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『新月』
柞原 典la3876


 柞原 典(la3876)が食事を摂らなくなった。

 自分が死んで、撃ち抜いた肩の傷が癒えてからも、彼はどこか気怠そうにしていて、二日くらい食べないでいて、思い出した様に食べる。夜中に突然跳ね起きて、窓の外を見て溜息を吐くようなことをしている。
 ヴァージル(lz0103)はこの世のどれにも物理干渉ができない存在になってから、ずっとそんな典を見ていた。早い話が化けて出ているわけだが、何に触れることもできないでいた。他人の目にも。

 人間は一日三食食べないと生命活動が弱くなる。数日食べないと言うのは病気か遭難の時くらいだと聞いているが、弾丸の当たり所が悪かったんだろうか。
(別に俺のせいじゃない)

 別に腹は撃ってない。肩だ。あの銃撃が関係あるわけない。だから俺は関係ない。そう思っているけれど、典が見覚えのあるライターの蓋を開けたり閉めたりしているものだから、つい気になってしまう。
 ヴァージルがいなくなったら寂しくなると今際に言われた。自分は彼にとって、姉貴面をしていた人魚に等しい存在だったのだろうか。左目を渡しても良いと思えるほどに。
「つかさ」
 呼びかける。彼は聞こえていないようだった。ただぼんやりしてライターをいじくっている。煙草の紙パッケージの中身がここ数日減っていないことを、ヴァージルは知っていた。


 そんなある日、典がオリジナル・インソムニア関連の作戦に出撃した。どうやら自分は典から離れられないようなので、ヴァージルも半ば強制的にその作戦に同伴することになる(何もできないのだが)。
 そこで典が大怪我をした。一瞬だけ途切れたイマジナリーシールド。その間隙を突いてアーマーバードが脚を切り裂いた。我に返った典は槍を支えに立ち上がる。
 不愉快だった。それはお前たちが殺して良い者ではない。ヴァージルは喚く鳥たちに苛立つけれど、結局何もできなくて、典の傍らに立っていることしかできない。不愉快だった。
 最終的に、キャリアーが突っ込んで事なきを得た。典は回復だけ置き土産にして、さっさと艦内に戻った。この前はセーラー襟だった男がずっと喚いていたけど、ヴァージルは放置して典に付いて行った。


 一分もしない内にキャリアーは戦域から離脱。エマヌエル・ラミレスがパイロットスーツで登場して、思わず目を剥いてしまう。何だお前、そのタイトな服は。さっきからずっと典の傍に座って、お題目を唱えているグスターヴァス(lz0124)と二人で典の話を聞く。
「なんかな、ずっとある人の事が頭から離れへんのや……夢にまで見る」
 典は物憂げに語った。
「けど、その人は他のお人のこと考えてるんやろなぁ思たら、心臓ぎゅってなるし。こんなん初めてなんやけど」
「それで食欲がないんですか? それは……恋煩いでは?」
 グスターヴァスがゆっくりと告げる。恋煩い。そう聞いて、ヴァージルはぎくっとした。別に俺のことを言われてるわけじゃない……。
「そのお相手は、どんな方ですか?」
「どんなって……」
「当てようか? ヴァージルだろ」
 俺のことだった。そんなまさかと思っていたが、典は腑に落ちたらしく、
「そっか、これ恋か……初恋は報われへんて、ほんまやね」
 認めた。卒倒しそうになる。
「出会いは星の数あるし、恋は人生で何度でもできる。いつか土産話にしてやれよ。それで妬いてくれれば御の字じゃねぇか」
「ねーよ」
 思わず呟いた。けれど、やっぱり典が自分以外の誰かに干渉されることは、あんまり良い気分がしなくて。エマヌエル、いつまで肩に手置いてんだてめぇ。散々俺にビビってた癖に。
「結婚して子供がいたって運命かどうかわからねぇ」
 グスターヴァスが去ってから告げられた言葉を聞いて、典は不思議そうにエマヌエルを見る。
「運命も命だからいつか終わる。人と同じで、そう言うものとの出会いだっていくらでもある。人生百年だ。俺たちはまだ三十年も生きてねぇ」
 エマヌエルが二十代であることに、少し動揺しながらヴァージルは続きを聞いた。
「そう言う、心に残った物をピースにして俺たち人生作ってくんだ。死ぬまでに、もっと良い出会いがあればそれで良いじゃねぇか。ろくなもんがなかったら、ヴァージルを一番良いところに飾ってやれよ」


 キャリアーの休憩室で横になった典の顔色はやはり悪い。ヴァージルはそれをただ見下ろしている。
 エマヌエルが灯りを消して出て行った。典の呼吸は、すぐに規則正しい物になる。静かな眠りだった。いるはずのないヴァージルを呼ぶこともなく、静かに眠っている。

 自分が典をどう思っているか、段々わからなくなってきた。そもそも、典が恋い慕う「ヴァージル」とは誰のことなんだろう。本当に俺のことなんだろうか。

 ヴァージル・クラントンを殺してしまって、後悔して、胸に浮かんだ気持ちを抱えて生きていた。金色の一番星めがけて走ってた。
 でも、星は季節が変わると見えなくなってしまう。夜空には、突然顔を出した白銀の月だけが、ずっと浮かび続けていた。

 銀髪も、暗い部屋では新月のように影を映す。見慣れた顔の、見慣れない表情。心に痛みを抱えた人間の顔。
 ミラーキャッスルで見せた寂しげな笑み。この後ヴァージルはどう生きていくのかと。故人を思って生きていくのかと問うた時のあの顔。
 思えば……あの時、典の胸には既に喇叭水仙が咲いていたのだろうか。報われぬ恋。黄色い花畑に一人、置いて行ってしまった。お前が勝手に付いてきたんだ。そう言ってやりたいのもやまやまだったけれど、それを言うにはヴァージルは典の気持ちに狼狽えている。どうしてこんなに狼狽えているかわからない。

 廊下からわずかに入る光で、辛うじて典の寝顔は視認できる。しおれた花の様な顔。

「そんな顔すんなよ」
 エマヌエルが言ったことを思い出す。自分は、生きてきた今までの中で、典を一番良いところに飾っているのだろうか。

「いつもみたいに笑ってくれよ」
 エマヌエルが言ってた、活き活きした顔を見せてくれ。

 俺はその顔が好きなんだから。

 同じ面しか見せない月を思わせていた男の顔は翳ったまま。祈るように頭を垂れる。

━あとがき━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
こんにちは三田村です。ご発注ありがとうございました。
以前納品したノベルとは矛盾するのですが、二次創作ということで一つ。
思えばエマヌエルともだいぶご縁を頂きました。ヴァージルもですが、この二人も割と不思議な関係ですよね。
余談ですが、ヴァージルが自分の話をすると、故人か人魚のどっちかが出てくる(自分のルーツがはっきりしている)ので、CLも本編も出自への確信について意識の違いは同じだな……と思いました。
またご縁がありましたらよろしくお願いします。
おまかせノベル -
三田村 薫 クリエイターズルームへ
グロリアスドライヴ
2020年12月01日

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