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『この幸いを今度こそ』
LUCKla3613

 どれほど姿形が変わっても、イシュキミリ(lz0104)がチャーチワーデンを吹かす様は趣深い。
「すっごい見られてますね、うち?」
 映画鑑賞仕様のイシュキミリはいつもの喫茶店、向かいの席に座すLUCK(la3613)を牽制した。
「気にするな。疚しい理由で見ているわけじゃない」
 実に堂々と――それもやたらと姿勢よく、生来のものなのだろう威厳までもを映した威風堂々を成し、まっすぐに視線を向ける美丈夫。言葉通り、その視線にも風情にも疚しさは欠片もなかった。
「気にしなくても怖いです。一応は女子ですしね」
 言外にガン見するなと告げるイシュキミリである。言っていることは至極もっともだし、普段のLUCKならば非礼を詫びてあらためるところだが、しかし。
「怖がるな。俺がおまえに不埒を働くようなことはない。それはこれまで共に過ごしてきた中で証明してきたはずだ」
 揺るぎない紳士力で完全拒否である。
 こうなればイシュキミリも思わずにいられない。人類って、素直になるとやばくなるんですねぇ。
「……せめて理由くらいは教えてくれます?」
「ああ。最近、電気信号を読まれているのでな、伝わっているものと思い込んでいた」
 LUCKは前置き、説明する。
「この前言ったろう? かつての俺を苛む過去と、真っ向から向き合いたいと。そこで俺の過去をもっとも色濃く映すおまえを見、思い出すきっかけを掴もうとしているわけだ」
 妙な自信を見せるLUCKへ、イシュキミリはいやいや、かぶりを振って。
「だったら鏡見るべきでしょ。うち的にはやめときなさいって話じゃありますけど、失くした記憶がラクさんの中にあるんだってのはわかっちゃってるんですから」
 LUCKが喪ったとばかり思っていた記憶は、今も彼の内に存在している。そうでなければ断片とはいえ思い出せるはずがない。
 シナプスの糸を断たれた脳のどこかに封じられた記憶。思い出したくば己と向き合え。まったくもって正論なのだが。
「正論が正解なわけじゃない。それにだ。造り物の自分とにらみ合うほどつまらんことはないだろう」
「いやいや、うちも造り物なんですけど!」
 かかったな。おまえは今、最悪手を打ったぞ。LUCKは温存してきた切り札を今こそ叩きつける。
「おまえの造形美は俺をなにより刺激する。それに好ましいものを見るのは楽しく、飽きんものだ。よって最優先で試す、それだけだ」
 こうしてLUCKは大義を掲げ、イシュキミリの観察を続行するのである。


 LUCKを見ないようにしつつ、イシュキミリは詰め替えた煙草に火を点けた。ベリー系の香りづけをしたものを吹かすことの多い彼女にはめずらしく、薫らせるのはバニラ香だ。
 着香煙草というんだったか。本当にさまざまな匂いがあるものだ。
 相手に障らぬよう胸の内で唱え、LUCKはイシュキミリの様を見続ける。
 地味な小動物的な外見だし、それを裏切ることないちまちました挙動でパイプを吸う彼女。黄金の鷹揚さがないのは、依代の素材で有り様が変わればこそか。
 しかし、冒頭で思ったように趣深く感じてしまうのは、存在の根幹にあるイシュキミリらしさ……それこそ人の敵として存在し続けてきた彼女の性(さが)が映り込んでいればこそなのだろう。
 個人的にはいつまでも見ていられるのだが、第一の目的――第二の目的はあえて言わずにおこう――である記憶を取り戻すきっかけは掴めそうにない。思ってみれば、この依代はイシュキミリがこの世界の街で見とがめられないよう形作った新型なわけで。
 つまり、喪った過去にもイシュキミリが使っていただろう依代ならば、もしかするのではないか?
「……ほかの依代に変われるか? おまえが長く使っている、なじみ深いものがいい」
「はいはい、昔見たかもしれない依代だったら、ラクさんも思い出せるかもしれませんもんね」
「ああ。それにせっかくの機会だ。おまえのさまざまな姿を見てみたい」
 すでに心を据えて開き直っている彼は、隠すことなく第二の目的をも言い切るのだった。

