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『氷雨よりも珈琲よりも』
LUCKla3613)&アルマla3522

 秋霖とは雨が続く初秋を差す言葉で、平たく云うなら秋の長雨となる。しかしながら今はすでに、晩秋あるいは初冬にカテゴライズされるだろう11月の終わり。
 だからこそLUCK(la3613)は考えてしまうのだ。このところ続いている雨を、いったいどう呼べばいいのだろうかと。
「なにかうまく表わす言葉はあるか?」
 彼の疑問に、部屋の隅から応える高い声。
「わふわふ。ばんしゅーからしょとーにかけてふるつめたいあめは“ひさめ”っていうですよ」
 氷の雨、と空中に字を書いてみせ、それは得意げにうなずいた。
「晩秋から初冬の、氷雨か。凍るほではないだろうが、確かに寒さに慣れん体には辛いな。防具の隙から潜り込まれたりすれば、特に」
「わん。ほねみにしみるですね。とくにかんせつぶはかどーいきほぜんのかんけーでほごシートがうすくなってますので」
 LUCKの義体の内に張り巡らされた金の神経糸は、生身と変わらぬ五感を感じさせてくれると同時、思い知らせてくる――暑さも寒さも苦痛までも。そしてもっとも“染みる”箇所が、保護シートで覆われただけの関節部なのだ。
 まったく、ままならんものだな。
 などと感じてしまうのは、心がどうしようもなく生身だからか。
 アップグレードの容易い機械の恩恵を受けていればこそ、一方でなにひとつ進歩しない拙い心がもどかしい。
「あめできぶんがおちこんだら、あったかいもののむといいです!」
「ちょうどコーヒーでも、とは思っていたところだが、まず最初にだ」
 言いながらLUCKはソファから立ち上がり、部屋の隅へ向かう。そこにはそう、体育座りした二頭身の“笑顔がキュートなぬいぐるみ”が置かれていて……
「前にも言ったな。部屋にぬいぐるみを置いたつもりはない」
「わふふ。さいきんラクニィのおへやにはものがふえてますので、こっそりしたらいけるんじゃないかとおもったです」
 首根っこを掴まれぶらさげられた二頭身の名はアルマ(la3522)。こう見えて天才的な技師で、なぜかLUCKにつきまとう自称アルケミストであり、よく伸びる餅的な謎生物である。
「いえ、とちゅーからきづかれてるなーっておもってたですよ? でもラクニィがふつーにしてましたので『そーゆーネタでひっぱってらっしゃるのでは?』とはんだんして、のっかることにしたです」
 侵入という行動に目を瞑れば、ちゃんと考えて行動しているらしいことが知れる。
 それにだ。確かになにかがおかしいと引っかかっていながら追求せず、見逃してきたのはLUCKである。余計なツッコミとおしおきは、今に限り勘弁してやると決めて。
「そもそもぬいぐるみが紛れ込む部屋じゃなかろうが。まあ、途中からあえてしばらく見逃したのは認める。引っぱったつもりはないがな」
 LUCKは転がしたアルマの腹をもちもちこねる。クセになっているのはよろしくないが、このもっちり感はなにものにも代えがたい――と、ほっぺたを伸ばそうとして伸びないことに気づいた彼は真実にも気づいてしまい、げんなりと言った。
『……とりあえず被り物を脱げ。まだ処分していなかったのか」
 今も笑み続けているアルマの御、彼の顔型をそのままに映したヘルメットの前面部なのだ。LUCKの発案で量産化された[TU]バイザーヘルメット「Jadeite」の原型にして、ハロウィン時に彼の頭を覆ったメカカボチャの素体。というか、この部屋へこっそり侵入してぬいぐるみを演じるため、わざわざ再改造したわけか。
 アルマは通称アルマヘッドの謎機能を起動させてわふふ、笑ってみせた。
「てまをおしめばおしむだけ、せーこーからとおざかるものですよ?」
「二頭身半が二頭身になる程度のことになんの意味がある? 手間をかけるより先に忍び込む先の状況を考えろ」
 どうせ忍び込むなと言っても聞かんだろうしな。
 そのひと言は言わずに済ませてぽいとアルマを放り出し、LUCKは今一度ソファへ身を投げた。耐衝撃ゲルを詰め込んだ義体対応のソファだ。この程度のぞんざいさで壊れることはない。
 そんな彼の脇によじ登ってきたアルマはくるくる回ってなにかを確認、もっちり丸まると共にLUCKへくっついて。
「ぼくのほんばんはじゅんびがおわればかんりょー! あとはのとなれやまとなれです!」
 実行はどうでもよく、準備こそが自分の本番と言い切るあたり、実に技師らしい。それもマッド寄りの。実際のところ試験と実践は結局現場で行うよりないものではあるので、これはこれで正しい姿勢ではある。
 そしてもぞもぞアルマヘッドを脱いだ彼は二頭身から二頭身半へと頭身を伸ばすのだ。
「わん! すらっとすりむなしんじつのすがたをとりもどしたです!」
「繰り言になるが、おまえが思うほどの違いはないからな」
 ばっさり切り捨ててからLUCKは立ち上がった。
「コーヒーはブラックでいいんだったか」
「はいです。だってぼくはちがいがわかるせーじんだんしですので」
 以前にも口にしたセリフをあらためて語り、アルマは急ぎLUCKの後をもちもち追う。その様がやけに切迫しているように見えて、LUCKは押し止めようとしていた手を止めた。
「淹れている間だけは俺に触るなよ」
「わふふ、それはおやくそくできませんね!」

