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『KIND OF BLUE』
霜月 愁la0034)&文室 優人la3778


 霜月 愁(la0034)は話題のスイーツを求めに久しぶりに横浜駅に降り立った。
 東京ほどでは無いにしろ、人の波の中を誰ともぶつからないように目的地へ向かうというのは一つの特殊訓練のような物で、下手なライセンサーより大手企業に勤めている一般人の方がこのスキルを極めているというのだから『日々是修行也』という言葉も納得だ。
 そんなことをつらつらと思いながら誰ともぶつからずに目的地へと辿り着けた訳だが、そこには既に長蛇の列が完成されていた。
 驚いて時計を見るが、開店30分前であることは間違いなく。ついでにスマホには着信が一件とメールが一件。どちらも文室 優人(la3778)の文字が表示されていることから、恐らく電話をかけたが出なかったのでメールにした、という所だろう。
 メールを開けば『ごめん』の文字と謝罪スタンプが飛び込んで来た。
 緊急招集でもかかったかと予測して読み進めれば、その通りの言葉が綴られていて思わず顔を綻ばせた。

 『電話気付けなくてゴメンね。元々そういう約束だったし、気にせず頑張っておいで』
 満面の猫のキャラクタースタンプ。
 『埋め合わせは、また今度、ね』

 さて、このメールに優人が気付くのはいつだろうか。移動中に気付くだろうか。それとも全てが終わってからになるだろうか。
 猫スタンプを見た優人の反応を想像した後、顔を上げて再度列に並ぶ人々を見る。ひぃふぅみぃ……開店後もしばらく待つことになるだろうことは間違いなく、ここに優人がいれば恐らく期待の方が勝って少しの愚痴と諦めを口にしながらも待つ事になるのだろうけれど。
 並んでいる人々のほぼ9割が女性。マダムから大学生までと年齢層は広い。残り1割の男性は女性に付き合って来た、という雰囲気が全身から漂っている。
(居心地、悪いな……)
 自分のようにお一人様がいないわけでは無さそうだが、男性で、となるとパッと見る限り皆無。
 どうしようかと悩んでいるうちに開店となり、最前列から30人ほどが店内に案内されていくのを見送った。
 残り人数を見る限り、第二陣には入れそうだと見当が付いたため、愁は手にしたままのスマホを操作し始め……そして、開店から一時間程経過した頃。あと4組という所で緊急呼び出しの文字が躍った。

 『横浜近隣のライセンサーへ緊急出動要請。
  横浜赤レンガ倉庫近隣にて複数のA・D・U型SS〜M型、成態〜成熟態が確認。
  至急、現場へ急行せよ。』

「なっ……!」
 思わず声を上げ、列を抜け出すと、タクシー乗り場へと走った。


 その後の事は酷い惨事が繰り広げられた、としか言いようが無い。
 人的被害はもちろんだが、恐らく敵の狙いは建造物の破壊にあったようだ。
 突如、海から現れたナイトメアの一軍は近隣施設への攻撃を開始。
 アサルトコアが到着する頃には瓦礫の山が築かれ、人の身のまま戦ったライセンサー達の多くが負傷する事態となっていた。
 そして何より最悪なのは、S型以上のナイトメア達はアサルトコアが到着したと知るや、SS型を残して早々に撤退。
 後を追うアサルトコアを振り切り、その殆どが逃げ果せたという。
 その報告は地上に残ったナイトメア達をようやく殲滅させることに成功したライセンサー達に大きな衝撃を与えたのだった。

「愁!」
「優人……? え? 何で……」
 怪我人の搬送や、臨時の野外治療所の構築などに奔走していた愁はこの場にいないハズの優人の姿を見て動きを止めた。
「大丈夫か? 怪我は?」
「僕の方は大丈夫だけど……優人こそ、依頼は?」
「俺の方はベテラン勢が一気に片を付けてくれたから、すぐ終わったんだ。そしたらこっちが大変な事になってるって連絡来て……」
「そうなんだ、良かった」
 疲労感を滲ませる愁の笑顔に優人は眉間にしわを寄せた。
「あっちに行かず、愁との約束を優先すれば良かった。そうすれば一緒に……少しでも助けになれたかもしれないのに」
「気にしないで。何より、来てくれて助かるよ。まだこっちは色々残ってて……手伝って貰える?」
「もちろんだ」


