▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『とある二人のありふれた一日』
珠興 凪la3804)&珠興 若葉la3805

「……あれ」
 自分の唇から零れ出た声に、皆月 若葉(la3805)は目を覚ました。身体の上に乗っているのは数日前に押入れの中から引っ張り出した厚めの布団。頭の上では見慣れた照明が部屋の中で存在を潜めている。身体を起こし確かめるまでもなく、自分たちが毎日寝起きをしている部屋のそれだ。なのに、何故一瞬違う錯覚を起こしたのかというと夢の中ではここにはいなかったような気がしたからだ。といっても、目覚めた瞬間には意識は現実に引き戻され、どんな夢だったのか忘れてしまったのだけれど。ただ一つ薄ぼんやりと憶えているのはそこに婚約者である珠興 凪(la3804)がいたということだけ。それが幸せな夢だったのも間違いない。それ故に思い出したくて、なのに思い出せずうんうんと唸っているとすぐ側から不意に吐息が吐き出され、若葉は真上を見るのをやめ布団に包まったまま横に向き直る。
「凪……?」
 共寝をする相手など勿論彼一人なので笑ったのが凪なのは分かり切っていて、その呼び掛けには笑われたことに対し咎める意味合いがあったのだが、当の本人はといえば布団を被って隠すようにしていた口を覗かせると少し恥ずかしげな顔で笑ってみせた。
「うん、ごめん。だって、百面相する若葉がすっごく可愛かったから」
「かわっ……!? ど、どこがっ!?」
 そんな自分の顔を自分で想像してみても間抜けにしか見えないのに。元より凪は人を馬鹿にするような性格ではないけれども、あまりに楽しそうに笑うものだから羞恥心が急にこみ上げてきて顔面が一気に火照るのを感じる。唇をきゅっと引き結びながら居た堪れなさに上半身を起こし、そっぽを向いてもすぐに衣擦れの音がして、後ろから抱き締められれば心地いい温もりと漂う彼の匂いに、羞恥心はあっさり押し除けられた。身体の前側に回された腕を緩く掴んで甘い空気になりかけたところで、すぐ横にある凪の顔に首を傾け押し付ける。自分でもやっていて猫達がするマーキングのようだと思った。痛い痛いと早々に凪が音を上げたからそれがちっとも痛そうじゃないと分かっていても、若葉は機嫌を直す振りをすることにし、軽く叩いて合図を出して解いてもらうと向き直り婚約者の顔を見返しながら口を開いた。
「おはよう、凪」
「若葉もおはよう!」
 いつもなら凪のほうが寝覚めが悪く、寝起きを見るのはこちらの特権だったのに。それとは別にもう一つ思うことがある。
(きっと夢の中の俺よりも現実の俺のほうが幸せだ)
 ナイトメアの侵攻を受けているこの世界、若葉も凪もライセンサーの一人として戦いに身を投じているが今までに大きな被害を受けることなく生活が出来ている。若葉は大学、凪は調理学校の学生としての勉強も順調で、満ち足りた日々と未来に夢の残滓が消えていくのを感じつつ、甘く触れる唇の感触に目を閉じ身を委ねた。

