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『初戦』
アルマla3522)&ソフィア・A・エインズワースla4302

 小隊の集会場からほど近い児童公園。
 ベンチに掛けたソフィア・A・エインズワース(la4302)の視線の先で、ぎゃー! ゲームに興じていた男児たちが奇声を上げる。対戦で決め技でも使われたんだろうか?
「わんわん、おそくなったですっ!」
 もちもちもちもち、多分30センチくらいの両脚を懸命に動かし、駆け込んできたものは全長80センチの謎生物である。
「兄貴遅ーい!」
 男児どもの驚愕の視線を引きずり、飛びついてきた謎生物をがっしと受け止め、ソフィアはわーっと回った。
「ごめんなさいです! よーじょ(幼女)がたにつかまってたですううううう」
 語尾といっしょに遠心力で伸びる謎生物。
 ちなみに一応、人類である。それも天才にカテゴライズできる機械技師で、さらに言うならソフィアの双子の兄で、名はアルマ(la3522)。
「おっと伸ばしすぎちゃった。縮めとかないと」
 ソフィアは伸びたアルマをベンチへ置き、こねるこねるこねる。
「フィーぅきゅわぅわふー」
 見る間にこねあがったアルマは80センチを取り戻し、ソフィアの手にじたじたきゃっきゃとじゃれついた。
「わふっ!? こんなことしてるばあいじゃないです!」
 アルマに腕をてしてしされ、我に返るソフィア。ついでに不穏な空気にも気づいてアルマを抱き上げて。
「じゃ、場所変えよっか。あそこの男児どもが兄貴ゲットしに来そうだし」


 男児の追跡を逃れていつもの喫茶店へ行き着いたふたりは、テーブルを挟んで向き合った。アルマはもちろん、足ぶらぶら状態である。
「で、報告ってなに?」
 そもそもソフィアはアルマに呼び出されてきたのだ。電話や集会場では言えない報告があるからと。
「わん。わふ。きゅう。それはですね」
 店の名物である“タワークリームふわふわパンケーキ”と格闘していた謎生物が、唐突に涼しげな青年の姿を取り戻し。
「お兄ちゃんが父母を退治た記憶を取り戻しました。それも殺した瞬間のことだけを」
「はぁ!?」
 すべての記憶を喪い、この世界へ来たふたりの“兄”が、郷里たる世界で犯した親殺しの事実を思い出した。それも魔に堕ちた両親より世界を――双子を救うために。そして愛する両親を他の者の手にかけさせぬがために。すべてを負って刃を突き立てたことを思い出せぬままに。
「最悪」
 ソフィアは唇を噛む。
 意味がわからない。よりによってそこだけを思い出すなど。
「きっかけみたいなこと、あったわけ?」
「実は」
 兄は最近、とあるエルゴマンサーと関わりを持っていたらしい。ただ敵対していたのではないことは、エルゴマンサーの言から姓を名乗るに至った事実からも窺い知れよう。
「――そっか。いきなり名字できてたし、なにかあったんだろうなって思ってはいたんだけど」
 ここでソフィアはぐっと拳を握り締め、それはもう低く垂れ流す。
「名字がエインズワースじゃないのがなんていうかほんとに納得いかないっていうかいやこれあたしの我儘だってわかってるしあの人は憶えてないんだから当たり前なんだけど」
「息継ぎせずにそれだけしゃべれるんですから、フィーはやっぱり女優ですねぇ」
 苦笑いして、アルマはコーヒーカップを傾けた。甘みを塗り潰す苦み……ああ、僕の今の気分そのものですね。
「お兄ちゃんに過去を思い出していただくこと、それが僕らの本懐なわけですけれども」
 アルマとソフィアの兄が、喪った記憶を取り戻すことは双子の悲願である。“兄”と再会できるばかりでなく、断たれてしまった家族の物語を再開できるが故に。
「……難しいね」
 兄が過去を思い出せば、過去に置いてきた悲哀や苦難、しがらみををも再び抱え込む。ある意味、理屈ではないのだ。生まれたそのときから過ぎるほど生真面目で、過ぎるほど自己犠牲的な性を備えた男だから。
 思い出してほしくて思い出してほしくない。その矛盾こそがソフィアの本心であった。
「こっちの世界でまで面倒かけちゃったら意味ないもんね。……隊員としては面倒かけてるけど」
「わふふ。僕はお兄ちゃんのお体を万全に保つお役に立ってますので、むしろ面倒見てるですけどね」
「くっ!」
 確かにアルマには得意がっていい実績があるので、言い返せないソフィアだった。

