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『互いの瞳の、奥に』
灯心ka2935)&琥珀姫ka0610

 厳かに、時が積み重なっていく。
 一族の節目というこの日を待ち望んでいた者は多く、皆一様に会話を慎み、代替わりの儀が粛々と進む様子を見守っている。
 一族の者達誰の目から見ても感慨深いものがあるその進行は、予定通りと言えるだろう。
 これは前族長が病や怪我で倒れた、というような緊急性のあるものではない。候補者に一族を任せられる、と判断されたがゆえの立場の受け渡しであるわけだけれど。
 その候補者が灯心(ka2935)となるまでの事情は歴代に比べるとせわしないもので。だからこそ一族皆が、この日を迎えられたことに安堵を覚えるのも致し方のないことなのだろう。

(迷惑と考えていたはずだけどな)
 誰かにそう伝えたことはないけれど、他の者と比べて人との距離をとっていた灯心の内心に気づいていた者も居たのかも知れないと、ふとそんなことを思う。
 儀のために、これが正式な衣装だと着せられた服の重みが予想以上だ。言われるがままに着飾られはしたが、普段なら身動きに不便にしか思えない品々はずっと受け継がれてきた証、経年で蓄えられた風格があり、それが同時にさらなる重みを追加してくる気がする。そこに皆の視線が集まるからなおさらだ。
 何度も繰り返し教えられた儀の次第をなぞりながら、必要なタイミングで自身を動かす。勿論表情に出ないようにしているつもりだけれど、琥珀姫(ka0610)には面倒くさいと考えているのがバレているらしかった。
 刺されるほどではないにしても、ちくりとした視線に自身の視線を重ねようと意識を向ければ、同じく、むしろそれ以上に着飾った琥珀姫の姿が視界いっぱいに映りこむ。
 それだけ近い場所で二人。皆の視線に晒されている。
「……なんですの」
 唇をあまり動かさないようにしているらしい。声も二人だけの特別とわかるささやきで問われて、なるほど過度にならなければ話してもいいらしいと笑みを深める。
「気乗りしなかったけど」
 声も、唇の動きも抑えたけれど。表情までは難しいかもしれない。思えば抑えることが面倒になって、控えめだった笑みがゆっくりと広がっていく。自然に形作られていくその笑みに琥珀姫が小さく目を見張ったことには気付かないまま。
「綺麗なものを見れるなら……来た甲斐が少しはあったもんだな」

 この日のために生きてきたといっても過言ではない日々を過ごしてきたのだ、だからこそ、灯心のその言葉は嬉しいものにほかならない。
 琥珀姫に求められたのは『繁栄のための族長の番』という立場だ。それは幼い頃からそうと決められてからずっと教育という形で施され、物心付く前からのそれで性格さえもそれに準じたものになったのだろうと自覚もあった。とはいえ気付いてからもその道を歩むことを止めなかったのは琥珀姫自身なのだから、それは自分で選んだ道と同じだ。
 望まれた立場を十全に満たすための期待を一身に受けて、けれどまだその身ではないからとただ姫と遇され。ついに今日はそう在るべきと定められた道に入る、最初の日なのだ。
 自分はその期待に答えられる程になったのだと、この儀が最初に示す場だ。これから先の時間のほうが長い事はわかっているけれど、これまでに積み重ねてきた全てを示す最初に、少しの傷も作りたくないからこそ、より気合がこもるというものだ。
 その、今日に。これから先共に歩くと、戻る場所になると決めた灯心にとって、最も鮮烈な記憶となりたいとも思っている。一族の中における役割は与えられた道だけれど、灯心に関することは、伴侶と定められたこと以外は、琥珀姫が琥珀姫として考えて決めたことだから。傍に在るための努力も、立場と大きな乖離が起きない限りという条件はつくだろうが、更に積み重ねていきたいと思う。
「ふふ」
 望んだ桃色の目だけでなく。その笑顔に示してもらえたとおりに。見惚れてもらえたというのなら、琥珀姫だって抑えられなくなるというもので。
「灯心も、よくお似合いでしてよ」
 照れることもなく喜びを示せば、どこか不可解だというように眉尻が下がったのが見てとれた。

