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『羽撃の人格』
霜月 愁la0034)&羽撃la0034#MS-01JFM


 霜月 愁(la0034)は専用機となった羽撃(la0034#MS-01JFM)のコクピットシートに身体を預けていた。
 納品されてから間もなく、出撃のチャンスが巡ってきた。というか、オペレーターに泣き付かれた。お願いだよ、君にしか頼めないんだ。三メートルあるでっけぇコウモリ十体の相手なんて。
「それは……また癖の強い敵ですね。というか、コウモリがいるところって、アサルトコアで入れるんでしょうか?」
 洞窟だったら、アサルトコアの動きにかなり制限が出ることになる。だが、海の上にいるんだよ。そう返されて、愁は目を瞬かせた。

 ナイトメアというのは、擬態をしているわけだから、必ずしも本物と全く同じ生態とは限らない(そうでなければ、草食動物型が捕食目的で人を襲うことはあまりないだろう)。そういうわけで、今回のコウモリ型は、なんでコウモリに擬態したのかと問い詰めたくなる程度にコウモリらしさを捨てているらしい。昼日中の海上も平気で飛び回るし、なんなら犬程度の視力はあるようだ。ただし、超音波でこちらの位置は把握して回避と命中は高めてくる。いいとこ取りしやがって、とオペレーターは言った。そんなのが十匹海上に出て、網に引っかかった見慣れない深海魚を一生懸命外していた漁船を襲ったらしい。
「情報量が多すぎませんか?」
 頭痛がしそう。しかし、ナイトメアが出没すれば、それを撃破するのが自分の仕事だ。丁度、羽撃での出撃もしたかった。
「あ、そうだ。同行者はどなたですか?」
 いないよ。だから君にしか頼めないって言っただろ。そう言われて、愁は目が点になった。


 キー、キーと声がする。カモメではない。コウモリだ。なるほど、燦々と日光が差す青空の下、コウモリが飛飛び交っているという、雑なコラージュではないかと疑いたくなるような光景が広がっていた。
 足場にはキャリアーが随伴してくれたが、戦闘に耐える物ではないらしい。安全を保てる距離に停泊したそこから帰巣で飛び立った。シートに身体が押しつけられる。自分も飛んでいるような感覚にも、もうすっかり慣れている。
 元より、空戦を得手とし、MS-01JFM・羽撃のベースとなったアサルトコアMS-01J飛燕、MS-02飛娘を愛用している愁は、飛行に特化した機体の操作に慣れている。OSやIMDが全く別の物に置き換えられているとしても、「アサルトコアで空を飛ぶ」ということに変わりはなく、「得意」「好き」は確実に愁へ飛行機体に対する適応力を与えていた。
 人型をした機体は、スラスターの推進力を得て徐々に高度を上げていく。
 何度も空戦を経験していると、空気の流れのようなものを把握することができる。その流れは場所によって違う。その日の気候や地形、海のあるなしにもよって変わって来る。だから、まずはその流れを読み取るのだ。そうすることで、泳ぐように飛ぶことができる。

 操縦桿を引く。愁の操作と、空気の流れが羽撃にどう作用するかをテストがてら、気を引くように飛び回る。向かい風を受けながら。コウモリは異質な飛翔体を見つけて追ってきた。けれど、羽撃の移動力には到底及ばない。距離を取り、振り返る。兵装・蚩尤を握り直した。機体は立位。空気の層を意識して、足の裏を「付けた」。多少の風は誤差だ。

 彼が向かい風を敢えて受けていた理由がここにある。矢を追い風に乗せるのだ。五月雨烏を起動すると、愁は五度、同じ操作をした。同じ動きをするだけなら簡単であるが、それが立て続けに弓を引く動きだとなると話は別だ。キャリアーが主砲を一度撃つのとほぼ同じ時間で、五本の矢が放たれる。最後の一射が矢を離れたのを「感じる」や否や前進した。矢の雨を受けて動きが乱れた敵陣を突っ切る。群を抜けたところで振り返ると、もう一射。先ほどの五月雨烏が命中した(それは五体という意味になる)一体にもう一矢、追撃する。兵装の弓柄に搭載されたIMDが、光の矢を形作る。飛ぶときに意識した空気の層を剥がすような感覚で狙いを付けた。手を離す。これも全て、あっという間の出来事だった。言葉にするととても長く、思考プロセスも多い。けれど、人機一体となった愁と羽撃からしたら、それらの行程はすべて一瞬に等しい時間だった。前身となった飛燕、その妹機・飛娘での空戦経験がそれを可能にしている。操縦難易度が高いと言うのは、初めてこの機体に搭乗するライセンサーに対してのことで、同調強化もあって愁は難なく乗りこなしていた。

 矢は唸りを上げて飛び、こちらを振り向き損ねたコウモリの背中を貫いた。傷口から向こうが見える。普通の生き物なら致命傷だが、それでも辛うじて持ちこたえているのは、地球の生き物と身体のつくりが違うからだろう。落ちるまで射るだけだが。

 そうしている間にも状況は変わる。弓を引いて、狙いを付けて離す間、敵は止まっている訳ではない。コウモリたちは羽撃を囲んだ。何体かは羽に穴が空いており、飛ぶのにも難儀しているように見える。じりじりと迫り、一体が合図をすると、次々と飛びかかった。話に聞いた超音波を使っているようで、迷わず飛んでくる。

