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『友闘』
霜月 愁la0034)&LUCKla3613

 砂浜の奥を埋める松。
 知らずに訪れた者は首を傾げるだろうが――砂防林と呼ばれる植樹の林は海風を遮り、さらにその風が巻き上げる砂を遮って数百年、この地の田畑を守り抜いてきた。

 霜月 愁(la0034)は舞う砂から目をかばい、山岳帽のつばを引き下ろす。帽子にはめたゴーグルをそのままにしておいたのは、これ以上視界を損なわぬためだ。
 と、砂防林をゆっくりと歩き渡ってきた相手を見やり、肩へ担いでいたエナジースピア「フォルモーント」、その穂先を前へ投げ出して……中段構えを成す。
「いつでもいいよ」
 その言葉を受けた男は、グリーンに色づくバイザーの向こうの両眼をゆるく細め、左に佩いた竜尾刀「ディモルダクス」へ手をかけた。
「3秒後、俺から行く」
 LUCK(la3613)の腰が落ちて止まり。正確に3秒を刻んだ瞬間、予備動作もなく跳んだ。
 ……これは試合。
 かけがえない友である愁へLUCKが「試合を申し込みたい」、ただそれだけを告げ。
 かけがえない友であるLUCKへ愁が「受けるよ」、ただそれだけを応えて為された、決闘。


 竜尾刀を解かぬまま、LUCKは愁へ迫る。
 竜尾刀はスイッチひとつで解け、鞭のごとき多節刃と化す武具だ。そして多節刃の間合は愁の愛槍に匹敵する。故に初手では解いてくるべきだろうが。
 LUCKはその場限りの優位を得るような真似を演じない。愁が竜尾刀の特性を知っているからでもあるが、だからこそ、容易く間合を切り替えられる特性そのものをフェイントとして“見せ”る。

 LUCKがどこで直刃を解くものか? 対する愁は半眼をつくって視界を広く取りつつ、穂先を振り下ろした。振りかぶらず、手首のスナップで柄をしならせて為したものは、斬撃ならぬ殴打。
 ぎりぎりまで引きつけて後の先を取ることを、あえて選ばなかった。なぜならLUCKはライセンサーの内でもっとも竜尾刀という得物を識る戦士だからだ。下手に間合を詰められ虚を突かれるよりも先に、初手を出させておきたかった。

 体勢を1ミリも崩さず打ち込まれた愁の穂先を、LUCKは左腕へ沿わせた竜尾刀の腹で受けた。
 恐ろしく重い。過負荷をかけられた膝のアクチュエーターが濁った悲鳴をあげるほどに。
 人並外れた反応速度と回避力を備えたLUCKが防御を余儀なくされたのは、愁の他愛ない攻めが彼の体軸の芯へ打ち込まれたものであるからだ。わずかにでも右か左へずれていたなら逆をつくことができるのに。
 そしてこの重さは、膂力によるものなどではない。たゆまず鍛錬を積み、戦場で磨き上げてきた愁という戦闘の才人のすべてが、その超常の域にまで達した知覚攻撃力へ乗せられていればこそのものだ。
 一瞬でも出し惜しめば叩き潰される。据えてきたはずの肚を再び、より強く据えなおし、LUCKは槍に打たれるがまま地へ落ちた。

 愁はLUCKが落ちる間に体を転じ、エナジースピアを引き戻す。後方へ突き出された石突を下へ巡らせて蹴り出し、砂を削りながら前方へ。
 先の攻め、手応えがありすぎた。相手が並のライセンサーならばそれで終えられるだけの一閃を繰(く)ってはいたが、相手は流水さながらの体捌きを誇るLUCK。手応えを残してダメージを最少に抑えるくらいはやってのける。
 故に、彼の軌道を潰して次の一手を制限するのだ。足場としては頼りない砂場だが、不確かであればこそ容易く押し通すことのできる強引をもって。
 地に転がったLUCKは砂の散弾を背で受けて咄嗟に横転し、石突を脇へ抱え込んだ。
 愁はそのやりように胸中で舌を巻く。砂を抉ったことでわずかに攻めの速度が落ちたとはいえ、こうも見事に返してくるとは。

