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『紙一重の現実に手向けの言葉を送ろう』
桃李la3954

 誰一人自分を知る者がいない世界にいきなり放り出されるというのはどんな気持ちなのだろう。元から交友関係が希薄でかつそれまでの生活にも愛着がなければ意外と困らないものかもしれないと思う。但しそれは自分の常識が通用すればという話だ。例えばこの現代社会に染まりきった状態から電気も水道もない秘境に放り込まれるような乱暴さ。それは極端にしても多少なりとストレスはあるもので場合によっては、心身の有り様を見失って、致命的な結果になる可能性が存在する。一方自死がちらつく程嫌気が差していたのなら異世界に行くのは、逆に良い結果を生む可能性も有り得る。地獄からの脱出は可能なのだから。人間が本気で変わりたい、と願えたなら現状を打破することは出来る。最初からすればいい話なのだが。
 現在そんなことを考えながらライセンスには桃李(la3954)と記載されている青年は父のことを思い返す。彼はこの世界に飛ばされてきたとき、そして、戻れないと知ったとき、どんな気持ちだったのだろう。少なからず、葛藤はあった筈で当時はまだ過去にナイトメアと同じ敵性存在であると見做されていた名残が存在した為、偏見もあったのではないかと推測をする。というのもその辺りの事情を深く突っ込んで聞いたことも、父親が自ら語ったこともなかったからである。そしてそうする機会は永遠に失われ――目を閉じて開き直せば、瑠璃の瞳の奥には散りばめたような金色がその存在をただ主張している。まるで、夜の寒空に瞬く星のように冴え冴えとした光を放ち。されど心中を黙して語らない冷たい輝きだ。ちくりと痛む眼球を覆い隠すように瞼を指で触る。脳裏によぎるのは現実を受け入れられず一人になる瞬間を見計らって開いた棺の中の父親の姿だ。綺麗な顔で眠っているのは安息を手に入れた者ばかりで惨い結末を迎えた人間にはそうである資格はない。瞼越しに半球をなぞり急にだらり腕を下ろした。唇からは溜め息が零れる。それは思い出した情景にではなく、現実逃避から帰ってきた結果、やはり状況が改善されることもないと唐突に嫌気が差したが故にであった。
「どうしたものかな。まさか俺があの人と同じ立場になるなんて夢にも思わなかったけどね。……それとも本当に、夢なのかな」
 呟き、空を見遣る。頭の上には澄んだ青空が広がっている――筈が現実世界では有り得ない毒々しい紫色を描き、最早瘴気と表現するに相応しい気味の悪さを醸し出していた。それに、特別博識ということもないのだが、この周辺の空間に生えている動植物も桃李の知るものと違うと分かる。まるで夢のような光景だ。夢は夢でも、悪夢に間違いないが。今まで夢にも見たこともない状況に桃李は動じる気配などなく、逆に瞳孔は開き興味深げに辺りを見回す。なにせ目に映るもの全てが地球上に存在しない筈なのだ。特別に知識欲が旺盛な性質ではないが、どちらにせよ焦ってもすぐにどうこう出来る話でもないのも確か。ならば絶望的な状況だとしても楽しむほうが得というものだ。とはいえいつ死ぬのかも判らないからこそ、自分がいつしか最期を迎える際はその短い人生を謳歌し悦楽に浸ってのものであれ、と願う。だから、今死ぬのは勘弁願い桃李は羽織る血に似た赤い着物を翻して腰のホルスターに忍ばせた鞭の柄を握った。この緊急時に限って取り回しし難い鞭を持っているなんて運が悪い限りだが、素手よりはマシというものだろう。桃李は体術も得意だが未知の敵に対してそれで挑むのは無謀に尽きる。とりあえずは草原といった様相で、奇襲を受ける確率がないだけ有り難い。
「夢……もし本当に夢ならこういうのはどうかな?」
 言いながら桃李は徐に鞭を掴んでいないほうの手を掲げ指を鳴らした。この植物が可燃性なら、もし火炎を生み出した場合火事になりかねないので、今回頭の上に生じさせたのは氷塊で出来た槍だった。複数あるそれは、まるで指揮者のように勢いよく腕を振り下ろしたのにシンクロする形で前方に降り注ぎ、そして激しく砕け散った。粉々になった砕氷が食欲を減退させる色の草花に降りかかっていてそこだけが現実に即した現象なのがかえって気味悪く思えて仕方ない。己の使うスキルにしろ実態と遜色がないようだ。逆に想定外の強さで、自らのシールドも壊れてしまったならばまだ面白かったのだが。つまらない結果に桃李は心から落胆の色を隠さず顔を顰めると、あっという間に冷めた気持ちを抱えつつ、適当に歩き出した。ただ悪戯に体力を消耗するだけで愚策なことは百も承知。ただもしもこれが夢なら考えても仕方がないし、現実だとしても、突っ立っていても埒が明かないだろう。常人なら発狂しかねない状況でも自身をそうだと信じている男は、前に進んだ。
 そしてどれ程の時間が流れたか。単調な景色とこれまで歩き続けている影響による足の疲れを意識し始めたとき、ふと足を止める。絶望したのではなく、単純に興味を惹かれるものに出会ったのだ。蹲み込めばその碧玉の耳飾りが音もなく揺れては耳を刺激し、しかしそれを意に介することなく見下ろす。鞭を掴む手が解けた。
 視線の先にあるのは一輪の花だった。通る際見逃してもおかしくない他と同じ紫色の花びらはどうでもいい。それより肝心なのはその中央、本来であれば花芯があるべき箇所に明らかに金属と同じ光沢を放つものがその存在を誇示しているのが分かる。例えるのならば、それは眼球に似ていてそして花びらより青みがかった紫紺色に見えた。桃李には既視感を抱かせるそれは、心身を苛むような懐かしさを伴う。無造作に伸ばした手で摘みぐっと引っ張ればぶちぶち嫌な音を立てて、周辺と繋ぐ神経に似た繊維が千切れて桃李の手中に収まった。緩めに拳を握ればすっぽり収まるサイズといい、まさに眼球そのもの。手を近付け凝視したなら石の模様のように紫紺色の中に金色が散っているように見えるのは錯覚ではない。
(もし食べたら――)
 思い浮かんだ自らの発想に胃から迫り上がるような不快感が込み上げてきて、生唾を飲み込む。意図せず篭った力で手の中にある物を握り潰しそうになった。夜明け前の空に似たそれを桃李は大事に大事に包み込む。好きだと一言で言い切れないが、確かに宝物だ。そう認識をした瞬間これが現実でも構わないと思えた。だって、誰にも見せたくないのだ。なんて好都合なんだろう、と桃李は薄く笑みを浮かべる。仕舞って隠して一人っきりで愛で。己はあのエルゴマンサーとは違う、という確固たる自信とアイデンティティーが揺らぐ倒錯との板挟みに腰骨がびりびりと痺れる感覚を抱く。掌のそれをしげしげと眺めようと、指の力を緩め姉の瞳に似た宝石を掲げ持ち、鑑賞する前に意識はブラックアウトをした。

