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『隣の日常は私の非日常』
桃簾la0911)&磐堂 瑛士la2663

 その光景を目撃したときは全く気が付かなかった。ただ着崩してはいるが襟を縁取った金色のラインを見てその制服が自分達の高校のものだと分かったくらいである。似ていないことは一目見ただけで理解出来た為、特別地味という程でもなかったが少なくとも遊んでいるようには見えない、その男子生徒もやることはやってるんだという発想が過ぎり、すぐさま真っ当かもしれないと思い直した。自分達と同じ学校の男が、綺麗な女の人を連れて歩いているのが見えたというただそれだけの話。なのに、何となく気になった訳は、二人が歩く姿が自然に思えたから。ちぐはぐなのに絵になり、ひたすら部活に没頭しささくれだった心が癒される。単純にそれだけだったら二、三日もすればもうあの二人の顔は分からなくなっただろう。そうしてあっという間に風化する前に焼き付いたのは翌日に登校して自分の席に腰を下ろす際にふと教室を見回して昨日も見たばかりの顔を目にしたからだった。――正直、何とか苗字を覚えていたくらいで呼んだことはないかもしれない。そもそもこんな人いたなあ、くらいの印象しかなかったので、最初に気が付かなかったのも当然といえる。そんな彼の名前は、磐堂 瑛士(la2663)というらしい。耳馴染みのないその名前を脳内で反芻しつつ、ちらとその顔を見遣る。中肉中背で特別に美形でもなければ不細工でもなく強いていうならば平凡の一言に尽きた。もしも仲の良い人だったら普通に何かの話ついでにあそこで誰か、綺麗な女の人と歩いているのを見たんだけどと突っ込むことも出来た筈だ。そもそも何か意識しているだとかあの女の人と接したいだとか考えているのではない。ただ純粋に二人がどんな関係なのか知りたい。退屈でありふれた日常の暇潰しに。かくしてストーカーちっくな密かな調査が幕を開けるのであった。

 隅の席に座っている為、気を抜くと教室を出る瞬間も見逃してしまいそうだ。彼が座っている方向は見ず必死に耳をそばだてる。やがて彼は立ち上がると、鞄を背負って、ひっそりその姿を消していく。何でもないですよという顔で無駄にスマホを触っていたが頃合いだと同じようにすると、彼が行ったほうの扉から出て今日は部活もなく一斉に下校する群れに紛れてしまいそうな背を確かめつつ、後を追いかける。勿論尾行なんてしたことないので追いかけるのも一苦労だった。立ち止まったと思えば、ゲーセンの前で、中に入らずにまた歩き出す。お嬢様というか物語の世界から飛び出したお姫様のようにも見える女の人には俗っぽい場所は似合わない。尚追い続けていると、彼はとあるマンションの前に到着し今度こそ入っていった。低層ながらいかにも高級そうなそれに臆し足を止めれば入り口の前にあるアネモネのレリーフが目に入る。タウンコート【花一華】の文字が見えるも何て読むかは分からない。一度怖気付きそれだとここまで尾けてきた意味がないと思い直し、踏み出した。家が分かっただけなら大したことないが、そうではないなら初日から収穫があったことになるわけで。部外者が入れるだろうかと考えつつ自動ドアを潜った瞬間、鼻先が赤くなる寒さを眠気を誘う暖かさが上書きする。ふと気が緩んだところで、あの背中が見当たらないことを知った。すぐ視線を右往左往しても彼は勿論、ひと気自体ない。その代わりロビーの一角にカフェの字がひっそり出ているのが見えた。まさかこのお店の常連とか? よぎった想像はあながち間違いでもない気がしてコートの前を合わせ制服を隠すと更に髪型も崩して、行くことにした。小気味いいベル音の直後心地良い声がいらっしゃいと言って、見れば、老紳士が一人カウンター内にいる。看板には店名が書かれていなかったが隠れた名店だとネットで評判なのか、七割程の座席が埋まっている。辺りを見回して彼の姿を探したがそれらしい背中は全く見当たらなかった。仕方がないので一先ずはこの建物に入っていったことを収穫にし調査はまた後日と己の都合にいい結論を出しカウンター席に腰を下ろすことにする。その気さくな店主さんは来た客が初見かすら把握済みで優しく話しかけられ、出されたメニュー表を受け取り、思わず目を見開いた。今までに行ったカフェのどこよりも明らかに安い価格設定には胡散臭さを感じ取る。とはいえこれだけ客が入っている以上は疑うのも野暮というものだろう。店主のオススメと手書きで添えられている、オリジナルブレンドの珈琲とケーキを選び、ごゆっくりとの言葉を残して奥に消える店主さんを見送ると、ジャズ風のアレンジのBGMに耳を傾けつつ、穏やかなひと時を楽しむ。いつの間にやら目を閉じていたが、