 ただ、引き継ぐという行為そのものは以前から進められていた。特に族長とその伴侶に対して求められる行動は教え込まれていて、補助という形で携わることもあった。この儀を終えれば、それらの主体が、つまりは責任の所在が新たな夫婦へと移るのだ。
 すべてが恙無く明け渡せると示されてからは儀のための最終調整が行われていたわけだけれど、結局の所は当人達と周囲の一族の者達の認識をはっきりと切り替える節目であると言っていい。
 ただ、代替わりをしたと周知するだけでもいいという考えがあることは、ハンターとしての活動を、外の価値観を知ることでも理解している。けれど一族を率いる者として皆の納得を得るために必要なものであるし、何より自分達の意識もまた改まると思えば大切なことだ。
(決して、わたくし個人の事情ではありませんわ)
 今更にそんなことを考えるのは、先程の灯心の態度に落ち着かない気分になるからで。たしかに灯心は特別だという自覚はあって、これから夫として唯一になるわけだけれど。なぜかそれ以上に胸の内がざわめくことに集中が乱されるような気がする。
 その先にある、得体のしれない怯えに気付いてはいけないと思っていたけれど。
 これまでは、慌ただしさを理由に見ないふりをしていたけれど。
 向き合わなくてはならないのかもしれない。そう考えていたからなのだろうか?

 時が満ちて、灯心の思考もまた切り替わる。
 儀に決められた次第があるからこそ、この瞬間しかないと思っていた。かねてよりの意思を示す、絶好の機会だと決めていた。
 パァン!
 余韻に浸るかのように陶然と、かすかな衣擦れの音だけが支配していた場に灯心の両手が打ち鳴らすその音が強く響く。
 効果は期待以上。それまでだって視線を集めていたけれど、それはあくまでも新たな族長夫婦に対するもので。たしかに今集めた視線は灯心自身へのもの。今まで幾度となく繰り返されたこの儀に起き得なかった現象が、一族の者達の視線に戸惑いを浮かべさせている。
(子供が悪戯を成功させたときと同じ顔をしているんだろうな)
 なんて自覚とともに傍らの琥珀姫を見れば、彼女も皆とそう変わらない顔だ。なにより驚きが強いようでもあった。彼女にも伝えていなかったことをするのだから当たり前だ。
「さて、と……」
 注目を集めてからの数拍で、場の支配は完全に灯心のものになっている。その確認をしっかりと行ってからの声は皆に届いているだろう。
「じゃ、族長になってまず一つ」
 この立場にならなければ意味がなかった。権限がなければただの若造の戯言と一蹴されるはずだった。口を挟ませる隙を作らぬままに続ける。
「族長の許嫁を一族のジジババで決めるっていうのは、廃止だ」
 先よりも長い沈黙が支配する。
 これまでの儀の中で、抵抗の気配は少しも見えなかった。だからこそ衝撃ばかりが強く、言葉の意味を理解するのが遅れているようで。
「あんたらに決めてもらわなくても、こちとらそこまで不自由してないしな」
 言うべきことを言い切るまでは、誰からも声が上がらない。
 ぐるりと見渡せば、少しずつ理解が広がっているらしい。言葉は出てもどこかしどろもどろで、反論は容易だ。
 何より琥珀姫への対応が、自分の扱いについて言及すれば脅しにもなるからこそ強く出られないことも見越していた。
「……じゃ、このまま決定で」
 沈黙は肯定にする、とばかりに安堵を示す吐息をこぼし。これで心置きなく告げられると琥珀姫へと振り返れば。
「わ」
 静かなまま、ただ待ってくれていると思っていた。
「え、ちょ」
 けれど実際は、声も出ないまま、ただ雫が頬を流れ落ち続けていて。
「まって、待ってください……!」
 何をどうしてこうなったのか。衝撃と戸惑いが過ぎて、考えていたはずの言葉がすっかりと抜け落ちたのだ。

