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『砕けぬ盾』
霜月 愁la0034

 最終決戦の開幕迫る世界各地にナイトメア群が出現。その脅威度はAプラス。
 いわゆる雑魚の脅威度はEマイナスである。ただ、個体数が増えればDまで上がることはあるし、1000単位となればCプラスに届くこともなくはない。
 だがしかし。
 たとえ地を覆う数に攻め寄せられたとて、多の戦いを経てきたSALFのライセンサーが強力な新兵器を手に連動すれば、それは崩せぬ壁ではありえないのだ。
 だからこそAプラスを算出させる敵群の脅威は情報部を驚愕させ、決意させた。決戦を控えたライセンサーの被害を最小に抑えるため、あえてエース級を軸とした討伐部隊を派遣する!
 かくてその軸となることを買って出たエース級の中に、霜月 愁(la0034)もいたのである。


 日本の某地方都市。
 よく晴れた日曜の昼下がりながらメインストリートに人の姿はなく、闊歩するのはナイトメアばかりだ。
 よかった。避難はもう済んでるみたいだ。
 胸中で言(ご)ちた愁は無造作に踏み出した。
 となりにも背後にも、チームメンバーはいない。苛烈な戦場に立つライセンサーはそう、彼ひとりなのである。
 それを見たエルゴマンサーが、声ならぬ音で群れへ何事かを告げた。なにを言っているのかわからなくとも内容は知れる。包囲して一斉攻撃だ。
 陣形とは基本、ある程度の数同士が向き合うことで形成され、そうなって初めて有利不利が取り沙汰されるものだ。こちらがひとりきりで陣もなにもない状態であるならば、圧倒的多数の側が選択できる陣形はひとつしかありえない。敵がなにを企んでいるのかを気にしつつだ。
 一方、気にされるばかりの愁の視線はゴーグル「トーマ」に遮られ、ナイトメア側には見えない。そう、どこを見ていようと、なにも見ていなかろうと。
 ナイトメアの包囲陣が敷かれゆく中、愁の左脇をとった一群が唐突に突撃をかけてきた。
 愁はゴーグルの内の眼でなにも見ておらず、すべてを眺めやっていた。観の眼あるいは菩薩眼と呼ばれる、焦点をあえて絞らず視界全体を見やる半眼を静かに巡らせて。そして見とがめたのだ。攻め気に逸り、暴走に出た一群を。
 どうやら備えた力に知力は含まれていないらしい。愁は心の端にそんな思考を閃かせ、得物を構えた。
 エナジースピア「フォルモーント」。月光のごとき虚刃を生み出し敵を穿つ、たおやかにして豪壮なる槍である。
 主の意志に応えて穂先を包む刃の形を変えるこの槍へ、愁は鋭く命を下し、そして。敵先陣のエリミネーターへふわりと突き込んだ。
 愁がこちらを見ていたことにすら気づかぬままエリミネーターは胸板を突かれ、それでもなお止まることなく駆け続ける。穂先の形状は十文字槍であり、尖先は胸部装甲をこそ貫いていたが肉にまでは届いていない。ならばこのまま同胞が待つ先に獲物を押し込んでやる――しかしその意志は半ばで断たれることとなった。愁が鎌刃はそのままに、尖先ばかりを伸ばしたがため。