 キッチンの作業台の上、サイフォンのフラスコで湯が沸きゆく横では、水出しコーヒーを作るための器具――そのままの名前なウォータードリッパーが、今も水をひと滴ずつコーヒーの砂場へ降らせている、
「わふー、みずだしです。ラクニィもきっさてんするですか?」
「店の味には到底届かん。それでも戦場へ出る前にしかけておけば、戻ってくるころには自分が飲むのに十分な味と量が仕上がっているからな」
 と、アルマは存在自体が微妙な首を傾げてLUCKの服の裾を引っぱり。
「ラクニィこんしんのおあじをあじわいたいです!」
 しかしLUCKは難しい顔を左右に振った。
「いや、まだ仕掛けたばかりだからな。それに水出しはホットに向かん」
 水出しは湯を通したときのように雑味――渋みやえぐみばかりでなくコクをも含む――が出ないため、熱を入れると味わいそのものが感じられにくくなる。故にアイスで飲むのが前提なのだ。
「おまえが侵入してくるのが事前に知れていれば、いろいろと用意はしてやれたんだが」
 器具をもっと早く仕掛けたり、部屋を暖めておいたり。それを察したアルマはもっちり、いや、がっくり。
「きゅう、ぼくがおちゃめさんなばっかりに……でもしかたないのです。ぼくってあいくるしくかわいらしくてキュートなので」
「自分で自分のハードルを上げ過ぎると後で辛い目に合うぞ」
 コーヒーカップではなく扱いやすいマグカップに注いだコーヒーをアルマにひとつ渡し、もうひとつを自分で持って、LUCKはウォータードリップを見やる。
 熱を帯びてしまえばそれである意味を失くしてしまう雫。まるで――
「わん。なんだかひさめみたいですね」
 LUCKの思いを先回りしたアルマ。スツールに体を引っかけるようにもたれて脚をちょこっと組み、マグカップを傾げる様はやけに格好良くて上品で、二頭身半とは思えないほど決まっていた。うむ、微妙に忌々しい。
「……せめて元の姿に戻ればいいだろうに」
 アルマ。喉まで迫り上がった音を飲み下し、LUCKは苦笑した。
 こうして幾度となく謎生物を名で呼びかけていながら、やはり「アルマ」よりも「犬」のほうが馴染み深い。なんというか、自分の中で三文字というのがうまく嵌まらないのだ。
 駄犬とはすんなり呼んでやれるんだがな。
 雫を吸うベロニカが、LUCKの鼻先まで淡い香りを立ち上らせる。今日はなかなかいい味になってくれそうだ。この場にあいつがいたら、きっと――
 どん。やわらかいものが床へ叩きつけられる鈍い音がして、LUCKは反射的に視線をはしらせた。
 そして見たものは、横倒しになって短い手足をじたじたさせるアルマ。
「痙攣!? 発作か!?」
 アルマはこう見えて生身の人類だ。抱えていたなんらかの病気が発症したか!? それともこちらの世界の未知なるいウイルスに侵された!?
 とにかく搬送する。自分の義体ならばウィルスの類に侵される心配はない。アルマのもちもち痙攣する体を抱え上げようと跪くLUCKだったのだが。
「ラクニィ、おなか――」
「腹? 腹か!?」
「おなか、を」
「を!?」
「ぽんぽんしてくださいです」
「な!?」
 これは犬あるあるとなるが、犬は猫のように体が柔軟ならず、即判断・即実行するもの。故に腹をぽんぽんされたいとなれば、転がる間すら惜しんで倒れ込む――一瞬でも速く腹を出すため全力でだ。
「余計な心配をかけるな」
 ため息をつくLUCK。ともあれ何事もなくてよかった。それでもおしおき代わり、乱暴にもちもちこねてみる。
「わふふふわふふう! これはこれで! これはこれで!」
 おしおきにならないので打ち切った。
「あ、ごむたいな!」
 離れゆくLUCKの右手を、たしっ。横倒しのままなアルマが両手で押さえる。
 まあ、打ち切った後でやることがあるわけでなし、不法侵入とはいえ客のアルマを差し置き、気になる女への想いに沈もうとしたのはこちらの非礼でもある。
 赤ん坊の腹を叩いてやるように、LUCKはアルマの腹をかるく叩けば――ぽん! それはもういい音がして、思わず呻く。
「これは……太鼓でも仕込んでいるのか!?」
「わふふ。ぼくはみずからのもっちりをりよーしてくうきをとりこみ」
「舌足らず過ぎて意味がうまく入ってこない。字で説明しろ」
「えっと、わふふ。あ・か・ご・のー」
 まあ、空気を取り込むことで、いい音がすることで名高い“赤ん坊の腹”を完全再現しているということだ。
「そろそろ人類とは別のカテゴリーに放り込むべきか。犬……は犬に障るからな。とりあえずは駄犬でいいだろう」
 眉を顰めてアルマを小突くLUCK。本意ではない付き合いが深まるほど、この謎生物は正体がわからなくなっていく。
「それはゆいいつむにです!」
 堪えた様子もなく、アルマはLUCKにもちりとしがみついてよじ登る。こういうところは犬より猫っぽいかもしれない。
 LUCKは顰め面のまま、残るコーヒーをすすった。少し冷めたそれは妙に雑味が尖っているように感じられて、常の満足は感じられない。そのせいでついウォータードリッパーが気になってしまったのは、それこそ人情というものだろう。
「まだ数時間かかるか」
 ひと雫、またひと雫と落ち行く水滴を見送って、悩む。水を落とすペースを少し早めてみるか? 味わいがそれだけ薄まるが、気分的に逸っていることもあるしな……
 と、そのとき。
「ラクニィ、のんびりまつですー」
 肩の後ろからにゅうと顔を出したアルマが言葉の通りにのんびり言って。
 LUCKはいつしか詰まっていた息を吹き抜いた。
「ふん。まあ、そうだな」
 急くよりも悪くないかもな。そう思えてしまった以上、素直に従うのが敗者の掟だろう。アルマを小脇に抱え、LUCKはゆっくりとリビングへ戻った。