 LUCKは抱えた槍を軸とし、さらに体を転じて竜尾刀を解いた。体とは逆の方向に多節刃を巡らせ、両者で螺旋を描かせつつ逆巻き上がる。
 敵を幻惑すると同時に刃と体術とで挟み打つこの兵法を、かわしきれる者はいない。少なくとも、これまではいなかったのだが。
 螺旋の中心部を抜けて降り来る銀閃。それはガントレット「インビンシブル」に固められた愁の左拳だ。
 愛槍をあっさりと手放してみせる胆力と、螺旋の“虎穴”へ迷わず突き込んでくる鷹の目の冴え、凄まじい以外の感想がない。これこそが霜月 愁。
 だからといって、虎児まではくれてはやらんがな。
 思考し終えるより迅く、LUCKは多節刃を引いている。結果狭まった多節刃の螺旋円は愁の左腕を巻き取り、引き込んだ。
 ぐんとのめった愁を待ち受けていたものは、突き出されたLUCKの膝。

 引き落とされながら、愁は自らのガントレットへ噛みついた多節刃の角度を確かめ、息を止めた。相手に優位を感じさせる裏で状況をコントロールするのはLUCKばかりの芸ではない。
 そう、愁は待ち受け、誘い込んだのだ。LUCKの多節刃をガントレットで巻き取ることのできるこの状況へ。
 ゴーグル「トーマ」で鎧った額を振り込み、LUCKの膝蹴りへ叩きつける。激しい衝撃でわずかに視界が歪んだが、それだけのことだ。
 強い反動が生まれて愁は弾み、ゼロにまで狭まった彼とLUCKとの間合が数十センチも開いた。しかも、互いに繋がれたまま。
 左腕を引き上げて多節刃の自由を奪い、愁は右手を振り下ろす。たった今取り戻したエナジースピア、その石突をLUCKの心臓へ。
 彼の本領たるクレバーさと視界の広さはそこまでの筋道を見切り、自身と相手とを正確に辿らせていた。LUCKがかわすことも逆手にとることもできぬ戦況を組み上げてはめ込み、その上で動きを止める。

 石突が高く硬い音を響かせて。
 知覚をまとった衝撃がLUCKへ浸透した。
 衝撃とは震動であり、波動だ。外装も人造筋肉も通り抜けた波はLUCKの心臓の鼓動をかき消し、血流を止めた。
 義体とはいえ、中枢神経系ばかりは生身である。それを生かし続け、動かし続けるためには養分を運ぶ血が不可欠であり、故に提供が損なわれてしまえば当然、彼の挙動速度は大きく鈍る。
 愁は見逃さない。ためらわない。手心を加えない。多節刃が解けぬよう握り込んだ左拳を、1、2、3。心臓へ叩きつけた。
 たとえ特別な技を乗せずとも、その知覚の波動は一打ごとにLUCKの心臓を打ち据え、さらに鈍らせていく。
 呼吸すら奪われたLUCKは、ブラックアウトしかけた目で愁を見ることをやめた。しかしそれはあきらめた結果などではありえない。
 LUCKは竜尾刀の柄を握り締めている右手へあらん限りの力を込める。“それ”にかけたままの親指へじりじりと。

 !
 LUCKの喉元へ穂先を突きつけんとした愁の体ががくり、後方へ跳ね崩れた。
 彼の左腕を縛っていた多節刃が消えたことで――心臓を打たれて動きを封じられていたはずのLUCKが、不屈の闘志をもって竜尾刀の仕掛けを発動し、直刃へ引き戻したことで。
 ガントレットの硬さで滑ったか。思いながらも、すでに愁は踏みとどまり、体勢を立てなおしていた。
 中段構えを取りなおしたエナジースピアで速やかなる反撃へ転じなかったのは、これ以上LUCKに鬼手を打たれることを怖れたわけではない。
 LUCKはLUCKという戦士の有り様を尽くして自分へ対してくれる。
 だからこそ愁もまた愁を尽くして対したいのだ。濁ることなく清むことを志す愁の有り様を貫いて。

 心臓は鼓動のリズムを取り戻し、十全な挙動速度をLUCKにもたらしてくれている。
 愁が「据えた」ことは明白だ。こうなれば彼は鉄壁、力や技を尽くした程度で突き崩せるものではありえない。
 力と技で足りんなら、それ以上を尽くす。それこそ俺のすべて以上をだ。
 奮えを息に乗せて吹き抜き、LUCKは再び竜尾刀を解く。

