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『戯れの代償は酷く甘苦い』
LUCKla3613

 ハロウィンに盛り上がる街からの帰路。
 LUCK(la3613)は頭に被ったメカカボチャをリズミカルに点滅させつつ、賑やかに逃げ惑うふたりを追いかける。
 問題は捕まえた後にどうするかだなと息をついた、そのとき。
『……こんなところで会うとは奇遇だな』
「さて。斯様な南瓜頭は見知らぬが。どこぞで会うたか」
 LUCKが通り過ぎようとしていたフレンチレストラン、そのテラス席に座したその女は、向かい来るメカカボチャへ薄笑みを傾げてみせた。
 褐色の肌をゆるやかに波打つキャラメルブロンドで飾った麗人。
 なにかしらの術でも遣っているのだろうか。周囲の誰ひとり、この“黄金”の輝きに気づく者はない。
『どのようなおまえも美しいが、やはりおまえの黄金はこの上なく美しい』
 正直なところ、LUCKは驚いていた。自覚していた以上に自分は人間であったらしい。顔を隠した勢いで、これほど臭い台詞を唱えられてしまうとは。
 そんな自分に思わずげんなりしてしまうLUCKだったがしかし、これはただの本音なので恥じらいも悔いもしないし、取り下げもしない。ましてや女――黄金の依代へ宿ったエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)から目を逸らそうはずがない。
 かくなる上はイシュキミリにも、これが俺だとあきらめてもらうよりないな。
 堂々と立ち続けるカボチャ頭にため息をつき、指先で自分の向かいの席を示した。
「汝(なれ)に人目が集っておる。其により妾まで晒されてはかなわぬわ」
『すまん。すぐに脱ぐ』
 こうしてメカカボチャを分離収納したLUCKなのだが……別の意味で、主に女性の目を惹きつけるようになったことは特に記しておこう。


「俺はもう菓子を持っておらん。こうなればしかたない。甘んじていたずらを受けよう」
 なんともうれしげに両手を広げたLUCKへ、イシュキミリはやれやれかぶりを振って、
「未だ南瓜の性(しょう)が抜けておらなんだか」
 ソース・ノルマンドというらしいクリームソースをかけた魚介――ここではメバル――を肴にゆったりとカルバドスを味わう彼女。
 本体ですらない依代とは信じられんな。思ってみたLUCKだが、すぐに改めた。俺とて義体でも存分に味わえるし、満たされる。依代遣いのイシュキミリなら言わずもがなだ。
 彼女と同じカルバドスを舌上へ乗せ、林檎の香を噛み締める。うむ、うまい。
 なにやら満足げなLUCKの様に、イシュキミリは小さく息をつき、
「悪戯はそれこそ性に合わぬが、なればせめて戯れようか、グリーンフィールド殿」
 唐突に姓を呼ばれたLUCKはその意味を図りかね、眉根を下げた。これはなにかの謎かけか? 万一、名を呼ぶほど近しい間柄ではないとの宣告だったなら……それは時間をかけて距離を詰めるだけのことだ。なにひとつ問題ない。
 思考の後半部がポジティブ過ぎるのは、諸々の大問題を抱えたイシュキミリと向き合うために心の強さが必要だからというとにしておいて。彼女の言葉が謎かけであるとしても、解くための手がかりがまるで思いつけない。
「俺を姓で読んだ理由を教えてくれ。ちなみにひとつだけ思いついていることはおまえの俺への親しみが俺の自覚より薄いからではないことだ」
 丁寧に予防線を張るLUCK。
 その周到さもまた、天然ぶりと同じく彼の有り様なのだが、息をつかず、早口に言い切ったあたりも含めてさすがにいじましい。
「……ま、此で悟れは妾も拙きに過ぎた」
 イシュキミリは小さくかぶりを振り振りLUCKをなだめ、言葉を継ぐ。
「共連れを名で呼ばわっていた故な。其を揶揄してみたばかりのことよ」