 珠興家のリビングにはいつも珈琲の香りが漂っている。今日は雲も疎らな晴れ模様で陽当たりの良さ故に冬の気配を感じさせる仄寒さは麗かな陽気になって眠気を誘ってきた。スクランブルエッグを乗せたフレンチトーストにカラフルなサラダとスープまでつけた豪勢な朝食は何も予定がない休日ならではだ。同棲して一年半以上、分担作業も板につき、調理はすこぶる順調だったが。ダイニングは来客があってもいいよう四人用のテーブルを使っているので、向かい合うか隣に並ぶかはそのときの気分にしており今日は顔を上げれば正面に座る凪が美味しそうに表情を綻ばせる様子がよく見える対面式にした。
「んー、もう少し甘さ控えめがよかったかな?」
「俺はこれくらいのも好きだなぁ」
「ならシロップで甘く出来るようにするのもいいかもね」
「うん、それ名案!」
 狐色に焼けた面に砂糖をまぶし、焼いている最中から食欲を煽っていたフレンチトーストは凪の味付けだが控えめにいっても若葉の好みだ。それを口に運びほっこりと息をつくのも束の間、すぐさま喫茶店経営を志す人間として先を見据えた感想が浮かぶ。食事前戴きますと言えば、食事後は御馳走様と一緒に手を合わせ、普段は洗い物は交代交代にしているが、今日はシンク前に肩を並べて手早く済ませた後、現時刻を確認すると思ったよりも経っていなかった。
「ねぇ、一通り出しちゃおっか?」
「そうだね。さっぱりしてー、衣替えにはちょっと早いから洗濯だけでいい?」
「オッケー」
 主語を省いても言いたいことが伝わることも最早当たり前になりつつあった。普段から清潔にはしているものの、互いに二足の草鞋を履いているが故に、忙しさにかまけて毎日はしなくてもいいこと等はどうしてもつい後回しになってしまう。さっきまで包まっていた掛け布団やシーツを出して、洗濯可の物は洗濯し、他はクリーニングに出すように全部纏めておく。暫く家中を動き回り休憩にリビングのソファーに腰を下ろせば程良い気温と疲れが相乗効果を生んで、ぐっすり寝た筈が眠気を誘われた。
「眠いの?」
「ちょっとだけ」
 隣に腰掛けた凪が訊いてくるものだから、素直にそう返して目を閉じたまま、彼の肩に傾けた頭を乗せ、擽ったさにふふ、と笑い声が出る。自分も特別剛毛というわけではないのだが、凪の髪は本当にさらさらで同棲している為当然ながらも、同じ匂いがするのがより心を安心させてくれた。十分程寄りかかった状態で微睡み、
「……よし、復活した!」
 としゃっきりとした後は凪に微笑ましげな表情を向けられつつ洗濯物をベランダに干して、ついでに部屋の掃除も済ませたら正午過ぎといい時間だ。
「頑張ってくれたからね」
 嬉しそうに年上みたいな顔で凪が言って、昼ご飯は彼が作ってくれるということになった。正直昨晩はレポート制作に追われていたのも手伝い、疲労した感は否めず素直に凪の言葉に従う。将来の仕事に関わることだからと、真剣に、けれど楽しく作る姿はこちらに目を向けない彼の表情の中で、一番好きなものかもしれない、なんて思う。トマト入りのソースに刻んだチーズをかけたパスタは絶品で、たっぷりと乗った野菜が目も楽しませてくれる。元々選り好みはしないが凪と一緒に暮らすようになって、好きな物がかなり増えた。洗い物もしてくれたので、その分夜は率先して作りたいと考えながら若葉は「美味しかったよ」と目一杯の気持ちを込め告げるのだった。

 ◆◇◆

 クリーニング店に衣類を預け凪と若葉はそのまま街中をぶらぶらすることにした。欲しい物があるでもなくショッピング街を歩き、何か良さそうな物があったときは二人で顔を突き合わせて買ってみようかなんて話をしたりする。
「ねぇ、こういうのどうかな」
「ん?」
 と各地方在住の作家による陶芸品が並べられたお店で、縁に放射線状に刻まれた溝を花弁に見立て着色された皿を持ちウキウキと楽しげな顔でこちらを見つめる若葉に皿に視線を落としたのは一瞬、ついその眩しい笑みを浮かべた彼へと吸われていく。来る人がまったりして過ごせるようなお店をとのコンセプトは前から抱いているが具体的なところまではまだ技術的に足りない部分が多いせいで考える余裕がない。ただ暗めの落ち着いた色は符合しているように思う。
「うん、いいね」
「……ちゃんと見て言ってるの?」
「見てるよ。うちで使う為に、二枚買ってみようよ」
「それなら、凪のは――」
 そう言って様々な色の組み合わせがあるそれを品定めする若葉を眺めながら、可愛いなだとか、好きだなだとか思う。来る未来に思い巡らせて胸に掛けたペンダントの鎖を辿った。婚約指輪の少し冷たい感触がする。起業後、必ず若葉にもう一つ指輪を贈ろう。そう想像すればますます、勉強に身が入るのだ。小さく笑い声を零し、落ち着いた赤色の皿を手に取った。
「じゃあこれは若葉の分、っていうのはどう?」
「うん、いいね! 綺麗で好きだなぁ」
 マグカップを買ったときからか、いつの間にか揃いの物は赤が若葉、やや紫がかった青色が凪というのがお約束になった。若葉は顔より高い位置で透かすように受け取ったそれを眺め、ひどく嬉しそうに微笑む。愛おしくなって胸がぎゅうっと痛くなり、抱き締めたいが店内の為どうも憚られて、しっかり目に焼き付けた。色違いのお皿を重ねレジに持っていけば心を占め続ける愛しさがますます膨らんでいくような気がした。