「そういえば。兄貴ってどこからそんな情報聞いてきたの? 義体に盗聴器とか仕込んでる?」
「用意はしましたけど実行には至っていませんね。仕込んだところで、神経さんに無効化されてしまいますから」
 あ、そういうことか。ソフィアはアルマの怪しげな返事そのものに正解が含まれていることを察した。
 兄の五感を支える黄金製の神経糸。それを張り巡らせ、十全に機能するよう管理しているのは「人の敵」であるはずのエルゴマンサー、イシュキミリ(lz0104)なのだ。その彼女がアルマの小細工を見逃すことはないだろう。
「僕はちょっとだけ縁を結んでるからってこともあるですが、お報せいただいたですよ」
 アルマが掲げたスマホへ映しだされたメッセージは、ただ事実を告げるばかりの無機質な文面だった。が、送信者の心がけして無機質などではないことは綴られた文量に表わされていて。
 ただ、それよりも意識させられたのは、文章の最後に置かれた問いだ。
『汝等は如何とするや?』
 ソフィアは大きく息を吐き、金の髪を指で乱暴に梳く。
 ここまで報告してくれるんなら、いっしょに提案とかもしてくれればいいのに。
 でも、今まで聞いてきた話からしてもそういうタイプじゃないのか。人の敵ってとこは踏み外したくない? でも根っこは甘やかし系だよね。わざわざ「どうする?」なんて訊いて、誘導してきたんでしょ。言われたあたしたちがただ見てらんないこと、わかってるから。
 あーもー! そこまであの人のこと気にしてくれてるんならとっとと幸いにしたげてくれたらいいのに!
 ……ううん、ちがう。あの人のこと幸いにしないのは、ここまで追いかけてくるくらいあの人のこと大好きなあたしたちから「幸い」を取り上げないためだ。もちろんそれだけじゃないはずだけど、縁っていう絆を切らせたくないのはまちがいない。
 ソフィアは髪をかき回していた指を止め、眉を顰める。
 それを見たアルマは逆に眉根を上げて促した。妹の特性は天才的な演技力。それを成り立たせているものは並外れたイメージ力であり、観察眼だ。
 彼女は今、未だ目にすらしていないイシュキミリをイメージし、分析している。そしてそれは概ね正しい。
 双子の兄にあっさり見て取られていることを少々くすぐったく、微量忌々しく思いながら、ソフィアは口を開く。
「あたしたちはイシュキミリさんに気づかわれてる。ううん、舐められてるんだよ」
 そう、あのエルゴマンサーはソフィアとアルマを舐めているのだ。今はあの人と呼ぶよりない兄を取り上げられればこの世界での存在理由を失う自分たちを哀れんで。
「ふざけんなって話でしょ。このまんまじゃいらんないよね」
 圧力鍋のように内圧を上げていくソフィアを、アルマは微笑みを向けて落ち着かせる。
 立ち位置的に怒れない僕の分までフィーが怒ってくれてるのはわかってますよ。だからここはひとつ、安全弁を務めさせていただくです。
「彼女は嘘をつかない人――人じゃないですけど――ですから。その分、言わずに済ませたいことを促してくることはあるですよ。お兄ちゃん曰く、人類よりも情け深い質なだけに」
 それに、こうしてれば多分、もうすぐだと思うです。あの性格で投げっぱなせるはずないですしね。
 アルマの見立ては正しかった。
 そこかしこから這い寄り来た芥が寄り集まり、アルマのとなりに人型を成す。
「今日はお兄ちゃんとお出かけしてるはずじゃなかったです?」
「……堂々とストーキングされてるだけですよ」
 地味な眼鏡女子――砂を依代としたイシュキミリの顕現である。
「思ってたとおりです。イシュキミリさんは同時にいろんなところに顕現できるですね」
 ゆるやかなアルマのセリフに苦笑し、イシュキミリは肩をすくめてみせた。
「そりゃま、依代ですし。……そっちの妹さんははじめましてですか。もうそろそろそうじゃなくなりますけど、話のタネにしていただいてましたエルゴマンサーです」
 盗み聞きしてたこと、言わないけど隠さないんだ。
 ソフィアは表では無難な挨拶を返しつつ、眼前のエルゴマンサーを窺う。
