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『想いの想い 〜下段構えから面受け脛〜』
不知火 楓la2790)&日暮 さくらla2809

「不知火紫藤流薙刀術極伝、不知火 楓」
 藤の紫花を冠した流派名を不知火 楓(la2790)は名乗り。
「我流、日暮 さくら」
 父の技と母の業、学んだ両者を併せて成したが故の我流を日暮 さくら(la2809)は名乗ったが。
「楓は極伝、なのですか?」
 思わず訊いてしまった。なにせ極伝とは皆伝のさらに上、流派の奥義すべてに加えて秘奥技までもを伝えられた最高位なのだから。
 対して楓は涼しい顔で。
「開祖が父親で、技自体それほどの数はないからね。それに父親は凄まじく娘に甘い」
 包み隠さず語りきり、楓は「行くよ」。
 守護刀“寥”の鯉口を切り、さくらもまた「参ります」。
 かくて両者は同時に踏み出した。楓は前へ、さくらは左へ。


 人の体は内側へはよく曲がり、外側へは曲がらぬものだ。だからさくらは、前に右半身を出した楓の外へ行く。体術を兵法の底に敷いた彼女ならではの必然。
 ポジショニングを取られた。それを察しながら楓は踏みとどまらない。どれほどうまく対処したところで後手後手を後手にできる程度だ。故に今は、抜き打たれる刃の間合を外し、手を打つ時を稼ぎたかった。
 逃がしませんよ。さくらは一歩を踏み止めた爪先で体を返し、体を宙へと放り出した。放物線を描くただ中に抜き放ったのは守護刀ならぬ二丁拳銃。
 オートマチック「ヨルムンガルド」は体術と併せてこそ真価を発揮する銃だ。さくらのためにしつらえられたかのごとき二匹の“蛇”が、その顎を楓へ据える。

 振り込んだ薙刀はさくらの跳躍により、空を斬った。
 うん、わかっていたよ。万が一当たってくれないか、とは願ったけれど。
 胸中で苦笑し、楓はそのまま薙刀から手を離した。
 シャドウグレイブをあっさり手離す――楓の意図が読めない、その動揺がさくらの指を揺らがせ、二丁のトリガーを同時に絞らせてしまう。
 鼻先をかすめていった弱装弾にひやりとしながら、楓はここで身を巡らせた。さてさてお立ち会い、ってやつさ。

 楓の両手に取られた、金と黒に色づく双銃「八峰金華」。
 それは物理ダメージを与えるさくらの二丁拳銃とは逆に、知覚ダメージを与える二丁拳銃だ。
 見事に虚を突かれましたね。得物である薙刀を、さらにあれだけ印象づけておいてこのような手を打つとは。
 楓が銃を使えぬわけではないことは知っていた。しかし、勝負の場へ薙刀を携えて現われ、薙刀術の極伝を名乗った彼女に、知らぬ内乗せられていた。
 悔しいですが、今の私に搦め手であなたと渡り合うことはできませんね。でも。
 体を捻って軌道を逸らし、楓の銃弾をやり過ごしたさくらは、左手の銃を楓の顔へと投じてさらに体を捻る。
 密かにワイヤーで結んでおいた銃は、楓に当たる寸手で止まり、手の内へ返ってくる。ダメージは要らない。自分が地へ降り立つまでの数瞬、相手の目と意識を縛っておければいいのだ。
 搦め手で及ばないなら、凌げるものを使うだけのことです。

 切り替えが早いな。まんまと付け入ったつもりが置いて行かれているじゃないか。
 さくらの意図に楓が気づいたのは、動きを封じられ、着地された後のことだ。
 忍としての仕掛け戦に負けたことへ囚われず、次の瞬間、返してきた。それはさくらが忍の矜持と共に備えた剣士の合理によるものなのだろう。
 迅さできみに追いつける手段は、正直ない。
 楓はさくらの縦蹴りをブロック、弾を撃ち返す。さくらが回避した先へ撃ち込み、さらに撃ち込んでいった。
 考えろ。倍どころじゃない身体能力を持つさくらを追い詰める手を――!
 知覚の攻防に才を持つ楓だが、それ以上の武器はこの賢しさである。だから、考えて、考えて、考えて考えて巡らせる。


