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『ドラマ「コールド・ロータス」シーズン4 第3話「金の鎖に連なるもの」』
柞原 典la3876


 いつまでも暑いと思われていた陽気はとうに鳴りを潜めた。柞原 典(la3876)は十月も終わる秋の街を歩いている。歩道に面している箇所が全て硝子張りというお洒落な雑貨店のショーケースに目が止まった。客層として想定されているのが、三十歳前後の男性に思えたのだ。
 典に何か欲しいものがあった訳ではない。頭に浮かんだのは、ライセンサーの相方たるヴァージル(lz0103)の顔だった。
(兄さん、もうすぐ誕生日やったな)
 他人の誕生日を覚えていることは、典にとっては非常に珍しいことであった。
(何だかんだで世話になっとるし、何か贈ったるか)
 店に入った所で気付いた。自分は贈られることはあっても(ろくでもない物も少なくなかったが)、贈ったことはほとんどない。贈ろうと思える相手がいなかったからである。そう言う意味でも、ヴァージルはやはり典の人生において希有な存在であると言えよう。


 最初に目に付いたのは、万年筆だった。
「万年筆なぁ……」
 激しい戦闘を伴うライセンサーの任務では持ち歩けないだろう。すぐに壊れてしまう。だからと言って家に置きっ放しで使われなくても意味がない。昨今、記入物はデジタルで済んでしまうことも多く、高い筆記用具がありがたがられることもないだろう。
(めっちゃ文章書くっちゅうわけでもないしな)
 そしてインクを詰めるコンバーターと言うのも必要で、コンバーターには型番があり……わからん。俺がわからんのやから兄さんもわからん。埃かぶるのがオチや。

 次。財布。
(持っとるやん)
 ボロボロで、今すぐ新しくするべき、という感じでもない。何故知っているのかと言うと、奢らせた時に幾度となく見ているからである。気に入っているようでもあったので、これに鞍替えしろと渡すのも違う気がしている。

 次。香水。
(持っとるやん)
 先日、偽装結婚の新婚旅行で付けていた。なお偽装結婚をするのは二回目である。何のこっちゃ。普段は香水なんか付けていないので、恐らく使わないのだろう。

 そこで、典は渋面を作った。ヴァージルに何が喜ばれるのかがさっぱりわからない。典が元気に人生を謳歌しているのが、一番喜ばれる気すらする。話に聞く祖父母の様だ。
(どないせいっちゅーねん)
「ふふ」
 不意に、隣から笑い声が聞こえた。見れば、中性的な顔立ちで細身の若い男性がくすくすと笑っている。何やこいつ。典の視線に気付くと、彼は目を瞬かせ、
「ああ、ごめんなさい。随分お悩みの様だったから、可愛いなって。どうしたんですか」
「人に誕生日プレゼント探してるんやけど、何がええかなって」
「どんな男性に、ですか? 見た目とか。本人の趣味じゃなくても、似合うものあげたら喜ばれるんじゃない?」
「どんな……背は俺より少し高くて、短い金髪でグレーの目してはるなぁ。ガタイと顔はええよ」
「ふむふむ。性格は?」
「少し抜けてる……でも優しゅうてあったかい人や」
 思わずぽろりとそんなことを溢してしまう。はっとすると、相手はにやにやしていた。
「よーくわかりました。そしたら、あなたが贈る物は何でも嬉しいと思うな。お人好しなんでしょ?」
「そうとも言うわな」
「アクセサリーにしたら? 大事な人なんじゃない?」
「アクセサリーなぁ……」
「そんなに優しい人ならあなたの見える所で付けてくれるだろうし。やっぱり使われるものが一番だよ」
「さよか……ほんだらそれで考えてみよかな。おおきに」
「いいえ。じゃ、さよなら」
 男性はにっこり笑うと、そのまま店を出て行った。