「ほら、早く飲まないと冷めてしまいますよ」
 凛と澄んだ声が鼓膜に優しく触れて、少し傾いていた頭を上げて目を開けば、隣の席に先程までいなかった筈の女性の姿があった。まず後ろで結った鴇色の長い髪が映って次に白い肌、そして黄金色の瞳まで行き着くと心臓が止まりそうになった。一目見ただけで忘れられない程印象的な人。昨日遠巻きに目撃したあの女性である。不躾に見返しているにも拘らず彼女は全く動じずに「さあ」ともう一度こちらの手元を示す。そこにはいつの間にやら置かれていたらしい珈琲が湯気を煙のように軽く燻らせている。慌てて頭を下げ、それを手に取れば熱過ぎず両手で抱え持っても、程良く手のひらを温めてくれて息をついた。一口飲めば、芳醇な味と香りの両方を楽しめて体の芯までも温めてくれる。と、不意にくすと小さく笑うような吐息を漏らした音がした。恐らく笑っていたのは探していたあの女性。その彼女は涼しげな表情で目の前の珈琲を飲んだ後、続いて何かケーキらしきものを両手にそれぞれ持ったスプーンとフォークを使いすらすらと迷いもなく切り分けていく。それはさながら晩餐会に呼ばれた淑女のそれだ。不意に横目で黄金色の目がこちらを見た為心臓が跳ねる。彼女は何もなかったかように前を見て一口大のケーキを食べ、唇を軽く拭ってから背もたれのないカウンターチェアに座ったまま、体ごと向き直った。
「わたくしの顔に何かついていますか?」
 その言葉を聞いてひやっとするものがあったが声はあくまでも穏当なものだった。もしも不快になって、眉宇を潜めようものなら、それはそれで美人特有の迫力を感じ、惹かれるのだろう。綺麗なものにはそれだけでも抗い難い魅力を感じるし、同時に気圧されてしまい落ち着きがなくなる。彼女とクラスメイトの彼の関係を知りたいというところからスタートしたものの、本人に近付く気なんて、毛頭なくて、吃りを発揮しながら視線を外した。すらっとして見えて胸が大きいのが俯いた際に判り、なんだかやましいことをしているような気分になる。さしもの女性もそろそろ不審がって警察沙汰になるかもと良からぬ妄想が膨らんできたところで一つの足音が段々近付いてくるのに気付く。いっそ自棄になって逃げ出そうかなんて考えもしたが、急に名前を呼ばれて冷静さを取り戻した。女性とほとんど同時に振り向けば目の前には小走りに歩み寄ってくる男性がいる。その正体は先程入り口で見失ったクラスメイト――磐堂くんに間違いなかった。
「ここにいたんだ、桃ちゃん。僕はてっきり、上まで迎えに行くもんだと……」
「それでわざわざ階段を使って上に? それは何とまあご苦労でしたね」
「だって、故障中なんて聞いてなかったから」
「わたくしは瑛士の事をここで待つつもりでしたし敢えて連絡することでもないかと思い省きました」
 何やらぽんぽんとテンポよく会話が進んでいく。一連の内容を鑑みるに彼女、桃ちゃんと呼ばれている女の人はこのマンションの住人で、磐堂くんは会いにここに来たということらしいとは漠然とながら飲み込めた。女性を挟む形で隣の隣の席に磐堂くんは腰を下ろすと、マスターと気さくに声をかけつつ手を上げて、挨拶をする。店主の老紳士は初見の客からしても話し易そうな人物だが何か馴染みのような空気を感じた。
「……もしかしてだけど、エレベーターが壊れたのって桃ちゃんが原因だったりする?」
「わたくしは悪くはありません。悪いのは悟です。エツコに大量の新作グッズを買わせたせいで、ぶつかってわたくしがボタンを触ってしまったのですから」
「それ自主的なんじゃあ……いや何だろ、凄く張り切りそうなイメージだけど」
「今日中には直る予定なので、心配は無用ですよ」
「ほんとこのマンションの住人は変な人ばっかりだよねー」
 もしこれが漫画の世界だったら吹き出しにアルファベットで表現されそうな乾いた笑い声を磐堂くんは響かせる。その言葉に流石の彼女もむっとしたようで「それはわたくしのことを言っているのですか?」と眉を吊り上げるも、こちらから見て逆側の隣に座る彼を見返す為に横顔を背けて全く見えなくなる。とすっかり傍観者のていである種の漫才じみた応酬に耳を傾けていたのに唐突に名前を呼ばれて、驚いた。それも磐堂くんではなく、桃ちゃんと呼ばれた女性にだ。振り向いた彼女の髪がさらり肩口を流れる。
