はどこか緊張を帯びていた。
 夫である草薙 桃李(ka3665)のそんな様子に気付いていた草薙 白(ka3664)だけれど、努めていつもどおりに返事をして、いつもと同じ足取りで外へと向かったのだ。
(何を考えているのやら)
 状況が変わっても、桃李の朝が早いのは変わらない。以前は様々な仕込みのために起きていたのだけれど、今は少しでも丁寧に自分の世話を自分でこなすための早起きなのだろうと思う。
 後悔はしていなくても、不満と呼ぶほどでもなく、けれどどうしても考えずには居られない物事全てに対する物足りなさというものを、少しずつ胸のうちに貯めているだろうことは予想していて、けれど白は普段どおりに接している。
 そのままの桃李だから共にいるのだと、時には言葉にもするけれど。
 今が自分達の当たり前なのだと、白自身が毎日の行動で少しずつ桃李にわからせて、なじませる。それだけだ。
 けれど今朝見た桃李はいつもより少しだけ身支度が雑なように見えたから、違和感としてすぐに気付けた。
(急いでいるみたいね)
 何かはわからない。けれど自分にばれないように何かをやっているということは推測できるのだ。
「一人でしたいこと、ね」
 今はもう家から出て一人歩いているだけだから、あえて声に出してみる。
 妻である白がいない間に、夫が一人で自宅で行うべきこととは?
「……今日、帰ったらわかることね」

 今日のためにと予め配達を頼んでおいた食材が届けられ、少しずつ作業台を賑やかす。
 下拵えから始まり、工程上必要になる休ませるタイミングまで進めれば随時片付けに取り掛かる。桃李自身、今の自分が全てをこなすまでにどれほどの時間が必要かは把握できている。それでも余裕を持って時間を余らせるように計画していた。白の帰宅時間が変わって早く戻るだとか、ほんの小さなミスが大きなタイムロスになることだって考えられるものなのだから。
「体力は前よりついたりは……さて、どうなのかな」
 大きなものを運ぶだけでも時間がかかる。けれど少しずつなら前進できる。丁寧に動こうとすればそれだけ集中するし、体幹も鍛えられているようにも思う。右腕の負傷による変化にも慣れてきているつもりだし、カラダもそれに合わせて変わってきているのだろう。
 途中、一度寝室の収納に物を取りに行く。しまいこんでおいた小物達がついに日の目を見ることになるのだ。これらは皆ちょっとした買い出しのついでに、白に気付かれないように買い集めたものばかりだ。
 どれも白が気に入りそうな、もしくは桃李が白に身につけてもらいたいと見立てたものばかり。どれも特別高価なものというわけではなくて、気軽に普段遣いもできるように選んだそれらを、部屋を飾り付けた際の要所にアクセントとして添えていく。

 予定を全て消化して、あとは帰宅だけとなったわけなのだけれど。
(時間をあけたほうが良いかしらね)
 夫が何をするためにひとりになること選んだのか、ということになる。恋人になる前だって幼馴染で、やたらと過保護にされていた。そんな桃李がひとりでやろうとするのだから、何かを作るようなものなのだろう、ということくらいはわかる。
 そんな桃李が満足のいく結果を作り上げるために必要なのは、他の何でもなく時間だろう。元々器用な男だったのだ。確かに今は利き腕を思い通りにできないにしても、理想に近づけるための努力はするはずで、それは手早くできるものではない。
「でも、遅くなったらなったで心配するわよね」
 急な用事が増えて遅れる、と連絡を入れるのは簡単だ。しかしその成果はきっと妻である自分にも関係あるもので、帰宅したらサプライズで何かが待っているのだろう。時間通りに完成するなら早く見せたい、という気持ちにもなるはずだ。
(遅れすぎず、連絡するほどでもない用事、ね……)
 足取りはゆっくりと、共に暮らす自宅へと向いていた。けれど白は身を翻して商店街へと足を向ける。
「急に思いついたことなら、問題ないわね?」
 きっと今も頑張っているだろう桃李を労うための買い物に行こう。好物である料理なら、夫婦となってから作る頻度も増えて、白にとっての得意料理にもなっている。だからこそ買い出しそのものも手早くできるほどに慣れているわけだけれど、より良い仕上がりにするために、食材そのものの目利きに、いつもより時間をかけることにした。