 依代の鉱石の比重によってかなりキャラが変わるらしいが、自分の観察眼を通しても装っているようには見えない。だとすればアルマが言う通り、この有り様こそ本質なのだ。
 だったら。
「あたし、かなーり、怒ってるんですよ。あの人がいなくなったらあたしたちが困るからって見守られてたら、それこそあたしたちがここにいる意味ないですから!」
 こっちは全力で真っ向勝負でしょ。
 全部わかってて見守ってて、これからもずーっと見守ってくつもりのあなたを動かすにはそれしかないんだから。
「熱い人はきらいじゃないですけどね」
 イシュキミリは当然のように運ばれてきたベロニカをひとすすり、傾げた面をソフィア向けた。
「お芝居に釣られてじゃあやってやりますよ! ってわけにはいかないでしょ」
 乗ってくれないかー。ソフィアは心の内で舌を打つ。
 勘に過ぎないものではあったが、イシュキミリに演技が通じないことは察していた。見た瞬間から、埋めようのない経験の差を感じずにいられなかったからだ。結局それは正解で、演技の意味を汲んでなおイシュキミリはソフィアの促しを拒んだ。
「ともあれです。うちが出張ってきた理由はわかりますね?」
 これに答えたのはアルマだ。
「お兄ちゃんが思い出した記憶は断片ですけど、僕とフィーはそれを繋ぐ“糸”に成り得る。だからちゃんと訊きに来たですよね……如何とするや?」
 アルマとソフィアが知る真実を告げたなら、兄はそれをきっかけにすべてを思い出せるかもしれない。そしてこの件に絞って言えば、思い出すことは兄にとって救いとなる。
「ま、そこまでわかってくれてたら、これ以上言うこともないですか」
「そう判断していただく前に、フィーの答も聞いてくださいです」
 アルマに振られたソフィアはすぐに答えず、考え込んだ。
 かるく言ってくれちゃってるけど、あたしたちの答はあの人の未来を変える。イシュキミリさんにはそれができる力があるってことだよね。
 兄貴はわかってて、まだよくわかってないあたしに振った。あの世界で家族だった3人の先を、この世界のしがらみにまだ捕まってないあたしに託してくれたんだ。
 でもね。あたしだってそこそこわかってるし、しがらみだって抱えてるんだよ。少なくともあたしたちの兄じゃないあの人と兄貴じゃないアルマのふたつ分!
「言わないっ!」
 力いっぱい答えておいて、ソフィアは低く言葉を継いだ。
「あの人は誰かからヒントもらってズルしたい人じゃない。それはあたしたちがいちばんわかってるから、言わない。少なくとも、あの人自身があたしたちに訊いてくるまでは」
 そしてイシュキミリを真っ向から見据え、さらに。
「でも、そのあたりのあれこれ含めてイシュキミリさんに任せます。だって、やってやる気がぜんぜんないわけじゃないくらいには、あの人のこと考えてくれてるでしょ」
 ソフィアの芝居を見抜いただけなら、釣られてやるわけにいかないなどとは答えまい。ただ否定し、切り捨てればいいだけのことだ。
「実に侮れませんね、妹さん」
 イシュキミリは両手を挙げて降参を示す。彼女からすれば思わぬカウンターを食らった形である。
「まあ、そのあたりが落としどころでしょうかね。目に見える進展がないのは残ねんですけどじかんぎれですぷぷぷぷぷ」
 したり顔をしるしる縮ませ、謎生物へ戻り果てたアルマはクリームへ顔を突っ込んでじたばた。
「なにやってんのよ兄貴はー」
 あわてて救い上げに手を伸ばすソフィアへ、イシュキミリは笑みを投げた。
「うちは流れてくものですから、縁以外のものまでなにかに結びませんよ。ただ――バッドエンドはきらいなんですよね。映画も、人も」
 かくてかき消えたエルゴマンサーの余韻を感じながら、ソフィアはあらためて思う。
 次は逃がしませんよ。真っ向から打ち合ってもらいます。だってこの勝負、あの人だけじゃなくて我が家のハッピーエンドがかかってるんですから!


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2020年11月25日

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