「まって……ちょっと、オレの話聞いて……!」
 琥珀姫の様子が変わっていた事に気づいていないのは灯心だけだったことなど、一連の情報は後で知ることになるのだけれど。
 族長としての最初の言葉に、その内容に一番に反応を見せたのはすぐ横の琥珀姫だった。驚きで息をのみ、そのまま呼吸を止めてまで灯心の言葉を受け止めようとしていた琥珀姫は、徐々に血の気が引いているようにも見えたという。
 一族の皆が意味を理解するのと同じように、琥珀姫の涙は溢れ続けていて。
 灯心の言葉を聞きながら、琥珀姫の涙に気づきながら、しかし立場上大きな反論も指摘もできるはずがない一族の者達は灯心の真意にも気付いていたのだろう。
 それまでの堂々とした態度から一転、琥珀姫を伺う灯心の様子はただの一人の男であった。
 真摯に言葉をかけ、おそるおそる肩に触れ、擦らぬよう細心の注意を払って涙を拭う。
 ただ視線を交わして告げたいと、第三者から見ればその態度が示しているというのに。生憎の琥珀姫は当事者で、その視界は涙に滲んで見通せない。
 突然にもたらされたその言葉の衝撃で驚き、慌て、悲しむ琥珀姫もまた一人の女であった。
 別れに怯える自身をなだめてくる灯心に、続きを聞きたくないと恐れ、けれどやさしい仕草に喜びも見出してしまう表情の変化に、涙に焦るばかりの灯心はなかなか気付けない。
 どうにか灯心の言葉が届いた頃には雫の勢いも落ち着いて、まだ潤む視線が灯心へと向けられる。
 それは見上げるものではなく、跪く灯心を追いかけて。
「では、改めて……」
 ようやくはっきりと届いた声からは、ただ慈しむようにやさしいものしか感じられない。
「琥珀姫、オレのお嫁さんになってくれませんか?」
 誰かに決められたから夫婦となるのではなく、灯心として、琥珀姫を求めるその言葉に、やっと二人の認識が噛み合って。
 止まったはずの涙が再び流れ始めたけれど、灯心がそれに驚く隙はなく。
「そういうことは!」
 答えの代わりに、灯心に差し出された手をかいくぐって近づいて。琥珀姫が今だけは低い位置にある灯心の肩のあたりをポカポカと叩いていく。
「もう少し穏やかな雰囲気で言うものですわ!」
 声には、それまでの雰囲気を占めていたような悲観的なものはなくなっていた。

 新たな族長夫婦は、自分達で選んだ幸せな道筋を歩み始めるらしい。その結果に安堵した一族の者達は、二人に気付かれないように退出している。
「……なんと言えばいいのか」
 先に気付いたのは灯心で、気まずいとその顔に書いてある。琥珀姫ではなくても読み取れるだろうその表情は、けれど今は琥珀姫しか見ていない。
「謝罪なさいますの?」
 悪戯に聞けば、それはないと首を振る灯心。琥珀姫としても謝罪されたらむしろ怒ってしまいそうで、互いの認識が近いことに安堵する。
「では……いいことを思いつきましたわ」
 受け取れない言葉を交わしても仕方がない。けれど先を見据えた言葉なら。真剣な響きに感じるものがあったのか、灯心が居住まいを正す様子に琥珀姫の緊張も高まった。
「灯心。約束してくださいませ。貴方は、わたくしを置いてはいかないと」
 最初の許嫁の時は、今思えば義務感だけだったのだろうと、わかった。
 立場を守ることのみを、相手として、族長となる者に添えばそれで十分だと自ら定められた枠の中にいたけれど。
(灯心との日々は、わたくしを、認識を、心を……変える切欠をくれましたわ)

 先程の自分の心境と、きっと近いのだろうと思う。
 その意識さえも行動より後で、つまりはただの言い訳だ。ただ、灯心が頭で考えるより先に体が動いた。
「ああ、約束だ……!」
 悲しみの涙を喜びの涙に変えてくれた事が嬉しい。
 怒っているように見せてけれど優しい拳の雨には向けられている好意と想いを感じられた。
 だから自分だって行動で示したい。気付けば琥珀姫を大切なものと示すように抱えあげていたし、離しはしまいとその身をしっかり抱きしめていた。
「嫌だと言っても、ずっと連れ回すからな!」
 戻る場所になりたいと言ってくれた君を置いていくつもりはない。共にいれば、そこがすべて自分の居るべき、戻るべき場所になるから。
「……えぇ、灯心」
 琥珀姫が、そっと耳元に唇を寄せてくる。
 ここから先は、二人しか知らない。
「わたくしは、貴方が──」

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

【灯心/男/18歳/霊闘士/在り方だけでなく、居場所を】
【琥珀姫/女/17歳/霊闘士/在り様をみつけて、続きを】
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2020年11月09日

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