「ああ、やっぱり夢だったんだね……」
 喘ぎにも似た吐息が零れる。事前報告の際に確認出来なかったナイトメアの術中に嵌まり、文字通り悪夢に浸されそして味方の誰かが無事に脱し全員を解放したという流れをすぐさま理解した。大勢の味方が血気盛んなのを見て桃李はひとり冷ややかな視線をそのナイトメアに注ぐ。大きな落胆とそして失望。妙に悲観的な自分を意識しつつ夢と同じように鞭の柄を握り締め、勢いよく振り抜いた。失った物を埋める代わり早急な決着を望んでひたりと桃李は敵を見据える。心の内を語らない筈の眼球が光もないのに煌めいた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ここまで目を通して下さり、ありがとうございます。
今回のおまかせも日常のふんわりした話にしようと
思いつつも家族について少し言及してみたい思いも
あり、夢オチ的な感じで触れるような話にしました。
なるべく桃李さんがどう思っていたのかについては
解釈違いを避け明言しないよう意識したつもりです。
過去やら素姓を想像してはワクワクしたりもして
今まであまり触れられなかった要素に触れることが
出来た為個人的には書いていて、楽しかったですね。
光景的意味でも内容的意味でも悪夢らしい雰囲気が
出せていたのならとても嬉しいです。桃李さんの
性格や過去を知るとこういう話も書いてみたくて。
今回も本当にありがとうございました!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年11月25日

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