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『とある開発奇譚』
LUCKla3613)&アルマla3522

 LUCK(la3613)はサイボーグである。
 中枢神経系を除くすべてを機械に置き換えた義体は随時自動でセルフチェックを行っており、異変があればすぐに彼へ知らせてくる。それが来ないということはつまり、機能に以上はないということだ。
 だというのに、どうにも調子が悪い。
 LUCKは息をつき、指先でツーポイントフレームを押し上げた。
 この眼鏡はプライベート用で、主に街へ出かけるとき着用するものだ。が、今の彼は戦闘用の黒き外装で身を鎧っていて……
「ラクニィ、これぎゅーってしてくださいです。じどーでラクニィのバイタルサインとどーきして、あっちのきかいにデータリンクするですよ」
 と、LUCKの左右の手へ一本づつコードを握らせたのは、もっちりボディが魅力な謎生物兼ラックの専属技師アルマ(la3522)である。
「握るだけで同期できるのか、ア」
 アルマと言いかけて、呼気を緊急遮断、声帯を絞って音を消した。
 常はアルマを「犬」、「駄犬」と呼んでいる彼なのだが、最近、ふとしたはずみで名を呼んでしまいそうになる。
 理由は知れないままだがとりあえず置いておいて。不思議なのは、何度胸中で唱えても「アルマ」という響きがしっくりこないことだ。犬でないならアルマだろうに。
 アルマ、だから馴染まんのか? だとすれば、もっと別の呼び名で――
「わふふー! “ア”、なんですっ!?」
 耳に丸っこい手を当て、「ちょーおききしますが!?」の体勢でアルマが迫り来る。LUCKがなにを言いかけたのかをわかっていていればこその期待。
「ああ、駄犬。と言いたかっただけだ駄犬」
 豪快にごまかした上で、LUCKがアルマの頬をもちもちこねてはにゅうと伸ばす。さながら餅作りである。
「んきゅ! でもこれはこれで! これはこれで!」
「ダメージ耐性が上がっているだと……!?」
 アルマのなかなかな人外っぷりにおののくよりないLUCKであった。

 とりあえず落ち着いて。
 LUCKのバイタルサインがコードを伝って大型冷蔵庫然とした機械へ流れ込み、シンクロする。それにつれて補助脳やアクチュエーター、神経系を行き交う電気信号もが同期を果たし、彼という個体そのものが機械に写し取られた。
「わふ、きましたです。きほんてきにこっちのきかいでちょーせーして、さいごのテストだけラクニィにやってもらうですよ」
 アルマは言いながら、もちっこい両手でLUCKのバイザーヘルメットを抱え上げた。それを機械の前の作業台に乗せ、何本かのコードを機械と繋ぐ。
「別に最初から俺を使えばいいだろうに」
 レンズの奥の両眼を細めてLUCKが言えば、アルマは(謎生物にしては)引き締めた表情でかぶりを振って。
「ラクニィにごきょーりょくいただくと、のーは(脳波)のすうちがいじれないです。こんかいはせんよーそーびのさくせーじゃないですので」


『俺のバイザーを汎用化できないか?』
 LUCKがアルマに切り出したのは、ハロウィンが明けた直後の定期メンテナンス時だった。
『バイザーをです? ラクニィせんよーチューニングですからむずかしーですけど』
 難しいことはわかる。眼を剥き出せば過多なる視認情報に生身の脳を灼かれるLUCK、その害から彼を護り、さらには頭部を守ってもいる一品だ。彼以外の者へ装備させるには、相当なダウングレードが必要となろう。
『俺と同じような問題を抱えるサイボーグやヴァルキュリアはいるだろうし、そうでなくとも俺と同じような戦闘スタイルの者の助けにもなるはずだ』
 バイザーが与えてくれる周辺情報やアラートは、毛筋ほどの機先を見切りながら攻防を為すライセンサーの感覚的、精神的負担を軽減させてくれるはず。無論、防具としての有用性があることは大前提として。
『それに少しばかり愉快だろう。俺とそろいのバイザーヘッドが戦場を行き交う光景は』
 実際、LUCKはバイザーの機能ばかりでなく、デザインも気に入っている。それが他者にも認められることは単純にうれしかったし、これを機にアルマの技術力を世に知らしめたいとの気持ちもあった。
 いや、別に駄犬を気づかっているわけではないがな。
 LUCKが胸中で言い訳している中、つるりとした眉間ににゅっと皺を寄せて考えていたアルマが唐突に顔を上げ、びしーっとサムズアップ。
『できなくはないです!?』
 勢いとセリフ内容が噛み合っていない気はするが、ともあれ。
 こうして新型バイザーヘルメットの開発は始まったのだ。


