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『疫病退散! 納涼花火大会2020 in井の頭 〜神獣と電脳神〜』
千影・ー3689)&栄神・万輝(3480)

【序】待人来たる

「主旨は了解したわ。だけど」
 マリーネブラウは落ち着きなく公園内をうろうろしていた。
 ボート乗り場を覗いてみたり弁天橋の欄干から身を乗り出したり、果ては弁財天宮1階カウンターのアルコール除菌消毒をやり直したり、弁天が呆れるほどの挙動不審ぶりである。
 何となれば。
 公園内は閑散としたまま、とっぷりと日が暮れて。
 暮れ切ってしまって。
 つまりは。
 一向に。

 お客さまが、来ない。

「これはどういうこと? 閑古鳥しか飛んでないがっかり空間というか開店休業状態のまま本日閉店というか主催者だけが前のめりで参加者ゼロの残念プロジェクトというか! 折れた心をどう繕っても涙の河は渡れないのよ!」
「なかなか上手いことを云う」
 弁天はパチパチと気のない拍手をし、マリーネブラウに同行してきた従者は大きくため息をつく。
「宰相閣下。そろそろおいとましませんか?」
「え?」
「企画倒れはよくあることです。潔く諦めてエル・ヴァイセに戻りましょう」
「……そう、ね。……でも」
 しかし、マリーネブラウは未練たっぷりに弁天橋の向こうを何度も見ている。
「……どなたかを、お待ちなのですか?」
「そ、そんなわけないじゃないの! ば、馬鹿なこと云わないで頂戴!」
 エル・ヴァイセの宰相に、明らかな動揺が走った。
(ふうむ。ツン台詞に今ひとつ切れ味がないのう)
(待人を待って待って待ち望んでいる風情ですね)
 弁天と従者がひそひそと囁き合った、まさしくその時。

 弁天橋に、ぼうと密やかなあかりが燈る。
 人影がふたつ、現れた。
 千影(3689)と、栄神万輝(3480)であった。

「クリスマスぶりかなー。うれしいな〜」
 千影は小さな翼をぱたぱたとさせ、うきうきとはしゃいでいる。
 幼いヒトの姿――7歳くらいであろうか――を取った万輝は、黒の水干を身につけていた。
 猫の仮面をつけていたようだが、それは外し、右手には提灯を持っている。
「たまには、人だった頃を思い出すのも悪くないね」
「万輝ちゃんちっちゃくなっちゃったけど、万輝ちゃは万輝ちゃんだよ♪」
「そうだね。どんな姿でも、僕は僕だよ」
 電脳神は、幼い少年の笑みを見せた。

「弁天ちゃん、マリちゃん、こんばんわ」
「こんばんは」
「おお? おおお〜〜!!」
 弁天は眼を輝かし、両手を広げる。
「マイぷりち〜子猫、チカではないか! 万輝同伴とは憎いのう。相変わらず全異世界の綺麗と可愛いを凝縮した最終兵器キュートっぷりじゃ。さささ、わらわの胸においで〜」
 しかし千影は、
「わーい。マリちゃーん!」
 たたた、と走ったかと思うと、ぴょーんとマリーネブラウの胸に飛び込んだ。
 ぐりぐりと胸に頭を押しつける。
「マリちゃん、いい匂い」
「ああ。ここに来る前は薔薇園の東屋にいたから」
「マリちゃんのお庭、きれいなお花がいっぱい咲いてた」
「待人がいらして、よかったですね」
 つとめて平静を保っているマリーネブラウに、従者が一礼する。
 べっ、べつに、チカを待ってたわけじゃないのよ、と、マリーネブラウはツン姿勢を崩さない(一応)。
「くぅ。マリーネに先を越されてしもうた」
 頬を膨らませた弁天は、改めて万輝に向き直り相好を崩す。
「おお万輝。よくぞ主従揃って来訪してくれたのう。しかもそのような全異世界の女子がドミノ倒しになりそうな愛くるしい姿で! さささ、わらわの胸に全力でかも〜ん!!」
「ふ、はしたない女神さまだこと。万輝さんって仰るのね? この異界は子猫の教育上、よろしくないのではなくて?」
 先ほどまでの落ち着かない風情はどこへやら、マリーブラウは千影の頭を撫でながら万輝に微笑む。
「そんなことはない――と思うけど? チカが楽しそうだから、良いかなって」
「こんばんは、チカさん。そちらがあるじさまですか? お会いできて嬉しいです」
「こんばんは。チカがお世話になったようで」
「えっと? あ……!」
 従者の挨拶に千影は小首を傾げたが、すぐに思い出す。
 以前、宰相の執務室に迷い込んだとき、遭遇したことがあった。青年のすがたを取った漆黒のユニコーンで、名前は確か……。
「あはは。宰相閣下の従者Aで宜しいですよ」
 従者が笑い声を上げたのを皮切りに、来客を待ちわびていた面々が次々に現れた。
「おっ、チカじゃん。よく来たな。今日はあるじ連れか」
「こんばんは〜! ようこそ!」
 井の頭池からひょっこりと、金色の鯉とピンクのミヤコタナゴが顔を覗かせる。
「こんばんわ鯉太郎ちゃん! ピンクのししゃもちゃん!」
「こらぁ! うっとりご馳走を見るような目をするなぁ〜!」
「食べないでくださいね〜」
 次いで、弁天の影に隠れていた白蛇も声を発した。
「お二人ともようこそ。弁天さまの眷属Bです」
「お久しぶりです。一つ目ドラゴンのDです」
「ケルベロスkです。愛称ポチです」
「グリフォンGです。愛称フモ夫です」
「桜の精Tよ。きゃ〜! 万輝さんがちっちゃくなってる! やーんかっわいい〜!」
 おなじみの面々がふたりを取り囲み――

