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『若さという代物はどうにもままならなくて』
狭間 久志la0848)&杉 小虎la3711

 寄せる波とやまぬ雨とで濡れそぼった砂、足の置き場としては充分な固さを保っているが――一閃の踏み込みに耐えうる代物ではない。
 繋いでくのを考えながら動かねーとな。
 胸中で言(ご)ちた狭間 久志(la0848)は、湿った砂を爪先で躙る。たとえ連撃を打つにせよ、最初の一歩が“浮いて”いては容易く読まれ、逆に打ち落とされるだろう。EXISを用いぬ闘いとなれば、眼前の相手はそれこそ虎に等しい脅威なのだから。
 いや、EXISを使った勝負でも、気なんざ抜いてらんねー脅威だけどな。
 かくて久志は半眼を向ける。打撃用の籠手をつけた両手をゆるやかに構えた武芸の弟子、杉 小虎(la3711)へ。

 その小虎は、久志が揺らす刃引(の刀)の切っ先に飲まれぬよう、さらに集中した。
 相手取ると痛感しますわね。狭間様の恐さを。
 剣士の極はすべての無駄を削ぎ落とすことであろう。しかし。眼前の「師匠」は無駄なき無駄をすらも使い切ってみせる。
 それでこそ、ですわ。
 そう。それでこそ師と呼ぶに足り、対するに足る男。
 その男と試合う機会を得られたのだ。己が尋常、存分に尽くそう。
「杉 小虎、参りますわ」

 砂を踏むより先、前進力で伸び上がった小虎が打ち出したのは右スマッシュ。
 久志は揺らがせた切っ先でそれを巻き取って流した。手首を返し、刃引を斬り落とす。打ち落としてしまえば小虎はその反動を利して追撃を打つ。それを封じた上で、弾みをつけぬ神速斬り……通常であれば必殺の一閃であるが。
 小虎は右籠手を引き戻さず、左籠手を突き上げていた。スマッシュ同様踏ん張らず、ただ上げただけの拳だがそれでいい。足場の代わりとなる“手がかり”は、他ならぬ久志がくれる。
 果たして左の籠手が剣に打たれ、小虎はその反動を弾みとして叩き落とした。重力と膂力とを吸わせた右籠手を。
 久志はわずかに首を逸らし、振り下ろされた籠手をやり過ごす。下へ向かう小虎の右腕に柄頭を弾ませ、まっすぐ振り上げた。
 対する小虎はすでに意を決していた。どこへも逃がしてもらえぬならば、道はひとつ。
 右腕と共に下へ沈み込み、久志の脚を掬うべく左腕を振り込む小虎。この足場の不確かさならば、剣筋をずらす程度は可能なはず。
 久志は彼女の尽きぬ闘志を心地よく感じながら、しかし容赦ない一閃を打ち下ろした。もとより脚に力はかけていない。掬われたところでかまわず己を引き下ろすだけだ。
 そのはずだったのに。
「っ」
 眼鏡がぼろりとずれ、視界が奪われたのだ。
 どうやらジョイントが緩んでいて、攻防の中でついにねじが外れたらしい。と、気づいたときには中途半端に力がかかった足首を叩かれ、右脚がぐきりと嫌な感じで折れ曲がり――
「狭間様!?」
 がくりと崩れ落ちた久志に裏返った声音をあげる小虎。この崩れかたはまちがいない。足首をくじいたのだ。
「悪ぃ。眼鏡ずれて気が散った。ねじが飛んでかなくて助かった」
「眼鏡などより足ですわ! 右足は剣士の命ですのに!」
「いやいや眼鏡は俺の本体って、うわ、立てねぇわ。マジで足場悪ぃ」
 慌てふためく小虎を制しつつ立ち上がろうともがく久志だが。砂はぼろぼろ崩れるし、不自由な右足がさらに邪魔をして、まるでままならなかった。
 小虎は唇を噛み締める。ただでさえ秋雨は冷たく、動けぬまま濡れそぼっていては足首ばかりか体調をも損ないかねない。いや、それよりもなによりも――
「狭間様、御免!」
 がばと久志を抱え上げ、小虎は雨を千切って全力移動を開始した。
「杉っ!? ちょま、これ、おい」
 満足に歩けもしない久志が運ばれる。必然とはいえ、だからといって一端の男が少女にお姫様抱っこをされている現状、受け入れられるものか。
 しかし小虎にそんな男の事情を慮る余裕などなく。
「なにがあろうと落として差し上げませんからいかな抵抗も徒労とお弁えくださいませ!!」
 ひと息に言い切られ、久志はうぐぅ、言葉を詰めた。
 落として差し上げねぇって、せめて降ろして差し上げねぇって言うとこだろうが。
 言葉を選んでいられぬほど小虎は必死なのだと、頭ではわかっている。わかってはいるのだが。
 なんとも据わりの悪い心地を抱えながら、久志は押し黙る。もう、できることがなくて。自分の弟子を称してくれる少女へ、それ以上「かっこ悪い」自分を見せたくなくて。


