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『言葉は時に刃より鋭く突き刺さる』
桃李la3954

 しまったと思う余裕もなかった。偏頭痛をぎゅっと凝縮したような鋭い激痛が脇腹に走り、思わず歯を噛み締めるもそれで痛みがなくなる筈もなく、諦めたわけではないが咄嗟に下げた視界に己の身体に深々と刺さった刃がぐっと力を込めて引き抜かれる瞬間が映った。血飛沫、などと表現されることもあるが現実はイメージ程は派手に飛び散ったりもせず、シャツに染みを作り吸収出来ずに重力に従い流れて太腿に生地が張り付く嫌な感触を覚える。今回の作戦に参加しているライセンサーの一人である桃李(la3954)の身体は控えめにいっても満身創痍。万が一生きて帰れたとしても後遺症を背負う可能性を考慮しなければならないくらいの酷い有り様だった。肩で息をしながら鈍い動きで主武器の鉄扇を振り被れば、対峙している敵――つい先日、かなりの戦力を投じて壊滅させたレヴェルの残党たちはまるで桃李を嘲り、憐むように余裕ぶった動きで躱す。もしこれが常人ならば舐められていると気付き、我を失ったかもしれない。しかし桃李がそういった感情を抱くことは稀で激しい痛みに苛まれながらも頭は冴えているくらいだった。実際に視線を流せば味方たちが明確に、冷静を欠いているのが分かる。つまりは何もかも相手の思い通りになっているということで――弱いからこそ、侮られているのではなく、完膚なきまでに潰す為にそうしているのだ。ライセンサーはナイトメアの脅威から人々を守る為存在する。一方ナイトメアに味方をする彼らレヴェルの仇敵となるのはライセンサー。ナイトメアにも人間と同等かもしくはそれ以上の知性を持つ者もいるが主な相手となるのは動物程度の知能だけしかないものなので、対人の戦闘には全く慣れていない者も多いのだ。とうに、控えめな表現でも連携は崩壊し、じきに一人ずつ確実に殺されていくのがもう目に見えた現状だ。絶望的との言葉がこれ以上相応の戦況は、一人で任務に赴く事が多い桃李にしても酷く珍しいものだった。残党らしく潜んでいたのは山奥の廃墟だ、増援も期待は出来ない。
 頭の中に思い浮かぶのは徐々に上の砂が零れ落ちる砂時計。それは今まさに体内から溢れている血を連想させる。じりじりと後退しながら、桃李は俯き瞼を下ろした。
(死ぬ。そうか俺も死ねるんだね)
 瞼の上に己の手を重ね、奥にある眼球の縁を緩くなぞった。精神の奥で燻っている名前のない感情が溢れて出そうになり、千々に霧散してゆく。つっかえて出てこないそれの代わりというわけでもないのだろうがふと唐突に笑いがこみ上げてきて、桃李は喉を震わせて笑う。じきに我慢し切れず引き攣れた笑い声が漏れた。途端訝しげな視線が敵味方を問わず一斉に向けられ、僅かに瞼に爪を立てだらりと下ろした。力のない動作に連中は敗色濃厚な現状況に狂ったとでも思ったようだ。非適合者がナイトメアを見るときの目が向く。
(俺は、こんなにも正常で善良な一般人なのにね?)