 もちもちころりとしているくせに、その手は凄まじく器用に動く。
 アルマは機械をあれこれ操作し、計測された数値を見ながら様々な工具で装甲を外したバイザーをいじっていった。
「今している作業はなんだ?」
 不思議なもので、アルマはどれほど作業に集中していても普通に話ができるらしい。マルチタスクは高い知能あってこその能力だそうだが、それこそこう見えてアルマ、相当な知者なのだ。
「バイザーとちゃくよーしゃをつなぐのはのーはですので、いろんなのーはパターンでうごくように“あそび”をとってるです」
 舌足らずなのでわかりにくいが、ようはバイザーを機動させる脳波パターンの幅を拡げてやることで、様々な着用者に対応できるようにしているわけだ。
「わふっ。これでだいたいだいじょーぶです。ですのでじっさいにはんよーがたのげんけーをつくってみるですよ」
 と、アルマがどこからか取り出した「原型」用アイテムは――わふーと笑んだアルマの頭型ヘルメット(以下アルメット)だった。
「っ! 駄犬、まさかそれをそのまま使うつもりか!?」
 いや、これが戦場に多数そろえば、確かにある意味愉快な光景とはなるだろうがしかし!
 しかしアルマはかぶりを振って、「データきめるよーです。じっさいつくるときはぎじゅつぶにおねがいしないとですので」。
 ぷすっ。機械から伸ばした新たなコードを頭頂部にぶっ刺せば、アルメットはビカビカ眼を光らせながらわふーと悶絶し、ついに光を喪った。
「わふー、なかなかしぶといやつでした」
 大丈夫なのか、ヘルメットもおまえも。さすがに言えないLUCKだったが、さておき。
「わん。これにはバイザーとほとんどおなじきのーがあるです。クロックダウンのしけんよーにさいてきですよ」
 それはまさか、俺に被せる用に造ったのか?
 訊いてしまえば絶対後悔するのでただ青ざめるLUCKをよそに、なにやぎゅいんと両眼の光を取り戻すアルメット。それは相変わらずの笑顔で、
『しかくさぽーときのー、テストするです。わふふ、セルフチェックかんりょー、もんだいなしですよ』
「……おい、光るどころかおまえの声でしゃべりだした理由を端的に説明しろ」
 首根っこを掴んでぶら下げておしおき、LUCKはアルマに低く問うたが。
「じつはぼくのおんせーデータをインプットしてあるです! これでラクニィとぼくはいつもいっしょなかんじです!」
 ぶら下げられたアルマは腰に手を当て胸を反らし、超誇らしげに言い切った。
 対するLUCKは……それはもう深いため息をつき、謎生物を作業台の空きスペースに転がして。
「ひと言もしゃべらせるな。アラートは電子音のみ許可する」
 もちもちもちもちアルマをこねるこねるこねる。
「わふわふわふわふっ、おもちになっちゃうれふ! あ、でもこれはこれで!」
 どうやら謎生物というものは、1秒単位で自己強化するらしかった。