 SALF関連の整形外科医院へ運び込まれた久志は、現代医療技術の粋を尽くした検査によって比較的軽度の捻挫であるとの診断を受け……3日間の入院を言い渡されてベッドへ横たえられていた。
 もちろん本人の意志ではない。ついでに医師の意志でもない。すべては小虎の猛然のせいである。
「捻挫のこと甘くみてるわけじゃねぇけどな。入院は大げさだろ」
 久志の右足はクッションで心臓より高い位置に置かれ、テーピングで固定と圧迫を施した上から冷却剤で冷やされている。あとは寝ていることしかできないのだから、それこそ家でやればいいと思うのだが。
 いや、帰れなくともせめて独りになりたい。今日の失敗に悶絶し、枕へ顔を突っ込んで「マジ恥ずかしい真似晒しちまったー!」と叫びたい。
「自宅療養では思わぬ気の緩みか、それこそ眼鏡の緩みで万一のことが起きないとも限りませんわ。事実、つい先ほど起きているのですから」
 厳しい口調で久志を止めた小虎は、直接触れぬよう注意しながら冷却剤の溶け具合を確かめる。
 そんな彼女の必死が、久志にはなんともむずがゆかった。
 捻挫したのはまさに眼鏡の緩みで気が緩み、万一のことを起こしてしまったせいだ。すべての責は彼自身にあるわけだし、結果的にたいした傷を負わずに済んだ。それをこうも気に病まれては、申し訳なさと同時、困惑を覚えずにいられない。
 ったく、なんだってこんなに心配したがんだよ? さすがに行き過ぎだろ。
「見張ってなくてもおとなしくしてるって」
 とにかく家へ帰そうと言い募るが、それでも小虎はかぶりを振った。
「見張ります」
 疑問符を飛ばしかけた久志を抑え込むがごとく――血の気がすっかり失せ、青ざめると通り越して青暗さにまで至った顔で、彼女は言葉を継ぐのだ。
「目を逸らしたその瞬間、わたくしの前からかき消えてしまわない保証などありませんもの」
 どういう意味だよ? 訊けるはずがない。そんな空気ではありえない。そして。
 誰にだって言えねぇことがあって、言わねぇことがある。痛いとこほじくんのはマナー違反ってやつだわな。
 自分にも触られたくない傷がひとつならずある。ちゃんとした大人になれていない自覚のある久志が備えるわずかな大人げを掻き立てつつ、彼は話を逸らしにかかった。
「そういや女の子にお姫様抱っこかまされたの、初めてかもな」

