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『その名を呼んで』
神取 アウィンla3388


「神取さん」
 と呼びかけられて、神取 アウィン(la3388)はふと傍らを見遣った。だが、そこに普段であれば見慣れた横顔は無い。今日は一人の仕事なのだから、考えてみれば当然だった。
「――神取さん?」
 返事が無い事を訝しんだ受付嬢がもう一度、少し大きめの声を張る。ああ、彼女は私の事を呼んでいたのだな。アウィンは得心して応えた。
「はい――すまない。少し、呆けていた」
 そう、今日はSALFの支部に大切な用があり、こうして足を運んだのだ。

 ライセンサーとしての登録名を変える、という重大な任務が。


(――しかし)
 手続き自体はものの数分で終わった。受付番号を発行してもらい、申請書を記入し、提出する。特に登録写真を変える必要も無かったので、IDの再発行手続きは最小限だ。それなのに、入籍と連動して自動で登録名を変えられないのは些かばかり面倒だな、とは思う。

「これは、毎回自分で申請に来なければいけないのか?」
 ふと思ったままに疑問を口にすると、規則ですので……と苦笑交じりの回答があった。それはそうだろうな。彼女に言ったところで詮無いことである。
 こんなものがあるのでご参考にどうぞ――と新しいIDに添えてリーフレットを渡されたので、アウィンはパラパラと捲ってみる。この世界に転移した直後、ライセンサーとして登録した際にも受け取った記憶があるライセンサー全般に向けての説明資料だ。

(もう、2年以上も前のことなのだな)
 内容を子細に覚えていないのも無理ない事だろう。まだ帰るには少し早い時間であることだし、この場でアウィンはリーフレットを読んでから帰ることに決めた。

 そこそこに分量のあるリーフレットだったが、アウィンは一気に読み切ってそれを閉じる。目の奥に篭もった熱を、ふぅ――と吐息と共に吐き出した。
(――なるほど)
 考えてみれば当然のことである。ライセンサーは国籍も、出身世界も異なる。個人名や家名、結婚に対する考え方だって千差万別なのだ。姓と名の概念がある者もいるし、名しか持たぬ者もいる。一括りに画一的な処理が出来ないのは納得するところだ。

(いやはや)
 ノルデン、という家名に思うところが無かったわけではない。むしろ、「家名を背負えなかった」という引け目を感じ続けていたというのが正直なところだ。故郷では常に父や兄と比べられていた。彼らを嫌っていたわけではないが、彼らが居る限り自分は『ノルデン家の次男坊』である。

 あくまで、補佐役。家を代表する者ではない。

 そんな自分自身が、嫌いだったのかもしれない。だからこそ、この世界へとやって来た当初は頸木から解き放たれたとばかりにアウィン・ノルデンとして、一人のライセンサーとして遮二無二に任務に打ち込んでいた。それはそれで充実した日々ではあったが。
(戻りたくは、無いな)
 振り返ってみて、改めてそう思う。

 今の自分と、過去の自分。もちろん連続した自分自身ではあるのだが。やはりアウィンは今の自分自身が好きだし、誇りに思えるのだった。

 だから。
「私は、神取 アウィンだ」
 口の中で、呟いてみる。

 しっくりと来るというのはこういう事なのだろう。話し合って決めたことだが、この結論で良かったなと思う。彼女を慈しみ、支えることで今の私は満たされている。だからこそ、こうして『神取』を名乗ることがやはり必要なのだ。

 見慣れた写真の横に印字された、真新しい名前。並んだその文字すらもが愛おしい。


 物思いに耽っているうちに瞬く間に時間は過ぎ去っていた。せっかく再登録は手短に終わったが、これでは帰りが遅くなってしまう。これ以上は遅くもなれまいと、アウィンは待合のベンチから立ち上がった。帰りには少し甘いものを買って帰ろう。きっと彼女は今日も疲れて帰ってくるのだから。
 そして、今日の話をするのだ。

 愛する人の、その名を呼んで。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご発注どうもありがとうございました。
そして、改めておめでとうございます。

グロリアスドライヴも大詰めですが、こうしてノベルを書く機会をいただけたことに感謝いたします。
戦いを終えたお二人に幸多からんことを。

おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年11月13日

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