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『額づき虫』
桃李la3954

 真っ赤に熟れた柿の実を突いていた鵯(ひよどり)が何かの物音に気づき、甲高く鳴きながら夕映えの空へと飛び立つ。
 山上にある八幡神社の参道に立ち並んだ温泉街は活気ある様子でありながら、どこかアンダーグラウンドな匂いを漂わせていた。
「昔はあの路地から向こうの川沿いまでずっとね、地図で見ると赤い線が引いてあったっていうよ」
 意味分かるかい? 
 そう少し下卑た感じで笑うのは、参道の脇で玉こんにゃくを売る店の店員だ。

「ふうん、どおりで」
 桃李(la3954)は愛想笑いを返し、社殿を背に夕映えの石段を下った。
 SALFから任務を受けたライセンサー達は皆、晩秋のこの街に散ってナイトメアの気配を探っている。
 とある事件を起こした厄介な個体がこの近辺に潜伏している可能性があるというのだ。
(一本奥に入ると、随分静かになるな)
 桃李は表参道から家一軒分山側にある細い道を歩きながら、温泉街の賑わいを遠目に眺めた。
 硫黄の臭いが染みついた街は家族連れや修学旅行生、訳アリの雰囲気の男女、その他雑多な人種でごった返している。
 出待ちの対応をする大衆演劇の役者、芸子らしき者たちなど、華やかな着物姿もちらほら見受けられる。
 かつてはその賑わいがもっと広範囲に及んでいたようだが、桃李のいる通りには何十年も前に廃墟となったと思しきホテルや旅館ばかりが多く目立った。

(兵どもが夢の跡……かな)
 大きなネオン看板のある廃屋の前に立ち、桃李は何の気なしに上を見上げた。
 御殿のような豪華な装飾が痛々しく剥げ落ち、スプレー落書きだらけの割れたガラス戸には若かりし頃の有名演歌歌手のポスターが貼られたままになっている。
「早く、壊してしまえばいいのにね。景観が悪くなって仕方がない」
 不意にそう声をかけられて振り返ると、そこには1人の着物姿の人物が立っていた。
「お兄さん、同業者でしょ?」
 洋装に女物の着物を羽織った桃李を見て、その人物はクスリと笑う。
 大衆演劇の役者だろうか、髪型は総髪に結っているらしいが若い女なのか男なのか、性別は判然としない。
 鉄黒の地に銀糸の流水紋の着流しは男物のようだが、紅を引いており、わざと着崩して体を隠している風にも見える。

「俺は役者じゃないよ。君は?」
 桃李がそう聞くと、相手はこの温泉街で働く者だと答えた。
 男役の女優のような妙に芝居がかった声と口調をしていた。
「出番まで少し暇しててね。お茶一杯、付き合ってくれないか? 僕は『額づき虫』。そう呼んでくれ」
「桃李だよ。額づき虫、っていうのは芸名?」
 路地の奥へと歩き出した着物姿を追い、桃李は歩き出す。
 そうだね、と相手は答えた。
「ひっくり返しても、ぽん、と起き上がって前を向くのさ」
 
 赤く色づいた紅葉や、散り敷いた銀杏のある路地の奥へ進むと、何だか時代を遡るような心地になった。
 長い竹垣の向こうに、旅客を誘うように明かりが1つ灯る。
 額づき虫は桃李をその奥へ誘った。
「昔は大勢住んでたんだって。200人くらい」
 段々屋根が特徴的な建物には燈台の明かりが灯り、額づき虫以外の気配はなかった。
 だが時代を感じさせる木造の中には濃く「人の匂い」が染みついているようだ。
(ああ、なるほど)
 山茶花の咲く苔庭があり、大きな池には鯉が泳ぐ。
 何棟もが渡り廊下で繋がる広い屋敷だった。
 桃李は昼間出会った地元民の話を何となく思い出した。
 地図に赤い線が引かれていたとか、何とか。

「外が暗くなってきたからさ、いいだろう?」
 額づき虫は他愛のない話をしながら、備前の徳利を傾け、桃李に酒を勧めた。
 お通しはきゃらぶきに鰊、鴫焼き茄子に柴漬けの和布。
 電灯はないらしく、暗くなっても灯ったのは燈台のみであった。
 店、という風でもなく、料理も酒も、額づき虫が手ずから拵えたというには手際が良すぎる。
 これはどういう趣向なのかな? と桃李は額づき虫の表情を読んだ。
「タバコ吸う? こういうのもあるんだよ」
 戯れに、といった様子で額づき虫は煙草盆を引き寄せる。
 長い煙管の銀の口金がきらりと光った。