「身長で補えている……のかな?」
 子供の頃に笹に飾ったような、髪の輪飾りのような小物づくりにまでは手を出さなかった。代わりに量り売りのリボンを一巻きそのままで買い込んだものを、蝶結びを途中にはさみながら壁に飾り付けていく。模様よりも、白の髪に映えるような色艶と、柔らかそうな手触りで選んだそれらはシンプルなものばかりだけれど、色を揃えればそれだけで華やかにみせてくれる。その上で革の栞や髪留めが賑やかにしてくれる。
 一通り整えたところでリビングを見渡して、桃李が頷く。
 温かい状態で食べて欲しい料理はまだ厨房に置いている。出来たてが美味しいよりは、温め直して美味しく食べられるメニューを選んだのでタイミングについても困らない。
 温度を選ばないものは既に並べているけれど、食器やカトラリーのセッティング、そのバランスもとって最良の形を作り上げた。菓子やパンの造形にセンスが求められるのと同じで、その支度は全て楽しいものだ。
 ナプキンを完璧に整えるために幾度もアイロンを掛け直したけれど、そこは妥協できない部分だったのだから仕方ない。
「思い描けるのに、ね」
 胸の内で描いたそれと全く同じようにできなくなったことをこれでもかと実感させられたわけだけれど。今できる最善は完成したと思う。
「あとは……」
 最後の仕上げを抱えて、白を出迎えようと思う。

 玄関を入ってすぐ、ただいまを言えば、むしろ扉の音が聞こえたからこそ向かってくるはずの足音はなく、既に桃李が白を待ってそこに居る。
「少し遅れたけど、今日は桃李の好物を作るつもりで」
 材料を揃えてきたのだと用意していた言葉は最後まで言わせてもらえない。
「嬉しいな、でも。今は僕のお願いを聞いてくれる?」
 気付けば抱えていた荷物は回収され、代わりに大きい箱を渡される。
「え?」
 ラッピングも美しい箱の厚みはあまりない。平たいそれは重さはあまり感じない。それまでに抱えていた食材の重さの反動のようなものだとわかってはいるのだけれど。
(いや、運ばせるわけには)
 桃李の負担がと慌てるものの、既にしっかりと抱え込まれている。
「しまうだけなのだから大丈夫」
 ねえ、白? 耳元に囁きかけるような柔らかな、甘い声が聞こえて。
「着替えてきてくれる?」

 何者にも染まらない白。妻を示す言葉。
「あなたの色に染まります……そんな意味を込めているって話もあるけど」
 桃李としては、白が白のままでそばに居てくれるそれだけで幸せだ。
 名前のとおりにありのままで居てくれる、桃李のことを桃李だと変わらず認めて受け入れてくれる。そう伝え続けてくれている白の意思も想いも桃李には届いているし、同じように返していこうと常々思っている。
 そんな愛しい妻に自分の色に染まってほしいとは思わない。ただ彼の女の色が白で、だから白の衣装を選んだだけだ。欲を言えば桃李自身を示す色を寄り添わせたいと思うけれど、それは今リビングを彩る小物たちの中にいくつも潜ませたのだから、今日は白だけで揃えた。
 それは桃李が今着込んでいる服も同じだ。一房のメッシュと同じシャツの上から白のジャケットにパンツを合わせる。
 もう一度、思い出すのは色の話。あれは女性側によく言われることだけれど。
「これは……白の愛に包まれて幸せだ、って宣言しているのと同じかな?」
 白にこれもまた伝えてしまってもいいものだろうか。むしろ察してくれるかもしれない。
(照れてくれても嬉しいかもね。喜んでほしいのが一番だけど)