 そして何とか、花火大会開催の運びとなった。


【破】夜空のアクアリウム

「花火? ………んーと、んとね、……ししゃもー!」
 希望の花火を問われ、千影は、ししゃもの群れがいい! と答えた。
「ししゃも?」
「うん、いっぱいのししゃも!! いっぱいいっぱい、お空を泳ぐの!」
 無数のししゃもの群生が花火と化し、武蔵野の夜空を染め上げる。
 そんな光景はとても素敵だろうと、それはそれはそれは熱く力説する。
「ししゃもねぇ……。万輝はどうなの?」
 困惑したマリーネが話を振るが、
「チカの見たいものが、僕の見たいものだよ」
 と、あるじさまは甘々なことを仰る。マリーネは観念した。
「わかった。わかったわ。わかりました。で、ししゃもってどういう形状の魚なの?」
 造型するために姿を把握したい。そう決心したマリーネに、弁天はiPadを取り出し画像を見せる。
「ししゃも(柳葉魚)はキュウリウオ目キュウリウオ科に属する魚じゃが、しかしチカの云う『ししゃも』とは魚類全般のことを指しておるのではないか?」
「うん! おっきいししゃも、ちっちゃいししゃも、いろんな色のししゃも!」
「ああ、総称なのね」
「思うに、色合いが美しい熱帯魚を各種織り交ぜる趣向が良いのではないかえ?」
 うんうんうん! と、チカは何度も頷き、
「あとね、あとね。鯉太郎ちゃんの花火をまぜてもいいとおもうの!」
 というリクエストを追加したのだった。

 そして。
 ジュエルフィッシュが。
 エメラルドグリーン・コリドラスが。
 ダイヤモンドテトラとルビーテトラが。
 ターコイズ・ディスカスが。
 ハーフムーン・ベタとフルムーン・ベタが。
 ドイツイエロータキシードグッピーが。
 プラチナエンゼルフィッシュが。
 コバルトブルーディスカスが。
 ゴールデンハニー・ドワーフグラミーとサンセット・ドワーフグラミーが。
 彩りとしてスターフィッシュ(ヒトデっすね)と、ツキクラゲが。
 世にも鮮やかな光のアクアリウムを、夜空に描いたのだった。

