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『ループの自由落下』
桃李la3954


 その日、桃李(la3954)を含めたライセンサーたちは、遊園地に出たナイトメアの討伐に赴いていた。一般人の避難は済ませたが、居合わせたライセンサーが応戦したところ、アトラクションの影に隠れてしまったらしい。そう言うことで、彼らが最初にやらなければいけないのは「ナイトメアを見つけ出す」ことだ。
 同行者のいるライセンサーは組んで持ち場に向かったが、ソロで参加した桃李は、着物の裾を翻して一人、舗装された道を歩いていた。ポップコーンの欠片や箱そのもの、ぬいぐるみなどが落ちている。
 しんと静まり返った園内は、時折遠くから他のライセンサーの声や鳥の音が聞こえるばかり。貸し切り気分を味わおうにも、スタッフは皆逃げてしまっている。捨てられた遊園地。そんな形容がしっくりくるような気がした。

 さて、出没したナイトメアというのはクモザルによく似ているらしい。長い脚と自在に動く尻尾が特徴で、高い所も平然と動き回る。実際、最初は上からの奇襲だったようだ。
(だとすると、足元ばっかり見てるのは合理的じゃないよねぇ)
 桃李は上を見た。少し雲のかかった、晴れた空は行楽日和で、休日を邪魔された客の落胆に拍車を掛けたことだろう。桃李は読めない笑みを唇に乗せると、気を配りながら踵を鳴らして進んだ。
 風が吹いて、木が揺れた。それは風のせいなのか、はたまた樹上に何か──ナイトメアか、あるいは鳥か──がいるのかはここからではよくわからない。殺気のようなものは感じなかった。

 そうこうしている内に、観覧車の上にナイトメアがいるのを仲間たちが発見した。近くにいるライセンサーが合流を伝える。桃李の現在地からはやや遠かったので、引き続き捜索を続けることにした。

 晴れた空に、そよ風。紙ゴミがかさかさと転がる音、木々がざわざわと揺れる音、そう言った音を聞きながら歩く。ちょっとした散歩気分を味わいながらも、彼は周囲を警戒した。


「おや?」
 歩きながら桃李は気付いた。ジェットコースターの建物の上に乗って長い尻尾を揺らしている猿の姿を。参考資料として送られたクモザルの画像と見比べる。どうやらナイトメアの様だ。
 彼は極力気配を消して近づいたが、向こうも何らかの殺気でも感じたのだろうか。突然振り返って桃李を視認すると、レールの上に降り立った。桃李は舗装を蹴って追い掛ける。
 ちょうど、ビークルが止まっていた。桃李は操作盤のボタンを押してから、シートに飛び乗る。
「追いかけっこと行こうじゃないか」
 そう言って微笑む。ゆっくりと乗り物は発進した。桃李は片手で鉄扇を開き、もう片方で上がったままの安全バーを握った。レールの上をカタカタと音を立てて進んで行く。徐々にスピードを上げて迫って来るそれを見て、ナイトメアもこちらに向かって来た。ビークルに飛び乗り、シートを伝って桃李に襲いかかる。神速幻舞を発動。最低限の動きで回避。凍り閉ざす銀を反撃に放った。しかし、相手も回避は高い。尻尾を狙えば長い手で遠くの座席を掴んで回避するし、手を狙えば足や尻尾で同じ事をする。四肢に加えて尻尾もあるから、回避の選択肢が多い。桃李もどちらかと言うと身軽の部類に入るが、クモザル並と言うのは難しい。
 景色が斜めになった。上り坂に差し掛かったのだ。振り返ると、てっぺんまでもうすぐだ。流石に、この高さから落ちたらライセンサーであろうとも重体は必至だ。急降下に備えて桃李はガードを握りしめた。

 凄まじい勢いでレールを滑り落ちて行く。機械で制御されていると知ってはいても、このまま加速し続けるのではという錯覚に囚われそうだ。
(それはそれで面白いんだけどね)
 急降下と急上昇を数度繰り返し、また平坦なコースを進む。そこで戦闘を再開した。流石の猿も、このアップダウンで動く気にはなれなかったのだろう。鉄扇と爪、歯がぶつかり合う。狭いビークルの上、双方回避しきれず傷を負う。
 桃李はふとレールの先を見た。この上下だけで終わるとは思えない。案の定、その先にも絶叫マシンの絶叫たるコースが続いていた。レールが空に向かって高く伸び、途中でこちら側に向かって落ちるようになっている。横から見れば、それはループを描いていることだろう。

 早い話、宙返りだ。

 桃李はそれを見て閃いた。あのコースだからできることがある。そこから彼は防戦に入った。

 その時が来るのはすぐだった。何しろ、ジェットコースターは猛スピードでレール上を走るのが売りなのだから。

 ビークルが、円の内側を駆け上る。一番上に差し掛かろうとしたその瞬間、桃李はガードから手を離した。落下する。
 耳元を、風が吹き抜ける音がする。着物が風の抵抗を受けて、上に向かってばさばさとなびくその動きが伝わって来た。

 その間にも、乗り物はレールの上を勢いよく駆け抜け……桃李の落下地点に滑り込んだ。呆気に取られた猿は、ただ桃李を見上げている。桃李は微笑むと、頭上からレールガンを撃ち込み、落下の勢いで鉄扇を突き刺した。


 桃李はシートの一つに収まると、安全バーを下げて身体を固定した。背中の下で着物が皺になっている気がしなくもないが、致し方あるまい。
 コースの全長は比較的長く、その後も絶叫ポイントはいくつかあった。桃李は笑いながら風を顔に受け、流れる景色を楽しんだ。ライセンサーが桃李を見つけて手を振る姿も、猿を追い掛けるのに必死でこちらに気付かない姿も見える。
 やがて、ビークルは出発地点に戻った。完全に停止したのを確認すると、安全バーを上げて降りる。
「もしもし? 桃李だよ。ジェットコースターにいた敵は倒したけど、あとはどこか手はいるかい?」
 着物の皺を伸ばしながら桃李はアトラクションに背を向けた。

 もう少し、この騒動は続きそう。応援要請を受けて、桃李はそちらに向かって駆け出した。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
桃李さんならこれくらいの曲芸はやってくれるのではないか……! と思ってやりました。
果たして彼はジェットコースターの操作盤の使い方を知っているのかとか、そもそも絶叫大丈夫なのかとか色々あるんですが、そこはイフということで一つご容赦頂けますと幸いです。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月26日

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