 楓とさくらとの立ち合い、切り出したのは楓のほうだった。
 ある日の稽古後、道場を出ようとしたさくらへ楓は言った。
『僕は彼を落とす』
 もちろんさくらは、楓が彼へのアプローチを開始したことを知っている。別に楓が隠しているわけではなかったし、なによりこの不知火邸には、もれなく報告してくれる女傑殿がいるわけで。
『そうですか』
 苛立ちと困惑と疑念、それらがパイ生地のように折り重なってさくらの声音を鈍らせる。
 楓に対する悪意はない。しかし、彼とさくらは対の剣。ある意味で比翼連理と言えよう間柄なのだ。
 まず、思う。これまで指をくわえて見てきただけのあなたが、今さら割って入ろうとは虫の良すぎる話ではありませんか?
 しかし、続けて思うのだ。ずっと彼の後ろに添って、彼に尽くしてきたあなたが、その立場と居場所の快さを棄てて挑む。よくぞ決心したものです。
 だからこそあえて訊いた。
『しかし、そのことをなぜ私に告げる必要があるのですか? それを聞かない内はどうとも応えようがありません』
 本当にまっすぐな人だね、さくらは。
 楓は感嘆を込めてうなずき、言葉を継ぐ。
『彼ときみはふたりでひと振りだから、僕はきみという剣を知りたい』
 今、心に決めていることを語りはすまい。
 心を隠す卑怯を演じたくないからこそ、彼のことを最初に言い置いた。しかしそれ以上余計なものを押しつけたくない。
 いや、それも結局は僕の保身で我儘だ。それを思い知りながら、それでも僕は僕を止められない。
『……立ち合ってくれないか、僕と』
 さくらは楓が隠した思いを察したわけではなかったが、それでも感じるものはある。そう、楓の真剣だけは。
『重ねた友誼をもって受けましょう。対する一時だけは敵(かたき)となって』
『ありがとう』
 楓は深く頭を垂れた。僕は邪だ。でも、こうして真っ向から受けてくれたきみに、せめて僕は僕を尽くす。


 二丁拳銃を両手に取ったふたりがゼロ距離で向かい合う。
 楓の弾に肩を弾かせた反動で体を回転させ、蹴りを突き上げるさくら。
 かわしきらずに自分へ弾を当てたのはこのためか――わずか拳ひとつ分の狭間を昇りくる踵に腕を蹴り上げられ、楓は後方へ噴き飛んだ。さくらと同じく「相手の攻撃を手がかりにして直撃を避ける」を実行したつもりだが、出来映えの差は明白だ。攻め返せる余裕がまるでないし、蹴られた腕は痺れ、拳銃を握っている感覚もない。
 でも、体術で張り合うつもりはないさ。
 肩裏の筋肉を寄せてクッションとし、地へ倒れ込む。
 さくらは二丁拳銃を撃ち込んで彼女を追うが、不用意に踏み込んではこなかった。互いに忍の業を備えた身だ。鬼手を打たれることを警戒するのは当然であろう。それにそもそも追いすがる必要がない。間断なく弾き出される弾は容赦なく楓を追い立て、追い詰めている。
 楓は地を転がる中で左足を振り込み、水面蹴りを打った。もちろん足を掬うためではない。さくらの追い足を止めるためにだ。
 しかし、さくらは止まらなかった。逆に踏み込み、楓の蹴りへ前蹴りを叩きつける。そうなれば当然楓の回転は止まり、その体もまた、止まる。
 果たしてさくらの左右の手が銃口を楓へ据えて。一気に楓を撃ち据える、撃ち据える、撃ち据える。
 奥歯を強く噛み締め、装甲越しに叩き込まれる衝撃に耐えながら、楓は口の端をかすかに吊り上げてみせた。
 考えたくなかったけど、こうなることも考えていたよ。
 撃たれながら突き出した二丁拳銃。狙われたさくらは冷静に爪先を立てていて、どこへ撃ち込まれようと回避する構えだ。いや、実際に回避し、とどめを刺しに来るだろう。それだけの迅さが彼女にはある。
 しかし。
 双銃のトリガーは引かれることなく、銃身は大きく跳ね上げられた。
 かくて宙へ放られた二丁拳銃に、寸毫、さくらの目は引き寄せられてしまう。先のシャドウグレイブで、この手はすでに見ていたはずなのに。