 定位置に戻っていたLUCKの眉根がまた下がる。
 あのふたりを、名で呼ぶ?
 ありえない。ありえないはずなのに。思い返してみれば、確かに自分はふたりを名で呼んでいた。
 彼が呼ぶ他者の呼称は基本、姓である。名を呼ぶのはそれだけ関係を深めるか、もしくはファーストネームしか持たぬ者に限る。
 故に、先ほどまで共にいたふたりの内のひとりは、会ってまだ間もないことから姓で呼んでいるし、もうひとりに至っては姓ですら呼んでやっていないのに……
「そういえば、どうしてだろうな。双子だから、ということはありえんし、無意識ならますます普段の呼び名で呼ぶだろう」
 悩むLUCK。考えれば考えるほどに自分の行動が不可解でしかなく。しかもだ。
「今、幾度か口の中であのふたりの名を唱えてみたが、まるでしっくり来ない。……俺の知らぬ昔、あのふたりとなにかしらの縁があったのだとしても、名を呼んでいたとはどうしても思えん」
 心の片隅、奇妙な引っかかりを感じつつもLUCKはイシュキミリの表情を窺った。彼の消えた過去を知っているのだろう“黄金”を。
 しかしイシュキミリは薄笑みを崩さぬまま、平らかに言い切るのだ。
「汝が斯様に思うならば、其はまさしく正しき解であろうよ」
 と、彼女はかすかに笑みを歪め、
「興じたは妾、故に此ばかりは言い置こうか」
 常であればそこにあるチャーチワーデンを取ろうとして指を空振らせ、イシュキミリはほろ苦い表情をしてみせた。
 かくてLUCKは悟る。この話は彼女にとって、ルーティーンを踏んで弾みをつけたいほどのものなのだと。そしてそうであるということはすなわち、彼にとっても相当な意味を持つものなのだ。
「己が昔に追いつかれたらば足を引かれよう、其は枷と成り果て、先にある本懐より汝を遠ざける。故に囚われるな。前ばかりを向いて行け」
 LUCKには、イシュミキリが言葉に込めた意味を理解できなかった。なぜならこれは、喪われた過去に根ざしたものであるからだ。
 しかし、あえて訊き重ねるつもりはないし、わかった気になるつもりもない。
「おまえが伝えてくれようとしていることは、記憶のない俺では察しようもない。だが、俺はおまえの心遣いを裏切るような真似をしたくないのでな――と、すまん。回りくどかったか。要約すれば『わかった、そうしよう』ということだ」
 生真面目に言葉を返したLUCKに、イシュキミリは面の平らかさを崩した。やわらかに笑み、その髪先を指先でなぜる。
「とどのつまり、いずれ汝が昔は其の足下へと追いつくのであろうよ。しかし、忘れやるな。汝が光は常に先を照らしておるものと」
 鉱石であるはずが実にやわらかくあたたかな指先から、イシュキミリの慈愛が染み入ってくる。
 ああ、俺は慈しまれるまでの存在にはなれたらしい。しかし、俺が欲しいのは慈しみではなく、もっとこう、剥き出しの情だ。つまり有り体に言えば、俺は――
「よからぬことを思いやるな。伝わり来ておるぞ」
 LUCKはぎくりと跳ね、あわててイシュキミリの指から髪を離す。いつの間にか義体の内を巡った思考という名の電気信号が、金という高電気伝導物質へ流れ込んだらしい。
「勘違いするな。こんなことを思うのはおまえにだけだ」
 微妙な錯乱状態にあるらしいLUCKへ苦笑を返し、イシュキミリはどこからか取り出したチョコレートの小袋を彼に差し出した。
「菓子をやる故、悪戯は控えておとなしうしておれ」
 これ以上失言しないよう言葉を慎み、LUCKはチョコレートを口に入れる。
 一気に解けた甘みと苦みの重なり具合、まさに今の彼の複雑な気分そのもので……LUCKは眉を困らせるよりなかった。


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2020年11月18日

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