 カフェに合いそうな皿を購入し、そのついでに時たましている敵情視察――近場にあるカフェに行って、休憩がてら、スイーツやら珈琲やらを楽しむ――をしようかとも考えたのだが、軽く昼前に仮眠を取ったからか若葉が元気、というか体力が有り余っているかのように感じられたのでバッティングやボルダリングなど幾つかのスポーツやアクティビティが楽しめるスポットに足を運ぶ。ライセンサーとして活動するようになって、適合者に目覚めるまでは平々凡々、というくらいの運動神経しかなかった自分も相当動けるようになった気がする。
「ほらほら、俺の動きについてこれるかな、凪!」
 とゲームと同じくらいスポーツ全般が趣味な若葉の得意げな笑顔に、愛おしさを感じると同時、勝って彼に、カッコいいところを見せたいという子供の見栄が出てくる。どうせ勝てないしと腐って手を抜くなどとは言語道断、やるならば全力を尽くしたいという気持ちがある。バスケットボールを指先で回す若葉に威勢良く返した。
「僕だって、随分強くなったんだからね」
 そう言えば彼は何の衒いもない心底誇らしげな笑みで「やろう!」と力強く返し、生き生きとした表情に眩しささえも感じるのだった。そして少し前に怪我を負い短期間ながら車椅子生活を送った、あのときの若葉の自分よりよっぽど苦しげな様子を思い出し絶対に同じ気持ちはさせまいと、頭の隅でそう思いながら勝負に乗った。
(――なんて言ってはみたんだけど……)
 汗みずくになって座り込んだのは勝負が縺れ込んだせいだった。同じように肩で息をしていても若葉はやけにすっきりとした顔をしていて、もっとこういうところに遊びに来るのもよさそうだななんて思う。併設のシャワーで汗水を流し、身体的にも爽やかな感じになったところで、いい時間になった為預けた服を引き取ると、最後に近くのスーパーで夕食の材料を買い、家路を辿る。そうして荷物を置き一息ついたら、
「晩ご飯は俺に任せて!」
 と元気一杯な若葉に昼前の彼と同じく疲れた感が否めない凪は甘え、ふんふんと何かちょっと調子外れな鼻歌を口ずさむ様子をカウンター越しに眺めながらふと思い立ち懐のスマホを手にしてカメラアプリをつけた。パシャ、と実際のカメラさながらに音が鳴るので当然ながら若葉も気付き、包丁を動かす手を止めてから、ちらりとこちらを見返す。将来的に店に出す商品として、軽食系のメニューを試している関係上、見映えも大事なので、よく写真を撮るのだが食べる前に撮る写真など、気が付けばいつも、若葉の早く食べたいとお腹を空かせたときの顔であったり、見て感想を言う直前の真面目な顔だったりにフォーカスが合うことも多かった。凪としては全くもって意識していないことなのだが。
「美味しかった。若葉、ありがとうね」
 感謝を作り手へと伝えるのは子供の頃父親を見て真似しようと思ったことだ。美味しいご飯と照れ臭そうな若葉の顔の両方に癒され、それぞれに入浴を済ませると眠りを妨げないように珈琲は控えて、リビングでだらだら過ごしたのち、太陽光に晒して干した布団が敷いてあるベッドへと共に入った。
「んー……」
 とベッドの中で若葉がぐーっと伸びをしてみせる。
「明日からはまた頑張らないとね」
「今日は本当に目一杯楽しんだからばっちり頑張れそう」
 うんうん、と若葉が相槌を打ち、嬉しそうに目を細めながら口元を隠すように布団を被る。調理学校の在校生とライセンサー、二足の草鞋を履くことは自ら決めた結果で、不満はないが大好きなことでも疲れてしまうことは時々ある。けれど特別な出来事もない充実した一日を過ごせたことでまた忙しいけれど満ち足りたいつもの生活に戻る元気が湧いてきて少しずつ眠りに誘われながら凪は目を閉じて言った。
「若葉、おやすみ」
「うん。おやすみ、凪」
 耳に届いてくる最愛の婚約者の声もまた夢見心地。そしてどちらからともなく眠りに落ちると、長いようで短いありふれた一日が終わるのであった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
本当に何にもない一日とは少し違うかもしれないですが、
学業とライセンサー業の両立をさせつつの休日だと
それはそれでやりたいことややらなきゃいけないことが
あるのかなというイメージがあって結果こうなりました。
スマホで撮影をするシーンでストラップを描写するとか、
夜ご飯だけ、具体的な内容をまるで書けていないだとか
そもそも購入した設定の皿は使っていないのか、だとか
ガバガバな部分はありますが言葉としての甘さでなくて
雰囲気的な甘さを上手く表現出来ていたら嬉しいですね。
野良猫と戯れたり、書きたいシーンが多過ぎる程でした。
今回も本当にありがとうございました!
パーティノベル この商品を注文する
りや クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月04日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.