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『紅蓮の猟犬、見上げし蒼穹』
cloverla0874


 つい先日、クリスマスイベントがあった気のする春の始まり。
 clover(la0874)は、自室のベッドで読むとはなしに雑誌をめくる。
 四葉モードの本日は、手にする雑誌も乙女らしい女子向けファッション誌だ。
「春なのにーーー」
 なんにもない!
 勢いをつけて雑誌を閉じて、飛び起きる。
「会いたいなぁ……。そう思ってるのは、俺だけなのかなぁ」
 真白の髪を、壁にこすりつけて呟く。
 クリスマスの夜(異空間)は、良い感じだったじゃない?
「ねぇ?」
 cloverは、枕もとに鎮座するぬいぐるみ・ぐれんのわんこへ問いかける。
 この子へ『ちから』を注入してくれたライカ(lz0090)は、今、どこで何をしているのだろう。
「せっかくだし、この体用の服も少し増やしたいかも。増やしたら見てほしいかも」
 それってもしかして、会う理由になったりする?
(来た、見た、帰った で、終わりそう)
 長くいられる理由付けとか、そもそもどうしてそんなに会いたいのかって言ったら。
(……もっと仲良くなりたい)
 一緒におしゃべりして、色んな表情を見たい。
 どんなリアクションをするのか知りたい。
「どうしたらいいかな」
 ぐれんのわんこをもふもふして、cloverは考える。
 スマホを取り出し、ネットで検索してみる。

 『吊り橋効果で一気に急接近』

「ドキドキする、か。よくわかんないけど、吊り橋なら遠出できたり、いいかもっ」
 手作りお弁当も持って行こうかな。
 動きやすいパンツスタイルが良いと思うけど、ドキドキを狙うならスカート?
 改めてファッション誌と向き合う。
「ライカはどういうのが好きかなー」




 切り立った渓谷を繋ぐロープは頼りない。
 強く風が吹けば、全体が大きく揺れるだろう。
 板の隙間から、糸のように細く流れる川が遥か下に見える。

 紛うことなき、吊り橋であった。そのど真ん中。

「たまにはこういう場所もいいかなー……って、別に吊り橋効果試すためとかそーゆーのじゃないよ?」
「ほう」
「春だしねっ。春らしく、外も良いかなって。自然もいっぱいだし!」
 cloverは緊張を隠そうとして饒舌になり、ライカは相変わらず感情の読めない笑み……いや……怒ってる? 面白がってる? どっち?


 本日のclover。
 ゆったりめの春物セーターをダークブラウンのコルセットデザイン・リボン付きのサッシュベルトで留め、そこから揺れる若草色のフレアスカート。
 スカートはミニ丈だけれど、レース付きのオーバーニーソックスを合わせているので肌の露出は少ない。なので恥ずかしくない……ない!
 足元はストラップ付の黒のパンプス。全体的に乙女系のふんわりコーディネートだ。
「ライカも黒以外の服、着るんだ……?」
「春じゃからな」
 ライカは、珍しく明るいベージュのブルゾンを羽織っている。
 スタンドカラーに襟付きのインナーを合わせており、春らしく軽やかだ。
「おしゃれするんだー」
「怪しまれぬ程度には。というか、こんな山奥でその服装はどういうつもりじゃ」
「クロ君の春物新作ファッションショー……? もっと服も増やしたいなーって。そしたらライカにも見てもらいたいなーって」
「重体ではないんじゃな?」
 ライカは目に見えて項垂れた。
「重体だと思って、心配してくれてたの?」
 返事はない。
「重体じゃなくても、遊びたくなったら呼ぶって言ったでしょ」
「言っておったなぁ……」
 可憐な春物ワンピースのcloverを前にして『服装を間違えた』ともライカは言った。
「もしかして……俺の服装をイメージして、今日は……?」
「違う。春だからじゃ」
「春だもんね!!!」
 否定の言葉が早すぎる。
 押し殺し切れない笑いを、cloverは同意の声を大きくすることで何とかごまかす。
「あーあーはしゃぐな。そもそも、なんだって吊り橋――……」
 要件が済んだならさっさと陸地へ渡りたいところ、とライカが言うや否や。
「あっ」
 パンプスの踵が、板に引っかかる。cloverの体勢が崩れた。
 白い手を伸ばす。吊り橋の縄が遠い。倒れる衝撃を、古びた板は受け止めきれるだろうか。

