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『逃げ場がないなら向き合うしかない』
狭間 久志la0848)& 音切 奏la2594

「本日はお日柄もよろしゅうございますので、ひとつ私が畏れ多くもカコバナなどご披露してさしあげますわー!」
 グロリアスベースの通路の角。出会い頭で音切 奏(la2594)は狭間 久志(la0848の胸元へ)へ右の人差し指を突きつけ、勢いつけすぎてぐきっとしたあげく『不躾に殿方へ触れてしまいましたわはしたない!』と無言で絶叫。あたふたと痛む指を引っ込めて、『これでは格好がつきませんわ!?』ということで胸を張ってみせ、しかし恥ずかしさは晴れずにもじもじ体を縮めてしまったため決めきれなくて。
「そういうとこだぞ、奏」
 久志はいつものようにひと言でばっさり。止めていた足を再び前へ動かし始めた。
「ちょ、久志様!?」
 まさかの無視にうろたえる奏。
 もちろん、なぜこんな状況になったものかはわかっているのだ。つい数日前、逃げ場のないどん詰まりで始まってしまった“なにやら”が奏に彼を待ち伏せさせ、前置きも加減もできないほど駆り立て、結果としていつも通りの残念を演じさせたことは。
 そして少女が空回りしたまま心のバランスを崩してぶっ倒れる前に受け止めてやることこそが、自称おじさんな大人の役目というものだろう。
 ああ、わかっている。
 わかってはいるのだが。
 いや、今来られたって、俺の心の準備がさっぱりできてねぇんだよ。
 あのときは、夜の気配に惑わされた奏が残念を暴発しまっただけのこと。おじさんが本気にしていいことじゃない。だってほら、一昨日も昨日も奏から連絡だってなかったし、今頃後悔して突っ伏してんだろ? 自分にそう言い聞かせ、極力考えないようにしてきた久志なのだ。だから思っていなかった。たった数日で、彼女がそちら方向のやる気を練り上げてくるだなんて。
 幸いあのときとは違い、ここにはいくらでも逃げ道がある。ならばとりあえずスルーで逃げて、落ち着いたらやんわりフォローしよう。
「過去の私の話、それはもう興味深く起伏に富み、それでいて気高く凜々しくたおやかで美しく」
 前を塞いでもにゅるっと回避されることはわかっているから、奏は後ろから久志の左手を掴み、逃げられないよう指を搦め手ホールド。
「この前も聞いたし。ちなみに“たおやか”にゃ美しいって意味も入ってっから。あとな」
 しかたなく足を止めた久志は握られた左手を挙げて顎先で示し。
「恋人繋ぎになってんぞ」
「ぎゃー! 私恥じらいますわーっ!!」
 恥じらうどころか力任せに手をもぎ離したせいで指がぐきりと曲がり、奏は声もなく悶絶した。わかりやすく極まる残念っぷりである。
 そうか。放っておくと自爆してやばくなんのか。
 久志は深いため息をつき、奏を小さく手招いた。
「姫のカコバナ? 謹んで拝聴するんでちょっと落ち着こうぜ」
 かくて久志はさらさらタイプの覚悟を無理矢理に寄せ集め、押し固める。
 逃げ道など、もうどこにもありはしないのだ。過去、ふたりのかけがえない女と出逢ってしまったときがそうだったように。
 いやいや、奏はちがうだろ!? そういうんじゃねぇから! そんなわけねぇ、よな?


 小隊の同僚から教えてもらった喫茶店は、聞いていた通りに隠れ家的な風情を漂わせる落ち着いた場であった。
「コーヒーの産地はそれほどくわしくねぇからな」
 ブレンドにすることを決めた久志は、テーブルを挟んで向かいに座す奏へ訊く。
「奏は? 姫はやっぱ紅茶か?」
「久志様を同じものを」
 それだけを答えた奏はきちんと伸ばした背筋にさらなる力を込めた。
 これまではいつも通りに久志のターンだったが、ここからは違う。奏が自分の全部を尽くして見せ、魅せるターンだ。

 ねぇ私、ちゃんと据えてる?
 これから私、私を鎧ってる全部を外して晒しちゃうんだからね。私を全部――全部の私を。
 きっと久志様、あきれさせちゃうだろうなって思う。信用だって放り棄てられちゃうかも。
 でも!
 私は応えなくちゃいけないんだ。
 久志様が晒してくれた過去に――久志様が預けてくれた痛みに、私の100パーセントで!

