▼作品詳細検索▼  →クリエイター検索


『なんだかんだを突き抜けて』
狭間 久志la0848)& 音切 奏la2594

「久志様は公僕でいらしたのですよね?」
 暮れゆく日、色づき始める夜景、海辺の遊歩道――なかなかに仕上がった色気あるシチュエーションのただ中で、音切 奏(la2594)が狭間 久志(la0848)へ問うた。
「公務員な。いや、公僕は間違ってねぇんだけど」
 元公僕である久志は眉根を上げて言葉を返す。
 相手は「姫(自称)」だし、戦闘時以外はいつもつけている小さな冠からしてもファンタジー世界の住人なんだろう。大臣やら高官はともかく、一般の役人に対する感覚などそんなものだろう。
「ちな、特技は“たらい回し”な。その件につきましては当課の担当外となりますので、お手数をおかけいたしますが公園課のほうにお問い合わせいただけますでしょうか」
 難しい顔をした奏は横目で久志を見やり、低い声を出す。
「たらいを回すことにどんな意味や暗喩があるのですか?」
 たらい回しとはなんぞやってとこから指南しねぇとか。久志は異文化人とのコミュニケーションの難しさをまとめて噛み締めた。
 くっ、まるでうまくできませんわ――!
 一方の奏もまた、同じように難しさを噛み締めている。
 彼女はごく自然に久志へ水を向けたかっただけなのだ。
 大戦を前にした中規模戦の後、久志に声をかけてきそうな者たちと暗闘を繰り広げ、やっと勝ち取った「ふたりでお帰り」なのだ。なんとしてでも最近微妙にいや少しどころかなかなかよりもかなり深刻に気になる「おじさん(自称)」の過去話を掘り出さねば!
 あくまで久志様の人となりを知るために、ですわよ? けして興味本位ではありませんので!
 早速、別の方法を考えなければ。社交界で鍛えた遠回し術で華麗に誘導、情報をするっと白状させる、そして『どうして俺、こんなことまでしゃべっちまうかな。相手がおまえだから――かもな?』とか言わせてやるのだ!
「久志様、その昔お付き合いしてらした女子ないし男子はいらっしゃいますの!?」
 思い立った感じと真逆な全力どストレート!
 心の芯へ凄絶なデッドボールを食らった久志は物理的に足をよろめかせた。
「その昔って……あと、なんで男子もだよ」
「姫の気づかいですわ!」
「奏、そういうとこだからな?」
 それしてもだ。まだ奏には語っていなかったか。いつも近くにいるせいで逆に気づかなかった。
「姫のご参考にゃならねぇだろうが……おじさんの戸籍にバツがついちまうまでの、おもしろくもねぇ笑い話でもしとくか」