 本来の形だけを見ればシンプルなワンピースは、織りに使われたものと同じ糸で編まれたレースが要所に施されている。遠目に見ればサマーワンピースに見えるだろうとどこか他人事のように考えたけれど、それを白が実感することはないのだろう。なにせ白のために用意された服なのだ、他の誰かに着せてまで確認したいわけではない。
「……いや、でも、これは」
 考えないようにしてみたけれど、どうしたって誤魔化せる気はしない。
 真っ白なワンピースだ。動きやすさを考えてあまり着ない、というだけで別に嫌いだというわけではない。ただ名前にあるからと言ってこの色を選ぶことはあまりなかったように思う。
 そこに派手なものではなく、落ち着いた、品の良いデザインとなるようにレースがあしらわれていて。
 確かに丈はそう長いものではないけれど、用途はとても限られるだろうと思う。
 クリムゾンウエストでは必ずしもそうではないのかもしれないが、リアルブルーでは定番の、花嫁衣装にとても良く似ている。
 見つめるほどに繊細な作りだとわかる、袖の部分のレースをそっと撫でる。
「どうしたものか」
 そう望まれたのだから着るけれど。
 既に夫婦となって共に暮らしていて、今更じゃないかと思う気持ちが、少しだけ白の感情に蓋をしようとあがいている。
 勿論嬉しいのだ。
 慌ただしい中で結婚式についてを口にすることはなかった。やはり女性としての憧れはあって、けれど絶対に必要なものでもなかったから話題にあげることもしなかった。
 世界が落ち着いてきて、夫婦生活にも慣れてきて、このまま穏やかに、共に歳を重ねていくのだと考え始めていたところで……そう、不意うちが、悔しい、ような?

 一人で着替えられるものを選んだし、桃李自身急いでいたけれど。白はまだリビングへとやってこない。
 料理のメインを温め直そうと弱火にかける。それもあと少しで丁度いい頃合いになりそうだ。サイドワゴンを厨房へと向けて、はやる気持ちを抑え込む。
 会場へと生まれ変わったこのリビングで、一番最初に白の視界に入るのは自分でありたいし、白があの衣装を着た様子を一番に褒めたい。
 だからじっと廊下につながるドアを見つめる。
「でも、エスコートも悪くないな」
 バージンロードのようでいいかもしれない、ふと思い立ってリビングを出ようかと足を向ける。けれど丁度近づく足音が聞こえたから、期待を笑顔に変えて、待った。
「……うん、予想以上」
 愛しい人がより魅力的になるだろうと選んだのだ。服に合わせて髪をゆるく編み込み直しハーフアップに変えてくれたことにも、愛しさがこみ上げる。
 丁寧に進めても、どうしても歪みが出てしまった飾り付け。
 メレンゲ時点ではうまくツノを立てた筈なのに、膨らみが足らない焼き上がりのケーキはいくつもを重ねて、クリームと飾りでそれらしく整えたけれど、食べるときにはそれも気付かれてしまうだろう。
 料理を彩るソースで書いた文字だって、ぶれた場所が多い。
 それでも、今ここは桃李が用意した、白が主役で花嫁の結婚式の会場だ。
 戸惑った様子の白に近寄っていく。
 どちらかが寄りかかるだけじゃなくて。互いに支えあえる、共に認めあえる家族に。だから跪くのは違うと思った。
「今更だけど」
 視線を合わせるように見つめれば、白も桃李を見つめ返して。見上げる場所まで近づいたところで、手を取った。
「これからも僕に、白を幸せにさせてくれる?」
 白の手を自身の手で包み込んで握り込む。目は白を見つめたまま、吐息が声に変わるのを待った。

 服を見て、予想はできていた筈なのに。
 なにかサプライズがあるのだと気付いても居た筈なのに。
「二人で生きていくのは、決めているんだし……」
 桃李が言ったとおり今更だ。
 けれど嬉しいと、夫を愛しいと、改めて惚れ直すのは何度繰り返してもおかしくなくて。
 照れくさいような、気恥ずかしいような……けれどどんな答え方でも、桃李はきっと受け入れてくれるから。
「ありがとう」
 思わず流れた雫を、少し慌てた様子で拭ってくれる優しい手。さっきまで包んでくれていた熱を追いかけて、今度は白から手を重ね、もう一度正面から、アップルグリーンを見上げる。
「桃李だって、私に幸せにされるのよ」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【草薙 桃李/男/28歳/猟撃士/大切だと何度だって伝えるよ】
【草薙 白/女/27歳/猟撃士/更に想いが積もるから】
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2020年10月30日

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