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『THE WATERS』
霜月 愁la0034

 その日、霜月 愁(la0034)は仲間のライセンサー達と共に巨大なクルーズ船に乗り込み、夕暮れの港から海へ出た。
 今夜はとある会社の創業記念パーティーが企画されており、この豪華客船内では大規模なパーティーが行われることになっている。
 だが愁は客として招かれたのではなかった。
 この船内にナイトメアが入り込んだ可能性があり、SALFから討伐任務が下ったのだ。

 ライセンサー達が受付で名前を伝えると、1人の男が近づいてきた。
「お待ちしておりました。わたくし、RESC商事の執行役員の――」
 彼はそう名乗り、端末でデジタル名刺をライセンサー達に示した。
 その様子から、愁はこの人物がSALFに依頼をしてきた相手だとすぐに気づいた。
「受付では招待客とお伝えするように伺っていたのですが、僕達は」
「ええ、今夜は弊社のお取引先の方、という事でお願いいたします。どうぞ中へ」
 執行役員は愁達を招待客用の客室に案内した。
 どうやら今回、彼は内密にライセンサー達をこの船に招き入れたようだ。

「皆様もご存じのように、この周辺海域では船舶がナイトメアに襲撃されて沈没する事件が相次いでいます。そのため、当然我々も今回のパーティーの中止を検討したのですが」
 執行役員はライセンサー達に対し、今回の経緯をそう説明した。
「弊社の会長が『会社の創業120周年記念だからやらないわけにはいかない』と主張しまして……社内で絶対的な権限を持つ会長に誰も逆らえず、パーティーは強行されることとなってしまったのです」
 ナイトメアがこの客船に入り込むとまだ決まったわけではないが、もし何かあれば乗員・乗客合わせて2000人近くが危険に晒される恐れがある。
 そのため執行役員は密かにSALFに連絡を取り、ライセンサー達を派遣してもらえるように相談したのだという。

 愁はタキシードに着替えると、招待客らに悟られないよう他のライセンサー達と共に招待客に紛れ込んだ。
(今のところ、誰もナイトメアの気配を感じ取っていないな……だけど)
 居合わせた招待客と歓談しながら、愁は神経を研ぎ澄ませていた。
 この船に入り込んでいる可能性のある「STEALTH(ステルス)」は特殊なナイトメアであり、姿かたちは出現した時により異なるという。
 人間や別の生き物に擬態する能力に優れており、おまけにライセンサー達から完全に気配を悟られなくする能力を持つ特殊型であった。
(エルゴマンサーほどの力はないというデータはあるけど、過去には何百人も犠牲になる事件も起こしているらしいし。厄介な相手だな)

 夕方に始まったパーティーは滞りなく進行し、やがてオーケストラが会場に現れ、ダンスパーティーが始まった。
 愁は近くにいた1人の若い女に声をかけられ、チークダンスに加わることになった。
「こういったダンスのご経験は? ふふ、不慣れな方でも大丈夫です。お客様をエスコートして差し上げるように仰せつかっておりますので」
 鮮やかなターコイズブルーのドレスを身に着けた女はそうにっこり微笑み、愁を促す。
 和やかな音楽が流れ、パーティーはこのまま何事もなく終わるかに思えた。
 だがダンスが終盤に差し掛かったその時、突然船内に爆発音が響き渡った。

「何だ……?」
 音楽が止まり、周囲の者達が騒ぎ出す。
 すると次の瞬間、再び起こった爆発音と共にダンスホールの壁の一部が破れ、海水が勢いよく室内に噴き出したのである。
「皆さん、デッキ側から、窓の傍から離れてください! 逃げて!」
 愁がそう声を上げた時だった。
 船が大きく揺れ、船体が傾いた。
 そしてオープンデッキの向こうで大波が上がり、海水が一気に流れ込んできたのである。

「逃げる? そんな必要はないわ」
 愁と共にチークを踊っていた女がニヤリと笑った。
「踊り続けましょう、私達と、永遠に」
 口から大きな牙が覗くのが見えた。
 そしてデッキから流れ込んだ大波に乗り、何頭ものサメが飛び込んできた。
(これは……!)
 サメは海の中にも何頭もおり、船の周囲を取り囲むように集まっているようだった。
 意図的にここに呼び寄せられてやって来たのは明らかだ。
 愁はとっさに女を突き飛ばし、攻撃を繰り出した。