「随分仲が良いじゃん。なーにがコールド・ロータスだ。ぬるくなってんじゃねぇか。『あったかい人』だなんて、どの面下げて」
 青年は店を出ると、くくっと喉の奥で笑った。先日、二人から痛い目に遭わされたエルゴマンサーから、ずっと聞かされていた。彼は人類という泥濘に咲いた冷たい蓮。オシリスの如く人間に審判を与えることでしょう。崇拝に近い慕情を寄せていた彼はそんなことを言っていたが。
 あなたの言う冷たい蓮はすっかりぬるくなっちゃったよ。今にも汚泥に溶けそう。悪い虫の傍が居心地良いってさ。彼はけらけらと笑う。
 指輪なら叩き潰してやるし、首飾りなら引きちぎってあげる。耳飾りなら耳ごと吹き飛ばすし、時計なら叩き割る。楽しみだなぁ。そもそも僕のアドバイスで贈ったという事実に歯噛みしてくれないかな。
 春先を待ってチューリップの球根を植えた子供の様にうきうきしながら、彼は軽い足取りで雑踏へ消えた。
 ヴァージルが見れば、それは死亡したはずの地蔵坂 千紘(lz0095)だと知って戸惑うことだろう。


 十一月十三日。
 典は贈り物が入った包みを持って家を出た。ヴァージルは自分から誕生日を言い出すこともせず、いつも通りに任務に向かう。典の方も切り出すタイミングを逸し続けて、あれよあれよという間に時は過ぎ、夕刻に。任務を終えてSALF本部へ帰還し、手続きを終える。まだ包みは取り出せていない。
(もういいかなぁ……兄さんも期待とかしてへんやろし)
 そう諦めかけていたその時。
「あのさ」
 ヴァージルが典に声を掛けた。
「俺、今日誕生日なんだけど」
「うん」
「それだけ? 飯……」
「……やる」
 ここを逃したらもう渡せない。そう思った典は、相手の話を遮って包みを押しつけた。脱兎の如く逃げようとする肩を、ヴァージルの手が掴んだ。だから瞬発力……!
「感想聞いてから帰れよ!」
「はぁ!? なんやそれ……感想とか」
 ごにょごにょ言いながらも、大人しくヴァージルが包みを開けるのを見守った。バリバリと包装紙を破いた彼が取り出したのは、アンティークの懐中時計。
 くすんだ金色の文字盤がなんとなく目を惹いたのだ。彼の金髪と同じ色。
「綺麗」
 ヴァージルは嬉しそうに目を細めて笑った。
「嬉しいよ、ありがとう」
 慣れないことをする自分がむず痒くて、典は俯いた。
「折角だから飯行こうぜ。割り勘で良いよ」


「それにしても、お前贈り物のセンス良いな。流石、モテる男は違う」
 スペインバルのカウンターに二人は腰掛けていた。ヴァージルのジャケットには、既に取り付けられた金鎖が見えている。それがなんだか落ち着かない典である。
「いや、俺貰うばっかであげたことないねん。たまたま店で会うた人に……」
 そこで彼は言葉を切った。
(そう言えば)
 典はそこで昼に会った男のことを思い出した。
(何で俺の贈り相手が男やってわかったんやろ)
 男性向けの財布を見ていたからかもしれないが……少し引っかかる。何故だろう、典の中のヴァージル像を見透かしていたような……。
「典?」
 ヴァージルに顔を覗き込まれた。典は目をぱち、と瞬かせる。
「ああ……なんでもないわ……たまたま店で会うた人にアドバイスもろた」
 飲み物が運ばれてきた。ヴァージルはグラスを持つと、
「お前の誕生日には倍返しだな」
「兄さん、俺のことなんやと思うとるの。ああ、守銭奴や言うてはったなぁ」
 くすくす笑い合いながら乾杯する。

 今はまだ、迫る影を知らない。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
懐中時計は浪漫ですよね。典さんからの残るものが、IFでもヴァージルに渡ったのはちょっと感慨深かったです。
ところで、CLで幹事をやったことのない千紘は典さんから何て呼ばれるんだろうと気になりました。インソムニアで幹事はしたかもしれませんが。
……濃そう(飲みの面子が)。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月02日

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