「放ったらかしにしてしまいました。ところで貴女は瑛士の友人ですか? それとももしや――」
 何故か納得したようにそう言われ、反射的に大きな声が出た。彼女は目を丸くし、磐堂くんは、
「そんな全力で否定しなくても……」
 と少し傷付いたような表情になった為咄嗟に謝罪を口にする。すると「冗談冗談」と顔が見えるように、こちらを覗き込むようにしつつ磐堂くんは笑う。全く話したことのない、特別印象にも残らない謎のクラスメイト。そうした印象が覆ると同時に空気感も変化し気が変わって直接知りたいことを聞いてみたくなる。ズバリ、二人はどんな関係なのかを。けれども返ってきた答えは単純明快だった。
「え? 普通にご近所さんだけど?」
「ええ。瑛士の言う通り近所に住んでいる友人ですね。同じライセンサーでもありますから、海外に行く際にも随分世話になっていますが」
 さらっと言われた言葉に目が点になる。と、そんなリアクションを受けて彼女は気まずげに視線を外す。というか磐堂くんのほうに目を向けたらしかった。
「瑛士、ごめんなさい。失言でしたか?」
「いや、平気だよ。噂をばら撒かれたらちょっと困るけど、まあそんなことはしないでしょ」
 話したことはない筈なのに何故だか妙に信頼されていて一瞬天邪鬼な発想が脳裏にちらつくも、それ程酷い人間にはなれないし、なりたくもない。しかし、ライセンサーなんて別種の世界の住人がこんなにも身近にいるとは思っておらず驚いた。と、そういえば何か約束していたのでは、と思い至りその旨を言うと二人は顔を見合わせる。曰く近くに新しく出来たジェラート系のメニューが充実するお店に行こうと待ち合わせをしていて一分でも早く行く為にと一旦家に帰らずに制服のまま来たとのこと。お構いなしにと付け足せば二人はすぐに立ち上がった。忙しないなあと苦笑するマスターにいつの間にか食べ終わっていたメニューの料金を払っている。何となく皿に目を向ければ少し濡れていて、アイスケーキだったのを知った。暖かめの部屋で食べるのはオツなものだがそれにしては食べ過ぎなのではと思う。
「それじゃ僕達はこれで失礼するね。また明日学校で……って、今まで喋ったこともないのに言うのもなんだけど」
「瑛士とこれからもよしなにどうぞ。あ、それと――」
 立ち上がり、一度は去りかけた彼女が不意に足を止める。そしてその唇から零れ落ちたのは桃ちゃんと呼ばれていた彼女の名――桃簾(la0911)という耳に馴染みのない響きと今更に気が付いた額の紋様にその素性が放浪者であることが窺えた。何処かちぐはぐなのに噛み合うという印象はもしかしたら見た目でなく生まれ育った環境が異なるからと、ふとそんな考えが思い浮かぶ。確かめるには既に遅く、背中が遠く見えているだけだが。想像とは違うが、ある意味ではそれ以上の調査結果にぼんやりしていると不意にマスターに声を掛けられ、サービスと先程桃簾さんが食べていたアイスケーキが微笑みと共に差し出された。その内ここに通いたいし学校に行ったら磐堂くんに話しかけてみるのも悪くないかもしれないと、そんなことを思って一口頬張ったそれは甘くてとても美味しかった。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
ちょっとモブの自己主張が強いかなあと思いつつも
お二人が一緒のイラストを拝見していて他人からは
どんなふうに見えるのかなと思ったのでモブ視点で
緩めな日常のエピソードを書かせていただきました。
後桃簾さんの名前は本名ではありませんが、それは
モブには分からない情報なので見た目や名前が
日本人っぽくはない=放浪者だくらいの緩々な
ニュアンスです。最初は何かあって店員としてお手伝い
している桃簾さん(コスプレの代わりに制服着用)とか
考えてましたが、尺の都合で普通にお客さん的な感じに。
瑛士くんとのあれやこれやはないつもりです。
今回も本当にありがとうございました!
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グロリアスドライヴ
2020年11月20日

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