 運ばれてきたブレンドにカソナード(フランス産のキビ砂糖)を1,2,3,4,5と投入していく。『それもう砂糖壺にコーヒー入れたほうが早いんじゃね?』と言いたげな久志の目線を無視して自らへ“給糖”、弾みをつけて。
「恥ずかしながら告白をいたします」
 なぜかがたっとのけぞる久志。
 ふっ、私の覚悟、肌から出てる気配で伝わったみたい。知らない内に超成長……さすが私っ!
 ちなみに「告白」の意味を巡る行き違いがあっただけなのだが、まあ、残念は奏の性(さが)なので置いておいて。
「――真実の私は、“姫”ではないのです」

 そっちの告白かよ!
 久志は胸をなで下ろし、革張りのソファへ座り直した。
 奏が姫でないことに衝撃は受けなかった。そもそも彼女は姫らしくないのであまり真剣に受け止めていなかったことはさておきだ。
 貴種流離は物語の一大ジャンルではあるが、奏にはあまりに望郷の念が欠けていて……例えば亡国の姫なら祖国復興に燃え立つだろうし、事情があっての都落ちであれど棄てきれぬ情念が滲むだろう。なのに玉座への拘りが感じられない彼女はむしろ、そこから遠い人間、あるいは未練の持ちようがない者であると見るべきだ。
 それに。
 彼女はいい意味で気位が低い。
 下々であるライセンサーたちと心通わせる気安さも、笑い合える明るさも、自らを投げ打って目の前の誰かを守りたがる優しさも。傅かれるばかりの姫に演じられるようなものではありえないのだから。
 俺はそっちのほうが好きだけど――思いかけて我に返り、久志はあわてて乱れた心を整える。
 話はまだ前置かれたばかりだ。ちゃんと聞いて、彼女が言いたいことをわかってやりたい。まあ、逃げ道がないこともあるし。


 奏は久志の表情が据わったことを確かめ、心の内でうなずいた。
 大丈夫。久志様は真摯に聞いてくださっています。
 と、ここで思考の調子を崩し、
 でもずるくない!? あんだけ連呼しといて姫じゃねぇのかよってツッコまれるかなって思ったのに、真剣とか! そういうとこでしょ、うん。そういうとこなんだからね久志様!
「私の家――音切はこちらの世界で名乗るばかりの仮姓ですので、本来は別の家名があるのですが――は王家に連なる血脈ではあるのですが、玉座を巡る暗闘の中で徐々に遠ざけられ、代を重ねるごとに血も薄まって……本来、私に皇位継承権など与えられようはずはなかったのです。しかし」
 指先で紫に彩づく髪を梳き、金眼をゆっくりとしばたたいてみせ、息をつく。
「この皇族にしか顕われ得ぬ髪と目が、父を狂わせてしまいました。そして父は私に繰り返し吹き込んだのです。どの皇子より強く、どの皇女より美しくなれば、おまえこそが皇位を得る。かくて皇国は正統なる皇帝を取り戻すのだ!」
 彼女の“印”を掲げ、政争のるつぼへ踏み入った父。
 いや、最初は彼女にしても半信半疑であったのだ。確かに自分の髪と目は、並み居る皇族を寄せつけぬほど鮮やかで美しい。しかし傍流も傍流、かろうじて爵位を保っているばかりの家の娘である。玉座に受け入れられるはずがない。
 そう思っていたのに。
「……結果、分を超えた父の野心は多くの者を踊らせたのです。貴族を、騎士を、民を、そしてこの私をも」
 あのころの自分は熱に浮かされていた。
 冷めようがなかったのだ。彼女の周囲には彼女以上に浮かされた人々が群れ集い、力を尽くして彼女を押し上げようとしていて。
 彼らの尽力を当然のものとして受け取り、それをきざはしと踏みつけて上へ上へ上へ。すべては玉座へこの身を据えた後に贖ってやればいいと、そう思い込んで。
 しかし。
 国という器は彼女を受け入れることなく、父と多くの者たちは命、母は正気という対価を支払わされた。
「結果はこの通りですけれど」
 彼女は命を永らえた。いや、永らえさせられたのだ。皇国史を彩る嗤い話のタネとして。
 その中で異世界への道を見いだせたのは幸いだった。追いすがり、嗤い続けようとする者たちを振り切ってフロンティアへ跳び出した彼女は、これで自由になれると思った――いや、思ってしまった。
 だからこそ、棄てぬことを誓ったのだ。
 失い、棄ててきた自分が抱える唯一の矜持であり、忘れ得ぬ無二の咎である姫の称号と有り様だけは絶対に。
「いじましいばかりことをしでかしていると、自覚はしているのです。胸の隅に残された矜持を虚ろに飾りたてて振りかざし、失った民をこの世界の人々に映して今度こそ守ると息巻き、咎から目を逸らして……私こそが姫であると言い張ってきたのですから」
 これが私の全部。
 たったこれだけの量しかない、どうしようもなく安くて小さい、私。
 どうして話しちゃったのかな、私。真剣に聞いてもらえる価値なんてぜんぜんないのに、どうして――