 核を穿たれたエリミネーターが倒れ込む頃にはもう、愁は引き抜いた槍の石突をアスファルトへ突き、跳んでいる。
 その足下へと駆け寄り来るナイトメアどもへ石突を突き込んでまた跳び、穂先を突き立ててさらに跳び、跳び、跳び、歪に歪んだ包囲陣のただ中へ降りたって。
「僕はここにいますよ!」
 声音を張ると同時、生命の風を巻き起こした。
 と、ここまで引き回され、焦れに焦れていたナイトメア群が、ついに彼の声音を手繰って殺到。
「ふっ」
 対して愁もまた、呼気を吹き抜くと同時にナイトメア群へと踏み出した。
 彼を取り巻く15メートルは今、ブレイブフィールドと化している、その力は愁の強固なイマジナリーシールドをさらに強化する。愁の身は今まさに、人型の鉄壁と化したのだ。
 ナイトメアの爪牙を肩で払い、膝で流し、背で受け止め、愁は穂先を振るう。
 愁という一点に集まり寄ったナイトメアは、互いに進むべき先も退くべき後ろも塞ぎ合い、身動きとれぬまま屠られていくよりなかった。
 多勢に無勢と云うが、確かな策とそれを行うに足る力を無勢が備えていたなら――戦局は覆る。誰より冷静に戦局を見極め、誰より自在に自らを捌き、誰より強い意志をもって一歩先を拓く無勢でさえあったなら。
 ナイトメア群の指揮を執るエルゴマンサーはここでようようと気づいた。
 部下どもは愁によって誘導され、自由を奪われるまでに密集させられた。今、散開を命じたとて被害は拡がるばかり。ならば前衛は、あの怪しげな空間から愁を押し出す隔壁として使い捨て、自身の参戦をもって速やかに決着をつけるが最善。

 かくてエリミネーターとバクとが邪魔な互いを削り、噛み裂き、踏みにじり、愁への猛攻を開始する。
 さすがにその圧力は愁を押し込み、ブレイブフィールドの外まで下がらせた。その間にも彼は唇を蠢かせていたが、どうやら再び生命の風を呼び起こすだけの余裕はなかったらしい、
 果たしてエルゴマンサーが精鋭を引き連れ、彼へとどめの一撃を食らわせるべく前進して――

 愁の掲げた左手が光を握り潰した。

 爆ぜた極彩色は周囲60メートルを塗り潰し、包囲陣を為していた雑魚を焼き尽くす。
 それこそは愁の切札。50秒を越える生存と長き詠唱を代償にし、凄絶なる知覚範囲攻撃を成す「魔法」、夢を飾る彩であった。
 エルゴマンサーは急ぎ跳びすさり、自らを侵す痛みより我が身をもぎ離したが……その周りに部下どころか精鋭すら残されてはいない。
「やっと会えましたね」
 ゆるやかな呼気を追い越し、踏み出した愁。ただ一歩でエルゴマンサーの眼前にまで届いた彼は前に出した右足を強く踏みしめ、防御力の半ばを上乗せた必殺の一閃――フルメタルクラッシュを突き込んだ。

 思ったより長くかかったかな。愁はまた胸中で言(ご)ちる。
 先に動き出したエルゴマンサーとそれによる敵陣の蠢きを、愁は見逃してはいなかった。なぜなら、そうせざるをえぬよう仕向けてきたのは彼自身だからだ。
 危険を冒して移動し、圧倒的多数を相手取って押し負けるどころか押し勝っておいて、結局押し込まれてみせたのは、そう。敵群唯一の頭脳であるエルゴマンサーにその展開を見せることで引き込み、こちらの手が届く場所まで引きずり出すためだ。
 そのためにずいぶんと無茶をしたものだ。そう評する者は多いだろう。
 しかし、愁にとっては無茶などというレベルの代物ではありえない。確実に行えるだけの装備を調え、確実に為せるだけの経験を積み、確実に成せるだけの心技体を備えてここに臨んだのだから。

 強く固き心によって澄まされた尖先は、さらにエルゴマンサーの内へ滑り込み、核を穿ち砕いた。
 ――その直後である。
 ナイトメア群の足止めを愁に任せ、市民の避難誘導に徹してきたライセンサーたちが到着し、残るナイトメアの掃討を開始したのは。
「ライセンスナンバー0034、霜月 愁です。今、チームと合流しました。これより掃討戦へ加わります」
 自分のためではなく、誰かのためにこそこの命を使う。その思いは不変だ。
 しかし、かつてのような捨て身、捨て鉢はもうしでかさない。
 誰かを守り、救い続けるがため、けして砕けぬ盾であり続けることこそがたったひとつの正解――それを教えてくれた友たちを思い、彼は直ぐに踏み出していく。


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2020年11月24日

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