「俺が元いた世界はこっちといっしょで、異世界からの侵略者ってのに攻め込まれてたんだよ。で、姫的曰く公僕だった俺は巻き込まれて大怪我したあげく、侵略者と戦う力押しつけられて傭兵に成り果てた。ほんとひでぇ話だけど、命預けられる友だちと会えたのが不幸中の幸いだったな」
 ダイジェストで前置けば、奏はそれを胸中で反芻する、
「会えた方はお友だちだけではなかった、ということですね」
 インタビュアーとしちゃ及第点だな。うなずく久志だが、ここで気を引き締めた。
 以前にも思ってはみたが、過去が輝いて見えるのは、当時の自分が今よりも相当に若く、それ故に熱意を燃やせていたからだ。
 ようは若かったってだけのことだ。自嘲しつつ、彼は慎重に言葉を継ぐ。
「ああ。俺が一端の顔してられたのは友だちのおかげじゃあるんだが……その中にいたんだ。“魔女”って名乗る妙な女が」
 言葉の色が変わりましたね。
 奏は表情を変えてしまわぬよう顔に力を込めた。
 久志の顔色をガン見するようなはしたない真似はしでかしていない――つもりだが、それをして知れるほど、彼の言葉はうれしく解け、悲しく締まり、複雑にかすれていたのだ。そう。「魔女」と口にした、その瞬間にだけ。
 胸に沸き立ちかけた感情の靄、それが形を成す前にわーっと払い消して。奏は自分に言い聞かせた。落ち着け私。姫は絶対的に姫でなくちゃだめなんだからね。なに聞いたって威風堂々、顎の先を上げて。
「その魔女さんが、久志様のアレ、ですわね」
「アレって言われるとエロいやつみてぇだな……いや、エロいこともちゃんとしたけど」
 奏の妙な動揺に気づくことなく、ついでに男ならではのノーデリカシーもかましておいて、久志は話の続きを語る。
「そんでしばらくいっしょにやってた――エロじゃねぇぞ?――んだけどな。なんだかんだあって別れちまって」
「はい、久志様!」
 唐突な挙手で話を遮る奏。
 久志はしかたないノリで指を差し、「なんだよ音切さん」。
「なんだかんだの部分が理解できませんと私、なにをどう思うべきかがわかりかねます!」
「あれこれ思ってもらいたくねぇですって願い込めてなんだかんだで済ましてんだよ。ってか、今時の社交じゃ大暴露が流行ってんのか?」
 そんなことはありませんわ。奥歯で噛み殺し、奏は挙げていた手をそっと下げた。確かにこれはマナー違反でしたわね。
「ささ、続きをお願いいたしますわ」
「おまえ、都合悪くなるとですわ口調になりがちじゃね?」
「うっかり垣間見える姫のかわいげですわね」
 えーい、おじさんマジうるさいー! 空気読んでとっとと話の続きしてくれる!? 胸の内で下品に吼えて謎ゲージを消費して、話の先を急かす奏である。
「まあ、なんだかんだの後は投げ槍になっちまってな。今になってみりゃ、ほんと友だちには世話かけたよ。いや、もっと世話かけたの、なんだかんだ押しつけちまった敵だわマジで」
 最初のなんだかんだはあいかわらず知れなかったが、最後のなんだかんだは奏にも知れる。
 逆境へ放り込まれた人間は、自らを容易く孤独の底へと追い落としてしまうものだ。そうなれば、たとえ自分を思ってくれた誰かが伸べた手すらも罠に見える。この手を取ってしまえば自分は、二度と光を見ることのできぬ淵へ蹴り落とされるのではないか? 残念ながらそれは概ね正しくて。
 だからこそ奏は、善意を装うことなく向かい来る敵へ憤怒で縁取った親愛をぶつけたのだ。
「久志様のお気持ちお察しします。敵は私にとってかけがえない友でした」
 しみじみと言った奏に非圧死はうなずき、それからかぶりを振ってみせた。
「ああ、でもな、そんな俺を救ってくれたのは敵じゃなかったって話さ。あのときの俺が俺でいられたのは……今んとこ最後の嫁のおかげだ」
 んー!? 奏の心の真ん中で久志の声音が爆ぜた。
 なんですわそれー!? いえ、魔女さんに続く二番目の女性で、今現在最後のお嫁さん……つまり三番目は未だ空白ということですわね?
 いえ、放浪者などというものはそれぞれ事情を抱えているものですし、そもそも久志様は元の世界でも戦っていらして、もっといろいろおありだったでしょうし。
 はいはい、わかっていますし弁えていますわよ? でもこの、胸の奥に突っ込まれた爆弾が爆発しちゃったみたいな衝撃はなんですの!?
 これだけわかりやすくかましていながら、彼女が真実に気づくにはもう少し時間がかかるし、久志は久志で「あー、女子は別れた後の嫁とか言うと、こいつ鬼畜よー! とか思うか。でもなー、ちゃんと言っとかねぇと嫁に失礼だしなー」などと斜め上な決意をしていたので、とりあえず本筋のほうを進めよう。
「逢ったときの嫁も失恋したとこだったんだよな。ついでにバツイチなのすげぇ気にしてたし。でもま、お得意のなんだかんだで、お互いにこんな事故物件お買い上げくださってありがとうございますって感じで落ち着いたわけよ」