 そう、特別なことなんて何一つとして存在しない。負傷して以降ただの足枷にしかなっていない血塗れの着物を背から滑り落とす。べちゃりと、些か不快な音を立てて落下し勿論それで超人的な力を発揮し状況を打開出来るというわけではないものの、服もEXISの一種である為に身体能力は上がっていて、無造作に袖の部分を引きちぎった。扇を放り捨てて、腹に空いた穴を塞ぐ。背は伸びても体重は増えず細い胴回りにかろうじて届き止血を試みた。一連の動作の間も笑みは止まずに、気味悪がった視線は注がれ続けて――戦場とは思えない静寂に冷ややかな声が一石を投じた。
「困るんだよね――キミ達の盛大な集団自殺に巻き込まれるのは」
 言ってからあ、と気付くと、
「俺が、って付け足すの忘れちゃった。だって結局信じられるのは自分の力だけなのに力を持っていないならしょうがないし彼らは多分そういう人達の為に自分が犠牲になる覚悟をしてるんだろうけどね。俺はそうじゃないから凄く困るな」
 その言葉を耳にした味方の誰かが必死に首を振ったのが視界の端に映ったが桃李は気にしなかった。相変わらず周囲に声を出す人間は一人もおらず水を打ったような静けさが場を包む。目の前に鏡があれば、血液を失い過ぎて紙のように白くなった自分の顔が見えただろう。ただしそこにはEXISを使っている最中のあの墨が走ったような禍々しい姿のままになっているに違いない。
「ねぇ、キミ達が死にたいのなら……心中じゃなくて勝手に死んでよ。どうせ、泣いてくれるような家族もいないんでしょ? いたらこんな人でなしなこと出来ないもんね。あ、キミ達が信奉するナイトメアすら呆れ返るんじゃないかな?」
 水を得た魚のように言葉は止まらず、そしてナイトメアという単語を出した拍子、空気が一変した。ピリピリと針を刺すような空気にただ桃李だけが平然とした顔をしている。無数の殺意を叩きつけられようが、どうだっていい。肩を竦めて呆れたポーズを取れば忽ち彼らの顔が朱に染まる。極め付けに一つ顔の高さに上げた指で挑発すれば連中の一人が桃李目がけて突進し、別の男が制止するも遅く、愛用する鉄扇を足元に放り捨てたまま、金が散る瑠璃色の瞳で見据えて告げた。
「――所詮人は感情を殴り捨てて生きられない生き物なんだよね」
 淡々とした声。痛みのせいで感覚が曖昧な両足を動かす必要なんてなく、逆転の一手は単純に件の男の正面に手を伸ばしただけでよかった。肌という肌に入墨を帯びた悪役さながらの見た目に違わずに黒い靄が手から生じ剣を手にもう目の前へと迫っていた男に纏わりつく。ひ、と無様な悲鳴が彼の口をつき、まるで半身を包み込む形に変わったそれは男が振り向くと同時にその形状を変える。それは女だ――幽霊のように両足がない女が背後から彼を抱き締めて、その引き攣った唇へと頬を寄せる。そう見えたのは桃李だけだったのかもしれない。だが男にとっては恐怖の対象だったらしく、少し遅れて追従してきた違う男めがけ、襲いかかっていった。襲われた側の男に恐慌が伝染して、現状を理解している手練れが制しようとしても、既に手遅れの状態だ。
「無理に人員を確保したのが失敗だったのかもね?」
 皮肉に上下の唇を弓なりに歪めながら桃李は覚束ない動きで落ちている鉄扇を拾い上げた。既に味方の何人かは桃李の意図を理解して、指揮官を標的に決死の反撃に打ち出ている。桃李自身重傷とはいえ全員が命を削られる程負傷を食らっていることに違いはなく、口元を扇で覆うのをやめ走り出す。普段あの着物が足を引っ張っているのがよく分かる――だからといっても、そのスタンスをやめるつもりはないけれど。動きを阻害されない代わりに怪我が尾を引いて、プラマイゼロとはいかないものの、これなら身のこなしの軽さを活かすヒット&アウェイの戦法が何とか通用しそうだ。神のように速く幻のように舞い混乱する敵の攻撃を躱しつつその通り過ぎ際に鉄扇で相手を死ぬ程の重い一撃は避けて昏倒させ、少しずつ確実に戦力を減らしていった。数を減らすのは戦いの基本で敵の心をへし折る作戦も人相手ならば有効打だが、人同士の戦いである以上、それは双方に出来ること。
「――ねえ、完全勝利を潰された気分はどう?」
 今度は作戦ではなく純粋に敵の幹部らしき男を煽って笑うと桃李は閉じた鉄扇を振り被り、この逆転劇の幕引きを行なうのだった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
逆転劇となるとやはり一騎当千みたいなイメージが
ありますがそういえばこれまで書かせて頂いていて
わざと煽っているところは全然書いていないのでは、
と思ったので、軍隊さながらの統率の取れた敵――
と見せかけて案外ガバガバだった為思想を否定され、
寄せ集めの人から一気に瓦解していくという感じに
してみました。スキルや武器をフル活用した内容を
期待されていた場合少し肩透かしかもしれませんが、
桃李さんにしか出来ないことと勝手に思っていたり
もします。また着物を羽織るのをやめたら本気的な
桃李さんが書いてみたかったというのもありますね。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年11月06日

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