 意表は何度も突けるものじゃない。でも、絶対的優位を得た者はどうしても決め手に気を取られる。そうなれば窮鼠だって猫を噛む好機を見つけられるんだよ。
 楓の体がぐんと跳ね上がった。彼女を押し上げたものは、薙刀「凜月」の石突。
 薙刀を見せ札に二丁拳銃で勝負をかけると見せ、自らがコンセプトデザインに関わった分身を切り札として叩きつける。この台本を演じるために相当の代償を支払わされたが、それでも。
 爪先を地へ突き立て、楓は凜月を突き込んだ。さくらの面へ、喉へ、胸元へ。手首の返しについては父親から特に厳しく――それでも甘く――仕込まれていた。
 曰く、迅さで勝る相手へ対抗するには得物を繰る“距離”を縮めるしかない。それが実現できるのは最小限の押し引きで成せる突きだ。そして徒歩で使う薙刀に余分な反りは要らない。
 その教えがあってこそ楓は、競技用でも馴染み深い反りの大きな静型ならず、尖先ばかりがわずかに反った巴型の刃を凜月に与えたのだ。

 引ききることなく眼前に残り続ける凜月の尖先。
 さくらは下手に動くことができず、受け続けるよりなかった。
 たとえ刃は引かずとも、繰り手である楓は220センチの向こうにある。かわすことで崩れた体勢では、動きを見定めて送り出される突きを受けきれない。
 彼と有り様こそ違えど、これもまた濁ということですか。ならば私も、今度こそ据えましょう。
 さくらは意志を息と共に肚底へ据え、突かせながら寥を斬り返していった。最少の体捌きで芯さえ外せればいい。
 ひとつ、ふたつ、三つ、四つ、五つ。刃を振るうごとに彼女は迷いを、惑いを、恐れを、雑念を、感傷を自らより削ぎ落とし、そして。
 これが、私の剣です。

 さくらが直ぐに踏み出した。
 迅い。しかし、見えぬことはない。間合に勝る凜月ならば、その一歩を押し止めることは容易い、そのはずだった。なのに尖先は自ら道を空けるように逸れて――いや、かわされたのだと知れたのは、踏み込まれた後のことだ。
 色を消して空となる。これがきみの、清剣か。
 こうなれば陰陽で、とは思わなかった。この勝負は刃で結ぶべきもの。しかし応えられる技が楓にはない。
 ちがう。僕にはある。薙刀を取ったその日から、彼の剣を支えるために磨き上げてきた技が。
 これが、彼のための薙刀だ。

 清まされた刃が、吸い込まれるように楓の額を打つ。
 視界が白く爆ぜ、楓の意識もまた千々に砕け散るが、彼女の手は止まらない。
 為すために。
 成すために。
 剣の刃ではけして届かぬ下方、さくらの脛へと凜月ははしり。
 膝から崩れ落ちるさくらを追いかけて追い越し、楓は白底へと沈みゆく。


「さくらの清剣、確かに見せてもらったよ」
 倒れ込んだ衝撃で目を醒ました楓は、ひりひりと痛む額を抑えて笑んだ。防具越しの峰打ちとはいえ清剣の冴えは凄まじく、幾日かは眠れぬ夜を過ごすこととなるだろう。
「私もです」
 こちらは刃背で打たれた右脛を押さえたさくらが応え、顰んでいた眉をゆるめて笑みを返す。
「楓の脛斬りはただの技ではないのですね。剣の届かない死角を埋めるための……彼の濁剣を支ええて守るための、濁り」
 濁りは意識していなかったな。前置いた楓は息をつき、
「僕にはきみたちに並び立てる剣才がないから」
 まっすぐにさくらを見て、静かに言葉を継いだ。
「嫉妬していた。僕ではなりようのない相方になれるきみへ。でも、だからこそ決めたんだ。彼のとなりを託すために、僕は僕を納得させるって」
 それはまごうことなき本音だ。
 楓はこの立ち合いで見定めたかった。さくらの剣の冴えと、心を。それをして渡り合い、通じ合えたなら今度こそ託すことができる。彼のとなりを、この希なる清剣に。
「それ以外もまとめて託してくれてかまいませんよ」
 冗談めかして言い返したさくらだが、そこそこ以上に本気であることは自覚していた。この立ち合いは先に面を打った自分の勝ちだが、勝負自体は楓の想いに負けたものと思っている。しかしもうひとつの勝負はまだ決着がついていない。そう気負ってはみたのだが。
「それができない程度に欲深いからこそ、きみを叩き伏せて思い知らせてやりたかったんだけどね」
 楓の言い様に、張ったはずの気がしゅうと抜けた。
 充分に思い知りましたよ。あなたが彼をどれほど深く、強く想っているものか。
 胸中で言(ご)ち、さくらは片足で立ち上がった。
「まだ目が眩んでいるでしょう? 代わりを務めますので、杖の代わりをお願いします」
「心得た」
 ふたりは互いを支え、帰路へつく。
 ゆるやかに明けつつある日を背負い、ゆっくりと。


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2020年11月09日

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