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『樒』
柞原 典la3876

 なんやねん、この茶番。
 柞原 典(la3876)は同行したライセンサー達の一番後ろに立ち、小さくため息をついた。
 雪の気配のする寒空の下、山門前に立った作務衣姿の僧侶たちがSALFの調査を拒んでいるのである。
「せやから、ウチの寺ではそういう調査は一切お断りします。ここはナイトメアだかなんだか、そういうものが入り込めるような場所やあらしまへん!」
 僧侶たちの気迫を前に、典の同行者たちはどうしたものかと困惑しているようだった。
 開祖には鬼を滅したという言い伝えがある。
 この由緒正しき霊山には魑魅魍魎、物の怪の入る余地はない。
 僧侶たちはそう主張して憚らない。
(毅然とした態度で調査に入れ、ゆう話やったしな)
 同行した自分より経験の浅いライセンサー達では僧侶たちに言い負かされてしまうだろう。
 典は「はいはいはい」と前に並んでいた2人を押し分け、坊守だという若い僧侶の前に立った。
「悪いけど、もう『いる』『いない』って話してる場合やないんですわ。調査や、ゆう話はしましたけど、実際にはもうこれ討伐任務やさかい」
「何……!」
「ナイトメアは確実にこのお寺の中にいます。ほな、中見させてもらいましょうか」

 僧侶たちの間をすり抜け、典は寺院の中に進んだ。
 1000年の歴史のある古刹という事実や、社会一般に信じられている「霊山」のイメージにナイトメアを退ける力はない。
 SALFは僧侶たちがレヴェルである可能性も視野に入れて調査するよう、典らに任務を下していた。
(まぁ、見てる限りそんな感じはせぇへんけどな)
 これは多分、本当に何も知らない奴らの反応だ。
 追いかけてくる僧侶たちの怒鳴り声を背後に聞きながら、典は寺の雰囲気にそんな印象を覚えていた。
 寺の奥からは修行僧らの読経の声が響いていた。
 目指す本丸はその奥にあった。
「ここやな……写真で見た通りや」
 典は漆で塗られた渡り廊下の上に上がると、その突き当りにある閉ざされた扉の前に立った。
 崩し字で何やら「これこれの理由で立ち入りを禁じる」との文言が長々と記されている。
 ここから先は絶対不可侵の霊域として広く知られたこの寺の最深部だ。

「は、話は分かりました。けど、本当にこっから先はあきまへん! この奥は、羯磨陀那(かつまだな)だけしか……!」
 僧侶たちは慌てふためき、顔を真っ青にして典に追いすがった。
 この奥には御廟がある。
 1000年以上前にこの地を開山した開祖が今も生きていると信じられ、一日に二度、その衣食を運ぶ生身供(しょうじんぐ)を行うためにしか扉は開かれない。
 認められた僧侶だけが立ち入りを許され、少なくとも数百年間、貴族や皇族ですらも立ち入りを許されなかった場所に違いない。
 だが典は僧侶らを蹴飛ばすようにして押し退けると、黒檀の扉を開け放って奥へ進んだ。
「仕事なんはお互い様やし。邪魔せんといてや」
 冷たくそう笑う典の向こうで黒漆に金蒔絵を施された閂(かんぬき)が転がり、金茶の飾り房がバラバラに解けて散った。
 背後では転倒した高僧たちが悲鳴を上げていたが、典は振り返りもせず真っすぐに立ち入り禁止の御廟へと進んでいく。

(この宗派のお坊さんらにしてみれば、これって史上最大の狼藉かもしれへんなぁ。だけど多分)
 御廟は窓のない、六角形の形状をした御堂だった。
 捨身飼虎図が描かれた金属の扉の前に立ち止まり、典は大きく息を吐いた。
 ここが最奥。
 中にいるのは1000年の齢を生きた開祖か、あるいは悪夢を振りまく侵略者か――。
(後者や。俺が一番乗りの狼藉者ちゃうやろ)
 典は対物ライフル「EX-」を漆塗りの扉の閂に向けた。
 森閑とした聖地の奥に響く銃声。
 こじ開けられた扉の奥は暗く、長年焚き染められた抹香の香気が染みついていた。
 そして、濃く燻る煙の奥に、錦の衣と絹の帽子を身に着け、五鈷杵と水晶の数珠を手にした人物が座していた。
(……即身仏や)
 典は自分を真っすぐに見据える暗黒の双眼、上下に規則正しく並んだ剥き出しの歯列がミイラのそれであることをすぐに悟った。
 これが本当に開祖のものなのかそうでないのかは判然としなかった。
 だが、即身仏は生者のように日々の着替えと食事とを施され、劣化して朽ちぬように入念な手入れがされているようだった。