(妙に物欲しげだな。色っぽい意味じゃなく)
 気になってついてはきたけれど。
 桃李は内心でクスリと笑う。
 これは引き際を見誤らないほうがいいやつだ、と。
「出番、何時なの? 参道の劇場でしょ?」
 箸を置き、桃李はお暇の雰囲気を出す。
 すると額づき虫はまぁいいじゃないか、と言いながら膝立ちで縁側の障子に近づいた。
「そろそろ、始まる時間なんだ」

 聞こえてきたのは、高らかな篠笛の音だった。
 冷たい風と共に視界が一気に明るくなり、そして光が溢れる。
 開け放たれた障子の向こうから現れたのは、提灯に彩られた山車であった。
「夜祭だよ。この地区のお囃子衆だ」
 額づき虫の声が言った。
 法被姿の囃子方が大勢乗り込み、てんつくてん、と太鼓を打つ。
 からくり人形の八幡太郎が矢を番え、往来をきっと睨む。
 今はまだ、冬の夜祭には早いはずだが――。

(舞台演出には自信があるんだろうな、役者を名乗るだけに)
 桃李は着物の下に隠した双蝶【鳳】を手に取った。
 首元に生暖かい呼気を感じた。
 額づき虫の真っ赤な紅を引いた口がカッと開き、喉の奥から湾曲した2本の鎌のような大顎が飛び出し、それが左右から桃李の首を挟んで突き刺そうとしていた。
「やっぱりね。額づき虫、ってそういう事?」
 鉄扇は翻り、背後から食らいつこうとした額づき虫を追い払うように切った。
 畳にパッと赤い血が散り、額づき虫が飛び退く。
 出しっぱなしの2本の大顎がキチキチと音を立て、翻った着流しの裏地の銀が光った。

(けっこう深く切ったつもりだったんだけどな。意外に、守りが固いって事か)
 桃李は扇面についた血を払い、相手の攻撃に備える。
 額づき虫は足袋を履いた足で畳を蹴り、再び桃李に迫った。
 それに呼応するように前へ出ると、桃李は相手の懐へ踏み入り、今度は真下から叩き上げるように扇面を翻す。
 すると額づき虫はその手を受け止め、ぐっと掴んだ。
 桃李は畳に引き倒され、額づき虫が馬乗りになる。
(腕が……)
 額づき虫の着流しの下からさらに2本の腕が飛び出し、強い力で桃李を抑えつけた。
 今度こそ仕留める、という意図なのだろう。
 2本の大顎が軋んだ音を立てながら、再び桃李の首を狙う。

(まぁでも、そう来る気はしたよね)
 桃李は額づき虫の腕を掴み返しながらニヤリと笑った。
 次の瞬間、額づき虫の背を複数の氷の槍が貫いた。
 凍り閉ざす銀――その威力を受け額づき虫の腕の力が抜けるのを感じ、桃李はその体を思い切り蹴り飛ばして遠ざける。
 今度は額づき虫が畳に仰向けに倒れた。
 だがその瞬間、額づき虫は跳ね返るように起き上がった。
「なるほど。ひっくり返しても、ぽん、と起き上がって前を向く、だっけ?」
 桃李は再び向かってくる相手に武器を向ける。
 額づき虫は鉄扇による一撃を警戒したようだった。
 だが桃李が向けたのはショットガン「イースクラW」の銃口だった。

「じゃ、終幕って事で」
 銃声が響き、それと同時に周囲の景色が揺らいだ。
 魔法が解けるように、囃子衆、そして屋敷は姿を消した。
 桃李は苔生した小さな塚の前に立っていた。
「任務完了、かな」
 そこから逃げようとする一匹の小さな黒い虫を踏みつぶし、桃李は立ち去った。
 温泉街に冬の気配が近づいていた。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
この度はご依頼ありがとうございました、九里原十三里です。
今回はおまかせノベルということで、桃李(la3954)のお話を1から書かせていただきました。

舞台はとある温泉街。
敵は大衆演劇の役者に扮したナイトメア、という設定でした。
装備していただいた武器を見たらメインが銃だったのですが、ギャラリーや過去のシナリオでのご活躍を拝見したところ鉄扇を愛用しておられるようでしたので、そちらを中心に書かせていただきました。
せっかくなので戦いも扇で戦うのに似合いそうなお座敷で、という形になっております。

では、改めまして今回はご依頼ありがとうございました。
どうぞ最後までグロリアスドライヴをお楽しみください!
おまかせノベル -
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グロリアスドライヴ
2020年11月30日

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