「エイカ【徒桜】!!」

 蒼穹を背に、白い桜の花弁が舞い上がる。
 風もないのに、それは美しく渦を巻く。その中心たるcloverへ、自然と視線が導くように。




 伸ばした手は空を切る。泳いだ先で、力強く握られ引き寄せられた。
 蒼穹に、紅蓮の髪が広がる。怒りの混じったような紫の瞳が、まっすぐに自分だけを見ている。
「ライ、カ……」
「だーから言ったじゃろ、なんだってこんなところで。はしゃぐなら別の場所で良かろう」
「……え、効いてる? 効いてない? どっち?」
「何のことじゃ」
「な、なんでもないっ。助けてくれて、ありがとっ」
 【徒桜】で注視を掛けたから自分を見てくれた? それは関係ない?
 スキルの効果があったなら嬉しい気もするし、スキル関係なく自分を見てくれたならそっちの方が嬉しいかもしれない。
(あれ? ……どっち?) 
 スキルで、無理やりにでも見てほしかった? スキルがなくても……見てほしかった?
「お弁当、作ってきたんだよね。一緒に食べようよ」
 cloverの胸の奥に、ズシンとしたものが落ちる。なんだろう、この気持ち。
 新しい服を見てほしかったのもあるけれど、ライカと一緒に過ごしたかった。
 いいお天気の日に、一緒にお弁当を食べたかった。これも本当だから。
(やっぱり、俺に色気とか無いからダメなのかなー?)
 会話する間も、ライカの視線が移動することはなかった。まっすぐにcloverの目を見るだけ。
 スカートが揺れるとほんの少し露出する絶対領域とか!
 ベルトで留めることで、シルエットがほんのり強調される胸元とか!
 その辺りへ動くことがない。
(無いわけじゃないけど……ちょっと、足りないし……)
 clover的に理想はD。現実はC。何をとは言わないけれど。
「また転ぶぞ。ちゃんとつかまりながらしっかり歩け」
「……うん」
「少しくらい形が崩れても、味は変わらんじゃろ? 落ち込むでない。腹に入れば同じじゃ」
「うん?」
「自信作の弁当が崩れたやも知れぬから、しょげてるのではないのか」
「俺……しょげてた?」
「わしが見てもわかるくらいにのう」
「……よく見てるね、ライカ」
「おぬしくらいしかおらんじゃろう、ここに見るようなものは」
「胸とか」
「は?」
「なんでもない! お弁当にしよっ。クリスマスに買ったバーナーでお湯を沸かして、お茶にしよっ」


 ずっと見てた。
 胸とか、脚とか、男性型とか女性型とかじゃなくって。
 どんな姿でも変わらない、瞳の奥にある感情を覗いて、考えてくれてた。
 ケガをしたかとか。ケガをしないかとか。心配してくれて。
(それって。それって……)
 それって!?




 困惑したcloverは、立ち止まって空を仰ぐ。のんびりと野鳥が飛んで行った。
 芽吹く緑の香り。澄んだ空気。
「いい場所じゃな。選んだ理由は、なんとなくわかった」
 同じく立ち止まったライカが、同じ景色を見ている。同じ気持ちを抱いていた。
「うん……。いいね、吊り橋」
「いや、吊り橋は勘弁じゃ」
 互いに笑い、それじゃあこれから美味しく楽しいランチにしましょうか。


 ねえライカ。サンドイッチはハムタマゴとツナサラダ、どっちが好き? 




【紅蓮の猟犬、見上げし蒼穹 了】

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
ご依頼、ありがとうございました!
『if・吊り橋効果検証』お届けいたします。
クリスマス(異空間)からの流れなので、季節は春。
春といったら衣装選びが楽しい! 以前いわく『間違えた』側のリベンジも見てみたい。
想像を膨らませて、あれこれ盛らせていただきました。お楽しみいただけましたら幸いです。
ライカにつきましては
・ナイトメアとしての力を一切失い、ひとでもナイトメアでもない生命体
・SALFはそのことを把握していない
・衣食住、収入や食生活などは一切不明
という設定でお送りしております。
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佐嶋 ちよみ クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年11月30日

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