 銀の依代まとうイシュキミリはまさに、たおやかな淑女である。
「銀は薬毒や魔法とよく引き合うもの。ですので時に魔女と呼ばれることもありました。電気伝導率が金よりも優れておりますので、機械を繰るにもこれを」
 白銀の直髪をしゃらりと揺らし、ベロニカを味わってチャーチワーデンを吹かす。砂の依代はどこかせわしないが、銀の所作はなんともやわらかく、優美である。それだけではない。他の依代には表出しない、人の敵であることと裏腹な人への慈愛が見える。
 純銀の依代を目にするのは初めてのはずだ。しかしながら、どこかで見たような気がして――だからなのだろうか。その魔法か薬かに救われた者がいることを、なぜか確信できるのは。
 俺はそれを、この目で見たんじゃないのか? そうでなければこの確信は――もどかしいな。
 と、焦れる彼だが、一方ではそのもどかしさがうれしくもあった。自分の内にある記憶へ、手探りした指先が触れたように思えて。
 それに。
「俺はまだよくは思い出せていないが、母は今のおまえのような人だったように思う。愛情深く、たおやかで」
 イシュキミリは応えず、細めた鳳眼を紫煙の奥に隠した。


 その後も鉄や墨などに変じるイシュキミリを観察したLUCKだったが、銀以上になにかが感じられるものはなく、ただただイシュキミリの変化(へんげ)を楽しむばかりに終わる。
 かくて店を出たふたりは、なんとなく歩いて、歩いて、歩いて、まだ開店していないレストラン街へ辿り着いた。
「意外に寒いな」
 日暮れまでにはもう少し時間があるはずが、思ったよりも気温が下がっている。LUCKはイシュキミリに上着をかけてやろうと脱ぎかけて、止められた。
「要らぬ」
 わずかに目を離しただけだったのに、イシュキミリはすでに形を変じていた。金のウェービーヘアに褐色の肌。黄金を素に人を装った彼女の有り様に酷似した、しかし黄金たりえぬこの様はいったいなんだ?
「存外に目敏いな。此は黄鉄、またの名を“愚者の黄金”」
 硬直していたLUCKのどこかで、固い高音が爆ぜた。
 愚者の黄金。俺は知らないが知っている――金色でありながら金ではなく、敵でありながらそれを装う敵ならぬもの――永遠を渡りゆく孤独――厳冬の闇に俺は――
 とりとめない思考がLUCKの心を突き上げる。
 だめだ、行くな! 俺はおまえを今度こそ!
 崩れかけた膝へ全力を注ぎ込み、LUCKは必死でイシュキミリへ手を伸べた。
 その手はわずかに届かず、落ちていくが……唐突に掬われ、彼の重い義体ごと引き上げられて。
「斯様な別離もまた風情と思うたが、幼子さながら縋られてはな」
 イシュキミリは前へ立たせたLUCKに笑みかける。
 このイシュキミリはまちがいない。黄鉄ならぬ、純然たる黄金だ。
 LUCKは万感渦巻く心を抑え込み、告げた。
「かならず過去を思い出す。幸いを、今度こそ掴み止めるために」
 未だ思い出せもしないのに俺を駆り立ててやまん、おまえという幸いを。
 言えぬまま喉の奥で言葉はかき消えて、彼を支えていた黄金の指もまた、消えた。
「せいぜい努めよ、仏頂面」
 残された言葉が甘くLUCKの心を掻く。
 喪われた過去でも、そう呼ばれたことがあるのではないか――?


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2020年11月30日

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