 全ての後処理を終える頃にはもうすっかり陽は傾いていて、この時になって愁は自分が昼食をすっ飛ばしていたことを思い出した。
「今日は有り難う。お腹空いたね、時間微妙だけど何か食べに行こうか?」
 愁の言葉に、優人は「あ」と声を上げた。
「そういえば、駅弁買ったんだった。その辺で食べないか?」
 優人が背負っていたバックパックからよく見る駅弁を取り出して愁に見せる。
 予想外の駅弁登場に愁は目を丸くした後くつくつと笑った。
「じゃあ、ちょっと歩くけど、あっちにベンチがあったからそこで食べようか?」
 二人は海沿いの道を歩き、途中発見した自販機で温かいお茶を買う。空いているベンチへと腰掛けたところで、改めて優人は愁へと駅弁を手渡す。
「ちなみに、“ちゃんと包んであって、中身が見えない”っていうのが『駅弁』の定義の一つらしいよ」
「へぇ? よく知ってるね」
「この前テレビで特集やってたのたまたま見てさ。ちょうど来るとき見かけたから思わず買っちゃったんだ」
 確かに手渡されたのはコンビニ弁当では見かけない、紐かけでパッケージングされた経木の弁当箱だ。
「「いただきます」」
 2人揃って手を合わせる。
 紐を引っ張ると簡単に拘束は解け、蓋を外すと、ご飯粒のいくつかが蓋にくっついていた。
 愁はまず蓋にくっついていたご飯粒を箸で器用に削ぎ落とし、口へと運ぶ。
 甘辛く煮付けられ、小さく刻まれた筍を一つ、更に俵型に型押しされたご飯をひとくち掬って頬張る。
「美味しい……」
 温めなくても美味しく食べられるお弁当というのは最近では駅弁ぐらいでしか見かけない気がした。
 いや。駅弁でさえ、紐を引っ張って数秒待つと温まるとかそういう『温かい』『出来たての味』を売る昨今にあって、今もなお常温でそのまま食べられる駅弁を売り続けられている、愛され続けている理由がわかった気がした。
「……ん。焼売うんま」
 ご飯の量とおかずの量のバランスもいい。ややご飯が多めに見えるが、おかずの味付けがしっかりしている為、ご飯が進む。進みすぎて逆にご飯がもう少しあってもいいと思えるほどだ。
 一切れだけ入っている玉子焼きは味も食感も優しく、他のおかずとの緩衝材として調度いい働きをしている。
 何よりひとくちで頬張れるサイズの焼売。これだけで食べても美味しいし、お米との相性も当然いい。
 醤油をつける、辛子をつけるも自分好みに調整して楽しめるし、何より、焼売の頭にちょこんと辛子を載せて、醤油を垂らすというそれだけのことが、何故かわくわくするのだ。
「……なんだか、生きてるって感じがする」
 半分ほどを食べた所で、ほう、と息をついた愁の横で優人がビクリと身体を震わせた。
「……! 愁、気を付けろ。これ、アンズだ。締めに食べるヤツだ」
「え……? うん、見た目からそんな気はしてたけど……?」
「マジか。干し大根の煮付けかと思った」
「いや、ないでしょ……」
「だって、唐揚げの横に普通にいたぞ?!」
 解せぬ顔でペットボトルのお茶を流し込む優人を見て、愁は双眸を細め、視線を海へと移した。

 夕陽が海をオレンジ色に染める。
 11月の海は波こそ穏やかだが、風は陽が傾くたびに冷たさを増して来ていた。
 色づいた落ち葉がカサカサと音を立てて転がっていく。
 緊急避難命令が解除されて数時間が経ったことに加えて、この辺りは被害が無かったためいつもと変わらない風景が広がっている。
 仲睦まじい恋人同志やベビーカーを押す親子連れ、ジョギングに汗を流す人々が目の前を通り過ぎていく。
 しかし数百メートル先の風景は一変している。沢山の被害が人にも建物にも出た。被害総額はとんでもない金額になるだろう。
 しかも、アサルトコアが出動した為、道路そのもの、街路樹といった普段なら殆ど被害が出ないところにまで被害が及んでいる上に――その殆どに逃げられてしまった。
 恐らくSALFは判断ミスの謗りを免れない。
 無力な人々は守ってもらうしか無いわりには、守って貰えなかったと感じた時の怒りのぶつけ方に容赦がない。
 ――それも、生活がかかっているとなれば致し方ない事なのかも知れないが。