 ソファに身を預けるLUCKと、その手が無理なく届く位置へもっちり転がるアルマ。
 特になにをするという感じでもなく、LUCKはアルマをこね、アルマはLUCKにこねられる。
「あめ、やまないですねー」
 降り続く雨の音を聞きながら、アルマがLUCKに言った。
「雨は嫌いじゃない」
 嫌いじゃないというより、好きだ。元の理由は喪われた記憶の内にあるらしく、知れないが、今はそう、黄金の神経糸との語らいが楽しくて。
「ぼくはあめ、すきじゃないです! だっておさんぽがもりあがりませんので!」
 ぷんすかするアルマを強めにこねてなだめ、LUCKは笑みを漏らした。
「散歩か。そうだな。雨なら行かなくてもいいか。雨を好む理由がひとつできた」
「わふー、それはゆるされざるつみです! おさんぽしないとぼくのからだとこころのけんこーがかんりできなくなるですよ!」
 他愛ない言い合いはなおも続く。それこそ止まぬ雨のように。
 一方、キッチンではウォータードリップが今も休まず働き続けていた。もうじきにふたり分の水出しコーヒーを仕上げるのだろうが……LUCKがそれを確かめに行くのは、謎生物とゆったりまどろみ、ようやく目を醒ますこととなる数時間後の話である。


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2020年11月30日

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