「おまえは姫か?」
 ふと久志が問うた。
 なにより真摯に、まっすぐに。

 わかっていた。立場について聞かれているのではない。これは真名を棄ててなお姫を称し、この世界で誰かを守る戦いを必死で演じてきた音切 奏への問いだ。
 まだだ、まだ私は晒せてなかった。
 私の本当の本当は、そう!
「この世界の人々は私が今度こそ守り、護ると誓った民です。ならば私は姫を全うし、私の世界に幸いなる明日をもたらしてみせますわ!」
 姫を騙った私はその咎に贖わなきゃいけない。誰かに尽くしてもらうんじゃなくて自分を尽くして今度こそ、本当の姫の姿を世界へ示すんだから!
 青く強ばっていた奏の面がふわりとほころんだ。
 果たして顕われたものは――限りなく澄んだ決意に縁取られた、強靱なる笑み。

 たったこれだけのことで花開いちまうのかよ。若いってやっぱすげぇな。
 久志は苦い笑みを噛み殺し、奏へうなずいてみせた。
 自分をおじさん扱いするのは逃げなのだと、ついこの間思い知ったばかりだが、あらためて自覚する。
 俺はまだ、おじさんっていうあったかい貝殻から這い出せてなかったんだ、
 奏は姫じゃない自分を全部晒して、姫になった。
 だったら俺だって、今度こそおじさんって言い訳の殻脱いでただの俺にならなきゃフェアじゃねぇだろ。……なんでこんなこと思っちまうのかなって、また逃げちまいそうになるけど、でも。
 もらった気持ちを返してぇって思うのはもう、逃げられねぇんでも逃げ場がねぇんでもなくて、俺が逃げたくねぇからだ。真っ向勝負しかできねぇ自分を貫き通して斬り込んできてくれた奏から。
「長話から入るけど、そこは許してくれよ。大人は段取りが要るもんだからな」
 かくて久志は語りだす。
「そのへんの村長の娘だって状況によっちゃ姫って呼ばれたりするけどな、おまえは本物の姫だ。そこんとこはちゃんと自信もっとけ。ただいっこだけ勘違いしてんぞ。姫は民を守るだけのもんじゃねぇ。その玉体っての、崇高な心といっしょに守られなきゃならねぇもんでもあるんだよ」
 あー回りくどいな。でも、これでようやく暖機できたぜ。
 久志はクレバー気取りの自分がいつになく熱くなっていることを感じ、力強く、しかし少々斜の構えから切り出した。
「実際、姫に見合うだけのもんかは怪しいけど。誰かを守るおまえを俺が守るってことでどうだ?」
「久志様――それは」
 見開いた目を何度も何度もしばたたき、奏が言葉を詰める。
 久志様、それはつまり、そういうことですわよね?
「これが今の俺の精いっぱいだからな! ガキみてぇにまっすぐぶっ込めねぇんだよ。そこんとこは大目に見といてくれって。あ、なんだったら騎士の誓いとかしとくか?」
 あわててごまかしにかかった久志を「久志様ちょっとお黙りくださいまし!」と全力で止めた奏は深呼吸。そして。
「久志様が私の騎士になりたいとおっしゃるなら」
 ぐいとささやかな胸を張って顎先をそびやかし、
「特別に許可してさしあげなくもありませんことよ!」
 実に堂々と言い切った。
「うん、そういうとこだぞー」
「なにがですわっ!?」
 先ほどの熱はどこへやら、げんなりなだめる久志へ、いつものように噛みつく奏である。

 いつもと同じ展開の中で、それでもふたりは感じていた。
 あの夜に始まったものがふたりの物語であり、今日このときより、けして平らかならぬ第二章が綴られ始めたのだと。


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2020年11月30日

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