 最後にどどど〜〜んと打ち上げられた巨大な金色の鯉に、弁天は日の丸デザインの扇子をぱたぱたさせる。
「天晴れ天晴れ。金色の鯉は神の使い。金運や財運を招く魚じゃ。のう鯉太郎」
「おうとも。まあ万輝は財産とか気にしなさそうだけどな」
「そうかも、しれない」
 浮世離れした表情と声音で、万輝は応える。なにぶんにも現在は、電脳世界を統べる一柱なのだ。
「ふむ。電脳神ゆえ世俗の金銭などは無縁やも知れぬが、万輝さえその気ならデジタル通貨もリアル貨幣も大盤振る舞いで集まることは間違いないのう。釧路管内某町の某川に遡上するししゃもの大群のごとくに」
「ししゃも!」
 ししゃも発言に千影が目をきらきらさせる。
「うむうむ。ししゃもは干魚として流通しがちじゃが、地元でしか食べられぬ刺身はとにかく美味であるそうな。じゅるり」
「おいしそー! チカ、ししゃもは食べるのも見るのも好きー!」
「疫病が収束したあかつきには北の大地周遊旅行をしたいのう。函館朝市でウニイクラホタテカニエビイカぎっしりの海鮮丼をたんまり食すのじゃ〜」
「わぁい! みんなでいこー! ねっねっ、万輝ちゃん」
「そうだね。チカが行きたいなら、そうしようか」
「弁天ちゃんとー、鯉太郎ちゃんとー、ミヤコタナゴちゃんとー、それからそれから」
「いや俺は倫理上ちょっと魚介類は。そんときゃジンギスカン食うわ」
「あたし、札幌のチョコスイーツ専門店行きたいです。ショコラケーキが絶品って評判なんですよ。あ、ここです、このお店」
 ミヤコタナゴが手を伸ばし、弁天のiPadを操作した。宝石のようにフルーツを散りばめたショコラケーキが特に人気であるらしい。
「ほっほう。何とも華やかな」
「ショコラケーキ……」
 マリーネブラウがもじもじし始めた。
 非常に関心を惹かれているのだが、必死にやせ我慢している。
 そんな心の動きが見て取れる。弁天は含み笑いで駄目押しした。
「ふむ。ブドウの蒸留酒(グラッパ)入りチョコレートムースをビターチョコでコーティングした大人のチョコケーキとな。これは大人女子たるもの是非とも食さねば!」
 くぅ〜〜、と、胸を掻きむしらんばかりのマリーネブラウに、千影がきょとんとし、従者に問う。
(マリちゃん、どしたの?)
(宰相閣下はチョコスイーツが大好物でございまして。お茶の時間にはそれはもうとろけそうなお顔でガナッシュやフォンダンショコラを召し上がっておられます)
 千影はうんうんと頷いて、マリーネブラウの肩に頭をすり寄せる。
「マリちゃんも、いこ?」
「わっ、わたしは別に」
「ねー、マリちゃんもいこうよ。いっしょじゃないとつまらないよ」
「で、でも。仕事が。そ、そうよ、執務が忙しくて旅行なんてとても」
「いこうよいこうよいこうよー! マリちゃんとお出かけしたいよー!!」
「し、しかたないわね。べ、別に、すごく行きたいってわけじゃないけど、そんなに云うなら」
「ほんと!?」
「え、ええ」
「うれしいなー! マリちゃん大好きー!」
「おお……。マリーネがデレておる……。あのような姿を見る日が来ようとは……。いろいろあったが成長したものよのう……」
 弁天が薄絹の袖でそっと目元を押さえる。
「本当に……。いつもあんな風でいらしたら、もう少し生きやすいでしょうし、私どもの苦労も軽減されるのですが」
 従者Aもハンカチを取り出す始末であった。


【急】線香花火は神々の夢を見るか


「締めはやはり、線香花火ではないでしょうか。どうぞご一緒に」
 一つ目のドラゴンが皆に線香花火を配っていく。
 火花が移り変わるさまは、花に例えられると云いながら。

 震える火球は蕾(つぼみ)。
 力強く飛び出す火花は咲き誇る牡丹(ぼたん)。
 火花が四方八方に飛び出すさまは松葉(まつば)。
 やがて火花の勢いは衰え、細くなっていく。枝垂柳(しだれやなぎ)のように。

「あ、落としちゃった」
 千影は涙ぐむ。
「これもまた、花に例えられるのですよ」
 最後に火球は燃え尽きる。花弁をひとひらずつ落とす散り菊(ちりぎく)のごとく。

   ◇◆◇ 

 線香花火を見つめながら、弁天はぽつりと万輝に云う。
「ひとは神に祈るのではなく、自分と世界の可能性に祈っているのじゃ」
「神としてはそこに居るだけで、特に何もしてないけどね」
「そこに居るだけで、ひとは意味を見出す……と、わらわは思う」

   ◇◆◇ 

 これまで、チカと仲良くしてくれてありがとう。
 一同に向けて、万輝は呟いた。
 聞こえないくらいの、小さな声で。

「みんなといっぱい遊べて、いっぱい仲良しになれてうれしい! んね、弁天ちゃん、これってまだ使えるの?」
 屈託のない笑顔で、いつぞや入手した『お好みグッズ引き換え券』を千影は差し出す。
「おお、懐かしいのう。何が望みじゃ?」
「マリちゃんのところにいける、近道が知りたい!」

   ◇◆◇

 執務室に繋がる異界通路の鍵を手に、千影はマリーネを振り返る。

 マリちゃん。
 また、遊びにいってもいい?

 来るなと云っても、来てくれるんでしょう?
 私の孤独を、和らげてくれるんでしょう?

 マリーネは言葉に出さず、目を伏せた。




     ――Fin.
     (ありがとうございました!)

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
◇◆◇◆ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)◇◆◇◆
【3689/千影/女/14/Zodiac Beast】
【3480/栄神・万輝/男/14/電脳神候補者】

     Thank for very much for your support.
     I hope you will have a good trip!

◇◆◇◆ ライター通信 ◇◆◇◆
いやいやもう、このたびはもう、いやいやいやもうもうもう(エンドレス)ありがとうございます!!
東京怪談最後のノベルに、おふたりをお迎えできて感無量です。
井の頭スタッフ一同、改めて御礼申し上げます。
またいつかどこかで、お会いできることを願いつつ!
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東京怪談
2020年11月02日

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