「お前が『ステルス』か!!」
 放たれた紫の稲妻が飛び込んできたサメのナイトメアの頭上に叩きつける。
 疾り貫く紫の威力はサメ達を弾き飛ばし、幸いその場で犠牲となった者はいなかった。
 だが、ターコイズのドレスの女は1人愁の攻撃をひらりとかわし、船の奥へと逃れていった。
「避難誘導をお願いします! 急いで!」
 愁は声を上げた。
 それに応じ、周囲にいたライセンサー達が一斉に動く。
「愁! ここは俺達に任せてあいつを追え!!」
 仲間の声に追い立てられるように、愁は流れ込んだ海水を蹴って走った。
 女がターコイズのドレスを翻し、パーティー会場の中央に据え付けられたらせん階段から上へ逃れていくのが見えた。

「逃すか!」
 愁はダイナモキャノンの引き金を引き、女の足元を狙い撃った。
 だが女はまたも愁の攻撃を回避すると、階段を蹴って天井に揺れる大きなシャンデリアの上へと飛び移った。
 そして反動をつけ、一気に愁へと飛び掛かって来た。
「行きましょう、深い深い青の水底へ!」
 女は愁に馬乗りになり、その首元に鋭い牙を立てる。
 愁は仰向けに転倒し、そのまま膝上まで浸水した海水の中に沈められた。
(く……息が……!)
 水面に、シャンデリアの光が揺れていた。
 首元に食い込む牙。
 揺らぐ水の中に、愁は自分の流した血の赤が広がっていくのを見た。

(ああ……まずい……)
 首元に食らいついた女は、このまま愁を溺死させるつもりのようだった。
 だがそれを許すわけにはいかない。
 愁は女を強引に引きはがす。
 そしてエナジースピア「フォルモーント」を手にし、起き上がると同時に相手を強かに切りつけた。
 反撃を食らった女がよろめく。
 それを逃さず、愁は再び疾り貫く紫を繰り出した。

「これで……どうだ!」
 紫の稲妻が女の体に打ち付け、大きな水柱が上がった。
 だが女は反撃の意思を見せ、牙を剥いて愁に向かってきた。
 愁はスピアを翻す。
 イマジナリードライブの槍先が唸りを上げ、ナイトメアの体を貫いた。
「私の負けね……でももう遅いわ」
 女は死に際に、そう言って笑った。
「たくさん、たくさん仕掛けたの……船がちゃあんと沈むように」

 インカム越しに仲間が怒鳴る声が聞こえた。
 彼らもナイトメアによって仕掛けられた爆発物を認識しており、既に乗員・乗客は避難させられていた。
『残っているのはお前だけだ! デッキからヘリで避難しろ! 急げ!』
 仲間の声に急き立てられ、愁は急いで傾く船のデッキへと駆け上がった。
 すると一機のヘリコプターが現れ、縄梯子が降りてきた。
 愁がそれに飛びついて先端の固定具を装着すると、足元で大きな爆発音が聞こえた。

『愁!!』
「無事です! 今、ヘリと合流しました!」
 真っ暗な空へとヘリは上昇していく。
 そして機内に引き上げられた愁は、船が爆炎を上げあっという間に沈んでいくのを見た。
 周囲には船に備え付けられていた緊急脱出用ボートが浮かび、それぞれに大勢の人々が乗り込んでいた。

 この日を境にナイトメアによる船舶への襲撃事件は止んだ。
 海域では今日も、多くの船が順調に行き交っているという。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、霜月 愁(la0034)さんのお話を1から書かせていただきました。

舞台はとある海域。
敵は船舶を襲撃する謎の多いナイトメア、という設定でした。
槍と銃で戦って場面に映える感じにしたかったので、沈みゆく船内で近接・遠距離攻撃どちらも必要なシチュエーションで書かせていただきました。

では、改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年11月27日

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