 気がつけば、ふたりは遊歩道を歩き抜け、行き止まっていた。フェンスで固められた狭い空間の先にはただ、黒く陰った海があるばかり。
「なんだろうなぁ」
 久志は苦笑し、フェンスへ手を置いた。
「もう過去なんざ振り返らなくても生きてけるって、そう思ってたんだけどな。結局、振り返らなくてもこうやって足止められて、追いつかれちまうんだ。置いてきたはずのなんだかんだに」
 久志は彼方の工場が海へと落とす光線に視線を辿らせながら、ひとり感慨を噛み締める。
 恋人よりも深い思い出がある嫁の話をあっさり打ち切ったのは、忘れようとする度疼いて存在を知らせに来る傷痕の主張のせいかもしれない。
「いや、結局は俺の問題だよな。過去、となりにいてくれた誰かにすがっちまうのは」
 いなくなった彼女は、未だここに居座り、離れない。髪先から匂い立たせた痛みの香で、彼を明日という昨日へ引き戻して――
 ばぢん!! それはもう痛々しく濁った高音響き渡り。
 後ろから両頬を思いきりビンタで挟まれたあげく、猛烈な勢いで下へ引きずり落とされた久志は、為す術もなくしゃがみこんだ。
「いってぇな、お」
「久志様っ!」
 今は久志の首にぶら下がっているらしい奏が、しゃがんだ久志よりももっと下から声を張り上げる。
 これ、体勢的にぶっ倒れてねぇか? 思いつつも言わなかったのは、おとなしく待つことにしたからだ。不思議なことに、自分は怒られなければならないと観念していたせいで。
 奏はほぼほぼ“一”の字になりながら、かまわずに告げる。
「人という字は人と人が支え合っているから人の字なのだそうですわ。だったら人だって人と人が支え合って人なのではありませんの?」
 正直、自分の例えが相当残念なことはわかっている。しかし大事なものは例えの出来じゃなく、そこへ込めた心だ。そう思い込んで、さらに紡ぐ。
「今、久志様は私を信用し、過去を明かしてくださいました。あ、お友だちにはお話していますか!? あー、考えてみればしていますよね……それに! 私が凜然として可憐で目を奪われずにいられない、それでもやはり久志様が友と呼ぶよりない姫だからこそ、構えることなくお話くださったのかもしれませんが!」
 言葉は鎧だ。連ねるほど厚く真意を覆い隠し、それを悟られる恥から奏を守ってくれる。でも、それが本意か? 心を靄めかせ、ついに久志へしがみつかせた――ビンタはあえて計算から外す――この衝動は、本当にそれを望んでいるのか?
 矜持とかメンツとかに拘ってる場合!? 私は! 久志様に!
 自問という石炭をくべられた衝動が激しく燃え立った。その熱を体へ行き渡らせ、勢いのまま、告げる。
「なんでもいいのです。私はお話しくださったことがうれしいのです。なぜならたった今、となりにいて久志様を支えている人という字は私であり。久志様がぽろっと言ってしまったのは、人という字が私だからこそかと思いますので」
 論は言わずもがな無茶苦茶だし、おまえは人じゃなくて字でいいのか? などとツッコみたいところでもある。あるのだが、そんなことよりも。
「そりゃまあ、おまえ相手だからな。……笑わせらんなかったのは申し訳ねぇけどよ」
 そもそも笑えない笑い話だと前置きはしておいた。あやまることもないだろうとは思いつつ、あやまってしまった。話題選択のヘマではなく、自分より10近くも歳下の女子に、なにやら覚悟させてしまったことへ。
「笑いませんわ!」
 久志の首にかけた手を支点に筋力だけでぐいーっと起き上がった奏が、今度は弾みをつけて久志を引き起こした。ただし、振り向かせはしない。今なお据わりきってはいない彼の背へ、語る。
「姫としてここに宣言いたします。私は久志様に語らせませんわよ――三本目の支え棒が、それはもう気高く凜々しくたおやかで美しい姫だったなどと」
「そりゃ言えねぇわ。美化凄すぎんだろ。長すぎて憶えらんねぇし」
 軽口を返す久志だったが、それが甘えであることはすでに察してしまっている。そっか、俺は奏に甘えてるか。って、おい待て俺! 相手未成年だし、残念だけど未来あるお嬢さんだぜ!? 俺みてぇな下々が、自称とはいえ姫とどうなろうってんだよ!?
「今さら無意味ですわよ!」
 久志のおののきを野生の勘で嗅ぎ取った奏がびしっと言い切り、そして朱が差した頬を少しだけ膨らませて――
「この世界へ流れ着いた私の傍らにいてくれて、支えてくれた人という字は久志様です……今さら畏れられては、その、困ります」

 撃ち抜かれた。
 久志は胸の真ん中を抑えて膝をつく。
 混乱してなにがどうなっているものかよくわかっていなかったが、「始まった」のだということと「もう逃げられない」ことだけはわかりきっていて。

 久志と奏は逃げられない始まりのどん詰まりに立ち尽くす。
 そしてどこからか聞こえくるこの鐘の音は――


パーティノベル この商品を注文する
電気石八生 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月27日

投票はログイン後にできます。

ログインはこちら












©Frontier Works Inc. All Rights Reserved.