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『殺処分』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)がヴァージル(lz0103)決戦で肩を負傷し、入院しているときの話である。

 グスターヴァス(lz0124)が花を持って見舞いに来た。
「すごく綺麗な花があったんですが、止められました」
 そのライセンサーの名前を告げる。
「へえ、幹事が」
 典が参加した忘年会の幹事だったことから、「幹事」と呼んでいるライセンサーである。そう言えば、グスターヴァスと仲が良いのだったか。
「何の花?」
「シクラメンです」
「ああ……」
 「死苦」という事で縁起が悪い。幹事は天邪鬼だとは聞いていたが、典に言わせればそれほどでもない。至ってありきたりな範囲のひねくれ方だった。どこの集団にもぎょうさんおる。
「幹事もおもんないわ」
 という事で無難な花にしたらしい。それが何の花かはもう典には興味なかった。おおきに、と形ばかり返す。グスターヴァスが満面の笑みでシクラメン持ってきたら面白かったのに。甲斐甲斐しく周りの片付けをしたグスターヴァスは、改めてベッドサイドのスツールに腰掛け、典が治療を受けている間のことを話して聞かせる。
「ヴァージルの遺体は燃やされました」
「さよか」
 火葬とは言われなかった。殺処分された動物と同じ扱いなのだろう。彼は人類によって「処分」されたのだ。
「もう、あの顔の人間はこの世にありません。故人のご遺体も顔面が損壊していますから……」
「さよか」
 死んだはずの人間が目撃されたので調査してほしい。その依頼から、急速に縮まった典とヴァージルの距離は、決戦の時にヴァージルが典の接近を拒んだ時からどんどん開いて行くような気がする。もう二度と手が届かない。
 その死者が勤務していた保安官事務所の出した依頼にも典は参加していた。きっかけから破滅まで付き合った。ことが終わればもう用はないと言わんばかりに、ヴァージルが生きた証は典から遠のいていく。
「……あの、典さん」
「ん? どしたのぐっさん」
「いえ……なんでもありません」
 グスターヴァスは何かを言おうとして言葉を引っ込めた。恐らく、慰めの言葉でも掛けようとしたのだろうけれど、引っ込めてくれたことは、典にとっても楽ではあった。余計なことに返事する元気はなかった。元気があっても、返事をする気はないのだけど。

 何の言葉が要るというのだろうか。

 グスターヴァスは当たり障りのないことを話すと、「どうぞお大事に……」と言って帰って行った。典は溜息を吐いて目を閉じる。


 それから少しして、典は端末で読書するくらいの余裕は出てきた。端末用眼鏡を掛けて画面を眺めている。文字は上滑りする時も、きちんと読める時もあった。なんだか頭が重い。

 病室のドアがノックされて、はっと顔を上げた。少しうとうとしていたのだろうか。
 看護師だろう。典はぼんやりと端末を見たまま「どうぞ」とだけ返す。失礼します、もなくその人は入って来た。典のベッドサイドに寄る。
 何も言わないのを不審に思って顔を上げようとしたその時、端末に何か黄白色の物が落ちた。それは身悶えするように端末の上をのたくっている。カブトムシの幼虫よりもだいぶ小さいそれは……蠅の幼虫。

 蛆だ。

 後から後から落ちてくる。典の手の上に、シーツの上に蛆がぼたぼた落ちてくる。転がったそれらは、一様に地獄へ落ちた亡者のように悶絶するような動きを見せた。なんでこんなものが? 病院で……? そこでようやく典は顔を上げて相手を見た。

 背の高い金髪の男が、こちらを見下ろすように立っている。その顔面は、蛆でびっしりと埋め尽くされていた。

「──!!!!!」
 典は跳ね起きた。その拍子に眼鏡が飛んだ。それほどの勢いで起き上がっていたので、肩の傷が痛む。鎮痛剤が効いて眠くなっていたらしい。病衣は汗で濡れていた。気持ち悪くなった彼は、ナースコールを押して着替えを所望した。

 金髪の男も、蛆も何もいなかった。看護師も。シーツも端末も綺麗なものだ。窓の外には、どこからか迷い込んできたらしい蝶々がひらりと飛んでいる。典の想像力の蝶々ではなく、現実の蝶々が。子供でもむしり取れる細い足を網戸に引っ掛けていた。


 有り体に言えば、迷子の様な精神状態だった。

(お前も約束しろよ。俺が殺すまで死なないって)

 約束は守ると言った。だから死なずにいた。ヴァージルを撃破せよ、と言われて、本当はあまり戦うことには気が進まなかった。でも、彼を取り巻いているのは自分だけではなかった。彼はナイトメアで、人類にとって害だ。有害鳥獣と同じように駆除する必要があったのだ。

(いつまで死なずにおったらええの)

 それも悪くないと、律儀に守り続けた自分が馬鹿みたいで、典は唇を噛んだ。約束の期限が消えてしまった。約束を発動するものがなくなってしまった。無責任に死んでしまった。銃創の痛みも自分を殺してはくれなかった。それは典の目を守った痛みだ。

 「生きる事」に取り残されてしまった典は、分かれ道に取り囲まれている。

 どう生きる?

 いつまで生きる?

 分かれ道にそれぞれ立っている、全ての標識が疑問形。それに返す言葉はまだない。

 気に入らない死に方をしないためと、生活費のために所属したSALFの仕事は、典と生きる理由を引き合わせた。ヴァージルとの約束が典を生かしていた。

 寂しい。

 それはヴァージルと関わるのが楽しかったから。でも「楽しい」は去ってしまったし、「寂しい」はいつまでも居座って立ち去ってはくれない。

 グスターヴァスが置いていった花に小さな蠅がついていた。そう言うものに限って長く居座る。追い出す元気もない典は目を閉じて、息を吐いた。

 痛みと寂しさの間で、まどろむ。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
実際ライセンサーの重体って入院が必要なのかはわからないんですが(シナリオには入れるし)、入院中に悪夢を見るというシチュエーションが好きなので入院仕様にいたしました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月20日

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