(1人やなさそうやな)
 ライフルを構えたまま、典はゆっくりと中へ進んだ。
 次第に暗がりに目が慣れてくると、揺らぐ祭壇の灯明の向こうに、他にも同様の即身仏が並べられているのが見えた。
 彼らは左右各一列に座し、開祖に倣うように経を唱える格好で入滅している。
 そして各人の前に、緑色の植物の枝が供えられていた。
(シキミ……樒や。花言葉は援助する、甘い誘惑……)
 仏壇に供えられるものとしては至極一般的な植物である。
 典は葉の奥に潜んだ六角形の果実がこちらを睨む瞳のように赤い種を微かに覗かせているのを見た。
(それから、猛毒)
 不意に、冷たい風が吹き込み、周囲の灯火が吹き消された。
 聞こえてきたのは、歌うように読経する、何人もの人物による「声明」の声だった。
(……! 耳鳴りが)
 典はツーンという耳を突く感覚を得た次の瞬間、御廟の暗がりに肉体を持った僧侶たちの姿が浮かび上がるのを見た。
 抹香の強い香気の中、声明の声が大きくなっていく。
 視界がぐらつき、強い眩暈が襲ってきた。

(幻影……幻覚や)
 典は耳を押さえながら、静かに大きく呼吸した。
 錦の衣を纏った僧侶たちは立ち上がり、経を口ずさみながらゆっくりと典に近づいてきた。
 ここに捕らえられた者が僧侶や信仰の厚い者であれば、これを「霊験」と考えたかもしれない。
(あかん、力入らへん)
 ライフルを握る手の感覚が鈍くなっていた。
 足元からは樒の枝が伸び、体に纏わりつく。
 正面から、あの「開祖」と思しき僧侶が典に歩み寄る。
 そしてその手を、典に向けて伸ばした。
(ああ……)
 典は揺らいでいく意識の中、僧侶の目を見た。
 黒い瞳の奥に、微かにあの樒の赤が揺らいだ。

(ああ、獣の色や)
 急に、スイッチが切り替わったように典の意識がクリアになった。
 ライフルの引き金に力を込め、迷わずに撃ち放つ。
 僧侶の姿が暗闇の中に倒れ、人でないものの悲鳴が上がった。
「残念やったな……そういう『毒』は、最後まで隠しとくもんやで」
 典は痺れの残る唇を釣り上げ、嗤う。
 御廟の中に、氷の楔が降った。
 頭上から無慈悲に降り注ぐ阿迦奢は、人ならざるものの幻影を貫いた。
「さぁ。正体見せてもらおか」
 濃く渦巻く抹香の香気の中、再び幻影の奥から響いた悲鳴。
 上空から降り注いだ天罰の一撃がその背を貫き、縫い留める。
「これで、仕舞や」
 カッと剥き出しにされた真っ赤な牙が見えた。
 振りかざされたマインドリーパーの大きな刃がその首を斬、と叩き切った。
 幻影が晴れ、そこに見えたのは切り刻まれた樒の枝と、バラバラに砕けて散った何体もの高僧たちのミイラだった。
 そして大鎌の一撃にとどめを刺されていたのは、真っ赤な体毛を持つ、狒狒(ひひ)のような姿をした毛むくじゃらの生き物だった。

「ああ、雪や」
 外に出た典は、散り残った紅葉に小さな白い結晶が舞い落ちるのを見た。
 僧侶たちは典の姿を見ると、皆きまり悪そうに下を向いていた。
 初雪の気配と共に、この地を騒がせた悪夢が1つ覚めたのである。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、柞原 典(la3876)さんのお話を1から作らせていただいております。

舞台は、とある由緒ある古いお寺です。
何かどこかの宗派の総本山的な感じですが、一応架空のお寺と思ってください(笑)
典さんはみんなが躊躇うような場所にもクールに微笑んで入っていって敵の首取って帰ってきそうだな、というイメージがあったのでそんな感じで書かせていただきました。

改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年11月17日

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