 シンクロ・モードを起動。眼前に、コクピットのフレームも壁も何もかも取り払われた、空と海の全て広がるような感覚。イメージが拡大し、伝達のタイムラグが消失したように思える。羽撃は愁の望むように……否、羽撃は愁だった。まるで自分が羽撃の人格になったような一体感。アサルトコアの四肢が自分の手足と同じように動く。

 そうであるから、羽撃は敵の攻撃を労せず避けることができた。機体のどこが重いか、動かしにくいかも知っている。スラスター出力の誤差すら制御した。IMDが血のように駆け巡る。指先の角度も思いのままだ。後方から来る敵の羽ばたきも聞こえる。この音の聞こえ方なら、こう。果たして、その予想は的中していた。空気の流れに爪先を引っ掛けるようなイメージで、横に機体を倒す。その肩の上を、コウモリが駆け抜けていった。先ほどの五月雨烏と同じように、この回避行動もほぼ一瞬の出来事だった。
 自由自在に操る、と言うのは、搭乗者と機体の間の隔たりを前提にした言葉だが、今の愁と羽撃はそんな物ではない。

 五月雨烏は起動回数に制限がある……というか二回だ。スキルを出し惜しみしない、というにはまだ敵の数が残りすぎている。なおかつ、こちらは単騎。羽撃は敵陣からやや距離を取った。そこでようやく、拡大した視界が元の大きさに収まった。ある意味で「正気」に戻った愁は、すぐに攻撃行動を取った。弓を引いて、離す。空気の隙間を縫って、最大限推進力を維持した矢は吸い寄せられるように命中した。相手の行動はなんとなくわかったので、今度はシンクロ・モードを使わずに回避。敢えて超音波は使わせ、羽撃の位置を捉えたと思わせた所で避ける。ちょっとした被弾が命取りになりかねないが、これなら大丈夫そうだ。至近距離にいる敵は双刀で斬った。その内、この戦域の空気にも慣れていった。人型でありながら、飛ぶために生まれたかのような動きで敵を翻弄し、時に射抜き、時に斬りつける。

 ある程度ダメージを溜めると、五月雨烏をもう一度使った。高度を取って放たれるそれは、平行で射掛けた先ほどよりも「雨」らしかった。五体をそれで落とす。追いすがってきた敵から距離を取って、もう一射。正面からぶち抜かれたコウモリは海に落ちて水しぶきを上げた。

 次で蹴りを付ける。八双迦楼羅を起動した。一回きりのスキルだが、相応の性能はある。弓兵装を引くと、番えられた矢が太陽にも負けないくらいまばゆく光り輝き……愁は手を離した後の行き先をイメージした。
 手を離す時が来た。弓を引いていると、「離すべき時」と言うものが来る。それを感じて矢を放った。残心の愁が見たのは、光の矢が縦横無尽に空と海の間を駆け抜けるさまだった。敵の反応を許さない、光速の奔走。

(綺麗)

 それも一瞬のことだった。光がやむと、海に落ちたコウモリがぷかぷか浮いているのが見える。数えると、これで丁度十体だ。最初に知らせを受けたナイトメアは、現時点をもって全滅した。


 戦闘が終わると、帰巣をもう一度使って、スラスターを動かした。キャリアーに周囲を警戒する旨を伝える。警戒も本当だが、半分くらいは自分へのご褒美だ。シンクロ・モードを起動する。
(やっぱり、気分が良いや)
 両腕を目一杯広げ、足を伸ばし、空を飛ぶ。眼下の海では胸びれを広げたトビウオが飛んでいた。自分を狙った海鳥が突っ込んで来るのを察知して、器用に急停止している。胸びれで飛ぶってどんな気分だろう。思ったより滞空時間が長い魚に驚きながら、愁は急降下して、空気の流れを楽しむ。魚や鳥を巻き込まない高さまで降りた後に、急上昇。太陽に愛された青空が愁に微笑み掛けている。
 風に飛翔翼を乗せる。すると、空気が羽撃を支えてくれたのがわかったので、愁はスラスターの出力を止めた。空中を漂うように飛ぶ。流れに乗りながら、羽撃は滑空した。

 ものすごく楽しみながら飛んでいたが、サボっていたわけではない。断じて。あらかた周囲を見回って、増援や生き残りなどがいないことを確認すると(尤も、羽撃を見た時点で回れ右をした方が敵にとっては良いだろう)、羽撃は帰艦した。格納庫に入って、愁は降りる。そうすると、重力で床の上を歩く感覚にしばらく慣れなくて、苦笑した。生まれてこの方、ずっとこうやって歩いて来た筈なのに。友達とも歩いて遊びに行くのに。
 けれど、その違和感もしばらくすると消えた。羽撃の頭脳から、友達と歩く人間に戻った霜月愁は、休憩の出来るスペースへ足を運ぶ。頭を使ったので、甘い物が食べたい。

 格納庫の羽撃は、止まり木で眠る鳥の様に沈黙していた。
 次の飛行まで、おやすみなさい。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
戦闘部分より飛行部分に力を入れてしまった感があります。割と感覚で操縦するかな……と思って感覚的な描写を目指しました。
シンクロ・モードは多分そう言うスキルじゃないんですが、「イマジナリードライブの伝達状況を極限に高め」という文言に夢を見ました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
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三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月04日

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