 周囲の松へ多節刃を引っかけ、蹴りつけ、跳び渡り、LUCKが愁を攻め立てる。
 鮮烈なる立体殺法に対し、愁は自らを一点へ据えたまま無尽の攻めを弾き続けた。柄の角度をわずかずつずらし、弾く度にLUCKが気づかぬまま、より大きく跳び退かざるをえないよう調整し……
 連撃の中で体勢を保つため、LUCKは跳び退くと同時に蹴りを打った。いや、追撃を食らわぬために打たされたのだ。
 その蹴り脚を、愁は槍のしなりで巻き取り、捻る。
 捻り落とされたLUCKはすかさず多節刃の切っ先を砂へ打ち込み、それを支えに捕らわれた脚を引き抜いたが。
 宙で体勢を崩したLUCKに、愁は十全の構えをもって向かっていた。
 槍の真価はその押し引きの迅さにこそある。それが戦場を俯瞰するに長けた愁の手に取られ、間合までもを整えられ――エナジースピア、閃いた。
 突き込まれた穂先が、咄嗟に張られた多節刃の防御陣を穿ち、黒き装甲を突く、突く、突く。
 他の相手であれば、たとえ死合であったとてここまで自らの手を晒しはしない。LUCKだからだ。彼にだからこそ見せられる。さらけ出せる。叩きつけられる。そう、それだけの信を預けられる相手であればこそ……すべてを尽くして勝利を取りに行けるのだ。

 もちろんLUCKは回避行動をとっている。しかし、すべてを愁に先読まれて行き先を塞がれ、突かれている。
 いや、己が体術をもってしても避けられぬことは、突かれるより先に知れていた。眼前の敵は経験と思考。ただそれだけを積み上げ、SALF随一の頂へまで達したライセンサーであり、なにを思うことなく己が背を預けられる無二の友なのだから。
 LUCKは身の周りに巡らせた多節刃を直刃へ戻し、体を縮めて砂へ落ちた。守ったところで敗北を数秒遠ざけられる程度のことだ。それより一刻も迅く次へ繋ぎ、勝利の前髪とやらを引っ掴みに行く。


 10メートルの間合を置き、対する愁とLUCK。
 LUCKは周囲の松を利した跳弾ならぬ跳刃で攻め。
 愁はエナジースピアを繰って守る。
 一進も一退もない拮抗。それを転じるきっかけをもたらしたのは、LUCKならぬ愁だった。
 横薙いだ柄が多節刃を弾いた直後、松の幹に跳ねる。ギン! 高く湿った打音が響き、LUCKは引き込まれるように踏み出した。
 両者共に自覚はなかったが、意識の外では弁えていたのだろう。いつまでもこうしていたいと思う心を、どこかで振り切らなければと。
 LUCKは多節刃を蛇のごとくに這い進ませ、愁の真下で切っ先を跳ね上げた。そのときにはもう、駆け出していて。
 一方愁は、股下から登りくる刃蛇の顎に対し、回避行動を取らなかった。かわせばLUCKに時間を与え、槍の間合を潰される。いや、間合を潰したいなら潰させればいい。それ以上の代償を払わせた上でだ。
 石突を突き下ろし、多節刃を突き落とした愁はそのまま柄を手放した。
 LUCKはすでに5メートルにまで迫っている。だから。
 愁もまた一歩を踏み出し、踏み込みくるLUCKを迎え入れるのだ。

 突き込まれた直刃をガントレットで押し上げ、愁が膝蹴りを打った。
 胃を突き上げられるより先に左掌でカットしたLUCKが刃を解き、横へ滑り抜けながら愁の左腕を固める。
 左腕を極められるより迅く体を返し、愁は右掌でLUCKの視界を塞いだ。その間に突き出した膝がふと解け、縦蹴りとなってLUCKの首元へ叩きつけられる。
 奥歯を噛んで衝撃に耐えたLUCK。左手で多節刃の切っ先を掴んで柄頭を愁の背を打ち、体勢を崩させた。
 息を詰めてのめる愁だが、その息をぐっと留めて体内へ張り詰める。息を吐けば力も抜ける。今、このときがクライマックス。なにひとつ、わずかにも抜くわけにはいかない。
 果たして愁は押し詰めた力のすべてを込めた左拳でLUCKの顎を突き上げた。
 突き上げられながら、LUCKは柄頭を振り込み、愁の頬を打ち抜く。
 意識ごと横へずらされる愁だが、止まらない。ずれたままチョッピングレフト。LUCKの鳩尾へ知覚を捻り込んだ。
 鳩尾を穿たれ、息が漏れ出した。しかし、それが抜けきる前にLUCKもまた柄頭を突き返し、愁の顎を打つ。
 そして――
 ふたりは同時に得物を引き、右手をかるく合わせてすれ違った。
 互いに限界だった故とはいえ、あまりにあっさりとした幕引き。だが、愁とLUCKであればこその、実に彼ららしいやりようと言えよう。
 なにを残すことなく、ふたりは行く。同じ戦場に立つ明日へ向かい、しかし今は背を向けて。


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2020年11月04日

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