 ぎくぎく! 二段階でうろたえつつ、小虎は話を逸らした久志から視線を逸らす。
 あのときはただ必死だった。
 崩れ落ちる久志に、幻(み)てしまったのだ。これまであたりまえであったはずのなにかが打ち崩される有様を。
 それは彼女が一度、その身をもって体験した崩壊。許嫁が敵たる人外と成り仰せ、彼女を置き去っていったあの日に味わった絶望の再現。
 わたくしはまた失ってしまう。満ち足りていた忙しくも甘やかな日々を。
 わたくしはまた喪ってしまう。日々の内で共に在ったかけがえない人を。
 だから――追いかけてくる黒いものを振り切りたくて、必死に駆けた。結局追いつかれて視界を塗り潰されて……だから必死に手探りしてそれを引き上げ、必死に抱え込んだ。
 狭間様を離してしまうことが、わたくしはたまらなく恐かったのですわ。だって、どことも知れない世界からここへ転げ落ちてきたのでしょう? ならば同じようにまた、この世界からも転げ落ちてしまわないとも限りませんもの! そんなことはありえないのかもしれませんけれど……本当にありえないことなのでしょうか?
 ひとつひとつを見れば繋がってなどいない千々たる思い。しかしそれが重なって、重なって、重なって、異様なまでの不安を形作った。かくて小虎は、突き上げられるまま久志を抱きかかえ、逃げ出したのだ。
 なんて浅ましくはしたないことをわたくしは!
 いえ。それよりも、ですわ。
 なぜわたくしはこれほど狭間様を気にしてしまいますの?
 ……久志に興味を引かれたのは、苛烈な死闘を求めて戦場を渡り歩く彼が、滾ることもなくつまらない顔をしていたから。
 そして激戦地を選んで踏み込んでいく中、彼とぼちぼち顔を合わせることになって。並び立ちつつ言葉を交わしている内、彼が別に無口なわけではないことを知った。
 そうなれば自然と会話が増える。その中で、小虎は思い知らされたのだ。どんな話題にも乗ってくるくせにつまらない顔を崩さない彼が、故郷たる世界の妻という存在について話すときにだけは饒舌となり、笑みすらすることを。
 なぜだろう、苛立った。
 きっと自分は、納得がいっていなかったのだろうとは思うのだ。ただ、なぜ自分が苛立ち、納得できないのかがわからない、わからない、わからない。
 ずいぶん悩んだ後、わからないものは置いておくことにして、決めた。いついなくなるか知れない久志がこの世界にいる内に――心の底から笑わせてさしあげますわ!
 弟子を称するようになったのは、異世界の剣術に学びを得たいこともあったが、つまりはまとわりついて隙を窺うための術数である。もちろん、自分がそこまでする理由についてはわからないので置いておいて。
 しかし今、このような状況になってしまえばこそ向き合わざるを得なくて。
 わたくしはわからないのではなく、わかってはいけないのだと、そうわかっていたのではありませんの?
 けして口にできない、これ以上は思うことすらしてはならない、疑問。
 と。すでに彼女が目を向けることすらできなくなった師匠であり、監視対象であり、心揺らがせる“わからない”である久志が、また口を開く。
「情けねぇ師匠で悪ぃな」

 小虎の言葉を聞けば、彼女が不慮の事故なり事件なりになにかを奪われたのだということは察しがつく。その傷痕を掻きむしったのは、ヘマをやらかした久志だ。
 いくつも歳下の女の子になにしてんだよ、中身がどうだって見た目は一端の大人だろ。だったらガワだけでも歳相応でいろよ、俺。
「でもな、情けねぇとはいえ師匠だし? 弟子にゃあ道理ってやつを説く義務がある」
 そこまで言っておいて、口の端を意識して上げる。ここまで格好悪いところを見せておいて挽回できるはずもないのだが、それでも繕い、装うのが大人の意地というやつだろうから。
 いつの間にか俺もこんなこと考えるようになったんだな。こっちに来たばっかのころはもう、死んじまってる気分だったってのに。
 結局のところ人は、死んだように生き続けることなどできないのかもしれない。死地で強敵とまみえれば血は熱く滾り、人と触れ合えば心は思いがけぬ方向へと動き、弾む。
 まちがいねーな。俺を動かすもののひとつは杉ってことだ。そんなことを思いながら、彼はしたり顔で言い聞かせるのだ。
「暗くなんねぇうちに帰れ。それともなにか? 居座って、今度は俺におまえのこと心配させてぇのか?」
「そんなことはありませんわ! そもそもわたくしもう、こ」
 子どもではありませんわ。
 特に深い意味などない、たったそれだけの言葉が小虎の喉に詰まる。
 え? ええっ? わたくし、どうして――
「弟子なんざ子どもといっしょなんだって。子どもじゃねぇなら弁えろ」
 言い聞かされた小虎はぐっと立ち上がる。
 そのままぐるっと踵を返し、ぎろっと久志を返り見て、くわっと口を開いて、
「こんなことで勝ったと思わないでくださいましね!?」
 かくて意味不明な負け惜しみ(?)を残し、病室から駆け出す小虎。わけがわからないのにイラついてムカついてヒリついて、もうどうしようもなくて。

 一方、残される形となった久志は天井を見上げ、ため息をつく。
 杉、妙なとこでガキ臭ぇんだよなー。
 まあ、彼女は歳相応なだけで、ガキ臭いのは自分のほうか。彼女が憤るだろうと知りつつ、あんなことを言ってしまうのだから。
 果たして久志は目を閉じた。
 今日はずいぶんいろいろなことがあって疲れた。
 だからこのひと眠りの間だけは、置いてきた過去の夢を見ずに済むだろう。


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2020年11月02日

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