「ところで、愁は例のスイーツ食べられたの?」
 ふと、今日の約束を思い出した優人が、箸の止まったままの愁へと声を掛けた。
「あ、それなんだけどね。開店前の時点で凄い行列で。どうしようかなぁと思いつつ並んでたんだけど、結局緊急招集受けて食べられず終い」
 両肩を竦めて苦笑する愁を見て、優人は「なぁんだ」と笑う。
「じゃ、明日とかリベンジしてみる? 愁の都合が良ければ、だけど」
「ほんと? うん、明日は予定ないよ」
 瞳を輝かせた愁を見て、優人もまた笑う。
「じゃあ明日は合流するまで、緊急はひとまず置いておく方向で」
「連絡しあって一緒に向かうとかでもいいかも」
「そうだな。無視するのも落ち着かないし」
 そう言って笑った優人が「あ」と声を上げる。
「ビックリした。何? どうしたの?」
「あのスタンプ、滅茶苦茶可愛かったんだけど、何あれ!?」
 鼻の穴を広げて詰め寄る優人に、予想以上の好評を貰った愁は声を上げて笑う。
「あれはね……」
 スマホを取り出して教えようとして、操作する指を止めた。
「秘密」
「えぇー!! 教えてー! 教えて下さい愁様ー!!」
 愁の両肩を掴んで揺さぶる優人。それを笑って流す愁。
「……そういう意地悪をすると……こうだ!!!」
 愁の残っていた焼売をひょいとつまみ上げて口の中へと放り込んだ優人を見て、愁が「あーーーー!!」と悲鳴を上げた。
「全然食べてない方が悪いんですー。……1個ぐらいいいだろ?」
「良くない!! まだこれから食べるんだよ! あぁ、僕のライスマネジメントが……!!」
「ライス、マネジメント」
 聞き慣れない言葉にモゴモゴと口を動かしながら優人が固まる。
「そうだよ。おかずとご飯を如何にバランス良く食べるか考えながら食べてたのに……!」
 見た目が若く見える愁が不機嫌そうに頬を膨らませる。それが余計に幼く見えて、優人は弟が出来たような錯覚を覚えて思わず微笑んだ。
「ごめんて。でも早く食べないと陽が沈んで寒くなるぜ?」
「そうだね、ちょっと待ってて」
 急ぎつつ、でも、ちゃんと味わいつつ。お茶とのコラボレーションも楽しみつつ。
 たかが駅弁。されど駅弁。その奥深さを堪能して愁は完食すると両手を合わせた。
「ごちそうさまでした」
「はい、ごちそうさまでした」
 愁が手を合わせるのに合わせて、優人も両手を合わせた。
「……美味しい物を食べるっていいね。ちょっと、元気出た」
「それは何より」
 陽はすっかり沈み、頭上には星が瞬き始めていた。
「帰ろっか」
「明日に備えて、ね」
 ベンチを立った優人に続き、愁もその二本の足で大地を踏みしめた。
 「……ところで」と真顔で口火を切った優人に愁は目を瞬かせながら首を傾げる。
「この後19時からオープンのBARに幻のスイーツがあるらしいんだ」
「……あと二時間後か……何処で時間を潰そうか?」
 真顔の優人に合わせて真顔でそう答えた愁に、優人は破顔する。
「いや、実は行ってみたい店があってさ。付き合って貰える?」
「いいよ。何? 猫グッズの店?」
「正解」

 笑いあう二人は禍時と呼ばれる時間帯へと移る街中へと歩き出した。
 ――猫グッズと幻と呼ばれるスイーツを求めて。
 だがそれはまた別の事件へと繋がるとはこの時は露ほども思わずに――




━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【la0034/霜月 愁/ライスマネジメント】
【la3778/文室 優人/焼売を奪った男】


ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 この度はご依頼いただき、ありがとうございます。葉槻です。

 タイトルはJAZZの名盤から持って来ましたが、正直こんな展開になるとは思っていませんでした()
 私の脳内がもぐもぐに負けたのだと思います。ご受納いただけたなら幸いです。
 

 口調、内容等気になる点がございましたら遠慮無くリテイクをお申し付け下さい。

 またどこかでお逢いできる日を楽しみにしております。
 この度は素敵なご縁を有り難うございました。
おまかせノベル -
葉槻 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月16日

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