 アルメットを用いての各調整が完了すれば、次はLUCKのバイザーヘルメットへデータをフィードバックする番である。
「わふ。そーこーもしんがたにかえるです。いままでよりちょっとだけかるくなるですよ」
 すでに用意してあったバイザー用の装甲は一片が小さい。それは外装ならず、その下につけるインナーと言うべきもので、各種センサーと機械的に接続するものであるためだ。
 一片一片を丹念につまみあげては手際よく接続していく様は、防具というより工芸品を拵えているようで――実際、細工という点では同じことなのかも知れない。
 手で持ってなにかを計測し、ちょっといじってまた手で持って。それを数十回も繰り返したアルマはようやくうなずいた。
「あとはがいそーかぶせるです。こっちはシンプルにかたくしてるです。ラクニィとおなじ“かた”のひとならもんだいなくつかえるとおもうですし、いろんなたたかいかたにたいおーできるですよ」
 と、見慣れた型ながら新型であるらしい外装を出してくるアルマ。
「それも用意していたのか?」
「わん。けっせんまえにかんそーするきでしたです。ラクニィはあたまがぶじならなんとかだいじょーぶかなーと。データはありますので、ぎじゅつぶにおたのみしたらすぐりょーさんしてもらえるですよ」
 果たしてカチリ。小気味よい音をたて、外装が接続された。
「わん。つけてみてください」
 差し出されたバイザーヘルメットのフォルムは今までのものと変わらない。ただ、手に取ってみればしっくり馴染みつつも軽量化されているのが知れる。そしておそらくは強度も増しているのだろう。今まで以上に手触りが硬かった。
「接続するぞ」
 起動させると吸い付くように頭部へ覆い被さり、フィットした。その間に視覚補助機能の出力調整が行われ、眼の“ピント”を合わせる。迅い。しかもそればかりか――
「本当にダウングレードしているのか? まるで変わらんぞ。いや、変わってはいるな。それもいいほうに」
 専用モデルは平常モード時、不必要なデータまで拾っていた。そのデータが整理されたことで視界がクリアとなったのは大きい。続けて戦闘モードへ切り替えてみたが、やはり余分な補助が削ぎ落とされていて心地よい。
「しゅーしゅーするじょーほーをへらしてしょりふたんをけーげんしたです」
 バイザーが収集する情報を減じてその処理負担を軽減する。言うは易いが、行うは恐ろしく難い作業である。センサーの感度や出力をただ落とせばいいものではなく、細やか且つ濃やかな指向性をプログラミングする必要があるのだから。
 一端の技師でも数ヶ月は要するだろう作業をわずか数時間で終えるアルマ。まさに天才と呼ぶよりあるまい。
 LUCKは全機能を確かめた後、唸る。
「この出来なら俺も汎用型が使えるな」
 専用装備はライセンサーの個性を最大限に引き出すが、換えがきかないという問題を内包する。しかし汎用型がLUCKのようにピーキーな身体を持つ者にも対応できるなら――激戦の最中で装備を損なったとて、すぐに換装を済ませて戦列へ復帰できる。
「わふー、ぎじゅつはにっしんげっぽですので。でも、ダウングレードばんがラクニィにもつかいやすいとしたらです。それはぎじゅつじゃなくてラクニィがしんぽしたからですよ」
 俺が? 首を傾げたLUCKだが、ふと思い当たった。
 幾多の戦いを経て、黄金の神経糸で繋がれた生身と義体はすでに一体化している。見るべきを見、感じるべきを感じ、冒すべきを冒してきた時間の積み重ねが両者のズレを埋め、最適化したのだとすれば……LUCKに必要な補助もそれだけ減じているはず。
「そうか。俺もまた、進歩しているのか」
 出力や機能というものだけでは測れない経験と馴染み。この義体はまさにLUCK自身の体となったのだ。
「早速SALFの技術部にかけあうぞ。サンプルは……これを渡すしかないか」
 奇妙な名残惜しさを感じてバイザーに触れるLUCKにふんす! アルマが突き出したものは――アルメットの成れの果て。それを渡せということかと納得しかけたLUCKだが。
「ラクニィはこれかぶるです! みためがゆかいになるですし、おんせーきのーをオンにしたらちょーいやされるです!」
 LUCKは無言でアルマを転がして、それはもう狂おしいほどもちもちした。
「わふん、これはこれで?」


 程なくして、アルマの提出データを元にSALF技術部は汎用型バイザーヘルメットの雛形を完成させる。
 そしてもうしばらくの後にはLUCKとアルマの意見でさらなる改良が施された『[TU]バイザーヘルメット「Jadeite」』がライセンサーたちの手へ届くのだ。
 ちなみにアルルメット、折りたたみ機能などを追加したメカカボチャとして再利用され、ハロウィンの夜にLUCKの頭部を覆うのだが……今の彼にそれを知る術はない。


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2020年11月20日

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