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『美しき日々』
桃李la3954

「……たまにはこうして、のんびりと……」
 うららかな陽の光がもたらす温もりに、気の緩んだ桃李(la3954)の口元からは思うままが零れ落ちていた。
 広縁に設えられた一人がけソファにだらりと身を委ねる。外は日中でももう寒さを感じる時候だが、こうして屋内で日差しだけを堪能していれば十分に暖かかった。そこから見渡せる、外に広がる景色は見事な紅葉である。
 ここまでの一面の紅葉の景色を拝むにはそれなりの道行きが必要だったが、十分にその価値はあっただろう。いや、こうして落ち着く場所を与えられると、それまでの疲労感すら含めてご褒美とすら言えた。美しい景色と静かな空間の中で感じる眠気は心地よい。何がいいって、このまま眠りに落ちたところで今日の計画に何の障りも無い事だ。ただ一日という時間が過ぎるのを待つだけでも必要になる作業のほとんどを、この旅館という場所では勝手にやってもらえる。
 まどろみに包まれながら、ソファに凭れ、見上げるように景色を堪能する。そうして見る紅葉は陽の光が透けて輝くようだった。ちらちらと緋い光を瞬かせながら揺れる葉に、何か既視感を覚える。
 ……ああ。
 思ってすぐにそれが、彼が幾度となく戦場で描いてきた蕾の事であることに思い当たった。爆ぜて咲く、一瞬だけの焔の華。その輝きに似ているのだと。
(戦いの間は落ち着いて眺めてる暇なんてないけどねえ)
 そう思ったら、くすりと笑みが漏れる。
 休暇に旅行に来てまで戦いの事が頭から離れないのか……と言えば、彼のこの場合は違うのだろう。ただ純粋に、紅葉も咲き乱れる赤も、等しく美しさを感じるものとして並べてみたに過ぎない。
(丁度いいから今ここで並べて見比べてみようか……ってのは、流石に不味いよね)
 破壊的な被害を出さないようにしたところで爆音と衝撃は十分に迷惑だろう。飄々と生きる彼だが、勿論分別はある。想像だけに留めておきますかと、桃李は一度、目に焼き付けるように再び紅葉に見入ってから、ゆっくりと目を閉じた。

 目を覚ますと、秋の陽はすっかりと傾いていた。夕陽の中、先とはまた違う燃えるような光景に目を細めながら、ソファで眠っていた身体をぐぅ、と伸ばす。
 時計に目をやれば、景色から考えていたほどの時刻でもなかった。夕食まではもうしばらくあるか、と、桃李は風呂場に向かう事にする。露天の大浴場もまた、室内とは違う、紅葉の、遮ることない絶景を拝めるようになっている。雄大な景色に解放感を味わいながら身を清め、少し熱めの風呂に浸かると、ひと眠りで怠さを感じていた身体がすっきりしていく。
 満足して部屋へと戻り、湯上りの火照りが落ち着いてきた丁度そのタイミングを見計らったかのように、食事の時間だと告げられた。
 運ばれてくる料理は山間の旅館に相応しく、素朴ながら丁寧で確かな技術が感じられるものだ。山菜に川魚、肉のたたきに野菜の煮物。その他細々と。シンプルに見えて味はそれぞれの素材を引き立たせつつもしっかりと付けられていて──これが実に、酒が進む。
 一口味わっては盃からちびりちびりと酒を嗜む。
 食事を終え、膳を下げに来た女将を見送ると、酒だけ持って再び広縁へと移動する。
 ……秋の夜長、だ。陽が落ちて、食事を終えて。それでも、昼寝もしたおかげでこの静謐な時間を楽しむ余裕はたっぷりとある。
 贅沢な時間……というよりむしろ、時間を贅沢している、といった心地だった。
 紅葉は今、月の光を浴びてごく控えめにその彩を主張している。幽玄なその景色を肴に、酒を舐める。
 夜風に揺れる葉擦れの音。さらさらというその音色は今日、何度か聴いたものだ。
 午前、快晴の元でも肌寒さを覚える山道で紅葉の下を歩いた。
 午後、広縁から景色として広がる紅葉を見た。
 夕。空を染め上げる夕陽と紅葉のコントラストを開放感ある露天風呂から眺めた。
 そして、今のこの光景。
 おおよそ堪能できる限りの紅葉を、秋を味わい尽くせたと今日を振り返り満足して、それがまた酒の味を美味くする。
 ふとした思い付きだったが、思い切って足を伸ばした甲斐はあった。休息はその気になればいつでも取れるだろうが、景色を楽しむ、となるとそうもいかない。
 人の都合など省みず、時は移ろい、過ぎていく。自然を相手にするならば、こちらが合わせに行くよりほかない──そう、たとえ、人類とナイトメアの命運を決める戦いがすぐそこに控えていようが、だ。

 思い出したそのことに、桃李は薄く笑みを浮かべた。意識的に休暇を取ることを決めた中、その事を積極的に忘れるつもりでいたかと言えば、そうではない。むしろ世界を取り巻く禍もはっきりと認識しながら、このような穏やかな時間に浸れる己こそを楽しんでいる節すらあった。
 そして、それは彼が殊更特異というわけでもあるまい、と、桃李はそのように考える。
 何故って……こうした旅館が、今こうして、普段と変わりなく営業していることがその証左じゃないか、と。
 人と悪夢。互いに狂騒の様を隠しもせずに屍を積み上げるその戦いの裏で。戦禍の及ばぬ場所はこうして、無関係とばかりに日常を続けている。
 何も間違いではない。離れた場所の死を嘆き粛したところで、何の足しにもなりはしないのだから。誰かが日々の営みを停滞させないこともまた、これからを思えば必要な事だ。
 盃を傾ける。月明かりが照らすそれに、己の顔が写り込む。
 そこに……思い出す。おそらく普段と何も変わらぬ態度で己をもてなした女将の事。時折に気配を感じ、すれ違った、寛ぐ他の客たち。
 誰かが今どこかで悲鳴を上げていることも。
 明日にも世界が終わるかもしれないことも。
 知らずに居られるわけが無いとしても。
 鈍感にそれらから意識を逸らし、未来が来ることを信じて毎日を積み重ねられるのは、きっと人の強さでもあるのだろう。
 嗚呼。
 自然は美しい。そして、人は興味深い。
 これぞ日常。休暇の時間。
 楽しいものをただ楽しいと享受する、愛しきひととき。
 だが。
 ふわりとそこで、欠伸が零れる。まことに名残惜しいけど、そろそろお開きの時間とすべきだろうか。













━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
またのご発注有難うございます。凪池です。
ギリギリまでお待たせして申し訳ありませんでした。
今回もお言葉に甘えて好き放題やらせていただきました。
日常回。良いですよね。世は絶賛最終決戦の結果待ちですが(
いやあ、そこ突っ込むの野暮でしょ、と普通は思うところなのですが、桃李さんなら敢えてそこに踏み込むのも面白いかなと、ふとそんな魔が差してこんな仕上がりになりました。
楽しんでいただけましたら幸いです。

改めて、ご発注有難うございました。
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凪池 シリル クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月20日

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